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平成9年3月
柳井俊二外務審議官、アジア欧州財団事務局長のトミー・コー氏、親愛なるアジアとヨーロッパの友人の皆さん。まずはじめに、このマルチメディア・ワークショップの参加者全員を代表して、AEYLSの主催者である日本の外務省、アジア欧州財団に感謝の意を表わしたいと思います。これらの方々は、この2日間の間、自由で、建設的な意見交換の場を我々に提供し、お互いを知り合う機会をつくってくださいました。また、このワークショップにご参加いただいた皆さん全員にも感謝したいと思います。配慮のいきとどいたご協力をいただき、このように活発で実りの多い議論を行うことができました。
この協議の場がこれほど活気に満ちたものになった理由は、我々が同じ感想を抱いているからではないかと思われます。その感想とは、我々が探求中の分野が、いずれ将来の社会を形成する、マルチメディアとその関連テクノロジーとして結実するであろうということです。
議論を始めるにあたって、参加者全員の意見が一致したのは次の点でした。それは、マルチメディアの周辺で起きていること、つまり情報社会もしくはネットワーク社会の構築は、単なる技術革新として片付けることはできないということです。今、我々が目撃しているのは、少なくとも19世紀の産業革命に匹敵するほど重要で、大がかりな革命前夜の風景なのです。
アジアとヨーロッパにとって、この革命は挑戦すべき大きな課題であるという点については、分科会の参加者が同意しています。ただし、このテクノロジーによって我々の将来がどう変わるかという点については、さまざまな予想、疑問、希望、不安が表明されています。参加者は、このテクノロジーによって試されるのは、他でもなく、我々が所属する国や文化、我々が使う言語がデジタル時代に首尾よく適応する能力があるかどうか、という点であると感じていました。
我々が最初に議題として選んだのは、たとえば、情報テクノロジーそのものの進歩でした。「メディアの変身(メディア・モルフォーシス)」と呼ばれるこの技術の進歩とは、複数のメディアが急速に単一のメディアにまとまる現象を指し、グローバルな規模の情報インフラストラクチャーと、インターネットを始めとする世界を網羅するネットワークが、同時に登場した現象を意味しています。
やがて、議論は、こうした技術の進歩の結果、アジアとヨーロッパが近い将来に直面するさまざまな課題に集中し、それと同時に、これらの技術の進歩が我々の社会にもたらす利便と弊害を解明する試みもなされました。
すべての参加者が課題として考えていたのは、本質的に文化の問題です。確かに、これらのテクノロジーのおかげで我々はすばらしい道具を手に入れようとしています。とりわけ、この道具のおかげで、我々はアジア・欧州間の隔たりを克服できるようになるでしょう。人的交流を容易にし、協力と交流がより迅速かつ豊富に行なえるようになり、アジアと欧州はより緊密な関係を築くことができるでしょう。
しかしその一方で、両地域から参加した人々の多くが、既存のグローバル・ネットワークであるインターネット上で、現在それぞれの文化と言語に与えられているスペースについて懸念を表明しています。特に全ての参加者が問題としているのは、アメリカの情報内容と技術が圧倒的に優位を占めていることです。
もっとも、こうした共通の状況をどう捉えるかは、人によってさまざまに異なっています。主にヨーロッパの参加者からの意見ですが、一つの言語が圧倒的に優位を占めるという状態は、便利である反面、特定の文化だけが偏重される原因となると考えられています。また一部の参加者は、文化間のギャップが克服されるどころか、グローバル・ネットワークの登場によって、「情報富裕国」と「情報貧困国」の格差が拡大するのではないかという懸念を抱いています。
この分科会では、こうした文化的脅威を最小限に抑制する方法を討議した結果、各国が、国民、とりわけ若年層を教育して、情報の道具の効果的利用法とインターネットに関する理解を深めさせることが最重要課題であるという結論に到達しました。
本分科会が明らかにしたもう一つの緊急課題は、やはりアジアとヨーロッパの両方に関ることですが、グローバル・ネットワークのなかでこの二つの地域の言語と文化の存在を増大させることの必要性でした。したがって、ヨーロッパ製ないしアジア製の情報内容を増やすことを狙いとした試みは、公共部門であろうが民間部門であろうが奨励する必要があります。今問題になっているのは、この二つの地域がそれぞれのアイデンティティーを長期にわたって保持できるかどうかという点だからです。
参加者は、こうした問題をASEMの内部で取り上げるべきだと感じていました。その意味で私が満足に思っていることは、この会議において、本イベントの中心テーマとしてのインターネットが縦横かつ効果的に利用されたことです。将来、ASEMとASEFは、アジア・欧州協力プログラムの実施にあたってこれらのテクノロジーの利用を促進することを課題の一つに掲げてしかるべきだと我々は考えます。また、両地域間での対話と交流のための仮想空間(討議用のフォーラム)を、ASEMのインターネット・サイトに常設することも、有益な提案であると考えられます。
次に、参加者が取り上げるべきだと考えた大きな課題は、倫理上の課題と名づけられるものです。新しい種類の社会の出現は、とりわけテクノロジーが社会に対してこれほど大きな影響をおよぼすようになると、新しい価値体系の確立を必要とします。一部の参加者に言わせると、問題は単に意思の伝達ができることだけではなく、相手に何を伝達し、なぜ伝達するかを知ることにあるのです。
こうした哲学上の問題はさておき、各国はマルチメディアを使ったさまざまなコミュニケーション・チャンネル(衛星テレビからインターネットまで)で放送されている情報内容を受信するかどうかを決定できるようにすべきだという意見が、多くの参加者から出されています。一部の参加者、特にアジアからの参加者は、自分たちが必要としない情報内容の侵入は自国の倫理的価値観の脅威となるので、なんらかの規制が必要だと感じています。
インターネットとその応用が急激に発達したことによって、新たな問題が生じていますが、参加者の大半がそうした問題に対処できる倫理的な枠組みが必要であると考えています。とはいえ、誰が、どのような理由で、何を禁止すべきかという点に関しては、アジアからの参加者とヨーロッパからの参加者の間で大きな意見の隔たりがあり、文化の違いが改めて浮き彫りになっています。また、特定の問題、特に、こうしたテクノロジーの悪用を阻止し、プライバシーの保護を強化する必要があるという点では明確に意見が一致しています。一部の参加者は、このテクノロジーを両刃の剣にたとえて、より大きな自由をつかむことができる一方で、プライバシーの侵害を招きかねないと述べています。ヨーロッパの参加者はこうした状況をビッグ・ブラザー的シナリオと呼んでいます。
一部の参加者からは、こうしたテクノロジーが民主主義の機能にもたらす影響、特に電子選挙の可能性が、検討に値する課題として取り上げられました。中には、今後開催されるASEMの席上で議題として取り上げてほしいという人々もいました。
皆さんもすぐに思いつくかと思いますが、アジア、ヨーロッパを問わず、各国が直面しているもう一つの課題が経済上の課題です。
多くの参加者が、マルチメディア分野への投資を最優先すべきだとしています。これらのテクノロジーを自在に駆使することは、3つの理由で経済成長の要(かなめ)となるものです。
まず第1に、マルチメディアは世界中でブームとなっている産業であり、富と雇用の最大の供給源の一つとなるからです。
第2に、マルチメディアの道具を使うことによって、企業は今以上の機敏性と柔軟性、そして競争力を身につけることができるからです。
第3に、まもなく、マルチメディア・ネットワークがもたらすインフラストラクチャーは、電子決済システムがますます普及することによって、世界中の商取引の大半を引きつけ、吸収していくことになるからです。参加者の大半が同意しているように、このインフラストラクチャーの外側に取り残されると、各国の経済発展はダメージをこうむることになります。
この点をつきつめていくと、必要な投資を行なえるだけの資金のある国と、限られた資金しかない国との間に著しい不均衡が生じるという問題が浮かび上がってきます。アジアの発展途上国からの参加者は特にこの点に懸念を抱いています。その一方で、ヨーロッパからの参加者の中には、情報インフラストラクチャーのコストが、産業インフラストラクチャーのコストよりもはるかに割安であることから、将来の経済成長をうながす重要な要因となる可能性を強調する人々もいました。
アジアの参加者とヨーロッパの参加者の両方が、必要な投資がすぐには利益を生まないという事実をふまえて、今後も政府が中心になって情報インフラストラクチャーの改良につとめるべきだと考えています。また、一部の参加者は、情報内容の作成も政府が音頭をとるべきだと主張しています。
ASEMとASEFは加盟国に新しい道具を提供できると確信するようになりました。その一例として、企業データベースをあげることができます。こうしたデータベースを使えば、ヨーロッパとアジアの両方の企業が、合弁事業の機会やパートナーを見つけることができます。ASEMのインターネット・サイトにこうしたデータベースを設ければ、簡単にこれを実現できます。また、ASEFも加盟国に情報テクノロジー関連の事業分野での新しい動きを伝えたり、技術移転を支援できます。
結論として私が指摘したいのは、未来を論じたこの分科会では、いくつもの意見の食い違いが見られましたが、この違いを単に地域間の断絶と捉えることはできないということです。現に、すでにアジアとヨーロッパは、いくつもの共通した願いを抱いています。この意味からすれば、活動の場をグローバルな規模に拡大することによって、アジアとヨーロッパの関係はより密接なものになるはずです。