2023年版開発協力白書 日本の国際協力

4 中南米地域

中南米地域は、国際場裡(り)において一大勢力を形成し、人口約6.6億人注14、域内総生産約6.8兆ドル注15の巨大な成長市場を有しています。その多くが自由、民主主義、法の支配等の基本的価値や原則を日本と共有しており、外交面および経済面で、戦略上重要な地域です。鉱物・エネルギー資源や食料の供給源でもあることから、特に、世界の食料・エネルギー供給に深刻な影響がもたらされている現下の情勢において、日本を含む国際社会のサプライチェーン強靱(じん)化や経済安全保障の観点からも、その重要性は増大しています。そして、中南米地域は、世界最大となる約240万人の日系人の存在、さらには、再び海を越えて日本に渡り、日本の産業を支えている日系人の存在もあり、日本との人的・歴史的な絆(きずな)が伝統的に強く、日本はこの地域と長い間、安定的な友好関係を維持してきました。

一方で、中南米地域は、気候変動、防災、保健・医療分野での脆(ぜい)弱性、貧困等、国際社会共通の課題において、引き続き大きな開発ニーズを抱えており、小島嶼(しょ)国特有の脆弱性を有する国も多く存在します。また、貧困や治安の悪さから逃れて北米を目指す移民や、政治経済社会情勢の悪化により周辺国に流出するベネズエラ難民に加え、2021年7月に大統領が暗殺されて以降、国内の政治経済および治安状況の悪化が継続するハイチ情勢なども、地域的な課題となっています。

日本は、中南米地域が強靭で持続可能な発展を実現できるよう、各国の所得水準や実情を踏まえ、ニーズに配慮した、日本ならではの支援(「質の高いインフラ」、日本の経験をいかした防災・減災、クリーンエネルギー技術、ボランティア等の技術協力による「顔の見える支援」等)を行うことで、友好関係の維持・強化を図っています。また、日本との強い絆の礎となっている日系人および日系社会を支援し、そのアセットを活用しながら、信頼に基づく人材の重層的ネットワークをさらに強化していきます。

●日本の取組

林外務大臣(当時)は、2023年1月にメキシコ、エクアドル、ブラジルおよびアルゼンチンを訪問し、二国間の経済関係、協力・交流の強化とともに、国際社会が直面する現下の厳しい情勢を踏まえ、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化、そして気候変動対策など重要な国際課題への対応においてさらなる連携を図ることを確認しました。このように、日本は中南米地域との一層の関係強化に努めています。

■防災・環境問題への取組
エクアドル・ボリバル県で、草の根・人間の安全保障無償資金協力により完成した橋を渡る地元住民たち

エクアドル・ボリバル県で、草の根・人間の安全保障無償資金協力により完成した橋を渡る地元住民たち

中南米地域は、豊かな自然に恵まれる一方、地震、津波、ハリケーン、火山噴火などの自然災害に見舞われることが多く、防災の知識・経験を有する日本の支援が重要です。地震が頻発するエクアドル、ペルー、メキシコなど太平洋に面した中南米諸国に対しては、日本の防災分野の知見をいかした支援を行っています。また、2023年に森林火災被害があったチリに対して、JICAを通じて緊急援助物資の供与を行いました。カリブ海の国々に対しては、自然災害に対する小島嶼国特有の脆弱性を克服するための様々な支援を行っており、近年では、カリブ地域における防災政策策定能力向上を目的として、カリブ災害緊急管理機関に日本の防災専門家を派遣しています(ホンジュラスへの防災支援については「案件紹介」を参照)。

また、日本は、環境問題への取組として、気象現象に関する科学技術研究や生物多様性の保全、リモートセンシングを利用したアマゾン熱帯林の保全など、幅広い協力を行っています。カリブ地域一帯では、近年、サルガッサム海藻の大量来遊が深刻な問題となっていることから、日本は、2022年にセントクリストファー・ネービス、セントビンセント、セントルシア、トリニダード・トバゴおよびバルバドスに対し、国連開発計画(UNDP)を通じた約14億円のサルガッサム海藻除去のための無償資金協力を決定しました。2023年には、ドミニカ共和国に対しても同問題対応のための日本企業製品機材(ビーチクリーナー、ダンプトラック等)の無償供与を決定しました。

■経済・社会インフラの整備

日本は、中南米地域の経済・社会インフラ整備を進めるため、都市圏および地方における上下水道インフラの整備を積極的に行っています。2023年9月には、パラグアイが農業依存型経済から脱却し、産業多角化を図ることを支援するため、無償資金協力を通じて、主要な職業訓練校に対する機材供与を決定しました。また、官民連携で地上デジタル放送の日本方式(ISDB-T)注16の普及に取り組んでおり、2023年12月時点で中南米の14か国が日本方式を採用しています。日本は、日本方式を採用した国々に対して、円滑な導入に向けた技術移転や人材育成を行っています(日本方式の導入支援については、第Ⅲ部1(2)を参照)。

■保健・医療および教育分野での取組
ニカラグア・フイガルパ市で非感染性疾患(NCDs)スクリーニングについて指導する日本人専門家(写真:JICA)

ニカラグア・フイガルパ市で非感染性疾患(NCDs)スクリーニングについて指導する日本人専門家(写真:JICA)

中南米地域は医療体制が弱く、非感染性疾患、HIV/エイズや結核などの感染性疾患、熱帯病などがいまだ深刻な状態で、迅速で的確な診断と治療を行える体制の確立が求められています。

ボリビアでは、特に医療機材整備が喫緊の課題となっていたことから、2023年6月、日本は3億円の無償資金協力を実施することを決定し、ボリビアの国立医療機関に対して、日本の優れた医療技術を活用した医療関連機材の供与を行っています。

日本は、中南米各国の日系社会に対して、日系福利厚生施設への支援や研修員の受入れ、JICA海外協力隊員の派遣などを継続して実施しています(中南米の日系社会と日本の連携については、第Ⅴ部1(6)を、ボリビアでの若手日系人支援については「案件紹介」を参照)。

教育分野への支援は、今も貧困が残存し、教育予算も十分でない中南米諸国にとって非常に重要です。日本は、教育は「人への投資」として重要であるとの考えの下、2021年から継続して、エルサルバドルに対し数学・算数教育の技術協力を実施しています。

■中米移民、ベネズエラ難民・移民支援

中米地域は、貧困や治安の悪さを原因として、米国やメキシコへの移住を目指す移民の問題を抱えています。日本は、移民発生の根本原因である貧困、治安、災害などの分野における支援を実施しています。また、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、メキシコに対し、国際移住機関(IOM)や国連世界食糧計画(WFP)と連携し、移民の自発的帰還の促進や移民流出防止、帰還移民の社会への再統合のための支援を行っています。

ベネズエラでは、経済・社会情勢の悪化により、2023年9月までに約772万人の難民・移民が主に周辺国に流出しました。受入れ地域住民の生活環境が悪化したり、地域情勢が不安定になる状況が発生したりしましたが、対応が十分にできていないことが課題となっています。2023年2月、日本は、ベネズエラ避難民を受け入れているブラジルおよびペルーに対し、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を通じて、脆弱な人々の保護や職業訓練などの社会的統合支援の実施を発表しました。また、9月、悪化するベネズエラ国内の人道状況を踏まえ、WFPを通じ、食糧援助を行ったほか、10月にはIOMを通じ、最も脆弱な立場に置かれている女性や青少年等に対し、保護活動およびシェルターの整備等の人道的支援を行うとともに、情報アクセスの強化、地域コミュニティおよび人道支援団体等への支援を決定しました。

■ハイチの治安状況悪化を受けた支援

ハイチでは、特に、2021年以降、影響力を強める武装集団による市民に対する暴力行為や誘拐が増加していますが、国内の治安改善に中心的な役割を果たすハイチ国家警察は、人員数・装備の両面において不足している状況にあります。こうした状況を受けて、2023年10月、国連においてハイチ多国籍治安支援(MSS)ミッションの派遣が決定され、日本もこの決定を支持しました。

日本は、米国を始めとするG7や米州機構(OAS)、カリブ共同体(CARICOM:カリコム)諸国等と連携し、ハイチの治安、経済および社会の安定化に向けた支援を実施しています。また、MSSミッション派遣決定を受けて、ハイチ国家警察への能力強化等を通じてMSSミッションに貢献するため、約20億円の追加支援を決定しました。

■南南協力

アルゼンチン、チリ、ブラジルおよびメキシコの4か国は、南南協力解説で実績を上げています。日本は、これらの国との三角協力解説に関するパートナーシップ・プログラムを交わしており、例えば、アルゼンチンと協力し、2023年も中南米において中小企業支援を実施したほか、メキシコと協力し、中米北部諸国における非伝統的熱帯果樹栽培システム導入を支援しました。チリでは、三角協力を通じて中南米諸国の防災に資する人材育成を行っており、2023年にも中南米諸国に対して洪水・地滑りに関するセミナーをオンラインで実施しました。また、ブラジルでは、日本の長年にわたる協力の結果、日本式の地域警察制度が普及しています。その経験を活用して、現在では三角協力の枠組みで、ブラジル人専門家が中米諸国に派遣され、地域警察分野のノウハウを伝えています。

日本は、より効果的で効率的な援助を実施するため、中南米地域に共通した開発課題について、中米統合機構(SICA)やカリコムといった地域共同体とも協力しつつ、地域全体に関わる案件の形成を進めています。

案件紹介8

ホンジュラス

SDGs11

自然災害のリスク軽減を目指して
首都圏斜面災害対策管理プロジェクト
技術協力(2019年2月~2022年12月)

ホンジュラスでは、ハリケーンなど頻発する自然災害が持続的発展の障害となっています。首都であるテグシガルパ市は、降雨による地滑りや洪水に見舞われやすい、盆地に発達した都市です。

人口増加に伴い、災害リスクの高い地域でも住宅ニーズが高まり、地滑り対策を含む防災対策が大きな課題の1つとなっています。一方で、行政は、土地利用管理についての情報収集や分析手法、システムなどを十分に有しておらず、土地のリスク評価が適切に行われていない状況でした。

1998年に巨大ハリケーンが首都を襲い甚大な洪水被害をもたらしたことを契機に、日本は無償資金協力を通じてテグシガルパ市内に地滑り防止施設を建設するなど、テグシガルパ市の地滑り災害発生リスクの軽減に貢献してきました。

本事業では、これまでの協力を一層有意義なものにするため、テグシガルパ市役所等への技術協力を通じ、斜面災害に対応する能力を高めるための支援を行いました。具体的には、斜面災害の危険性の評価、対策工事の設計と施工および維持管理、斜面の危険度を測るチェック表の開発や危険度マップの作成など、日本の知見をいかした技術を伝授しました。テグシガルパ市役所は本プロジェクトの成果を高く評価し、日本から移転された技術を活用して独自に予算を確保し、新たな対策工事の設計と施工を行うなど、日本の支援がホンジュラス側の自律的な取組に発展しています。

日本は、今後も防災の知見をいかしながら、持続可能な開発の実現に向けて防災への取組を支援していきます。

斜面災害対策管理プロジェクトを通じ整備された落石防護壁

斜面災害対策管理プロジェクトを通じ整備された落石防護壁

用語解説

南南協力・三角協力
より開発の進んだ開発途上国が自国の開発経験、人材、技術、資金、知識などを活用して、ほかの開発途上国に対して行う協力。自然環境・言語・文化・経済事情や開発段階などが似ている国々に対して、主に技術協力を行う。また、先進国やドナー、国際機関がこのような開発途上国間の南南協力を支援する協力を「三角協力」という。

  1. 注14 : 世界銀行ホームページ(2023年12月時点)
    https://data.worldbank.org/indicator/SP.POP.TOTL?end=2022&locations=ZJ&start=1989
  2. 注15 : 世界銀行ホームページ(2023年12月時点)
    https://data.worldbank.org/indicator/NY.GDP.MKTP.CD?end=2022&locations=ZJ&start=1989
  3. 注16 : 注19を参照。
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