世界貿易機関(WTO)
第21回:WTOでの新しいルール作り:4つの「JSI」とは(その1)
最近では、新型コロナ対策を表す言葉として「3つの密」や「5つの場面」が取り上げられているが、WTOには「4つのJSI」がある。これは、WTOでの新たなルール作りに向けた動きを理解する上で重要なキーワードとなっている。
JSIとは、共同声明イニシアチブ(Joint Statement Initiative)の略称3文字だ。2018年12月の第11回閣僚会議(アルゼンチン)で採択された、(1)電子商取引、(2)投資円滑化、(3)中小零細企業(MSMEs)、(4)国内サービス規制、の4つの分野における、それぞれの複数の有志国が発出した共同声明に基づく取組を指す。
マラケシュ協定第9条1項にあるように、WTOでは全加盟国の全会一致による意思決定が重視されているので、読者の方々は、有志国による共同声明と聞いて不思議に思うかもしれない。
そこで、本連載の第5回で御紹介した、新たなルール作りに向けたWTOでの努力を思い出してほしい。加盟国が増えるにつれ各国の立場の違いが浮き彫りとなり、交渉は難航してきた。実はと言えば、「JSI」は、このようなWTOの現状、つまりは全加盟国による全会一致の限界と試行錯誤を体現している。MC11では、補助金、開発等で合意形成を目指したが、多くは途上国と先進国の対立によって全会一致に達することができなかった。そこで、合意できる有志国がルール作りを進め参加国を増やしていく方法がとられたのだ。いわば「この指とまれ方式」。
電子商取引交渉や、投資円滑化についてはこれまでの連載で取り上げてきたが、今回は、そのうち「中小零細企業(MSME)」についてとりあげたい。ジュネーブでは、これを「ミズメス」と澄ました顔で呼んでいる。
中小零細企業は、世界全体の企業の95%、雇用の60%を占めており、国際貿易にも積極的に参加している。一方で、大企業と比べると、国際貿易の荒波の中で弱い立場に置かれやすい。例えば、「新型コロナウイルスと中小零細企業に関するWTO報告書」では、中小零細企業は手元資金が少なく、限られたサプライチェーンしかもたないため、新型コロナウイルスによる経済ショックを大きくうけたという。
WTOにおいては、MSMEsの国際競争力強化等を目的として、アルゼンチン・ブラジル・チリが主導し日本を含む87の加盟国で共同声明を発出した。JSIでは、MSMEsの国際経済での役割や参入の重要性が共有され、非公式作業部会の設立が宣言された。
現在では、90の加盟国が参加し、2020年末に新たな提案と宣言を採択すべく協議を重ねている。例えば、第16回で御紹介した貿易政策検討会合においてMSMEs関連情報のリストを提出することや、国内規制策定の際にMSMEsの要望を考慮することなどをWTO加盟国に提案することが検討されている。
4つのJSIが採択されたのはMC11であった。その次のMC12は、本年6月にカザフスタンでの開催を予定していたが、新型コロナの影響により来年に延期となった。WTOの酸いも甘いも映し出し、良きにつけ悪しきにつけ、どこまで国際社会が一致団結し、協調する意思があるのかを等身大で現すのが閣僚会合である。これからのMC12にむけた協議やその成果づくりに、日本も引き続き積極的に貢献していく。
次回は、JSIのもうひとつの分野、国内サービス規制について紹介したい。