(2)日本の強みをいかした協力ときめ細やかな制度設計
日本が自国の伝統を大切にしつつ、民主的な経済発展を遂げた歩みの中で構築してきた人材、知見、質の高い技術力、制度などは、開発協力を行う上での財産であり、こうした強みをいかす開発協力の実施に努めています。
ア 人への投資
日本は、1954年にODAを開始して以来、研修員受入事業や専門家派遣など、日本の技術やノウハウを伝える「人への投資」を一貫して重視し、きめ細やかな人づくりに取り組んでいます。開発途上国の課題解決に貢献することを目指して、行政、農林水産、鉱工業、エネルギー、教育、保健・医療、運輸、通信など多岐にわたる分野で研修員受入事業を実施しており、2022年度は、135か国・地域から新規に8,227人が日本国内で実施される本邦研修に参加、開発途上国・地域で実施される現地国内研修には、4か国で新規に1,086人、第三国研修は、103か国・地域から新規に1,624人がそれぞれ参加しました。また、相手国政府に対する高度な政策提言や現地に適合した技術の開発などを通じて、相手国人材の能力構築を行うことにより、開発効果を顕在化させることを目的とする専門家派遣では、2022年度は、新規および継続で6,776人のJICA専門家を101か国・地域に派遣しました。
産業人材の育成に向けた取組として、日本は、産官学連携によるABEイニシアティブ(アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ)解説やカイゼン注22イニシアティブ、国際機関と連携した技術支援などを通じた支援を行ってきており、ABEイニシアティブでは、2023年12月までに約6,700人を超えるアフリカの若者に研修の機会を提供しました。ABEイニシアティブの研修生が、研修を終えた後に自国に戻り、日系企業に就職したり、起業したり、また、自国の行政機関や大学で要職に就く等、日本で身に付けた専門的な知識や技能をいかして、自国の発展や日本企業の海外展開に貢献する好事例も生まれています(ABEイニシアティブ修了生の活躍については「国際協力の現場から1」を、研修終了後のフォローアップについては、第Ⅴ部1(6)を参照)。また、開発途上国におけるスタートアップ・エコシステム支援として「Project NINJA(Next Innovation with Japan)」注23を創設し、様々な関係者と連携し、起業家が抱える課題の特定、政策提言、企業経営の能力強化、起業家間の連携促進、開発途上国の起業家と日本企業とのマッチングや投資促進などを支援しています。
イ 借款の改善
日本政府は、日本の優れた技術やノウハウを活用し、開発途上国への技術移転を通じて「顔の見える援助」を促進するため、本邦技術活用条件(STEP:Special Terms for Economic Partnership)を導入し、適用範囲の拡大、金利引き下げなど制度を改善してきました。また、日本企業が参画する官民連携(PPP:Public-Private Partnership)方式を活用したインフラ整備案件の着実な形成と実施を促進するため、開発途上国政府の施策の整備と活用を踏まえエクイティバックファイナンス(EBF)円借款注24や採算補填(VGF)円借款注25なども導入しています。近年、日本企業の借款事業の受注比率は6~7割程度で推移しており、日本企業の海外展開の後押しにもなっています。
そのほかにも、日本政府は、「質の高いインフラパートナーシップ」注26のフォローアップ策として、円借款の手続の迅速化や新たな借款制度の創設など、円借款や海外投融資の制度改善を行っています。また、新しい円借款制度として、公衆衛生上の脅威に備える上で危機発生時に機動的に対応(R:Response)できる資金を確保するとともに予防(P:Prevention)および備え(P:Preparedness)を確保することが重要であることに鑑み、技術協力の提供と併せて借入国による予防・備えの強化に必要な資金を取組の成果に応じて供与する成果連動型借款、パンデミックなどの公衆衛生危機発生時に必要となる資金需要に対応すべく、危機発生前にあらかじめ融資枠を供与する公衆衛生危機スタンドバイ借款を創設しました。なお、成果連動型借款は保健分野以外にも適用可能で、円借款制度の迅速化・柔軟化に貢献することが期待されます。
ウ オファー型協力
日本が有する高い技術や科学技術は大きな強みである一方で、新興国や開発途上国の技術も発展し、求められるニーズも多様化しており、資機材提供、施設建設などの質の高いハード面での協力に、運営・維持管理への関与や制度構築、人材育成を含めたソフト面での協力などを組み合わせた、付加価値のある開発協力の実践が重要になっています。このような現状も踏まえて、対話と協働による共創の中で生み出された新たな社会的価値や解決策も活用しつつ、ODAとOOF(その他公的資金)等様々なスキームを有機的に組み合わせて相乗効果を高め、日本の強みをいかした魅力的なメニューを積極的に提案していくオファー型協力の強化を打ち出しました(オファー型協力詳細および実施に向けた準備状況は、第Ⅰ部1を参照)。
エ JICA海外協力隊(JICAボランティア事業)

助産師隊員として、カウンターパートと一緒に州病院で活動を行うカンボジアのJICA海外協力隊員(写真:JICA)
1965年に発足し、半世紀以上の実績を有するJICA海外協力隊(JICAボランティア事業)は、累計で99か国に55,300人以上を派遣しています。まさしく国民参加型の事業であり、日本の「顔の見える開発協力」として開発途上国の発展に貢献してきました。
本事業は、開発途上国の経済・社会の発展のみならず、現地の人たちの日本への親しみを深めることを通じて、日本とこれらの国との間の相互理解・友好親善にも寄与しており、国内外から高い評価を得ています。また、グローバルな視野を身に付けた協力隊経験者が日本の地方創生や民間企業の開発途上国への進出に貢献するなど、協力隊経験の社会還元という側面も注目されています。
日本政府は、こうした取組を促進するため、帰国隊員の進路開拓支援を行うとともに、現職参加の普及・浸透に取り組むなど、より多くの人が本事業に参加しやすくなるよう努めています(現職参加の協力隊員の活躍については「案件紹介」を、企業の社員をJICA海外協力隊として開発途上国に派遣する制度(連携派遣)については第Ⅴ部1(1)を参照)。
案件紹介15
フィリピン


農家の人たちの生計向上を目指す!
JICA海外協力隊(民間連携)注1 職種:コミュニティ開発
鬼村 勇哉(おにむら ゆうや)(江崎グリコ株式会社)(2016年4月~2017年3月)
私は、フィリピンのボホール島という小さな島に派遣され、農家の人たちの生計向上を目的とした農産物の販売促進プロジェクトに参加しました。現地には多くの農家があり、地域ごとに農業組合を作って農産品やその加工品を生産していましたが、「商品は作れるけれど売り方がわからない。」という課題を抱えていました。私は、その課題解決のため、ボホール州政府や農業組合と一緒に農家の人たち自身が運営する農産物の直売所を開設し、売上拡大を目指しました。
所属先である江崎グリコ株式会社で営業担当としてスーパー等での売上促進活動を行っていた経験をいかし、直売所の売上促進のためのマーケティング指導を主に行いました。来店したお客様が見やすい商品の陳列方法や、チラシ、SNSを活用した集客活動を、農家の人たちと一緒に考え、実施しました。また店内活動だけでなく、展示会への出店や飲食店への売り込みも行い、客数、売上ともに開設当初の1.5倍以上に増加させることができました。直売所は2023年現在も運営されています。
JICA海外協力隊の任期終了後は、江崎グリコ(株)の駐在員として6年間フィリピンに滞在し、現地法人の立ち上げと商品の売上拡大に従事しました。協力隊で培った、現地の人たちとのコミュニケーション能力やマネジメント能力、またフィリピンの人たちが何を大切にして、何を楽しいと感じるのかといった、日本人との感性の違いを肌で感じられたことは、現地で業務をする上でとても役立ちました。
現在は日本に戻り海外への輸出業務を担当しています。今後も協力隊の経験をいかして日本と海外拠点をつなぎ、商品の海外販路拡大に貢献していきたいと思います。

水牛のミルクから作る石鹸(けん)の加工所を視察する筆者(写真:鬼村勇哉)

組合の人たちと販売方法を協議する様子(写真:鬼村勇哉)
注1 2016年当時は、企業からJICA海外協力隊に現職参加する「民間連携」として派遣。現在では民間企業、大学、自治体等様々な団体を対象として「連携派遣」として募集(第Ⅴ部1(1)を参照)。
用語解説
- 現地ODAタスクフォース
- 2003年度から、開発途上国における日本の開発協力を効果的・効率的に実施するため、大使館およびJICAを中心に、独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)、株式会社国際協力銀行(JBIC)などの現地事務所を主要な構成メンバーとして立ち上げられた。
- ABEイニシアティブ(アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ:African Business Education Initiative for Youth)
- アフリカの産業人材育成と日本企業のアフリカでのビジネスをサポートする「水先案内人」の育成を目的として、第5回アフリカ開発会議(TICAD V)(2013年)において発足し、以降継続して取組が行われている。同プログラムでは、アフリカの若者に対し、日本の大学での修士号取得の機会や、日本企業などでのインターンシップ、日本語研修、ビジネス・スキル研修などのビジネス・プログラムを提供している。
- 注22 : どうすれば少しでも生産過程の無駄を省き、品質や生産性を上げることができるか、生産現場で働く一人ひとりが自ら発案し、実行していく手法。戦後の高度成長期の日本において、ものづくりの品質や生産性を高めるために製造業の現場で培われた取組で、「整理・整頓・清掃・清潔・しつけ」(5S)などが基本となっている。
- 注23 : JICAが2020年1月に始動させた、開発途上国におけるビジネス・イノベーション創出に向けた起業家支援活動。
- 注24 : EBF(Equity Back Finance)円借款は、開発途上国政府・国営企業等が出資をするPPPインフラ事業に対して、日本企業も事業運営主体に参画する場合、開発途上国の公共事業を担う特別目的会社(SPC:Special Purpose Company)に対する開発途上国側の出資部分に対して円借款を供与するもの。
- 注25 : VGF(Viability Gap Funding)円借款は、開発途上国政府の実施するPPPインフラ事業に対して、原則として日本企業が出資する場合において、SPCが期待する収益性確保のため、開発途上国がSPCに供与する採算補塡(VGF)に対して円借款を供与するもの。
- 注26 : 2015年に発表。日本の経済協力ツールを総動員した支援量の拡大・迅速化、アジア開発銀行(ADB)との連携、国際協力銀行(JBIC)の機能強化等によるリスク・マネーの供給拡大、「質の高いインフラ投資」の国際スタンダードとしての定着を内容の柱としている。