匠の技術、世界へ 4




和紙原料「みつまた」の栽培・加工技術を原産地ネパールで日本企業が普及

村の女性たちに作業指導するかんぽうネパールのスタッフ(写真:株式会社かんぽう)

生産者とミーティングを行う松原氏(写真左)(写真:株式会社かんぽう)

ヒマラヤ山脈を背景に花をつけるみつまたの木
(写真:株式会社かんぽう)
ネパールは国土の約80%が山岳地帯であり、内陸国という地理的制約もあって基礎インフラの整備が不十分です。農業は国民の6割が従事する主要産業ですが、インフラの不足に加えて生産技術も不足しているため生産性が低く、地方部における貧困問題の大きな原因になっています。
このような状況を前に、大阪を拠点として政府刊行物の販売のほか、和紙原料であるみつまたの販売も行う株式会社かんぽうは、ネパールの農林業を活性化させて課題解決を図ろうと、JICAの中小企業・SDGsビジネス支援事業を活用し、ネパールにおいてみつまたの栽培・加工の技術移転を行っています。
日本では、明治時代から紙幣原料の一部としてみつまたが使われてきましたが、国内生産量は年々減少しています。(株)かんぽうは、社会貢献事業としてネパールに井戸を贈る活動を行っていましたが、1990年からみつまたの原産地であるネパールで調査を開始し、みつまたが自生する地域で村おこしを兼ねて、刈った分は植林することで森林を保全しながら、みつまたの栽培・加工技術を指導するようになりました。そして現地法人を立ち上げ、ネパール人スタッフを育成し、契約農家の技術指導にあたってきました。
2013年にネパールのみつまた事業を受け継いだ同社の代表取締役、松原正(ただし)氏は、「『みつまたのおかげで村では貧困のためにこどもが売買されることもなくなり、自分も娘を立派に育てることができた』という村の長老の言葉が忘れられません。それを聞いて、必ずやこの事業を軌道に乗せて貧困をなくそうと心に誓いました。」と当時を振り返ります。
同社がこの事業を継続させる手段を検討する中で、在ネパール日本国大使館に相談したところ、JICA事業の紹介がありました。同社は2016年にビジネス化に向けた案件化調査を開始し、2019年からは「ネパール国森林利用グループに対する『みつまた』の栽培・加工技術に係る普及・実証事業」を実施しています。
松原氏は、「土地を持たない貧しい農民は、国の許可を受けて国有地でみつまたを栽培していますが、これまでは政権が代わるたびに許可申請を求められるなど事業の継続に苦労していました。JICAの案件として採択されてからは、JICAがネパールで培ってきたネットワークと信用のおかげで、許認可も迅速に行われるようになり、活動範囲も首都から遠く離れた地方まで一気に広がりました。今では約30か所の生産拠点で年間約150トンものみつまたを生産しており、生産量は10年前の約3倍になりました。」とJICA事業活用のメリットを語ります。ネパール産のみつまたは日本に輸入され、国立印刷局の製造する紙幣の原材料となっています。
本事業によって雇用の機会が生まれ、女性の社会参画にも貢献しています。「みつまたの加工は、大きな施設や動力を必要とせず、女性でも簡単にできるため、女性の社会参画を含めて村全体に仕事を創出することができます。新型コロナウイルス感染症拡大を受けて首都から戻ってきた出稼ぎ者の受け皿にもなっています。また、村ではみつまたで得た収入をもとに学校を建設するなど、自律した村の運営にもつながっています。」と松原氏は事業の成果を語ります。
ネパールでの新たな雇用創出と、農林業の一層の活性化に向けて、(株)かんぽうはみつまたをネパールの特産品にするとともに、みつまた事業で培ったネットワークを利用して新たな農作物の生産も視野に入れています。ネパールの山間地域に暮らす人々に雇用が生まれ、貧困削減につながることが期待されます。