匠の技術、世界へ 3



日本の中小企業の技術でマレーシアのパーム油産業に貢献

オイルパーム農園に積み上げられる伐採されたオイルパーム古木の幹(写真:小杉昭彦)

マレーシア理科大学に立ち上げられたパーム幹研究室の前で研究に携わる学生達と小杉氏(右から7人目)(写真:小杉昭彦)
マレーシアは、オイルパーム(アブラヤシ)の果実から採取されるパーム油の一大生産国で、輸出に占める額は約2兆円に上りますが、古木となり伐採されたオイルパームの幹(パーム幹)や葉柄、ヤシ殻などの植物性廃棄物の処理が課題となっており、開発と環境保護の調和が求められています。オイルパーム農園では、生産量を維持するために約25年ごとに伐採と再植林が行われるため、年間7,500万本ものオイルパーム古木が伐採されますが、放置された廃材からメタンガスを含む温室効果ガスが発生するほか、廃材が原因で土壌病害が広がり、土地の再活用が難しくなる事例も発生しています。
そこで、国立研究開発法人国際農林水産業研究センター(JIRCAS)はマレーシア理科大学と連携し、2019年から地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)注1「オイルパーム農園の持続的土地利用と再生を目指したオイルパーム古木への高付加価値化技術の開発プロジェクト」を実施しています。本プロジェクトでは、伐採後のパーム幹の放置がもたらす悪影響を科学的、経済的に評価するとともに、パーム幹を放置させず再利用することで、パーム農園の健全性を保ち、パーム農園を拡大せずに持続可能な形で継続させる方法を検討しています。そのために、放置されるパーム幹の行き先となる高付加価値製品を製造する技術開発やその実証が重要であるとして取り組んでいます。
2004年からJIRCASでパーム幹廃材の活用について研究してきた小杉昭彦(あきひこ)プロジェクトリーダーは、本プロジェクトの成果を次のように語ります。「パーム幹廃材が土壌に与える影響に関する研究成果を示すことで、マレーシア政府や農園オーナーに、農園から廃材を撤去する利点があることを理解してもらえるようになりました。回収した廃材は燃料ペレットやベニヤ板、肥料などの製品に生まれ変わり、国内外でパームバイオマスの用途が増えています。例えば、パナソニック株式会社は、廃材から再生木質ボードをつくる技術「PALM LOOP」を開発し、この技術のおかげで廃材が家具の材料として利用できるようになりました。研究成果を実社会で活用することでパーム幹廃材の資源価値を高め、新たな産業を生み出すことを目指しています。」
パーム幹廃材の製品化実証パイロット事業では、日本のエンジニアの知見と町工場の技術力を活用し、ペレット製造における環境負荷を低減する「原料マルチ化プロセス」を開発しました。このプロセスは、パーム幹廃材だけでなく、その枝葉やパーム油工場から出てくるヤシ殻も同一のプロセスでペレット化することができるものです。このプロセスを普及させることで、将来的にはパーム油産業におけるカーボンニュートラルを実現させることも視野に入れています。また、マレーシア政府機関に働きかけ、パーム油だけでなく、パーム油産業から出てくるバイオマスそのものも持続可能な生産物として認証させる取組も行っています。
小杉氏は「この一連の成果は日本の中小企業が持つキラリと優れた技術を組み合わせることによって成り立っていることから、『下町バイオマス』構想と名付けました。これをマレーシアだけではなく東南アジア地域全体の輸出産業につなげて、日本の技術を世界のために役立てるとともに、日本のものづくりそのものも活性化しようと考えています。」と述べて、日本企業と連携してこのパーム幹廃材を含めパームバイオマス事業を実社会に役立てていくことを目指しています。
SATREPS事業終了後も事業を継続するために、2022年、小杉氏はベンチャー企業を立ち上げました。「実社会で技術を役立てる近道は、開発した技術をいかす道を自分たちで切り開くことです。マレーシアの人たちにとっては第一に収益性を確保することが重要ですが、その上で環境意識を高めていくことが大切です。原料調達の安定化と工場の収益化の両輪でマレーシアにバイオマス事業を普及させ、持続可能な土地利用や環境保全につながるように取組を続けていきたいと思います。」と、今後の展望を語ります。
注1 用語解説を参照。