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平成9年3月
冷戦秩序の崩壊によって世界の安保体制が根本から変化し、世界情勢がこれまでになく予測不可能になった、という点で参加者全員の意見が一致した。
ヨーロッパとアジアでは、安保問題は一様ではない。ヨーロッパは比較的均質な国同士が集まってできた広大な大陸だが、一方アジアの安全保障は、より密接に海域と関っており、国家の内情は国ごとに大きな違いがある。
とはいえ、ヨーロッパとアジアは安保に関して同じジレンマに直面している。世界で唯一残った超大国―アメリカ合衆国―が、全世界で軍事的行動をとることができ、アジアと欧州の安全保障体制を支えているという点について参加者全員が同意した。それでも、世界の安全保障は根本的に不均衡であり、アメリカが一方的な決定を下して軍隊を撤退させるリスクはつねに潜在している。
現在の安全保障体制を支えるもう一つの柱は、国際連合をはじめとする国際機関である。和平活動を行う権限をもつ機関が他にないために、国連は「世界の統治機関」として利用される場合がある。この点に関して異議を唱える参加者はいなかったが、国連の活動がどの程度有効なのか、このような活動を行う能力向上のための改革が成功するかどうかという点については意見が分かれた。
全参加者は、一国主義ではなく、グローバルな安全保障体制の確立のためのブロックとしての地域の協力体制を形成することが必要であるという点で意見の一致をみた。ヨーロッパでは、既存の「西ヨーロッパ連合」を土台にすれば統合軍を形成することができる。だが、果たしてこうした選択肢が可能かどうかという点に関しては、参加者の間で意見が分かれた。アジア諸国はヨーロッパと同じ次元にまで統合化が進んでいないため、安全保障体制の「地域化」を実現するためには、まず地域レベルでの話し合いを積み重ね、予防的外交政策と信頼醸成措置(CBM)を推進して、今だにアジア諸国を分裂させている多くの領土問題の解決に向けた協力体制を確立する必要がある。
会議の参加者は以下の提言につき基本的に合意した。
(1)現在の安全保障体制を均衡させようとする努力は、そのいずれもが、アメリカが演じている大きな役割を補完するために行なわれているのであり、各地域の安全保障システムからアメリカを排除する目的で行なわれているのではない。
(2)国際機関の権限は可能なかぎり強化される必要がある。とりわけ、国連による武器取引の登録―今後はこうした登録を軽量の武器の取締などにも拡大すべきである―や大量殺戮兵器拡散防止のような「グローバルな規模の信頼醸成措置(CBM)」を強化する必要がある。
(3)ヨーロッパとアジアは予防的外交政策に関する専門知識を共有する必要がある。特にOSCE(欧州安全保障協力機構)において、ASEANと中国に対してはオブザーバーとしての資格を認めるべきである。平和維持活動に関する専門知識も(専門家会合の開催、合同トレーニング等を通して)共有化する必要がある。
(4)一国だけにハイテク兵器の独占的使用をさせないために、ヨーロッパとアジアはこの分野での協力を促進する必要がある。また、機密情報の共有についても同様である。一部の参加者からは、そうした協力を大規模に実施することは不可能ではないかという疑問が出されたが、基本的な考え方に反対を唱えるものはなかった。しかし、最も可能性の高いシナリオはアメリカと二国間協力関係を結ぶことである。
(5)ヨーロッパとアジアは、ASEAN-PMC(ASEAN拡大外相会議)、ARF(ASEAN地域フォーラム)もしくはASEM(アジア欧州会合)といった、相互の信頼醸成の柱となる既存のルートを通じて、定期的に情報交換を行うべきである。その際、ロシア及び中東政策が議題の中心とならなければならない。なぜならば、ロシアはヨーロッパの一部をなす国家であると同時にアジアを形成する国家だからであり、中東は世界経済にとって死活的な意味をもつ地域だからである。
(6)アジアとヨーロッパは、必要なあらゆるルートを利用して、経済関係の領域を超えて、利害が対立する問題についても、率直に話し合うべきだという意見が参加者から出された。
現在の世界における安全保障問題は、従来の古典的な地政学的問題の範疇を超えている。社会秩序と価値体系に大きな影響をおよぼす経済と技術の急速な変化によって、安全保障問題は複雑で広範囲にわたっている。「広範囲でグローバルな危機」感が世界に広がっている。
こうした変化にともなう安全保障上のリスクと、そのリスクの回避方法を明らかにするためには、臨機応変に対応でき、柔軟性に富んだ「第2トラック・アプローチ」がきわめて有効であるという点で、参加者の意見が一致した。また、他の分科会の作業と共通する部分が多い、解決すべき大きな問題についても、参加者の意見の一致をみた。そのうちの最も重要な課題は以下の通りである。
(1)強引な近代化、とりわけODAを社会インフラに集中した結果生じる、「社会の内部から安全保障を脅かす要素」に対処すること。民間投資は、こうした「安保問題」に配慮し、伝統的な社会におよぼす破壊的な影響を最小限にくい止めることが求められている。一部の参加者は、NGOのような非国家的団体が「安保推進者」として有効な役割を果たす点を強調した。
(2)経済の持続的な成長のために必要な天然資源を適正に管理すること。
(3a)マフィアの問題に―一部の政府から支援を受けているマフィアに対してもー断固対処すること。麻薬や武器の密売、マネーロンダリングは世界規模の不安定要因である。
(3b)紛争の長期化によって荒廃した国で「国際的な無法地帯」が発生することを避けるために、地域社会の再建をはじめとする、紛争終了後の和平を実現するような地域改善策を、協力のあり方をめぐる議題の筆頭に掲げるべきである。こうした無法地帯は、さまざまな密売の温床となり、テロの絶好の訓練場所になり、テロに熟達した人間を生む温床となる。
(4)アイデンティティーの感覚を養い、生きるに値する世界の一員であるという自覚を促す豊かな文化と価値体系を備えた「新世代の社会」を確立することも、安全保障問題の一環であると考えられる。
(5)コンピュータ・ネットワークが張り巡らされたサイバースペースの安全保障を高めること。このサイバースペースは、世界経済と高度兵器システムの中できわめて重要な役割を果たすようになったにもかかわらず、高度な技術を使った敵対行為に対しては依然として実に無防備である。
参加者は、アジア地域において日本が果たすべき役割について率直で活発な意見交換を行った。日本が侵略行為という歴史の問題に折り合いがついていないため、様々な意見が出された。日本側の参加者は、日本の指導者層が世代交替することによって、この問題に対する日本の態度は刷新されるであろうと主張した。また一部の参加者は東ティモール問題について率直な意見を交わした。
アジアにおける軍備増強を監視する必要があるという意見に関しては、すべての参加者が賛成したわけではなかった。一部の参加者は、高度技術兵器の生産者と購入者の関係は一種の信頼醸成措置であり、こうした売買行為を通じて醸成される持続的な関係(トレーニング、技術移転、部品の供給など)は、管理の役割も果たすからであると主張した。
NATOの東欧の旧共産主義国への拡大について、ロシアに脅威を与えてしまうかもしれないという理由から、すべての参加者の同意を得ることはできなかった。また一部の参加者からは、地域統合に向けてのヨーロッパの努力(この努力ゆえにNATOの存続も可能になっている)は、人類の歴史上、永続的な平和に向けての最も意義深い歩みであり、リスクを冒してでも、この機会を利用して近隣諸国のヨーロッパへの統合化を図るべきだという意見も出された。
参加者はつぎの点を強調しておきたい。次回のヤングリーダーズシンポジウムで、安全保障問題について再度討議を行なうのであれば、今回の分科会がすでに行なった作業をなぞるのではなく、私達参加者がまとめたこの広い議題が抱えるより具体的な問題について突っ込んだ話し合いを行うべきである。