第3節 経済外交
2017年の世界経済は、足下では回復基調にあるが、回復は完全ではなく、中期的には下方リスクが存在しており、景気が上向いている今こそ経済の基盤を確固なものにしていくことが必要である。このような経済情勢認識の下、日本は法の支配を基礎とした自由で開かれた国際経済システムの維持・強化を経済外交において目指すべき戦略目標としつつ、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定、日・欧州連合(EU)経済連携協定(EPA)、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)及び日米経済対話の四正面の交渉を並行して進めた。日本の経済外交の四正面は、一つひとつが個別に取り組まれているわけではなく、相互に深く連関し合い、一つの交渉の妥結が他の交渉にはずみを与えるという好循環を生み出しながら、日本をハブとして自由貿易のネットワークを世界に拡大していくという基本戦略に基づいて取り進められてきた。このような戦略の下、2017年は日米経済対話の創設により日米経済関係を適切に取り進めながら、TPP11の大筋合意及び日EU・EPAの交渉妥結を達成し、2018年3月には環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11協定)の署名に至った。
日本は、①上記のようなメガEPAの推進といった自由で開かれた国際経済システムを強化するためのルールメイキング、②官民連携の推進による日本企業の海外展開支援及び③資源外交とインバウンドの促進の三つの側面を軸に、日本外交の重点分野の一つとなっている経済外交の推進を更に加速するべく、経済外交を発展させてきた。
高いレベルでの経済連携の推進は、「2018年までに、FTA比率70%(2012年:18.9%)を目指す」ことを掲げる「成長戦略」の柱の一つである。2016年2月に署名されたTPP協定はアジア太平洋に新しい貿易・投資ルールを構築するものであり、巨大な経済圏が誕生することとなる。2017年1月に米国のトランプ新政権が発足すると、米国はTPP協定からの離脱を宣言したが、日本の主導で、2018年3月にチリ・サンティアゴにおいて11か国でTPP11協定の署名に至った。また、日EU・経済連携協定(EPA)については、2017年12月に交渉妥結した。これら協定の署名・発効を目指すとともに、今後も、RCEP、日中韓自由貿易協定(FTA)などの経済連携協定の交渉に同時並行的に取り組むことで、世界全体の貿易・投資ルール作りに貢献していく考えである。
世界貿易機関(WTO)を中心とする多角的貿易体制は、貿易自由化のための交渉や紛争解決を含む既存のルールの運用において重要な役割を果たしてきている。長年膠着(こうちゃく)状態が続くWTOの交渉については、時代に即した課題への対応を含め、再活性化のためのアプローチの模索が続けられている。12月に行われた第11回WTO閣僚会議(MC11)では、加盟国の合意による閣僚宣言は発出されなかったが、電子商取引や漁業補助金等について、MC11後の作業計画が決定されるとともに、電子商取引、零細・中小企業、投資円滑化といった分野で有志国の閣僚声明が発出された。このような有志国の取組は、WTOにおける新たなアプローチを示すものとなっている。特に、電子商取引については、日本の主導により、共同声明に米国、EU、開発途上国を含む71の加盟国の参加を得るなど、日本は議論の過程でリーダーシップを発揮した。
先進国首脳が集まって政策協調のための議論を行うG7サミットについては、5月に議長国イタリアの下、G7タオルミーナ・サミットが開催された。トランプ米国大統領を含めG7首脳の半数が初参加となり、G7が「変化の時」を迎えるとともに、北朝鮮、テロ・暴力的過激主義、難民等の問題が深刻化する中、世界の平和・安定の確保、世界経済の包摂的成長の実現について、忌憚(きたん)のない議論が行われた。首脳間での個人的信頼関係を深めるとともに、G7が、基本的価値を共有し、ルールに基づく国際社会の牽引(けんいん)役として、これら課題に対して、これまで以上に結束して対応していくことで一致した。
7月のG20ハンブルク・サミット(ドイツ)では、「相互に連結された世界の形成」というテーマの下、世界経済の成長が依然として緩やかで、様々な下方リスクが存在する中、G20としていかに連携してこれらのリスクに対応しつつ成長を強化していくか等、首脳間で率直な意見交換が行われた。G7タオルミーナ・サミットでも重視された世界経済、貿易、過剰生産能力問題への対応等につき、安倍総理大臣を始め日本からも力強く働きかけを行い、関連のコミットメントにG20として合意した。また、G20首脳の支持を得て、2019年のG20議長国を日本が務めることが決定した。
アジア太平洋地域の21か国と地域が参加する経済協力の枠組みであるアジア太平洋経済協力(APEC)では、11月に開催された2017年ベトナムAPECダナン首脳会議において、地域経済統合の深化、デジタル時代における零細・中小企業の競争力・イノベーションの強化、持続可能で革新的かつ包摂的な成長の促進などについて幅広い議論が行われた。安倍総理大臣は、「自由で公正」な通商ルール形成に向けた日本の積極的姿勢や、「生産性革命」、「人づくり革命」、「デジタル貿易」等の取組を世界に発信した。
経済・社会の広範な分野を扱う「世界最大のシンクタンク」である経済協力開発機構(OECD)では、6月の閣僚理事会で、「グローバル化」をテーマに議論した。日本からは、多角的貿易体制の維持・強化、公平な競争条件の確保、開かれ、誰もが公平に利用可能な「質の高いインフラ」整備等の重要性を強調し、いずれも成果文書に反映されるなど、OECDにおける議論に貢献した。また、同閣僚理事会に合わせて、税源浸食及び利益移転を防止するための租税条約関連措置を実施するための多数国間条約(BEPS防止措置実施条約)の署名式が行われた。
新興国を始めとする海外の経済成長の勢いを取り込み、日本経済の着実な成長を後押しするため、日本政府としても日本企業の海外進出支援を一層重視している。日本企業の海外展開支援に関しては、例えば、「2020年に約30兆円のインフラシステムの受注を実現」や「2019年に農林水産物・食品の輸出額を1兆円にする」等の具体的な政府目標の達成に向け、オールジャパンで取組を行ってきている。
このような状況の下、外務省は各国で日本企業の窓口となる在外公館と緊密に連携してきており、関係する在外公館には、「日本企業支援窓口」、「インフラプロジェクト専門官」、「日本企業支援担当官(食産業担当)」を設置するなど、現地のビジネスを支援する体制を整えている。在外公館では、様々な相談に対応しつつ、公館の施設を活用した日本産品のプロモーション活動の支援や現地の法制度に対応するためにセミナーを開催するなど日本企業の海外展開を支援している。2016年度に世界各国の日本国大使館・総領事館に寄せられた相談件数は前年の4万6,762件を上回る5万3,675件に上り、今後も増加傾向が見込まれる。
東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所事故を受けた日本産農林水産物・食品に対する輸入規制については、韓国、シンガポール、台湾、中国、香港、マカオ及びロシアが輸入停止を含む規制を維持している。外務省ではこれらの国・地域を含め各国政府及び広く一般市民等に正確な情報を迅速に発信するとともに、科学的根拠に基づき、規制を可及的速やかに撤廃するよう精力的に働きかけてきており、2017年以降では新たにカタール、ウクライナ、パキスタン、サウジアラビア、アルゼンチン及びトルコの6か国で規制撤廃が実現し、米国、EU等でも更なる規制緩和が実施された。
多くの資源を海外に依存している日本にとって、資源の安定的かつ安価な供給確保に向けた取組が引き続き重要である。外務省としても様々な外交手段を活用し、資源国との包括的かつ互恵的な関係の強化に努め、供給国の多角化を図るなど戦略的な資源外交を行っている。2017年には、近年世界のエネルギー情勢に構造的な変化が起きていることを踏まえ、今後の新たなエネルギー・資源外交政策の在り方に関する検討を重ね、7月に新たなビジョンを打ち出した(コラム「日本の新たなエネルギー・資源外交~『グローバル・ビジョン』の発表~」227ページ参照)。
食料安全保障に関しては、将来、世界的な食料不足が発生する可能性も指摘される中、世界の食料生産の促進を通じて需給の緩和を図ることで、日本の安定的な食料確保にもつながるよう取組を進めている。2017年には、グラツィアーノ国連食糧農業機関(FAO)事務局長の4年ぶりとなる訪日の機会などを活用し、日・FAO関係の更なる強化に取り組んだ(コラム「国連食糧農業機関(FAO)との関係強化〜グラツィアーノFAO事務局長の訪日〜」231ページ参照)。
日本は責任ある世界有数の漁業国及び消費国として、海洋生物資源の適切な保存管理及び持続可能な利用を基本方針とし、漁業資源に対する保存管理措置を決定・実施する主体として最も重要な国際機関である地域漁業管理機関(RFMO)の多くに加盟し、積極的な役割を果たしている。また、捕鯨問題については、国際的な状況は依然厳しいが、鯨類資源は持続可能な形で利用し、文化、習慣等の多様性も尊重されるべきとの基本方針の下、科学的根拠及び国際法に基づき、国際社会の理解が深められるよう粘り強く取り組んでいる。
対日直接投資に関しては、「成長戦略」で掲げられた、「2020年までに外国企業の対内直接投資残高を35兆円に倍増する」という目標達成に向けて、2014年から開催されている「対日直接投資推進会議」を司令塔として、投資案件の発掘・誘致活動、必要な制度改革の実現に政府横断で取り組んでいる。
外務省としては、外交リソースを活用した取組として、126の在外公館に設置した「対日直接投資推進担当窓口」を通じた対日投資の呼びかけや対日投資イベントの開催など積極的な活動を行っているほか、政府要人によるトップセールスや日本貿易振興機構(JETRO)など関係機関との協力を通じて、国内外で様々な取組を戦略的に行っている。