世界貿易機関(WTO)
第16回:3年に一度の大行事?
対日貿易政策検討(TPR)会合
前回までコロナ禍におけるWTOの取組を特集してきた。3月以降、国際貿易の「情報センター」に徹してきたWTOであるが、多くの国が経済活動を徐々に再開するのと時を同じくして、WTOでも、これまで延期になった会合が相次いで開かれるようになっている。今回は、7月6日と8日に開催されたWTO対日貿易政策検討(Trade Policy Review: TPR)会合を紹介したい。
TPRとは、加盟国が定期的に、自らの貿易政策・慣行の現状を説明し、質疑応答を通じて、各国の理解を深め、その透明性を確保する制度だ。日本の場合、米国、中国、EUと同じく3年毎に巡ってくる。連載では何度もWTOの通報制度に触れてきたが、TPRもまた、加盟国の国内措置が数年に一度「ガラス張り」にされる重要な機会である。
TPR会合の再開後、日本はそのトップバッター務めることとなったが、前回2017年から2019年までの日本の貿易・経済政策の進捗が審査され、新型コロナに関連する措置は今回の対象から外れた。ハイブリッド形式、すなわち、WTO本部における物理的会合と各国首都からのオンライン出席で開催された。
今回の審査の流れをざっと説明すると次のとおりだ。
(1)会合に先立ち、WTO事務局と日本政府がそれぞれ作成した日本の貿易・経済政策に関する報告書が加盟国に共有され、加盟国はこれをもとに、質問を事前に提出。事前質問の数は、25加盟国から計647問にも達した。ルールに従い、会合1週間前までに、日本側からすべて回答した。(2)会合初日は、冒頭、日本側が貿易政策について説明し、代表質疑者を務めたノルウェー大使が議論を喚起した。その後、約50の加盟国から質問やコメントを行った。(3)中日(7月7日)をおいて、2日目は、日本側が初日の質問や意見に回答、反論した。

読者の皆様が受けられた印象は正しく、報告書の作成に始まり、WTO事務局によるヒアリングへの対応、回答の作成など、その準備は昨年夏から始まり、4か月も延期もされたので、思わぬ長丁場となった。この作業に携わった関係省庁・部局は、手元の数字では65を下らず、これだけの数のステークホルダーとの調整は困難を極めた。極めつけは、初日の質問への「打ち返し」を、7月7日と8日の夕方まで40時間の突貫工事で準備し、最終日の会合に臨んだ。
コロナ禍後初、ハイブリッド形式の初開催と、「初物づくし」の会合となった今回のTPR会合であるが、「各国から日本に対して厳しい指摘が相次いだ」の報道が紙面を占めたのは残念だった。確かに各国から厳しい指摘はあった。これらは、等身大の我が国の貿易政策や慣行への貴重な「気づき」であり「学び」としていく必要があり、これこそTPRの意義であるのは間違いない。けれども、それと同時に、圧倒的大多数の国が、日本との経済連携協定のその国・地域にとっての重要性、G20議長としての指導力、電子商取引交渉を始めとするWTO改革への貢献、途上国に対する貿易上の支援など、実に多岐にわたる分野において、日本の貿易投資政策を高く評価する声が上がったことも事実である。国際協調が逆風にさらされる中、多角的貿易体制の強化に向けた日本の取組が正当に認知されていることは、大きな励みとなった。
議事録がWTOのホームページに掲載されるまでは、あと6週間ある。それを待てない方々のためには、今回会合の書面質問や日本側の初日発言や二日目の応答発言の概要は外務省ホームページにまとめてあるので、ぜひご覧いただきたい。
さて、2日目の準備をほぼ徹夜で行い、意識朦朧としていた7月8日は、WTO次期事務局長選の立候補の締切日だった。次回以降2回にわたり、候補者8名の横顔を皆様に紹介したい。