第Ⅳ部 地域別の取組

カンボジアにおける技術協力「種子生産・普及プロジェクト」で、コメ優良種子生産のために品質検査演習を行っている様子(写真:JICA)
1 東アジア地域
東アジア地域には、カンボジアやラオスなどの後発開発途上国(LDCs)注1、インドネシアやフィリピンのように著しい経済成長を遂げつつも国内に格差を抱えている国、そしてベトナムのように市場経済への移行を進める国など様々な国が存在します。
日本は、インド太平洋地域の中心に位置するこれらの国々と、長年にわたり政治・経済・文化関係を築き上げてきており、地域内の安定と発展が日本の安全と経済的繁栄に直結しています。こうした考えに立ち、日本は、東アジア諸国の多様な経済社会の状況や、必要とされる開発協力の内容の変化に対応しながら、開発協力を行っています。
●日本の取組
日本は、「質の高いインフラ」投資を通じた経済社会基盤整備、制度や人づくりへの支援、貿易の振興や民間投資の活性化など、ODAと貿易・投資を連携させた開発協力を進めることで、この地域の目覚ましい経済成長に貢献してきました。近年は、基本的な価値を共有しながら、開かれた域内の協力・統合をより深めていくこと、青少年交流、文化交流、日本語普及事業などを通じた相互理解を推進し、地域の安定を確かなものとして維持していくことを目標としています。アジアを「開かれた成長センター」とするため、日本は、この地域の成長力を強化し、それぞれの国内需要を拡大するための支援を行っています(モンゴルにおける人材育成への取組については「国際協力の現場から5」を参照)。
■東南アジアへの支援

2023年12月に行われた日本ASEAN友好協力50周年特別首脳会議(写真:内閣広報室)

フィリピン中部のミンドロ島沖でのタンカー転覆により流出油が漂着した海岸で、油吸着材の効果を説明し、設置方法を指導する国際緊急援助隊・専門家チーム(写真:JICA)

ASEAN域内の災害医療体制の強化に向け、タイをリード国としてインドネシアで行われた地域連携演習の様子(写真:JICA)

カンボジア地雷対策センター(CMAC)の研修施設で、ウクライナ非常事態庁(SESU)の地雷除去専門職員8人に対し、最新の日本製地雷探知機を使った研修を実施する様子(写真:JICA)
ASEAN諸国注2は、日本のシーレーンに位置するとともに、2022年10月時点で日系企業の事業所数が約1万5,900にのぼるなど経済的な結び付きも強く、政治・経済の両面で日本にとって極めて重要な地域です。ASEANは、「ASEAN共同体」(2015年)を宣言し、域内の連結性強化と格差是正に取り組んでいます。また、「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」解説(2019年)には、法の支配や開放性、自由、透明性、包摂性がASEANの行動原理として謳(うた)われており、日本が推進する「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」と多くの本質的な原則を共有しています。2020年11月の日ASEAN首脳会議では「AOIP協力についての第23回日ASEAN首脳会議共同声明」を発出し、このことを確認するとともに、AOIPに記載された4分野(海洋協力、連結性、持続可能な開発目標(SDGs)、経済等)における実質的な協力およびシナジーの強化を通じて日ASEAN戦略的パートナーシップを一層強化することで一致しました。日本ASEAN友好協力50周年の歴史的節目を迎えた2023年には、9月の日ASEAN首脳会議において共同声明を採択し、日ASEAN包括的戦略的パートナーシップ(CSP)を立ち上げました。50周年の締め括りとして12月には東京において日本ASEAN友好協力50周年特別首脳会議を開催し、新たな協力のビジョンを示す「日ASEAN友好協力に関する共同ビジョン・ステートメント」と、130にのぼる具体的な協力項目を示す「実施計画」を採択しました。
日本は、このようにASEANの取組を踏まえて協力を進めており、連結性強化と格差是正を柱としつつ、インフラ整備、法の支配、海上の安全、防災、保健・医療、平和構築などの様々な分野でODAによる支援を実施しています。また、開発分野において、民間や開発金融機関の資金力を活用する重要性が増していることも踏まえ、12月の日ASEAN特別首脳会議においては、共創による課題解決のための官民連携の新たな取組として、連結性強化、気候変動対策、中小零細企業・スタートアップ支援等のための民間投資を後押しすることにより、官民合わせて5年間で350億ドルの資金がASEAN地域に動員されることを目指す方針を示しています。
連結性の強化に関しては、日本は、ASEAN域内におけるインフラ、制度、人の交流の3つの分野での連結性強化を目指した「ASEAN連結性マスタープラン2025」解説に基づいてASEANの連結性強化を支援しており、ASEANの一体性・中心性の強化を後押しするため、日ASEAN技術協力協定に署名(2019年)しました。同協定に基づき、2022年度までにサイバーセキュリティ(詳細は第Ⅲ部1(2)を参照)、海洋プラスチックごみ対策、国際公法、犯罪者処遇などに関する研修を実施しました。また、2023年9月には、連結性強化の取組をハード・ソフトの両面で一層推進する、「日ASEAN包括的連結性イニシアティブ」を発表し、これに基づいて、交通インフラ整備、デジタル、海洋協力、サプライチェーン、電力連結性、人・知の連結性といった幅広い分野で多層的な連結性強化を図り、技術協力により3年間で5,000人の人材育成を行う予定です。
インフラ整備に関しては、日本は、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」注3と東南アジア諸国に対するこれまでの支援の経験も踏まえ、「質の高いインフラ」投資の普及に努めています。その一例として、日本のODA事業によりフィリピンのマニラ首都圏に建設中であるフィリピン鉄道訓練センター(PRI)設立支援の取組が挙げられます。マニラでは都市鉄道の整備が進む一方で、整備された鉄道に関する高度な運営維持管理を実施できる人材を育成する持続的な仕組みが必要となっており、フィリピン政府は鉄道の人材育成・監督機関として、PRIを設立することとなりました。PRI設立のため、日本は、有償資金協力による地下鉄整備事業におけるPRIの建設、無償資金協力によるシミュレーターなど研修に必要な機材の供与、技術協力による組織設立・能力強化支援を実施することにより、鉄道インフラ自体の整備のみならず、その維持管理や関連人材の育成に貢献しています。
防災分野に関しては、2009年以降、引き続き日・ASEAN統合基金(JAIF)注4により、ASEAN防災人道支援調整センター(AHAセンター)に対して、ASEAN緊急災害ロジスティックシステム(DELSA)構築、ASEAN緊急対応評価チーム(ERAT)の能力構築、AHAセンター幹部研修コース・緊急防災リーダーシップ事業(ACE-LEDMP)などを通じたASEANにおける防災・災害対応能力の強化に貢献しています。日本は2016年から2021年までASEAN災害医療連携強化プロジェクト(ARCH)注5を実施しており、ASEAN各国の災害医療チームが参加する地域連携合同演習の開催や災害医療に関する標準手順書の作成など、多くの成果を出しました。また、続くASEAN災害保健医療管理に係る地域能力強化プロジェクト(ARCH2)においても、ASEAN災害医療学会の開催や、ASEAN各国によるピアレビュー活動を通じた相互支援の促進など、災害保健医療に関する域内の知の共創を通じて、同分野における連携能力強化を進めています。
日本は、ASEAN感染症対策センターの設立のため、2020年、JAIFに約55億円(5,000万ドル)を拠出するなど、同センターの設立を全面的に支援しており、ASEAN地域における公衆衛生緊急事態への対応や新興感染症対策の予防・検知・対応能力の強化に貢献しています。2021年10月および2022年2月にはセンター運営の担い手となるASEAN各国の公衆衛生担当者向けの研修をオンラインで実施しました。また、センターへの専門家の派遣に向けた調整を進めてきています。
人材育成分野に関しては、2018年の日ASEAN首脳会議で表明した「産業人材育成協力イニシアティブ2.0」に基づき、2019年から5年間で、AI(人工知能)などのデジタル分野を含め、8万人規模の人材を育成することとしています。また、ASEAN地域における産業人材育成のため、日本独自の教育システムである「高専(高等専門学校)」をタイに設立して、日本と同水準の高専教育を提供する協力を実施しています。加えて、日本は、ASEANを含むアジア諸国との間で、日本の大学院への留学、日本企業でのインターンシップなどを通じ、高度人材の環流を支援し、日本を含むアジア全体のイノベーションを促進するための「イノベーティブ・アジア」事業を行っており、2017年度から2021年度までの5年間にわたりアジア全体から受入れを行いました。
また、東ASEAN成長地域(BIMP-EAGA)注6に対して、日本は経済協力、投資セミナー開催、招聘(へい)事業や「BIMP-EAGA+日本」対話の実施などに取り組んでいます。2021年にはインドネシアのパプア州のビアク島で漁港施設・市場が完工し、2022年からは同漁港で水揚げされたマグロが日本に輸出されています。また、2023年からは、その他の離島であるサバン(アチェ州)、モロタイ(北マルク州)、モア(マルク州)、サウムラキ(マルク州)の漁港および市場の建設が開始されました。
ASEAN諸国の中でも特に潜在力に富むメコン地域注7に関しては、2009年以来、日本・メコン地域諸国首脳会議(日メコン首脳会議)を開催しています。そのうち、おおむね3年に一度、日本で会議を開催し、地域に対する支援方針を策定しています。
日本は、メコン地域の経済成長に欠かせない連結性強化を重視して取り組んでおり、カンボジアのシハヌークビル港開発、ラオスのビエンチャン国際空港の整備、ベトナムのホーチミン市都市鉄道の建設、タイのバンコク都市鉄道(レッドライン)の建設など、「東京戦略2018」注8の下でのプロジェクトを着実に実施してきています。
2019年に発表した「2030年に向けたSDGsのための日メコンイニシアティブ」に基づき、メコン地域の潜在力を最適な形で引き出すため、国際スタンダードにのっとった「質の高いインフラ」投資も活用しながら、(ⅰ)環境・都市問題、(ⅱ)持続可能な天然資源の管理・利用、(ⅲ)包摂的成長、の3つを優先分野として取り組んでいます。その具体的な取組として、「草の根・メコンSDGsイニシアティブ」を通じて、メコン諸国の地域に根差した経済社会開発およびSDGsの実現を支援しています。日本は、メコン地域をより持続的で、多様で、包括的なものとするため、引き続き「2030年に向けたSDGsのための日メコンイニシアティブ」の下、メコン地域におけるSDGsを推進していきます。
また、民間企業などが行う開発事業の実施を後押しし、メコン地域の発展に貢献するため、「メコンSDGs出融資パートナーシップ」を始めとする「5つの協力」((ⅰ)民間セクターに対する出融資の推進、(ⅱ)小さなコミュニティに行き渡る草の根の無償資金協力、(ⅲ)法の支配に関する協力、(ⅳ)海洋に関する協力、(ⅴ)サプライチェーン強靭(じん)化に関する協力)を推進しています。
2024年にASEAN議長国を務めるラオスには、会議開催準備のためにIT機器や車両の供与等を通じた支援を行いました。また、不発弾処理に必要となる機材の供与に関する署名を行うとともに、炭素中立社会の実現のための長期のエネルギー移行マスタープラン策定を目的とした、「炭素中立社会に向けた統合的エネルギーマスタープラン策定プロジェクト」を、2023年1月から開始しました。
■ミャンマーへの支援
![ミャンマーのカレン州パアン地区において、日本のNGOが住民によるコミュニティボランティアを育成するために、ワークショップを通じてボランティア対象者に障害の種類や特性などを伝える様子(写真:AAR Japan[難民を助ける会])](imgs/p093_02.jpg)
ミャンマーのカレン州パアン地区において、日本のNGOが住民によるコミュニティボランティアを育成するために、ワークショップを通じてボランティア対象者に障害の種類や特性などを伝える様子(写真:AAR Japan[難民を助ける会])
ミャンマーについては、2021年2月に発生したクーデター以降、日本政府はミャンマー国軍に対し、(ⅰ)暴力の即時停止、(ⅱ)アウン・サン・スー・チー国家最高顧問を含む被拘束者の解放、(ⅲ)民主的な政治体制の早期回復、について具体的な行動をとるように一貫して求めてきています。また、現下のミャンマー情勢に鑑み、国軍が主導する体制との間で新規ODAは行わないこととしています。
一方で、ミャンマーの人道状況は悪化の一途にあり、人道支援は喫緊の課題であることから、ミャンマーの人々に直接裨(ひ)益する、国際機関やNGO等を経由した人道支援を積極的に行っており、これまでに合計1億950万ドル以上の人道支援を実施しています。2023年2月には、多数の国際機関やASEAN事務局を通じて、クーデターの影響を受けた人々に対する食料や医薬品、シェルター等の提供、水・衛生インフラ、栄養改善、医療サービス、教育アクセス、違法薬物対策等の支援を決定し、順次実施しています。また、5月にミャンマーおよびバングラデシュを襲った大型サイクロン「モカ」による被害に対し、緊急無償資金協力として国際機関を通じ、食料および水・衛生分野等における支援を実施しました。
日本のNGOによる支援として、ジャパン・プラットフォーム(JPF)注9経由でミャンマーおよびタイにおいて食料・物資配布、水・衛生、保健・医療、保護、教育の分野の人道支援が行われています。そのほかにも、日本NGO連携無償資金協力によるミャンマーおよびタイにおける中長期的な社会経済開発に資する保健・医療、教育、エネルギーなどの分野での事業が実施されています。今後も現地の状況と人道上の必要性・緊急性を踏まえ、国際機関やNGO等と連携しながら、困難に直面しているミャンマー国民にしっかり寄り添うべく、支援を必要とするミャンマー国民に届く人道支援を、引き続き積極的に行っていきます。
用語解説
- インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP:ASEAN Outlook on the Indo Pacific)
- インド太平洋におけるより緊密な協力のためのビジョンを創り出し、ASEANを中心とした地域枠組みを強化するイニシアティブ。新たなメカニズムの創設や既存のメカニズムの置き換えを目的とするものではなく、現在および将来の地域と世界に発生する課題により良く対処するため、ASEAN共同体の構築プロセスを強化することを意図したもの。日本が推進する「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」と多くの本質的な原則を共有している。
- ASEAN連結性マスタープラン2025(MPAC 2025:Master Plan on ASEAN Connectivity 2025)
- 「連結性マスタープラン」(2010年採択)の後継文書として、2016年のASEAN首脳会議にて採択された、ASEAN連結性強化のための行動計画。「ASEAN2025:共に前進する」(2015年採択)の一部と位置付けられている。同文書は、「持続可能なインフラ」、「デジタル・イノベーション」、「シームレスなロジスティクス」、「制度改革」、「人の流動性」を大戦略としており、それぞれの戦略の下に重点イニシアティブが提示されている。
- 注1 : 用語解説を参照。
- 注2 : ASEAN構成国は、インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオスの10か国。
- 注3 : 用語解説「質の高いインフラ」を参照。
- 注4 : ASEAN共同体の設立を目指し、域内格差の是正を中心に統合を進めるASEANの努力を支援するため、2006年に設置された基金。日本は、2005年の日ASEAN首脳会議において総額75億円(約70.1百万ドル)を拠出することを表明し、その後、2013年に「JAIF2.0」に総額1億ドルを拠出した。2019年、2020年、2021年および2022年にも「JAIF2.0」に追加拠出をしている。
- 注5 : 「One ASEAN, One Response:ASEAN Responding to Disasters as One」(2014年ASEAN防災担当大臣会議)の方針を実行する仕組み作りのためのプロジェクト。2017年にはARCHで取り組んでいる活動の必要性が明確に盛り込まれた「災害医療にかかるASEAN首脳宣言(ALD)」(2017年)が採択された。
- 注6 : 1994年、インドネシア、フィリピン、ブルネイ、マレーシアによって当該4か国の開発途上地域の経済成長のため設立された地域枠組み。
- 注7 : カンボジア、タイ、ベトナム、ミャンマー、ラオスの5か国に及ぶ地域。
- 注8 : 2018年の第10回日メコン首脳会議(東京)で採択された。日本の日メコン協力の方向性を示す。
- 注9 : 用語解説を参照。