世界貿易機関(WTO)

WTOにおける新たなルール作りに向けた努力

令和2年2月17日

 某スポーツメーカーが開発した厚底シューズを,東京五輪で使えるかが世の中の関心を集めた。決められた距離を最初に走り抜けた人が勝ちというシンプルな陸上競技においてすら,技術や環境の変化に応じたルールブックの改訂が常に求められる。
 世界の自由貿易のルールを定めるWTO協定も,1947年に書かれた根幹となる協定は,実は38条からなるコンパクトな協定である。もちろん,これだけで貿易をめぐる全ての問題に対応できるわけでなく,多くの関連協定を追加することで個別の事象に対応してきた歴史がある。問題は,今世紀に入ってWTOで新たに作られたルールが,僅かなのだ。2001年に開始されたドーハ・ラウンドでは,途上国と先進国,輸出国と輸入国など,様々な交渉分野によって各国が対立し,交渉は難航した。
 どの世界においてもルールの更新必要であるのは論を待たないが,問題はそのプロセスである。例えば,部活内のルールを変えるのであれば,部員の皆が納得すれば良い。しかし,県大会のルールともなればそう簡単ではなく,まして世界陸連のルールともなれば,無数の関係者との調整が必要となる。WTOのルール作りは常に世界が対象である。更に大変なことに,全ての加盟国が参加する交渉(マルチの交渉)においては,原則として164加盟国のうちの1加盟国でも反対すれば,WTOとしての決定はできないことになっている。
現在,この困難な交渉が行われている一つの例が漁業補助金に関するルール作りである。ここ数年土用の日が近づくと,ウナギが獲れないというニュースを良く耳にするようになったが,その原因の一つが,シラスウナギの乱獲である。違法・無報告・無規制(Illegal, Unreported and Unregulated)の漁業が,資源の持続可能な利用に対する深刻な脅威だとの認識が世界中で高まっており,あの国連の持続可能な開発目標(SDGs)においても,2020年までにIUU漁業等に対する補助金を禁止することが目標に掲げられた。明日の食卓を守るため,発展の段階も食の好みも異なる164加盟国が,ようやく重い腰を上げて交渉モードに入っている。SDGsの期限に当たる今年,6月に開催される2年に一度のWTO閣僚会議(MC12)に向けて,ジュネーブでは日夜交渉が続けられている。 20年にわたってマルチの交渉が思うように成果を上げられていない中,新たな試みとして,すべての加盟国ではなく,一部の有志国の間で交渉を始め,交渉の過程で参加国の数を増やしていくという新たなスタイルの交渉(プルリの交渉)が注目を集めている。
 この方式を取り入れている例が,前回紹介した電子商取引交渉である。現在までに83加盟国が参加しているが,これよりも更に多い,99の加盟国が参加するプルリの議論がある。投資円滑化である。途上国の開発を促す上でも,外国からの直接投資が果たす役割が大きい。他方,投資受入国の側における法制度の不透明さなどが,参入を妨げる障害となっているのも事実。こうした課題を踏まえ,外国からの直接投資を受け入れる国における承認手続を早めること,電子申請を可能とすること,審査状況を開示すること等に向けた議論が進んでいる。日本は発効・署名済みの投資関連協定(投資協定及び投資章を含むEPA/FTA)を,実に78の国・地域との間で有しているが,WTO投資円滑化交渉に参加している99の加盟国のうち,44もの加盟国(ほとんどは途上国)との間で,我が国はいまだ投資関連協定を締結又は署名していない。先進的な投資ルールに合意できれば,日本企業の進出を後押しするメリットがある。
 交渉に入る前の段階にある議論にも重要なものがある。その一つが,日本,米国,EUの三極で議論している産業補助金のルール作りだ。グローバル化が進む中,企業は世界中のライバルと日々厳しい競争を繰り広げており,この競争の中から魅力ある製品やサービスが生み出されていく。ところが,ある国の企業だけが政府からの補助金で有利に競争を進めればどうなるか。最後に損をするのは世界中の消費者である。公平な競争条件のもとで企業が活動できるよう,鉄,半導体,造船,アルミ等の業界の産業補助金をどう律していくかは目下の重要課題である。
 このように,長らく停滞していたWTOのルール作りに再活性化の兆しが生まれている。その成功は,WTOが21世紀の世界経済でも重要な役割を果たせるかの試金石となる。さて,こうして生まれたルールも実は全ての加盟国に同じように適用されるわけではない。一部の義務を免除される国がある。その数実に全体の約3分の2。ここにも改革のメスを入れる必要がある。次回は,WTOの「途上国」の地位問題を取り上げる(2月27日掲載予定)。


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