2 平和・安全・安定な社会の実現、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化
(1)平和構築支援と難民・避難民支援
国際社会では依然として、民族・宗教・歴史の違いなど様々な要因や、貧困や格差などの影響によって地域・国内紛争が発生しています。近年の地政学的な国家間競争の激化や緊張の高まり、既存の国際的秩序への挑戦的な主張を強める国々の台頭も、世界の経済・社会、安定に大きな負の影響をもたらしています。
紛争は、多数の難民や避難民を発生させ、人道問題を引き起こし、長年にわたる開発努力の成果を損ない、大きな経済的損失をもたらします。ある国や地域の紛争の影響は、世界全体に何らかの形で影響を及ぼすものであり、このような紛争の長期化も課題となっています。2022年に発生したロシアによるウクライナ侵略、2023年10月に発生したハマス等によるテロ攻撃以降のイスラエル・パレスチナ情勢は、深刻な人道危機に拍車をかけており、世界の経済・社会、安定に大きな負の影響をもたらしています。気候変動が平和と安定に及ぼす影響についても懸念されています。このように国際社会の課題が複雑化・多様化する中で、持続的な平和の定着のため、開発の基礎を築くことを念頭においた平和構築の取組はますます重要になっています。
●日本の取組
■平和構築支援

コロンビア「平和構築に資する包摂性を確保した農業農村開発事業強化プロジェクト」で、カカオ農園を視察する日本人専門家(写真:JICA)
紛争などによる人道危機への対応として、日本は初期の段階から、緊急に必要とされる人道支援を中長期的な開発協力を見据えて行う「人道と開発の連携」を推進しています。人道危機が長期化・多様化する中、平時から中長期的な観点に立った強靱(じん)な国造りや社会安定化といった平和の持続のための支援を行う人道・開発・平和の連携(HDPネクサス)注38の考え方も重視しています。各国・地域において、自立的発展を後押しし、危機の根本要因に対処するため、人道支援、貧困削減・経済開発支援、平和構築や紛争再発予防の支援を継ぎ目なく展開しています。
継ぎ目ない支援を行うため、日本は、国際機関を通じた支援と、無償資金協力、有償資金協力、および技術協力といった支援を組み合わせて、紛争下における難民・避難民に対する人道支援や、紛争終結後の和平(政治)プロセスに向けた選挙支援を実施しています。平和の定着と紛争の再発防止を目的とした、元兵士の武装解除、動員解除および社会復帰(DDR:Disarmament、Demobilization、Reintegration)、治安部門改革、行政・司法・警察機能の強化に関する支援も実施しています。経済インフラや制度整備支援、保健や教育などの社会分野での支援も行っています。ホストコミュニティとの共存のための支援、難民・避難民の帰還、再定住への取組のほか、基礎インフラ(経済社会基盤)の復旧といった復興のための支援にも取り組んでいます。これら取組においては、国連安保理決議第1325号を始めとした、平和構築における女性の役割が重要であるとする一連の国連安保理決議に基づいて、紛争の予防や解決、平和構築への女性の参画促進に積極的に取り組んでいます(女性・平和・安全保障(WPS)を参照)。
ロシアによるウクライナ侵略において性的暴力被害が確認されていることを受け、2023年には、国連女性機関(UN Women)を通じて、ウクライナおよび近隣国において、約2,000人の性的暴力被害者の女性を含む戦争の影響を受けた避難民女性・女児に対して保護、カウンセリングや必要なサービスの提供を行ったほか、約1,500人の女性・女児に対して生計維持のための語学や基本的な生活技能の訓練等を実施しました。
国際社会では、国連平和構築委員会(PBC)解説などの場において、紛争の解決や予防、紛争後の復旧や国造りに対する支援の在り方に関する議論が行われています。日本は設立時からPBCに参加し、制度構築や人材育成に取り組む重要性や、関係機関(国連安全保障理事会、国連総会、PBC等の国連機関、ドナー国、地域的機関、世銀・IMF等の国際金融機関、民間セクター等)の間での連携強化の必要性を伝えるなど、積極的に貢献してきています。国連平和構築基金(PBF)解説にも、2023年12月時点で総額6,307万ドルを拠出し、主要ドナー国として貢献してきています。日本は2023年1月から2年間、安保理非常任理事国を務めており、2023年1月の議長月には平和構築に関する安保理公開討論を主催するなど、任期中の優先事項の一つとして、国連における平和構築の取組に貢献しています。
日本は、従来、国連平和維持活動(国連PKO)などの国際平和協力活動と開発協力の連携に努めてきています。実際、国連PKOが行われている国や地域では、紛争の影響を受けた避難民や女性・こどもの保護、基礎インフラの整備などの取組が多く行われており、その効果を最大化するために、このような連携を推進することが引き続き重要です。例えば、2023年にはイエメンにおいて、約4,500人のジェンダーに基づく暴力の被害者に対する支援を行ったほか、50人の保護サービス提供に携わる人を対象とした能力開発研修の実施や200人の女性に対する生計支援、100人を対象とした平和構築への女性の参画に向けた能力構築支援を行い、同国の平和と安定に向けた取組を促進しました。
日本は、国連、支援国および要員派遣国の3者が互いに協力し、国連PKOに派遣される要員の訓練等を行う協力枠組みである「国連三角パートナーシップ・プログラム(TPP)」にも積極的に貢献しています。同枠組みの下、例えば、アフリカおよびアジアの工兵要員を訓練するために、自衛隊員等を派遣して重機操作訓練を実施しているほか、医療分野において救命訓練実施のための自衛隊員派遣や国連PKOミッションの遠隔医療体制整備などに貢献しています。2023年9月の国連総会において、岸田総理大臣は、平和の担い手への支援を拡充することを表明しました。具体的には、アフリカ連合(AU)が主導する平和支援活動(AUPSOs)がアフリカの平和と安定に重要な役割を果たしていることから、TPPの枠組みにおいてAUPSOsに派遣される要員に対する訓練も実施すべく、約850万ドルを拠出することを決定しました。
その他、平和構築に従事する人材に求められる資質が多様化、複雑化していることに鑑み、日本は「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」注39を通じて、現場で活躍できる国内外の文民専門家を育成しています。これまでに実施した国内研修には延べ950人以上が参加しました。修了生の多くが、アジアやアフリカ地域の平和構築・開発の現場で活躍しています。
■難民・避難民支援

ウガンダで日本人専門家からコメ作りの指導を受ける難民(写真:JICA)
シリアやアフガニスタン、ミャンマー、ウクライナなどの情勢を受け、世界の難民・避難民等の数は年々増加しており、2022年には1億人を超え、第二次世界大戦後で最大規模を更新するなど、人道状況は厳しさを増しています。日本は2023年12月にジュネーブで行われた第2回グローバル難民フォーラム(GRF)の共催国を務め、こうした人道状況の悪化を食い止め、国内外の難民・避難民の自立や受入れ国の負担軽減のため、国際社会の団結と協力強化を呼びかけました(「開発協力トピックス」も参照)。人間の安全保障の観点からも、日本は、最も脆(ぜい)弱な立場にある人々の生命、尊厳および安全を確保し、一人ひとりが再び自らの足で立ち上がれるように、難民・避難民等に対する支援を含む人道支援を行っています。
具体的には、主に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国連世界食糧計画(WFP)、国際移住機関(IOM)を始めとする国際機関と連携して、シェルターや食料など基礎的な生活に必要な物資の支援を世界各地で継続的に実施しています。日本は、上記の国連機関や国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)、赤十字国際委員会(ICRC)などの国際機関と連携することにより、治安上危険な地域においても、それぞれの機関が持つ専門性や調整能力などを活用し、難民・避難民等への支援を実施しています。例えば、2023年には、スーダンおよび周辺国に対して、スーダンにおける武力衝突により発生した難民および国内避難民などに対する支援として、WFPやUNHCR、IOMなどを通じて食料や生活必需品などを供与する緊急無償資金協力を実施しました。また、ジャパン・プラットフォーム(JPF)注40を通じた日本のNGOによる緊急人道支援も行われています(「世界の現場で活躍する国際機関日本人職員」も参照)。
日本は、こうした国際機関を通じて難民・避難民等への支援を行う際、JICAやNGO、民間企業との連携を図っています。例えば、UNHCRが行う難民支援においては、JICAと連携し、緊急支援と復興支援を連携させた支援を実施しています。ジャパン・プラットフォーム(JPF)と連携した難民・避難民等への支援も行っています(「案件紹介」も参照)。
■対人地雷・不発弾対策および小型武器対策

カンボジア地雷対策センター(CMAC)の研修複合施設における地雷探知犬の訓練の様子(写真:JICA)
かつて紛争があった国・地域には対人地雷や不発弾がいまだ残るとともに、非合法な小型武器が現在も広く流通しています。これらは、一般市民などに対して無差別に被害を与え、復興と開発のための活動を妨げるだけでなく、対立関係を深刻にする要因にもなります。そのため、対人地雷や不発弾の処理、小型武器の適切な管理、地雷被害者の支援や対人地雷・不発弾対策関係者の能力強化などを通じて、こうした国・地域を安定させ、治安を確保するための持続的な協力を行っていくことが重要です。
日本は、「対人地雷禁止条約」および「クラスター弾に関する条約」の締約国として、人道・開発・平和の連携の観点から、地雷除去や被害者への支援に加え、リスク低減教育などの予防的な取組を通じた国際協力も着実に行っています。例えば、カンボジア地雷対策センター(CMAC)に対しては、国内外に対する研修機能の強化、組織運営部門の職員の育成や情報システム構築など、今後さらに国際的に貢献する組織となっていくためのCMACの組織全体の能力向上への協力や、地雷対策関係者に対する教育訓練環境の改善および訪問者への地雷問題の理解促進・啓発を図るため、CMACの研修施設や広報施設を建設する支援を行っています。
こうした包括的な支援により、CMACはコロンビアやラオスなど第三国の地雷・不発弾対策職員に対する研修のほか、2023年1月にはカンボジア国内で、同年7月にはポーランドにおいてウクライナ政府職員に対する地雷探知機の使用訓練や住民への啓蒙(もう)活動等も実施し、南南協力注41の実現にも貢献しています。不発弾の被害が特に大きいラオスに対しては、CMACでの研修以外にも不発弾対策機関への専門家の派遣により、活動計画策定やモニタリングに関する実施能力の強化を行っているほか、同機関の活動を促進するための設備整備や地雷検知センサー等の必要機材の供与を行っています。日本はカンボジアをはじめ各地の地雷除去に長年協力してきた経験・知見を活用し、ウクライナの戦後復興において、住民の安心・安全の確保のみならず、生活、農業、産業の再建にも欠くことができない地雷や不発弾の処理に、積極的に協力しています。
日本は、ボスニア・ヘルツェゴビナにおいて、スロベニアに本部を置く国際NPOである人間の安全保障強化のための国際信託基金(ITF)が、ボスニア・ヘルツェゴビナ地雷行動センターと協力して実施している地雷除去活動を支援しており、西バルカン地域の連結性向上にも貢献しています。
アフガニスタンにおいては、特定非営利活動法人難民を助ける会(AAR Japan)が、地雷や不発弾などの危険性と適切な回避方法に関する知識の普及を目的として、教材開発や講習会などの教育事業を、日本NGO連携無償資金協力(2009年度以降)やJPFによる事業(2001年度以降)を通じて実施しており、住民への啓発活動が着実に進められています。
日本は、こうした二国間支援に加え、国際機関を通じた地雷・不発弾対策を積極的に行っています。2023年には、アフガニスタン、シリア、パレスチナ、スーダン、ナイジェリア、南スーダンに対して、国連地雷対策サービス部(UNMAS)を通じて、地雷除去、危険回避教育、被害者支援などの地雷・不発弾対策支援を行っています。例えば、シリアでは、UNMAS経由で、爆発物事故の被害者への支援を行うとともに、被害者支援実施のための枠組み策定に取り組みました。2023年は他にも、国連児童基金(UNICEF)経由でイエメン、イラク、ウクライナ、チャド、中央アフリカ、パレスチナ、南スーダンにおいて危険回避教育に関する支援を実施しています。ICRCを通じて、アフガニスタン、ウクライナ、シリア、ミャンマー等でも危険回避教育などの支援を行っています。
小型武器は実際の紛争の場面で今もなお使われ、多くの人命を奪っていることから「事実上の大量破壊兵器」とも呼ばれており、日本は、グテーレス国連事務総長の「軍縮アジェンダ」(2018年)に基づいて設置された「人命を救う軍縮(SALIENT)」基金へのドナー国であるなど、小型武器対策の議論に積極的に貢献しています。
用語解説
- 国連平和構築委員会(PBC:Peacebuilding Commission)
- 2005年の安保理決議および総会決議に基づき設立された国連の安全保障理事会および総会の諮問機関。紛争後の平和構築と復旧のための統合戦略を助言・提案することを目的とし、安保理、総会等に対してブリーフィングの実施や書面の提出を通じた助言を提供する。日本はPBC設立時から一貫して、PBCの中核である組織委員会のメンバーを務めている。
- 国連平和構築基金(PBF:Peacebuilding Fund)
- 2006年に設立された基金。アフリカを始めとする地域で、地域紛争や内戦の終結後の再発防止や、紛争予防のための支援を実施。具体的には、和平プロセス・政治対話への支援、経済活性化、国家の制度構築、女性・若者の国造りへの参加支援などを実施。
- 注38 : 人道(Humanitarian)、開発(Development)、平和(Peace)の頭文字をとったもの。人道支援と並行して、難民の自立支援や受入れ国の負担軽減のための開発協力を行い、さらに根本的な原因である紛争の解決・予防に向けた平和の取り組みを進めるアプローチ。
- 注39 : 2007年度に「平和構築人材育成事業」を開始し、2015年度には同事業の内容を拡大、「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/peace_b/j_ikusei_shokai.html)となった。現場で必要な知識や技術を習得するための国内研修と国際機関の現地事務所での海外実務研修とを行う「プライマリー・コース」に加え、平和構築・開発分野に関する一定の実務経験を有する方のキャリアアップを支援する「ミッドキャリア・コース」を実施。
- 注40 : 用語解説を参照。
- 注41 : 用語解説を参照。