アジア太平洋地域において、日米同盟に加え、二国間及び多国間の安全保障協力を多層的に組み合わせてネットワーク化することは、同地域の安全保障環境の一層の安定化に効果的に取り組む上で不可欠である。
日本はこのような認識の下、特に、米国の同盟国であり、基本的な価値観や経済的及び安全保障上の利益を共有する韓国及びオーストラリアとの間で、二国間及び米国を含めた多国間での協力の強化に努めている。2011年は、日・フィリピン海洋協議や日・インドネシア外務・防衛当局間協議、日・シンガポール海上安全保障対話を開始し、さらに前年に引き続き、第2回日・ベトナム戦略的パートナーシップ対話を開催するなど、ASEAN諸国との安全保障協力の維持・強化にも力を入れている。さらに、アフリカ、中東から東アジアに至る海上交通の安全確保などに共通の利害を有するインドとの間でも、二国間及び米国を含めた三国での協力の強化に努めており、2011年12月には、野田総理大臣がインドを訪問し、海上安全保障分野での協力拡大も確認した。また、日米印三国が、地域情勢を含む共通の関心事項について、外務省の局長レベルで議論する日米印協議第1回会合を開催した。
この地域の安全保障に大きな影響力を持つ中国やロシアとの間では、安全保障対話・交流などを通じて信頼関係を増進するとともに、海賊やテロ、サイバーなどの非伝統的安全保障分野などにおける協力関係の構築・発展を図る必要がある。中国との間では、大局的観点から戦略的互恵関係を深化させていくため、東シナ海資源開発や海洋に関する重層的な危機管理メカニズムの構築など、海洋に関する協力を推進するほか、安全保障分野での交流も進めていく。また、ロシアは、重要な隣国であり、アジア太平洋地域のパートナーとしてふさわしい関係を構築していく。この方針の下、2012年1月の日露外相会談でも、安全保障分野の協議及び防衛当局間の対話を進めていくことで一致した。
多国間の安全保障協力については、2011年に東アジア首脳会議(EAS)へ米国及びロシアが正式参加し、政治・安全保障分野での取組の強化が確認されるなど、安全保障面における地域の多国間協力の動きが活発化している。このような中、日本は、ARF(1)やEAS、ADMMプラス等に積極的に参加し、多国間の対話や協力にも精力的に取り組んできている。
ARFは、信頼醸成の役割を超えて具体的な協力を行う枠組みへと発展を遂げつつあり、2011年3月にはマナド(インドネシア)において日本とインドネシアの共催で第2回災害救援実動演習を開催した。共催国である日本、インドネシアを含め、ASEAN諸国、オーストラリア、中国、欧州連合(EU)、インド等計25か国・地域から4,000名以上が参加し、都市型捜索救助等の実動演習、机上演習、及び医療活動等が実施された。このほか、2011年2月には日本、インドネシア及びニュージーランドを共同議長として第3回ARF海上安全保障会期間会合(ISM)を東京で開催するなど、日本はARFに対する様々な貢献を行っている。
日本は、政府間対話のみならず、安全保障に関する率直な意見交換の場として民間レベルの対話の枠組みも積極的に活用している。中でも、アジア安全保障会議(通称:「シャングリラ・ダイアローグ」)は、アジア太平洋地域の国防相及び防衛・安全保障分野の政府関係者や有識者が一堂に会し、防衛問題や防衛・安全保障協力に関して議論をする会合となっている。
日本は、こうした民間主催の会合を始めとする、各国の安全保障や防衛分野の会議に積極的に参加することにより、アジア太平洋地域の平和と安定のための基盤となる信頼醸成の促進に努めている。
国連PKOは、伝統的には、国連が紛争当事者間に立って、停戦や軍の撤退の監視などを行うことにより事態の鎮静化や紛争の再発防止を図り、紛争当事者による対話を通じた紛争解決を支援することを目的とした活動である。しかし、冷戦終結後、内戦の増加などによる国際環境の変化に伴い、国連PKOは、停戦監視などの伝統的な任務に加え、元兵士の武装解除・動員解除・社会復帰、治安部門改革、選挙、人権、「法の支配」などの分野における支援、政治プロセスの促進、紛争下の文民の保護など、多くの任務を与えられた。その軍事・警察要員数は、最大のミッション(ダルフール国連・AU合同ミッション:UNAMID)で約2万3,000人に達し、現在展開中の15のPKOミッションを合計すると9万8,000人を超えている(2011年11月末現在)。こうしたミッションの複雑化・大規模化と、必要な資源の不足という事態を受け、国連を始めとする多くの場でPKOの改革をめぐる議論が行われている。
日本は、1992年6月に制定された国際平和協力法(PKO法)に基づき、これまで、13のミッションに延べ7,000名近くの要員を派遣してきた。例えば、国連兵力引き離し監視隊(UNDOF)には1996年から輸送部隊など約45名を恒常的に派遣し、2010年からは国連ハイチ安定化ミッション(MINUSTAH)に施設部隊など最大約350名、東ティモール統合ミッション(UNMIT)に2名の軍事連絡要員を派遣している。さらに、2011年11月からは国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)に司令部要員2名を派遣し、同年12月には330名の自衛隊施設部隊などの派遣を閣議決定するなど、国連PKOに対する人的貢献を拡大している。南スーダンに派遣する施設部隊は、2012年1月に現地への展開を開始した。
また、日本は、平和維持・平和構築に関する能力強化の観点から、日本及びアジア各国の研修員を対象とした平和構築人材育成事業やアジア太平洋地域出身者を対象とした国連PKO幹部要員訓練コースを実施しているほか、アフリカ諸国やマレーシアのPKO訓練センターに対する支援も行っている(ウ参照)。
順位 | 国名 | 派遣人数 |
---|---|---|
1位 | バングラデシュ | 10,496人 |
2位 | パキスタン | 9,374人 |
3位 | インド | 8,174人 |
4位 | ナイジェリア | 5,716人 |
5位 | エチオピア | 5,274人 |
14位 | 中国 | 1,927人 |
18位 | フランス | 1,391人 |
19位 | イタリア | 1,233人 |
33位 | 韓国 | 631人 |
47位 | 英国 | 282人 |
48位 | 日本 | 260人 |
49位 | ドイツ | 258人 |
50位 | ロシア | 227人 |
53位 | カナダ | 188人 |
58位 | 米国 | 32人 |
(注)日本は、国連ミッションに369名を派遣しているが、このうち、国連によって経費が賄われない要員は、国連統計には含まれていない。
出典:国連ホームページ等(2011年11月末現在)
日本の国際協力においても、平和構築は重要な位置を占めている。ODA大綱は、「平和の構築」を重点課題の一つとして位置付けており、2010年6月に外務省が取りまとめた「ODAのあり方に関する検討」(第3章第2節1「政府開発援助(ODA)の現状」参照)でも、開発協力の三本柱の一つに「平和への投資」を掲げている。また、政府が策定した2011年度国際協力重点方針も、重点事項の一つとして「平和構築支援」を挙げている。
平和構築のためには、紛争の予防や緊急人道支援とともに、紛争の終結を促進する支援から平和の定着や国づくりの支援に至るまで、継ぎ目のない包括的な取組が必要となる。日本は、人間の安全保障の視点に立ち、特に以下の国・地域において平和構築支援に積極的に取り組んでいる。
アフガニスタンの自立と安定を支援し、同国を再びテロの温床としないことは、国際社会ひいては日本の平和と安全に関わる最重要課題の一つである。アフガニスタンでは、2011年7月に国際治安支援部隊(ISAF)から同国政府への治安権限の移譲が開始された。治安権限移譲は2014年末までに段階的に実施される予定であり、このプロセスを後戻りさせず進めることが、アフガニスタン政府及び国際社会にとって、最大の焦点となっている。日本としては、2009年11月に発表した「テロの脅威に対処するための新戦略」に基づき、①治安維持能力の強化、②タリバーン等元兵士の社会への再統合、③識字を始めとする教育、基礎医療、農業・農村開発、基礎インフラの整備等の開発支援を通じて、治安権限移譲プロセスの進展を後押しし、同国の平和と安定に積極的に貢献していく。
日本は「平和の定着」を対アフリカ支援の柱の一つとして位置付け、支援を強化している。2008年5月、第4回アフリカ開発会議(TICADⅣ)において取りまとめられた横浜行動計画では、人間の安全保障の確立の一環として「平和の定着・良い統治の促進」を重点事項の一つとして取り上げ、平和の定着のプロセスを後戻りしないものにするための継ぎ目のない支援、平和維持に携わる主体間の調整強化や、グッドプラクティス(優れた取組)を共有することなどの重要性を強調している。
例えば、日本は、1986年から20年以上続いた内戦の影響を受けたウガンダ北部の4県に対し、国内避難民の帰還と社会への再統合を促進するため、社会インフラ再建を後押しする包括的支援を実施している。同地域では、日本、米国国際開発庁(USAID)及び世界銀行が連携して、南スーダンの首都ジュバとウガンダ北部のグルを結ぶ国境を越えた幹線道路を連結する取組を行っている。また、長期にわたり甚大な被害を発生させた南北間の内戦を経て、2011年7月に南部の分離独立が達成されたスーダン及び南スーダンにおいて、除隊した兵士の武装解除、動員の解除、社会復帰(DDR)を支援している。加えて、南スーダンの首都ジュバにおいて、国民一人ひとりが確実に平和と安定を実感できることを目的に、幹線道路における橋梁整備や職業訓練センターの改修など同国の国づくりに対する支援を行っている。このような支援により、平和がもたらす恩恵を草の根レベルに行き渡らせ、将来の紛争予防に貢献することが期待されている。
イラクの復興と安定は、日本が取り組む平和構築の最重要課題の一つである。日本は、相次ぐ戦争と経済制裁で疲弊したイラクが、自立復興の軌道に乗り、安定した民主国家となるまでの橋渡し役を担っている。日本は、2003年のイラク復興支援国会合で総額50億米ドルの資金協力を行うことを公約し、その実施に当たっては、無償資金協力によるイラク国民の生活基盤の再建から、円借款による中長期的な復興需要への対応へと比重を移してきた。これら資金協力との効果的な連携を図るべく、人材育成のための技術協力も積極的に実施している。2011年11月の日・イラク首脳会談では、野田総理大臣が、約7.5億米ドルの新たな円借款供与に必要な措置をとることを表明した。これは、2003年の50億米ドルの支援の公約を達成し、更に新たな支援を行うものである。
これまでの日本の取組は、イラク国民の生活基盤の再建支援(電力、水・衛生、医療・保健など)に加え、行政機関の能力向上や治安改善支援(警察の装備整備、訓練など)、政治プロセスにおける選挙支援、憲法制定支援、国民融和の促進、選挙監視団の派遣にまで及んでいる。今後の対イラク支援は、これまでの緊急的な復興ニーズへの対応から、中長期的な観点をもって、民間資金の導入も含め、同国が資源産出国として復興・再建していけるような支援へと転換しており、今後、日・イラク関係がビジネス・パートナーの関係に移行していくことが期待される。
宗教や民族間の対立など様々な要因による地域紛争や内戦は、一度終結しても紛争予防、社会開発などの点において適切に事後の手当てがなされないと、紛争状態に逆戻りすることも少なくない。このような問題意識の下、2005年12月、国連の安保理及び総会に対し、紛争後の平和維持から復興・開発まで継ぎ目ない支援に関する助言を行うことを目的として、安保理及び総会の決議に基づき、「平和構築委員会」が設立された。同委員会は、安保理及び総会と緊密に連携しつつ、関係諸機関や市民社会の知見を活用しながら、対象国の平和構築上の優先課題の特定及び平和構築戦略の策定を行い、その実施を支援する役割を担っている。日本は設立時からのメンバーであり、これまで同委員会の活動に貢献している。また、同時期に設立された平和構築基金の枠組みを通じ、対象国を始めとする平和構築支援の要請国に支援が行われている。
設立決議の規定に従い、設立5年目に当たる2010年に、同委員会の活動状況の見直しが行われた。同年7月に安保理及び総会に提出された見直しに関する報告書には、安保理との関係強化の必要性や若者雇用の促進などの勧告が盛り込まれた。また、同年10月には、これらの勧告を前進させることなどを内容とする決議が総会・安保理共同で採択され、具体的な勧告の履行について同委員会で検討を進めている。
平和構築委員会の対象国としては、これまでのブルンジ、シエラレオネ、ギニアビサウ及び中央アフリカ、リベリアに加え、2011年3月にギニアが新たに加えられた。日本は、これまでの平和構築支援の経験と知見を最大限活用し、対象国における平和構築戦略の策定と実施に貢献している。さらに、日本は、2011年に同委員会の教訓作業部会議長に就任し、過去の取組や教訓を見直すほか、安保理を始めとする関係機関との協力強化といった点についても議論を主導している。
今日の平和構築の現場では、文民専門家を必要とする場が拡大しているにもかかわらず、高い能力と専門性が求められるために、まだまだ担い手の数が十分とはいえず、平和構築を担う文民の育成が大きな課題となっている。このような状況を踏まえ、日本は、2007年度から平和構築の現場で活躍できる日本及びアジアの文民を育成すべく、「平和構築人材育成事業」を開始した。現場で即戦力として活躍する人材の育成を目的とし、海外実務研修も含む「本コース」、平和構築に関心のある一般人を対象とした「基礎セミナー」に加え、2010年度は、世界各地で活動する平和構築関連業務の従事者を対象に、総合的なスキルを向上させることを目的とした文民専門家訓練コースも実施し、これまでに約275名の平和構築の専門家を育成してきた。本事業の修了生の多くは、既に南スーダンや東ティモールなどの世界各地の平和構築の現場で活動しており、その活躍は国際機関などの関係者から高い評価を得ている。
2011年7月9日、国連加盟国として193番目となる新国家「南スーダン共和国」が誕生しました。約40年間、スーダンの南北間で続いた内戦の間に多くの国民が近隣諸国へ難民として流出し、多くの人々の尊い命が失われました。南スーダンでは、独立後の今も部族間の衝突がやまず、また独立時に確定しなかった南北の国境線付近では、スーダン軍によると見られる空爆により難民が発生し、不安定な状況が続いています。
このような状況下において、UNHCR南スーダンは、主に、①スーダン及び近隣諸国からの帰還民に対する帰還・再定住支援、②部族間衝突による国内避難民や国境付近のスーダン難民に対する緊急人道支援を行っています。私はそのUNHCR南スーダンに、外務省の「平和構築人材育成事業」を通じた国連ボランティアとして派遣されています。この事業では、日本人や他のアジアの人々が日本国内で6週間の平和構築に関する研修を受け、その後、日本人全員は1年間、アジア諸国からの参加者の一部は6か月間、国連ボランティアとして各国の平和構築の現場へ派遣されます。
開発途上国の住宅問題に取り組みたいと思い、学生時代に建築を学んだ私は、インドネシアの国連機関のインターンとして、スマトラ沖大地震や中部ジャワ地震の復興支援等に携わり、その後、民間の経営コンサルティング会社に就職し、様々な技術を身に付けました。民間企業での経験を経て、再度、開発途上国支援の仕事に挑戦してみたいと思い、本事業に応募しました。
私の所属するUNHCR南スーダン・再統合ユニットは、帰還民が平和的に地元住民に再統合されるための支援を行っています。これは、帰還民が村や町に戻ってくることにより、限られた資源(水、土地など)や施設(病院、学校など)をめぐって争いを起こさず、平和的に共生していくための支援です。この部署の中で私の主な役割は、南スーダン全10州で行っている帰還民に対する住宅支援事業を管理することです。このプロジェクトでは帰還民全員に住宅支援をできるわけではありませんが、特に自立的に南スーダンでの生活を開始することが困難と思われる帰還民(お年寄りやシングルマザー、子供のみの家庭など)を対象に、住宅の建設を支援しています。
日本を離れ、文化や価値観の違う国で働いている中では勿論苦労もありますし、嬉しいこともあります。特に、日々直面するレベルの難しさとしては、南スーダン人の中でも部族ごとに異なる気質やそれぞれの部族がお互いに持っている感情というものが挙げられます。南スーダンの人々は、「南スーダン人」という意識より、「ディンカ人」、「ムルレ人」、「ヌエル人」等とまだまだ部族の垣根が根強い状況です。そして、部族ごとに気質が全く異なるため、それぞれに対するコミュニケーション方法も変わってきます。この国が長い目で一つの国として豊かになるためには、まず国民が部族の垣根を越えて「南スーダン人」として、国の発展に貢献することが求められると思います。一方、暑さやマラリア等の感染症と戦いながらも、ここで活動していてよかったと思う瞬間は、支援した住宅を受益者が自分なりにきれいに飾って生活を再建している姿を見るときです。支援に頼るだけでなく、自分なりのプラスアルファで「単なる住宅」ではなく、「自分の家・生活再建の基盤」として大切にしている住民の姿を見ると本当に嬉しい気持ちになります。
本事業に応募した当初は「平和構築」という未知の分野で自分に何ができるのか漠然とした不安もありました。しかし、本事業を通じて、短期間の研修で基礎的な知識を教えていただき、また世界中で活躍されている様々な方とのネットワークを広げていただき、現場に出てみると、「平和構築」という大きな概念の下、多岐にわたる分野の専門家たちが自身の専門性をいかして働いていることが分かりました。この事業に参加する前の私は、平和学や人権、国際政治、人道支援等を専門に勉強してきた人ばかりが平和構築の現場で働いているのだと思っていました。しかし、例えば、ある州で部族間衝突が起こり、村が焼かれ、家を追われ、多くのけが人が発生したという場合、けが人の緊急避難に必要なのはパイロットですし、家を追われた人たちへの食糧や水、仮設住居等の緊急人道支援に必要なのは、調達や財務の経験者、エンジニアといった人たちです。つまり、日本の会社で当たり前に仕事をしている様々な分野の人々の技術が平和構築の分野でも必要とされているのです。特に、日本人のように、勤勉で正確・緻密な仕事を得意とする人材が、こうした一刻一秒を争う緊急人道支援の根幹ともいえる分野で必要とされていることはいうまでもありません。
私は、今後、本事業を通じた現場での経験を基に、更に自分の専門分野における経験を積み、平和構築に資する人材として大きく成長していきたいと考えています。
平和構築人材育成事業 研修員/UNHCR南スーダン 金田 恵子
2011年のソマリア沖・アデン湾での海賊事案の発生件数は237件に上った。発生件数は前年(2010年)の219件に比べわずかに増えたが、乗っ取り成功率が12%と、前年の22%を大幅に下回った。これは、日本を始めとする国際社会の海賊対処活動が一定の成果を挙げたことを示すといえる。しかしながら、ソマリア沖の海賊は、依然多数の船舶と人質を拘束しているほか、その活動領域をアデン湾東方や西インド洋まで拡大する等、依然として船舶の航行安全にとって大きな脅威となっている。
日本関係船舶に対する被害は、2011年は5件であり、前年の6件と比べるとほぼ横ばいである。3月には、アラビア海で日本の船会社が運航するオイルタンカー「グアナバラ」号が海賊4名に乗り込まれたが、急行した米国の艦船が海賊を拘束した。これらの海賊は後に日本に身柄を移送され、現在日本国内で刑事裁判にかけられている。このほかにも、日本の船会社が運航する船舶が紅海及びアデン湾で、海賊と思われる高速船に追跡、攻撃された事案も発生している。
日本は、2009年からソマリア沖・アデン湾に海上自衛隊の護衛艦2隻及びP-3C哨戒機2機を派遣し、海賊対処行動を実施している。2011年7月、日本政府は、海賊対処法に基づく海賊対処行動を2012年7月23日まで1年間延長することを閣議決定した。
海上自衛隊の護衛艦2隻(海上保安官8名が同乗)は、2011年の1年間に110回の護衛活動で882隻の商船を護衛した。加えて、P-3C哨戒機は、218回の任務飛行を行い、警戒監視や情報収集、他国艦艇への情報提供を行った。自衛隊が提供した情報に基づいて各国海軍が海賊の武装解除を行った例も多く、海上自衛隊の活動は各国政府や民間船舶関係者から高く評価されている。また、2011年6月には、海賊対処行動で派遣されている自衛隊のP-3C哨戒機部隊が独自に使用する活動拠点がジブチ共和国に完成し、運用を開始した。
日本は、ソマリア沖海賊問題の根本的な解決に向けて、周辺国の海上取締能力の向上や、ソマリアの安定に向けた支援といった多層的な取組を推進している。
日本は国際海事機関(IMO)の設置した基金に対し1,460万米ドルを拠出し、ソマリア周辺国の情報共有センター(ISC)を設置したほか、ジブチに周辺国の海上取締能力向上のための訓練センターの建設を進めている。また、海賊の訴追費用支援のために、国連薬物犯罪事務所(UNODC)に設置された国際信託基金に150万米ドルを拠出し、同基金を通じてソマリア沿岸国の法廷設備や収監施設の支援が実施された。このほかにも、アジア諸国を対象として国際協力機構(JICA)と海上保安庁とが協力して実施してきた「海上犯罪取締り研修」について、2010年からはソマリア周辺国のイエメン、オマーン、2011年からはジブチを新たに対象国とし、それぞれの国の海上保安機関職員に対して研修を実施し、海上法執行能力の向上に向けた支援を行っている。
ソマリアの安定に向けては、日本は、2007年以降、治安向上、人道支援・雇用創出及び警察支援のため、総額1億8,400万米ドルが拠出された。このほかにも、日本は、ソマリア沖海賊対策コンタクトグループ会合を始めとする国際会議に参加し、関係国・国際機関との連携強化に努めている。
アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)は、日本が主導して、2006年9月に発効した。シンガポールに設立されたReCAAPの情報共有センター(ISC)は、加盟各国が海賊情報を共有することを可能にしており、国際的にも高い評価を得ている。
ソマリア沖・アデン湾の海賊対策でも、先述のとおり、情報共有センターの設置を始めとして、ReCAAPをモデルとした地域協力の枠組みづくりが進められている。その他、マラッカ・シンガポール海峡の航行の安全については、海運国と沿岸国間の国際協力の枠組みである「協力メカニズム」に対し、積極的な支援を実施している。
2011年を通じ、国際社会はこれまでに達成された成果を基礎に、多国間及び地域的なレベルでの協力を推進し、国際テロ対策を一層強化してきた。G8ドーヴィル・サミット首脳宣言は、2011年5月のウサマ・ビン・ラーディンの死は国際テロ対策上の重要な前進であるとしつつも、テロ組織による継続的な脅威の存在を指摘し、国際法を遵守したテロ対策協力の重要性や、暴力的過激主義に対抗するための継続的努力の必要性などに言及した。
国連においては、米国同時多発テロ事件発生から10周年に当たる9月に、国連事務総長が国際テロ対策に関するシンポジウムを開催した。同シンポジウムには、各国から閣僚レベルが参加し、「国連グローバル・テロ対策戦略」(2)実施の重要性を改めて確認するとともに、テロ撲滅に向けた取組への誓いを新たにした。また、新たに「グローバル・テロ対策フォーラム」(GCTF:Global Counterterrorism Forum)(3)が設立され、テロ対処能力向上を支援するための様々な取組を行っていくこととなった。
地域レベルでは、日本は、2月にプノンペン(カンボジア)で第6回日・ASEANテロ対策対話を開催したほか、5月には、「ARFテロ対策及び国境を越える犯罪対策に関する会期間会合」(於:クアラルンプール(マレーシア))の共同議長をマレーシアと務め、最近のテロの傾向を踏まえ、過激化対策の重要性について各国と認識を共有した。また、「国境を越える犯罪に関するASEAN+3(日中韓)協力」の枠組みにおいても、10月に開催された第5回閣僚級会議(於:バリ(インドネシア))及び7月に開催された第9回高級実務者会議(於:シンガポール)へ積極的に参加した。また、7月には、インドネシアと共同で「日・ASEAN航空保安セミナー」をジャカルタで開催するなど、様々な取組を主導し、地域的なテロ対策に貢献してきている。
また、日本は、テロ情勢やテロ対策協力についての協議・意見交換を行っており、1月には北京で日中テロ対策協議を、3月には韓国・済州島で日中韓テロ対策協議をそれぞれ立ち上げるなど、近隣諸国との連携強化に力を入れている。
日本は、国際的なテロ対策協力として、テロ対処能力が必ずしも十分でない開発途上国などに対する能力向上支援を重視しており、東南アジア地域を重点として、ODAを活用した支援を継続・強化している。具体的には、①出入国管理、②航空保安、③港湾・海上保安、④税関協力、⑤輸出管理、⑥法執行協力、⑦テロ資金対策、⑧化学・生物・放射性物質・核(CBRN)テロ対策、⑨テロ防止関連諸条約(4)などの分野で、技術協力や機材供与などの支援を実施している。
そのほか、近年、国際社会全体が取り組むべき新たな課題として認識されている核テロ(核物質や放射線源を用いたテロ)に関しては、国際原子力機関(IAEA)などを中心に、核テロ対策強化のための様々な取組が行われており、日本は、IAEAの核物質等テロ行為防止特別基金への拠出、「核テロリズムに対抗するためのグローバル・イニシアティブ(GI)」(5)への参加などを通じ、積極的に貢献している。
日本は、国際場裏におけるテロ対策の議論への参画や、諸外国との国際テロ対策協力を推進するとともに、外国為替及び外国貿易法に基づいて資産凍結などの措置を実施し、2006年に改正された出入国管理及び難民認定法に基づきテロリストなどを退去強制措置の対象とするなど、テロリストに対する制裁措置を定める国連安保理決議を着実に履行している。
1月24日 | ロシア・モスクワの国際空港における自爆テロ |
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首都モスクワのドモジェドボ空港において自爆テロが発生し、外国人を含む37名が死亡、180名以上が負傷した。 | |
4月11日 | ベラルーシ・ミンスクの地下鉄駅における爆弾テロ |
首都ミンスク中心部の地下鉄オクチャブリスカヤ駅で爆弾が爆発し、14名が死亡、200名近くが負傷した。 | |
5月22日 | パキスタン・カラチにおける海軍基地襲撃テロ |
カラチで武装集団がパキスタン海軍の航空基地を襲撃、数回の爆発があったほか、軍部隊と銃撃戦となった。14名が死亡した。 | |
6月11日 | パキスタン・ペシャワールにおける自爆テロ |
ペシャワールの市場地区で自爆テロを含む爆発が2回あり、36名が死亡、約100名が負傷した。 | |
7月13日 | インド・ムンバイにおける連続爆弾テロ |
ムンバイ市内3か所で連続爆弾テロが発生し、26名が死亡、130名以上が負傷した。 | |
8月15日 | イラク・各地における同時多発爆弾テロ |
首都バグダッドのほか、7州の17の市や町で計37の自爆テロなどが発生し、少なくとも70名が死亡、250名以上が負傷した。 | |
8月26日 | ナイジェリア・アブジャにおける国連ビル爆破テロ |
首都アブジャにある国連ビルで爆破事件が発生し、少なくとも23名が死亡、81名が負傷した。 | |
9月7日 | インド・ニュー・デリーにおける爆弾テロ |
首都ニュー・デリー中心部の高等裁判所前で爆弾が爆発し、12名が死亡した。 | |
9月13日 | アフガニスタン・米国大使館等に対する襲撃事件 |
首都カブール市中心部において、ロケット弾や小火器を持った武装集団が米国大使館やISAF本部を攻撃したほか、警察施設3か所を襲撃し、少なくとも16名が死亡、18名が負傷した。 |
国際社会では、国連の犯罪防止刑事司法会議及び犯罪防止刑事司法委員会が、犯罪防止及び刑事司法分野における政策形成の中心機関として活動している。日本は、4月に開催された犯罪防止刑事司法委員会において、日本の児童ポルノ対策を中心にサイバー犯罪への取組を紹介したほか、行財政をめぐる議論などに積極的に参加した。
日本は、国際組織犯罪分野における国際的な法的枠組みの整備により、国際的な組織犯罪を防止し、これと闘うための協力を促進するために、国際組織犯罪防止条約及び補足議定書の締結について検討を進めている。また、贈収賄、公務員による財産の横領などの腐敗が、持続的な発展や「法の支配」を危うくする要因となっていることから、これに有効に対処するための措置や、国際協力などを規定した国連腐敗防止条約についても同様に検討を進めている。また、情報技術の急速な発展・普及に伴って深刻化したサイバー犯罪に対する国際協力を進めるためのサイバー犯罪条約について、締結に必要な関連国内法の整備を進めた。
日本は、2011年度に不正薬物、犯罪、テロの問題に包括的に取り組むUNODCに設置されている犯罪防止刑事司法基金に約9万2,000米ドル(同基金内のテロ防止部には別途約4万1,000米ドル。補正予算を除く)を拠出した。これは、UNODCが実施するアジアにおける人身取引対策及び腐敗対策プロジェクトに使用される。
近年、特にG20の枠組みにおいて、公正な国際競争を通じ世界経済の成長を促進するなどの観点から、腐敗対策の取組が強化されており、11月のカンヌ・サミットにおいては、「G20腐敗対策行動計画」(2010年10月発表)の履行状況等に関する報告書(腐敗対策作業部会 第1回監視報告書)が発表された。また外務省では、東南アジア諸国における腐敗対策の取組を支援すべく、2011年11月、国連アジア極東犯罪防止研修所が主催する腐敗対策セミナーに協力した。
マネーロンダリング及びテロ資金供与対策については、国際的な枠組みである金融活動作業部会(FATF)(6)が、各国が実施すべき国際的基準をFATF勧告として定めている。FATFは、FATF勧告の実施に向けた取組が不十分であり、マネーロンダリングやテロ資金供与の深刻な問題・脅威が認められる国・地域を特定し、公表している。このほか、FATFは、大量破壊兵器の拡散につながる資金供与の防止など、新たな視点からの対策についても議論を進めており、日本もこれらの議論に積極的に参加している。なお、2008年に実施されたFATF勧告の実施に関する対日相互審査に関し、2011年10月のFATF全体会合において、日本はその後の状況や取組を説明した。
人身取引の手口の巧妙化・潜在化などの人身取引をめぐる近年の情勢を踏まえ、2009年12月に政府の犯罪対策閣僚会議で「人身取引対策行動計画2009」を策定し、フォローアップ(履行状況の調査)を実施している。日本は、同行動計画に基づき、国際捜査共助の充実化や被害者の帰国支援、ODAを活用した国際支援などの国際的な取組に積極的に参画している。2011年11月には政府協議調査団をフィリピンへ派遣し、日本の「人身取引対策行動計画2009」の概要及び日本の人身取引対策について説明するとともに、同国内の被害の実態や保護施策を始めとする同国の人身取引対策について調査したほか、人身取引被害者のための保護施設の視察を行った。さらに、日本は、国際移住機関(IOM)への拠出を通じて、被害者の安全な帰国及び帰国後の支援のための「人身取引被害者帰国支援事業」への支援や、不法移民・人身取引及び関連する国境を越える犯罪に関する地域協力の枠組みである「バリ・プロセス」への支援を行っている(7)。
薬物分野における国際的な政策形成の中心機関である国連麻薬委員会(CND)は、薬物関連諸条約上の義務の履行を監視し、薬物統制の強化に関する勧告などを行っている。日本は、国内の予防対策を一層推進するとともに、日本の経験と知見に基づく国際協力(代替開発支援、合成薬物対策、薬物乱用防止政策など)を推進しており、2011年度には、UNODCに設置されている国連薬物統制計画基金に約126万米ドルを拠出し、国際的な薬物対策を支援している。これにより、日本は、ミャンマーにおける不法栽培モニタリング・プロジェクト、覚せい剤を始めとする合成薬物の供給削減を目的としたプロジェクトなどを支援した。
また、2011年度には補正予算により、アフガニスタンの麻薬対策のために、1,360万米ドルを拠出した。これにより、国境管理、刑事司法分野の能力強化、麻薬患者対策などのプロジェクトが実施されている。
G8の枠組みにおいては、5月、パリにおいて大西洋を越えたコカインの不正取引対策に関するアウトリーチ閣僚級会合が開催され、G8各国と欧州・中南米・アフリカ諸国が参加した(日本からは飯村政府代表が出席)。
情報技術(IT)に大きく依存した私たちの日常生活や、近年のソーシャル・ネットワーキング・サービス(Social Networking Service)を利用した情報の高速かつ広範な流通に見られるように、私たちの社会生活・経済活動は、サイバー空間に大きく依存しています。また、軍事分野においても情報通信技術の活用が必須となっています。こうした情報通信技術の重要性に比例して、サイバー空間における脅威は、急速に高度化・多様化しています。また、日本の政府機関、民間企業等に対するサイバー攻撃も増加しており、サイバー空間の安定的利用に対するリスクは、日本にとっても安全保障、経済上の大きな課題となっています。
サイバー攻撃には、その攻撃主体を特定することが困難であるという特徴があり、国際関係においても、このようなサイバー攻撃にいかに対応するかは難しい問題となっています。現在、日本を含めた各国は、国家レベルでのサイバー空間における脅威への対応、既存の国際法がどのように適用されるのかといった法的側面に関する検討、信頼醸成や国際協調の促進など、様々な面から検討・対話を行っています。
こうした中、日本は、二国間・多国間あるいは国際会議等の場における協力を進めています。例えば、米国や英国、北大西洋条約機構(NATO)やその他の主要先進国とサイバー分野での協議・対話を実施しているとともに、欧州評議会(CoE)関連のプロジェクトにも資金協力を行っています。また、2012年から13年の間、国連の場においてサイバー分野に関する政府専門家会合が開催される予定となっており、サイバー空間に関する国際的な規範作りなどについて議論が深まることが予想されます。アジア地域においても、ASEAN地域フォーラム(ARF)及びASEAN+3会合などの枠組みでサイバー分野に関する議論が始まっており、日本としてもアジア諸国との協議・対話を通じて、同地域諸国のサイバー空間に対する関心や関与をより高めるべく努めています。
また、2011年11月1日から2日までの2日間、英国において、サイバー空間に関するロンドン会議が開催されました。本会議は、ヘーグ英国外相が主催し、60か国の政府機関ほか、国際機関、民間部門、NGOの代表など約700名が参加しました。日本からも山根外務副大臣を代表とし、関係省庁からなる代表団が参加しました。会議は、全体会議及び5つの分科会等から構成され、山根副大臣は、サイバー空間の安定的利用に対するリスクが新たな安全保障上の課題となったことや、サイバー空間の安全性、開放性、透明性、信頼性及び相互運用性などを高めるための国際社会の協力や、官民間での継続した話合いの必要性、官民協力の下で国際的な規範を醸成していくことの重要性について述べました。
このように、日本としても各国等との協議・対話や国際会議等への参加など通じた協力をより推進するとともに、サイバー空間に関する国際的な規範作りに向け、国際社会との連携や官民協力を促進し、より一層、サイバー空間における安全保障上の課題に取り組んでいきます。
1 1994年発足。現在26か国・1地域が参加。
2 2006年9月、第60回国連総会において全会一致で採択。「テロとの闘い」における加盟国及び国連の能力を強化するための具体的かつ実践的なテロ対策措置を包括的にまとめたもの。また、国連事務総長が設置した国連テロ対策実施タスクフォース(CTITF)が、同戦略実施における国連関係機関間の調整及び加盟国への支援を行う。
3 テロ対策に係る新たな多国間の枠組みとして米国により提唱され、2011年9月に設立。実務者間の経験・知見・ベストプラクティス(成功事例)の共有や、「法の支配」、国境管理、暴力的過激主義対策等の分野における能力向上支援の実施等を目的とする。G8を含む29か国及びEUがメンバー(国連はパートナー)。
4 テロ防止関連諸条約についてはhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/terro/kyoryoku_04.htmlを参照。日本は13のテロ防止関連条約を締結している。
5 2006年、米国・ロシアの両国大統領が、核テロリズムの脅威に国際的に対抗していくことを目的として提唱。参加国は、核テロ対処能力を強化するためのセミナー、ワークショップなどを実施。2011年12月現在、82か国及びオブザーバーとして4機関(EU、IAEA、国際刑事警察機構(ICPO-interpol)、UNODC)が参加。
6 1989年のG7アルシュ・サミット(於:フランス)において、国際的なマネーロンダリング対策の推進を目的に招集された国際的な枠組みで、日本を含め、経済協力開発機構(OECD)加盟国を中心に34か国・地域及び2国際機関が参加。現在では、テロ資金対策についても指導的役割を果たしている。
7 日本は、IOMを通じて、人身取引被害者の帰国支援及び帰国後の社会復帰支援(就業支援、医療費の提供など)を実施している。また、「バリ・プロセス」の活動に関する広報及び啓蒙活動を目的としてバリ・プロセス・ウェブサイトの維持運営支援を実施している。なお、同ウェブサイトには参加各国の取組や域内協力に関する情報、専門家会合の成果物などが掲載されている。