2023年版開発協力白書 日本の国際協力

(2)デジタル・情報通信技術・科学技術

開発途上国の成長、国際社会の発展は、経済や社会活動のデジタル化への対応なしには、適切に進み得なくなっています。デジタル技術は人々の暮らしや産業活動へ浸透しており、日常生活や社会経済活動等の重要な基盤であるサイバー空間がもたらす恩恵が拡大する一方で、個人や企業の情報漏洩(えい)による被害や、重要インフラへの攻撃による国家安全保障上のリスクなど、サイバー攻撃による脅威も深刻化しています。そのため、開発途上国がデジタル化の恩恵を享受し、そのリスクを削減するための支援の重要性は増しています。また、サイバー空間においては事象の影響が容易に国境を越え、他国で生じたサイバー事案が日本にも影響を及ぼす可能性があることから、各国政府・民間等様々なレベルで重層的に協力・連携することが重要です。

●日本の取組

■DXの促進
タイ・サラブリ県での高精度測位データを活用した、ヤンマーアグリ株式会社との農業パイロットプロジェクトで、ロボットトラクタ/自動運転農機を試乗する様子(写真:JICA)

タイ・サラブリ県での高精度測位データを活用した、ヤンマーアグリ株式会社との農業パイロットプロジェクトで、ロボットトラクタ/自動運転農機を試乗する様子(写真:JICA)

マラウイで、農村部での眼科治療の向上のため、スマートフォンのカメラを利用して眼科の診療を可能にする機器「Smart Eye Camera(SEC)」の有効性を確認する様子(写真:OUI. Inc.)

マラウイで、農村部での眼科治療の向上のため、スマートフォンのカメラを利用して眼科の診療を可能にする機器「Smart Eye Camera(SEC)」の有効性を確認する様子(写真:OUI. Inc.)

新型コロナウイルス感染症のまん延によって、人やモノの往来が一定期間途絶えた結果、経済社会活動のデジタル化・オンライン化が進むことになりました。デジタルトランスフォーメーション(DX)注14は、あらゆる開発課題に直結しており、「質の高い成長」を達成する鍵となります。

開発途上国およびその国民が、安全、公平かつ安定的にデジタル化の恩恵を受けられる包摂的で豊かな社会を実現するため、日本は、デジタル化の促進・DXを、オファー型協力を通じて戦略的にODAを実施していく分野の一つに挙げています(オファー型協力については、第I部1、および第Ⅴ部2(2)ウを参照)。そして、国際機関や民間企業等様々な主体との連携を通じて、日本が提唱する「信頼性のある自由なデータ流通(DFFT)注15」の考え方に基づくデジタル化推進のための基盤整備として、法制度整備・人材育成や、情報通信環境の整備を支援し、デジタル化の推進を通じた課題解決と開発効果の増大を目指す協力を推進しています。

DXを通じた開発効果の増大に期待できる分野として、スマート農業、遠隔医療、スマートシティ、モバイルバンキング、行政デジタル化などがあげられます。日本の協力の新たな取組の一例として、2021年から約10か国で、開発途上国における医療体制の着実な底上げにつなげるために、日本の医療関係者と開発途上国の医療関係者を通信システムで結び、開発途上国で必要とされる医療技術や専門知識に関する助言や研修を遠隔で行っています。また、農業分野のDX推進に向けた協力として、2023年6月から約2か月にわたり、北海道でスマートフードチェーン(SFC)注16に関する「農業・農村DX/SFC共創に向けた産官学人材育成」研修を開催し、中南米11か国から12人が参加しました。研修では、大学および民間企業の協力を得て、畑作用ロボットトラクタなどデジタル技術を活用した農業機械の実習、実演および工場の視察などが行われました。

DXを具体的に進めるため、優れた技術を持つデジタルパートナーとの迅速でタイムリーな実証実験が可能になる取組として、2022年に「JICA DX Lab」が立ち上げられました。150か国で展開するODA事業の現場やJICAが培ってきたネットワーク等の資産を、デジタル領域における共創の場として解放し、開発途上国の課題解決とデジタルパートナーのビジネス展開を支援しています。2023年12月までに、インド、インドネシア、エチオピアで計4件の案件が実施されています。

■情報通信技術(ICT)
モルディブでの「地上デジタルテレビ放送網運用能力向上プロジェクト」において、防災関連機器運用ガイドラインについての協議の様子(写真:八千代エンジニヤリング株式会社)

モルディブでの「地上デジタルテレビ放送網運用能力向上プロジェクト」において、防災関連機器運用ガイドラインについての協議の様子(写真:八千代エンジニヤリング株式会社)

ベトナム「サイバーセキュリティに関する能力向上プロジェクト」における認定ホワイトハッカー研修の様子(写真:JICA)

ベトナム「サイバーセキュリティに関する能力向上プロジェクト」における認定ホワイトハッカー研修の様子(写真:JICA)

情報通信技術(ICT)注17の普及は、DXのベースとなる基盤整備として、産業の高度化や生産性の向上に役立つとともに、医療、教育、エネルギー、環境、防災などの社会的課題の解決や、情報公開の促進、放送メディア整備といった民主化の推進にも貢献します。

日本は、開発途上国のICT分野における「質の高いインフラ投資」を推進注18しており、通信・放送設備や施設の構築、そのための技術や制度整備、人材育成などを積極的に支援しています。具体的には、地上デジタル放送日本方式(ISDB-T)注19の海外普及・導入支援に積極的に取り組んでおり、2023年4月現在、中南米、アジア、アフリカ地域などの計20か国注20で採用されています。ISDB-T採用国および検討国を対象としてJICAを通じた研修を毎年実施するとともに、総務省は、相手国政府との対話・共同プロジェクトを通じ、ICTを活用した社会的課題解決などの支援を推進しています。

日本は、国際電気通信連合(ITU)注21と協力し、開発途上国に対して、電気通信およびICT分野の様々な開発支援を行っています。新型コロナの世界的な拡大を受け、2020年10月から、ITUと協力して、アフリカなどの開発途上国を対象に、デジタルインフラの増強や利用環境整備のための国家戦略策定を支援するConnect2Recover(C2R)を開始しています。日本はこれまでITUが国連児童基金(UNICEF)と共同で行う「Giga」注22パイロット事業のうち、ルワンダの学校におけるインターネット導入などを支援してきました。2022年からは、ジンバブエ、モーリタニアに対し、ネットワークインフラにおける強靱(じん)性の評価、自然災害発生前後の通信ネットワークの接続状況を確認できるマップの策定、ICT普及のための国家戦略策定の支援を実施しました。また、C2Rプロジェクトの拡大に向けた各国への働きかけを行った結果、新たにオーストラリア、チェコ、リトアニア政府が拠出を決定し、アジア、カリブ、独立国家共同体(CIS)諸国等にも活動地域を拡大しました。

アジア太平洋地域では、アジア・太平洋電気通信共同体(APT)注23が、同地域の電気通信および情報基盤の均衡した発展に寄与しています。日本は、情報通信に関する人材育成を推進するため、APTが毎年実施する数多くの研修を支援しており、2022年度には、ブロードバンドネットワークやサイバーセキュリティなどに関する研修を10件実施し、APT各加盟国から約150人が参加しました。研修生は日本の技術を自国のICT技術の発展に役立てており、日本の技術システムをアジア太平洋地域に広めることで、日本企業の進出につながることも期待されます。

アジア太平洋地域では、脆(ぜい)弱なインフラや利用コストが負担できないことなどを要因としてインターネットを利用できない人が20億人以上います。日本は、東南アジア諸国連合(ASEAN)地域や太平洋島嶼(しょ)国において、離島・遠隔地でも低コストで高速のインターネットが利用できるよう環境整備を行っています。

■サイバーセキュリティ

近年、自由、公正かつ安全なサイバー空間に対する脅威への対策が急務となっています。この問題に対処するためには、世界各国の多様な主体が連携する必要があり、開発途上国を始めとする一部の国や地域におけるセキュリティ意識や対処能力が不十分な場合、日本を含む世界全体にとっての大きなリスクとなります。そのため、世界各国におけるサイバー空間の安全確保のための協力を強化し、開発途上国の能力構築に向けた支援を行うことは、その国への貢献となるのみならず、日本を含む世界全体にとっても有益です。

日本は、日・ASEANサイバー犯罪対策対話や日・ASEANサイバーセキュリティ政策会議を通じてASEANとの連携強化を図っており、2023年もASEAN加盟国と机上演習等を実施したほか、日ASEAN友好協力50周年を記念し、サイバーセキュリティ官民共同フォーラムを実施しました。また、国際刑事警察機構(インターポール)を通じて、新型コロナの感染拡大の状況下において増大した、サイバー空間で行われる犯罪に対処するための法執行機関関係者の捜査能力強化などを支援しました。

日本は、サイバー攻撃を取り巻く問題についてASEANとの間で協力を一層強化することで一致しています。具体的取組として、日・ASEAN統合基金(JAIF)注24を通じてタイのバンコクに設立した「日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センター(AJCCBC)」においてサイバーセキュリティ演習などを実施しており、2023年2月までに1,480人が研修等を受講しました。また、2023年3月より、JICAを通じた技術協力「サイバーセキュリティとデジタルトラストサービスに関する日ASEAN能力向上プログラム強化プロジェクト」としてAJCCBCの運営の支援が開始されました。

AJCCBCでは、ASEAN各国の政府機関や重要インフラ事業者のサイバーセキュリティ担当者などを対象に実践的サイバー防御演習(CYDER)などが提供されており、ASEANにおけるサイバーセキュリティの能力構築への協力が推進されています。2023年3月からは、新たに演習トレーナー向けの研修や、ASEAN各国へのニーズ調査に基づいて実施される演習等を追加し、コンテンツのさらなる充実化を図っています。また、11月にはASEAN各国から選抜された若手技術者や学生がサイバーセキュリティスキルを競い合うCyber SEA Gameが開催されました。

日本は、世界銀行の「サイバーセキュリティ・マルチドナー信託基金」への拠出も行い、低・中所得国向けのサイバーセキュリティ分野における能力構築支援にも取り組んでいます。

警察庁では、2017年からベトナム公安省のサイバー犯罪対策に従事する職員に対し、サイバー犯罪への対処などに係る知識・技能の習得および日・ベトナム治安当局の協力関係の強化を目的とする研修を実施しています。

■科学技術・イノベーション促進、研究開発
マレーシア・クアラルンプール市のマレーシア日本国際工科院における電子顕微鏡研究室での研究の様子(写真:JICA)

マレーシア・クアラルンプール市のマレーシア日本国際工科院における電子顕微鏡研究室での研究の様子(写真:JICA)

現在、世界では、製造業やサービス業にとどまらず、農業や建設を含む多様な産業分野で情報通信技術(ICT)、人工知能(AI)、ロボット技術などが活用され、社会変革が生じています。

国連は、「持続可能な開発のための2030アジェンダ(2030アジェンダ)」注25(パラグラフ70)に基づき、国連機関間タスクチーム(UN-IATT)を設立し、各国との連携の下、地球規模でのSDGs達成のための科学技術イノベーション(STI for SDGs)を推進しています。2023年もSDGsに関する国連STIフォーラムが開催され、限られた資源を最大限活用しながらSDGsを達成するための「切り札」として、STIへの国際的な期待が高まっています。

日本は、これまでの経済発展の過程で、STIを最大限活用しながら、保健・医療や環境、防災などの分野で自国の課題を克服してきた経験を有しています。そうした経験を基礎として、開発途上国が抱える課題解決のため、「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」解説などを通じて、科学技術面での協力に取り組んでいます。ODAと科学技術予算を連携させたSATREPSは、科学技術分野に関する日本と開発途上国の研究機関・研究者間の共同研究への支援として2008年に始まり、2023年度までに、世界56か国において191件の研究プロジェクトが採択されています。砂漠化対処に向けた、エチオピアにおける持続可能な土地管理フレームワークの開発は、課題解決に貢献するSATREPSの好例といえます。(「匠の技術、世界へ」も参照)

UN-IATTはSTI for SDGsのためのロードマップ策定を世界各国で促進させるため、インド、ウクライナ注26、セルビア、エチオピア、ガーナ、ケニアの6か国のパイロット国をはじめとした、「グローバル・パイロット・プログラム」を実施しています。このプログラムにおいて、日本は、2020年度から2022年度まで、世界銀行への拠出を通じて、ケニアに対して、農業分野での支援を実施しました。加えて、2020年度から、国連開発計画(UNDP)への拠出を通じ、開発途上国においてSTIによる社会課題解決へ向けた事業化検討を行う日本企業を支援するとともに、この支援を通じて得られた知見を開発途上国間で共有するための取組を進めています。

研究開発に関する支援として、日本は、工学系大学への支援を強化することで、人材育成への協力をベースにした次世代のネットワーク構築を進めています。

アジアでは、日本式工学教育の確立を目指して設立されたマレーシア日本国際工科院(MJIIT)に対し、教育・研究用の資機材の調達や教育課程の編成を支援しているほか、日本の大学と教育研究に係る協力を行っています。2023年現在、日本国内の29大学および2研究機関などによりコンソーシアムが組織されており、共同研究や交換留学などを通じ、日本とマレーシアとの間の人的交流も促進されています。2023年には、日本の大学や産業界との連携を強化するため、MJIIT内に、窓口となるマレーシア・ジャパンリンケージオフィスが設立されました。

2012年から、タイのアジア工科大学院(AIT)において、日本人教官が教鞭(べん)を執るリモートセンシング(衛星画像解析)分野の学科に所属する学生に奨学金を拠出しており、アジア地域の宇宙産業振興の要となる人材の育成に貢献しています。

日本とエジプトは、エジプト日本科学技術大学(E-JUST)における協力を2008年から実施しています。同大学は、「日本型の工学教育の特徴をいかした、少人数、大学院・研究中心、実践的かつ国際水準の教育の提供」をコンセプトに設立されました。日本国内の大学の協力を得て、カリキュラム開発や教員派遣等の支援が行われ、工学系の大学院大学として開学後、現在は工学部や理学部、国際ビジネス人文学部等も開設しています。日本の研究者との共同研究や共同指導、日・エジプト両政府で取り組む留学生事業や国際化、日本企業との連携等の成果が高く評価され、2023年9月発表の英教育データ機関(THE)の世界大学ランキングでは、E-JUSTがエジプトの大学でトップ、アフリカ大陸で7位の評価となり、世界でも601位から800位の間に位置付けられました。同大学は中東・アフリカ地域からの留学生受入れも支援しており、同地域における産業・科学技術人材の育成に貢献しています(インド工科大学ハイデラバード校整備計画については、「国際協力の現場から3」を参照)。

用語解説

地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS:Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development)
日本の優れた科学技術とODAとの連携により、環境・エネルギー、生物資源、防災および感染症といった地球規模課題の解決に向け、(1)国際科学技術協力の強化、(2)地球規模課題の解決につながる新たな知見や技術の獲得、これらを通じたイノベーションの創出、(3)キャパシティ・ディベロップメントを目的とし、日本と開発途上国の研究機関が協力して国際共同研究を実施する取組。外務省とJICAが文部科学省、科学技術振興機構(JST)および日本医療研究開発機構(AMED)と連携し、日本側と途上国側の研究機関・研究者を支援している。

  1. 注14 : 新たなIT技術の導入が人々の生活をより便利にしたり豊かにしたりすること、新しいデジタル技術の導入により既存ビジネスの構造を作り替えたりするなど、新しい価値を生み出すこと。
  2. 注15 : Data Free Flow with Trustの略。プライバシーやセキュリティ・知的財産権に関する信頼を確保しながら、ビジネスや社会課題の解決に有益なデータが国境を意識することなく自由に行き来する、国際的に自由なデータ流通の促進を目指すというコンセプト。DFFTは、2019年1月にスイス・ジュネーブで開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)において、安倍総理大臣(当時)が提唱し、2019年6月のG20大阪サミットにおいて各国首脳からの支持を得て、首脳宣言に盛り込まれた。
  3. 注16 : Smart Food Chainの略。入口(生産)から出口(消費)までの情報を連携・集積し、生産の高度化、販売における付加価値向上、流通最適化等を可能とする基盤を指す。
  4. 注17 : Information and Communications Technologyの略。コンピュータなどの情報技術とデジタル通信技術を融合した技術で、インターネットや携帯電話がその代表。
  5. 注18 : 2017年、各国のICT政策立案者や調達担当者向けに、「質の高いICTインフラ」投資の指針を策定。
  6. 注19 : Integrated Services Digital Broadcasting-Terrestrialの略。日本で開発された地上デジタルテレビ放送方式で、緊急警報放送システム、携帯端末などでのテレビ放送の受信、データ放送などの機能により、災害対策や、多様なサービスの実現といった優位性を持つ。
  7. 注20 : 日本、アルゼンチン、アンゴラ、ウルグアイ、エクアドル、エルサルバドル、グアテマラ、コスタリカ、スリランカ、チリ、ニカラグア、パラグアイ、フィリピン、ブラジル、ベネズエラ、ペルー、ボツワナ、ボリビア、ホンジュラス、モルディブの20か国。
  8. 注21 : 電気通信・放送分野に関する国連の専門機関で、世界中の人が電気通信技術を使えるように、(ⅰ)携帯電話、衛星放送などで使用する電波の国際的な割当、(ⅱ)電気通信技術の国際的な標準化、(ⅲ)開発途上国の電気通信分野における開発の支援などを実施している。
  9. 注22 : 2019年にUNICEFとITUが立ち上げた、開発途上国を中心に、世界中の学校でインターネットアクセスを可能にすることを目的にしたプロジェクト。
  10. 注23 : アジア太平洋地域における情報通信分野の国際機関で、同地域における電気通信や情報基盤の均衡した発展を目的とし、研修やセミナーを通じた人材育成、標準化や無線通信などの地域的な政策調整などを実施している。
  11. 注24 : 注4を参照。
  12. 注25 : 用語解説を参照。
  13. 注26 : 2021年から。
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