外交青書・白書
第3章 国益と世界全体の利益を増進する外交

第3節 経済外交

総論
〈経済情勢認識と日本の経済外交〉

2016年は、米国の金融政策正常化に向けた動き、原油価格の動向や中国を始めとする新興国経済の先行きに加え、英国の欧州連合(EU)離脱問題に伴う今後の英・EU経済関係の不透明感の高まりによる影響に注目が集まった。そうした中、世界経済は、年前半には、先進国に一部弱めの動きも見られたが、年後半には、その動きも和らぐとともに、中国経済に持ち直しの動きが見られ、全体として緩やかな回復を続けた。日本経済も、弱さが見られたものの、雇用・所得環境が引き続き改善する中で、緩やかな回復基調が続いている。

日本政府は、このような経済情勢認識の下、6月、「回り始めた経済の好循環を、持続的な成長路線に結びつけ、『戦後最大の名目GDP600兆円』の実現」を目指し、「日本再興戦略2016」(以下「成長戦略」)を閣議決定した。「成長戦略」では、日本の企業や人が積極的に海外市場に打って出るとともに、「世界のヒト、モノ、カネ」を日本に惹(ひ)き付けることで世界の経済成長を取り込み、日本の成長につなげていく道筋を示している。

日本経済の成長を後押しする経済外交の推進は、日米同盟の強化及び近隣諸国との関係強化と並んで、日本外交の三本柱の1つとして位置付けられており、積極的に取組を進めてきた。2016年は、「成長戦略」も踏まえつつ、①自由で開かれた国際経済システムを強化するためのルールメイキング、②官民連携の推進による日本企業の海外展開支援及び③資源外交と対日直接投資の促進の3つの側面から経済外交を進めた。

〈自由で開かれた国際経済システムを強化するためのルールメイキング〉
(1)経済連携の推進

高いレベルでの経済連携の推進は、「2018年までに、FTA比率70%(2012年:18.9%)を目指す」ことを掲げる「成長戦略」の柱の1つである。2016年2月に署名されたTPP協定はアジア太平洋の12か国で新しい貿易・投資ルールを構築するものであり、同協定が発効すれば、世界の国内総生産(GDP)の約4割、人口の1割強を占める巨大な経済圏が誕生することとなる。今後も、日EU・EPA(経済連携協定)、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)、日中韓FTA(自由貿易協定)などの経済連携協定の交渉に同時並行的に取り組むことで、世界全体の貿易・投資ルール作りに貢献していく考えである。

(2)多数国間の貿易自由化(WTO)

多数国間の貿易自由化をめぐる交渉については、長年にわたり膠着(こうちゃく)状態が続いてきているものの、世界貿易機関(WTO)を中心とする多角的貿易体制は、新たなルール作りや紛争解決を含む既存のルールの運用面において重要な役割を果たしている。

2001年から続くドーハ・ラウンド(DDA)交渉の今後の取扱いについては、先進国と開発途上国の間の意見の対立から見通しがついていない。一方で、新たなルール作りについては、2015年の第10回WTO閣僚会議(MC10)で情報技術協定(ITA)の品目拡大交渉や輸出補助金を含む輸出競争等の農業分野における合意等の成果があったことは、WTOの交渉機能が完全に不全となっているわけではないことを示している。時代によって変化する課題への対応を含め、WTOの交渉機能をいかにして再活性化・強化するかとの観点から、従来とは違った新しいアプローチを検討する必要があり、日本としても積極的に議論に参加していく考えである。10月にオスロ(ノルウェー)で行われたWTO非公式閣僚会合では、保護主義の圧力が高まる中、互いの信頼醸成が大切である点、高すぎる野心を設定することによるリスクは避け、閣僚会議ごとに成果を積み重ねることができるよう実現可能な分野について「漸進的な」成果を作るべく交渉を進めるべき点等について認識が共有されるなど、2017年12月に開催される第11回WTO閣僚会議(MC11)で着実な成果を達成するための議論が進んでいる。

(3)国際的な議論を主導

先進国首脳が集まって政策協調のための議論を行うG7については、2016年、日本はG7議長国として5月26日及び27日にG7伊勢志摩サミットを開催した。サミットにおいて、G7間の結束を確認しつつ、サミットの最大のテーマである世界経済はもとより、日本の優先議題である「質の高いインフラ投資」、「保健」、「女性」といったテーマや海洋安全保障などで議長国としてのリーダーシップを発揮し、具体的な行動を伴う成果に結実させることで、国際場裏における存在感を印象付けることができた。特に世界経済については、G7が金融・財政政策及び構造改革の3本の矢のアプローチの重要な役割を再確認し、手を携えて世界経済のリスクに立ち向かい、世界経済の持続的かつ力強い成長をリードしていくという強い決意を世界に向けて発信した。

また、9月のG20杭州(こうしゅう)サミット(於:中国)では、G7伊勢志摩サミットに続き、世界経済が最大のテーマとなったが、日本は、G7議長国として、G7伊勢志摩サミットにおける議論をベースに、様々なリスクに直面する世界経済に対して、国際協調を強化していくことの重要性を強調し、金融・財政政策及び構造改革の全ての政策対応を行っていく必要性を訴え、G20としてもこの点で一致した。中国を始めとする新興国も含め、過剰生産能力などの構造的な問題にもしっかりと取り組んでいくことも合意された。

アジア太平洋地域の21の国と地域が参加する経済協力の枠組みであるアジア太平洋経済協力(APEC)では、11月に開催されたペルーAPEC首脳会議において、「質の高い成長と人間開発」を全体テーマとして、地域経済統合の推進、地域フードマーケットの促進、零細・中小企業の近代化、人材開発促進などについて幅広い議論が行われた。安倍総理大臣は、自由貿易こそが世界経済の成長の源泉であり、日本は包摂的な成長をもたらす経済政策を進めて自由貿易を推進することを表明した。

経済・社会の広範な分野を扱う「世界最大のシンクタンク」である経済協力開発機構(OECD)では、6月の閣僚理事会において、「包摂的な成長に向けた生産性の向上」をテーマに議論した。日本は10度目の副議長国として、準備段階からテーマの設定や成果文書の作成・交渉などをリードして貢献し、「成長と機会及び所得増加の好循環」の必要性を訴えた。また、日本は6月1日に「OECD開発センター」(OECDの下にある開発分野を扱うシンクタンク)に16年ぶりに復帰した。

〈官民連携の推進による日本企業の海外展開支援〉
(1)日本企業の海外展開支援

新興国を始めとする海外の経済成長の勢いを取り込み、日本経済の着実な成長を後押しするため、政府としても日本企業の海外進出支援を一層重視している。外務省では、岸田外務大臣を本部長とする「日本企業支援推進本部」の指揮の下、2015年9月に設置された「官民連携推進室」が中心となり、また、在外公館では公館長が先頭に立ち、本省・在外公館が一体となって日本企業の海外展開推進に積極的に取り組んでいる。

また、「成長戦略」にある「2020年に約30兆円のインフラシステムの受注を実現する」という目標に向け、日本のインフラや技術を海外に売り込むトップセールスを積極的に実施している。その成果もあり、2014年の受注額は約19兆円と目標達成に向け順調に推移している。

さらに、「2019年に農林水産物・食品の輸出額を1兆円にする」という政府目標(「未来への投資を実現する経済対策」)に向け、在外公館を活用し、農林水産物・食品の輸出に取り組む事業者からの相談対応や日本産品のプロモーションイベント等を実施している。特に、54か国・地域、58か所の在外公館等に、日本企業支援担当官(食産業担当)を設置し、取組を強化している。また、東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所事故を受けた輸入規制については、韓国、台湾、中国、香港、マカオ、シンガポール及びロシアにおいては輸入停止を含む規制が残されている。外務省ではこれらの国・地域を含め各国政府等に正確な情報を迅速に提供するとともに、科学的根拠に基づき、規制を可及的速やかに緩和・撤廃するよう働きかけてきている。

〈資源外交と対日直接投資の促進〉
(1)エネルギー・鉱物資源・食料安全保障

エネルギー・鉱物資源分野に関しては、2016年にはG7議長国としてエネルギー問題に関する国際的な議論を主導したほか、採取産業における複雑な契約交渉の支援強化(コネックス・イニシアティブ)について持続可能な開発に向けた基本指針を取りまとめ、9月にはG7コネックス能力構築・透明性向上国際会合を開催した。11月には東アジア初の議長国としてエネルギー憲章会議を開催し、エネルギー投資の保護・自由化等を促進するエネルギー憲章条約の普及に努めた。また、安倍総理大臣らと主要な資源国首脳らとの会談の機会を捉え、二国間関係の強化に努めた。

食料安全保障に関しては、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けたG7の具体的行動を取りまとめるとともに、10月には食料安全保障・栄養に関するG7国際シンポジウムを開催した。将来、世界的な食料不足が発生する可能性も指摘される中、世界の食料生産の促進を通じて需給の緩和を図ることで日本の安定的な食料確保にもつながるよう取組を進めている。

(2)海洋生物資源の持続可能な利用

日本は責任ある世界有数の漁業国及び消費国として、海洋生物資源の適切な保存管理及び持続可能な利用を基本方針とし、漁業資源に対する保存管理措置を決定・実施する主体として最も重要な国際機関である地域漁業管理機関(RFMO)の多くに加盟し、積極的な役割を果たしている。また、捕鯨問題については、国際的な状況は依然厳しいが、鯨類資源は持続可能な形で利用し、文化、習慣等の多様性も尊重されるべきとの基本方針の下、国際法及び科学的根拠に基づき、国際社会の理解が深められるよう粘り強く取り組んでいる。

(3)対日直接投資の促進

対日直接投資に関しては、「成長戦略」で掲げられた、「2020年までに外国企業の対内直接投資残高を35兆円に倍増する」という目標達成に向けて、2014年から開催されている「対日直接投資推進会議」を司令塔として、投資案件の発掘・誘致活動、必要な制度改革の実現に政府横断で取り組んでいる。

外務省としては、外交リソースを活用した取組として、126の在外公館に設置した「対日直接投資推進担当窓口」を通じた対日投資の呼びかけや対日投資イベントの開催など積極的な活動を行っているほか、政府要人によるトップセールスや日本貿易振興機構(JETRO)など関係機関との協力を通じて、国内外において様々な取組を戦略的に行っている。

このページのトップへ戻る
青書・白書・提言へ戻る