第2節 地域別の取組
世界では国や地域によって抱える課題や問題が異なります。現在の国際社会における開発課題の多様化、複雑化、広範化、グローバル化の進展等に鑑みれば、世界全体を見渡しつつ、世界各地域に、その必要性と特性に応じた協力を行っていく必要があります。日本は、これらの問題の経済的、社会的背景なども理解した上で、刻一刻と変化する情勢に柔軟に対応しながら、重点化を図りつつ、戦略的、効果的かつ機動的に開発協力などを行って開発途上国の問題解決に取り組んでいます。

1. 東アジア地域
東アジア地域には、韓国やシンガポールのように高い経済成長を遂げ、既に開発途上国から援助供与国へ移行した国、カンボジアやラオスなどの後発開発途上国(LDCs)(注1)、インドネシアやフィリピンのように著しい経済成長を成し遂げつつも国内に格差を抱えている国、そしてベトナムのように中央計画経済体制から市場経済体制への移行の途上にある国など様々な国が存在します。日本は、これらの国々と政治・経済・文化のあらゆる面において密接な関係にあり、この地域の安定と発展は、日本の安全と繁栄にも大きな影響を及ぼします。こうした考え方に立って、日本は、東アジア諸国の多様な経済社会の状況や、必要とされる開発協力内容の変化に対応しながら、開発協力活動を行っています。
< 日本の取組 >
日本は、インフラ(経済社会基盤)整備、制度や人づくりへの支援、貿易の振興や民間投資の活性化など、ODAと貿易・投資を連携させた開発協力を進めることで、この地域の目覚ましい経済成長に貢献してきました。現在は、基本的な価値を共有しながら開かれた域内の協力・統合をより深めていくこと、相互理解を推進し地域の安定を確かなものとして維持していくことを目標としています。そのために、これまでのインフラ整備と並行して、防災、環境・気候変動、法の支配の強化、保健医療、海上の安全など様々な分野での支援を積極的に実施するとともに、大規模な青少年交流、文化交流、日本語普及事業などを通じた相互理解の促進に努めています。
日本と東アジア地域諸国がより一層繁栄を遂げていくためには、アジアを「開かれた成長センター」とすることが重要です。そのため、日本は、この地域の成長力を強化し、それぞれの国内需要を拡大するための支援を行っています。
●東南アジアへの支援
東南アジア諸国連合(ASEAN(アセアン))諸国(注2)は、日本のシーレーン上に位置するとともに、多くの日系企業が進出するなど経済的な結びつきも強く、政治・経済の両面で日本にとって極めて重要な地域です。ASEANは2015年の共同体構築を最大の目標とし、ASEAN域内の連結性強化と格差是正に取り組んできました。日本は、こうしたASEANの取組を踏まえ、連結性強化と格差是正を柱として、インフラ整備、法の支配の強化、海上の安全、防災、保健医療、平和構築等の様々な分野でODAによる支援を実施しています。
連結性の強化に関しては、2010年10月のASEAN首脳会議において、ASEAN域内におけるインフラ、制度、人の交流の3つの分野での連結性強化を目指した「ASEAN連結性マスタープラン」*が採択されたことを踏まえ、日本は、マスタープランの具体化に向けてODAの活用や官民連携を通じて積極的に支援を行ってきました。メコン地域における東西・南部経済回廊の構築、インドネシア、マレーシア、フィリピン等における海洋ASEAN経済回廊の構築を二大構想として、道路・橋梁(きょうりょう)、鉄道、空港、港湾建設等のハードインフラの整備に加え、税関システムの向上等制度面、ソフトインフラの整備も推進しています。
日・ASEAN友好協力40周年であった2013年には、12月に東京で開催された日・ASEAN特別首脳会議において「日・ASEAN友好協力ビジョン・ステートメント」が採択され、日・ASEAN関係の強化に向けた中長期ビジョンが打ち出されました。この際、日本は、2015年の共同体構築を目指すASEANが掲げる「連結性の強化」、「格差是正」を柱に、5年間で2兆円規模のODAによる支援を行うことを表明しました。また、防災分野については、2013年11月に発生したフィリピン中部における台風ヨランダによる甚大な被害の発生を受け、防災ネットワークの拡充や災害に対して強靱(きょうじん)な社会の実現に向けた支援の実施を内容とする日・ASEAN防災協力強化パッケージを発表し、ASEANにおける高品質な防災インフラ整備と災害対応能力向上のため、5年間で3,000億円規模の支援と1,000人規模の人材育成を実施することを表明しました。

工事のクレーンが外され開通間近のネアックルン橋。「つばさ橋」と命名された(写真:久野真一/JICA)

フィリピン・「メトロマニラ立体交差建設事業」においてマカティ市内のビジネス地区に建設された立体交差。交通渋滞の緩和に貢献している(写真:ハービィ・タパン)
インフラ整備に関しては、日本は、東南アジア諸国に対するこれまでの支援の経験も踏まえ、「質の高いインフラ投資」の重要性を表明しています。2014年11月に開催された日・ASEAN首脳会議では、持続可能で包摂(ほうせつ)的かつ強靱な「質の高い成長」の実現に向けて、東南アジアにおけるインフラ投資において、①効果的な資金動員、②被援助国や国際機関等とのパートナーシップの強化、③ライフサイクルコストや環境社会面での配慮、④包括的、かつ、きめ細かい支援の4つのアプローチをとる姿勢を表明しました。2014年12月にはベトナムの首都・ハノイの空の玄関口であるノイバイ国際空港第2ターミナルビルが完工し、2015年4月にはカンボジアにおける南部経済回廊の要であるネアックルン橋(通称「つばさ橋」)が開通式を迎えるなどASEANにおける「質の高いインフラ投資」推進の取組は着実に成果を上げています。こうした取組を進めるため、2015年5月に東京で開催された「第21回国際交流会議 アジアの未来」では、安倍総理大臣から「質の高いインフラパートナーシップ-アジアの未来への投資-」(注3)を発表、アジア開発銀行(ADB)(注4)とも連携し、今後5年間で総額約1,100億ドル(13兆円)規模の「質の高いインフラ投資」をアジアに提供することを表明しました。

2015年11月、マレーシア・クアラルンプールにおいて開催された第18回日・ASEAN首脳会議の集合写真(写真:内閣広報室)
11月の日・ASEAN首脳会議では、安倍総理大臣が「質の高いインフラパートナーシップ」のフォローアップとして、円借款の手続きの迅速化、新たな借款制度の創設など円借款や海外投融資の制度改善を行うことや、ADBとの連携をさらに進め、国際協力銀行(JBIC)(注5)や日本貿易保険(NEXI)(注6)の制度改正・運用改善を行うことなど、抜本的な制度拡充策を発表しました。また、同首脳会議において、アジアにおける持続的成長には、インフラ整備に加え、各国の基幹産業の確立や高度化を担う産業人材の育成が不可欠との考えの下、今後3年間で4万人の産業人材の育成を行う「産業人材育成協力イニシアティブ」を発表しました。日本は今後、アジアにおける産業人材育成を積極的に支援していきます。
メコン地域(注7)に対する支援に関しては、おおむね3年に1度日本で開催している日本・メコン地域諸国首脳会議(日・メコン首脳会議)において、その方針を策定しています。過去3年間、2012年4月の第4回日・メコン首脳会議で採択された「日メコン協力のための東京戦略2012」の3本柱①メコン連結性の強化、②貿易・投資の促進、③人間の安全保障および環境の持続可能性の確保に基づき、毎年開催される首脳会議および外相会議を通じて、日メコン協力を着実に実施してきました。
2015年7月に開催された第7回日・メコン首脳会議(日本における開催は4回目)では、今後3年間の日メコン協力の方針として、①メコン地域における産業基盤インフラの整備と域内外のハード連結性の強化、②産業人材育成とソフト連結性の強化、③グリーン・メコン(注8)の実現、④多様なプレーヤーとの連携を4つの柱とする「新東京戦略2015」を採択しました。同時に、メコン地域に対して、包摂(ほうせつ)性、持続可能性、強靱(きょうじん)性を兼ね備えた「質の高い成長」を実現するため、今後3年間で7,500億円のODAによる支援を実施する方針を表明しました。
メコン地域の中では、特に民主化の進展に取り組むミャンマーに対して、2012年4月、日本は経済協力の方針を見直し、急速に進むミャンマーの改革努力を後押しするため幅広い支援を実施していくこととしました。具体的には、少数民族に対する支援を含む国民の生活向上、法整備支援や人材育成、ヤンゴン・ティラワ経済特別区(SEZ:Special Economic Zone)を中心とするインフラ整備などであり、日本はミャンマーに対して様々な支援を積極的に行っています。ティラワSEZ開発に関しては、2014年5月に経済特別区(SEZ)内の早期開発区域について土地使用権の販売が開始され、2015年9月には、麻生副総理大臣も出席して、開所式典が開催されました。

ミャンマー・ティラワ経済特別区(SEZ)完成予想図(写真:JICA)
- *ASEAN連結性マスタープラン
- 2010年10月のASEAN首脳会議で採択された2015年のASEAN共同体実現に向けた連結性強化のためのプラン。ASEANの連結性強化とは、運輸、情報通信、エネルギー網などの「物理的連結性」、貿易、投資、サービスの自由化・円滑化などの「制度的連結性」、観光・教育・文化などにおける「人と人との連結性」の3つから成る。
●中国との関係
日本は、1979年以降、日中関係の柱の一つとして中国に対するODAを実施してきましたが、経済・技術も含む様々な面での中国の大きな変化を踏まえ、対中ODAの大部分を占めていた円借款および一般無償資金協力は新規供与を既に終了しました。これまでの支援は、中国経済の安定的な発展に貢献し、ひいてはアジア・太平洋地域の安定、さらには日本企業の中国における投資環境の改善や日中の民間経済関係の進展に大きく寄与しました(注9)。
現在の中国に対するODAは、日本国民の生活に直接影響する越境公害、感染症、食品の安全等の協力の必要性が真に認められる分野における技術協力(注10)、および草の根・人間の安全保障無償資金協力など、ごく限られたものを実施することとしています。また、対中ODAの大部分を占める技術協力については、日中双方が適切に費用を負担する方法を段階的に実施しています。
- 注1 : 後発開発途上国 LDCs:Least Developed Countries
- 注2 : ASEAN諸国:Association of South East Asian Nations ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム。(ただし、シンガポール、ブルネイはODA対象国ではない。)
- 注3 : 質の高いインフラパートナーシップ」は、①日本の経済協力ツールを総動員した支援量の拡大・迅速化、②アジア開発銀行(ADB)との連携、③国際協力銀行(JBIC)の機能強化等によるリスク・マネーの供給倍増、④「質の高いインフラ投資」の国際的スタンダードとしての定着、を内容の柱としている。(参照)
- 注4 : アジア開発銀行 ADB:Asian Development Bank
- 注5 : 国際協力銀行 JBIC:Japan Bank for International Cooperation
- 注6 : 日本貿易保険 NEXI:Nippon Export and Investment Insurance
- 注7 : メコン諸国(カンボジア、ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナム)
- 注8 : 日本とメコン地域諸国が豊かな緑、豊富な生物多様性および自然災害への強靱性を有する「緑あふれるメコン(グリーン・メコン)」を達成しようとする取組。
- 注9 : 2014年度までの有償資金協力の累計は33,165億円(約束額)、無償資金協力の累計は1,575億円(約束額)、技術協力は累計1,832億円(JICA支出額)。(ただし、円借款(有償資金協力)および一般無償資金協力は既に新規供与を終了している。)
- 注10 : 2014年度は、「オゾン及び微小粒子物質(PM2.5)抑制のための計画策定能力向上プロジェクト」などの技術協力プロジェクトを実施(技術協力実績額(JICA支出額)は14.36億円)。
●ミャンマー
ヤンゴン市フェリー整備計画
無償資金協力(2013年3月~実施中)

この協力で建造されたフェリー(写真:JICA)
ミャンマーは、国土の南北を貫くエーヤーワディ河とそこから分岐した多くの河川および海岸線に広がるデルタ地帯等から成る、内陸水路網が発達した国です。人口5,141万人(2014年度)の4割強が内陸水運を利用していると推定され、重要な交通輸送網となっています。
国内最大の都市ヤンゴン中心部も三方を河川で囲まれており、ヤンゴン中心部とヤンゴン河を挟んだ住宅街のダラー地区を結ぶフェリー航路は1日3万人以上が利用し、朝・夕のピーク時における定員超過が常態化していました。しかし、現在就航しているフェリーはいずれも老朽化により船体の傷みが激しく、浸水も度々発生していました。そのため、年に3か月間のドック入りが必要で、安定した運航が困難な状況でした。急速に経済成長するヤンゴンの通勤の足となっているフェリーの運航が不安定であれば、経済成長に水を差します。日本はミャンマー政府の要請を受けて、ヤンゴン河の老朽化したフェリーに代わる新規のフェリー3隻と船着き場の整備を支援しました。
具体的には、フェリー3隻(全長41.35メートル、幅9.40メートル、高さ7.40メートル、総トン数290トン、旅客定員1,200人)のほかに、船着き場の改修のための整備用工具、フェリー整備用工具(各船一式)、予防的保守管理システム用交換部品(各船一式)を無償資金協力で整備しました。
住民の多くが利用する公共交通機関であるフェリーを整備することは、輸送の安全性や信頼性を向上させ、ヤンゴン市民の生活環境を改善し、安定した社会の実現に寄与することが期待されます。このように日本は、経済発展を続けるヤンゴンの市内交通網を整備することで、国民の生活向上に寄与しています。(2015年8月時点)
●カンボジア
ネアックルン橋梁(つばさ橋)建設計画
無償資金協力(2010年6月~実施中)

つばさ橋(写真:JICA)
カンボジア王国の国道1号線はアジア・ハイウェイ(AH-1)の一部として、ホーチミン(ベトナム)~プノンペン~バンコク(タイ)を結ぶ、「南部経済回廊」と呼ばれる国際幹線道路です。2015年末からASEAN経済共同体(AEC)が本格的に始まり、より一層この国道1号線は産業車両をはじめとした交通量が増えることが予測されています。
しかし、これまでの国道1号線のメコン河を渡る手段はフェリーしかなく、繁忙期には最大7時間程の待ち時間が発生し、また、深夜0時から5時はフェリーで渡河ができず、国道1号線の交通のボトルネックとなっていました。カンボジア政府は、日本がこれまでカンボジアに対して道路網を整備してきた実績を踏まえ、この国道1号線がメコン河を渡る地点に、全長5,460メートルのネアックルン橋梁を建設すべく支援を要請しました。そして、日本は2010年から橋を建設することになりました。
橋の建設工事では様々な困難に直面しました。橋の建設地付近には過去の内戦中に作られた弾薬庫があり、工事が始まる前に4,000発以上の不発弾を処理したものの、完全には除去できず、幸い負傷者は出ませんでしたが地中にあった不発弾の1発が爆発するという事故も起きました。また、2011年には、カンボジアで過去最大ともいわれる大洪水が起こり、架橋工事を行っている部分の川岸が30メートルにわたって削り取られてしまいました。
そのような紆余(うよ)曲折の末、2015年4月に「つばさ橋」と命名された橋梁(きょうりょう)が開通し、利用者は昼夜を問わずこの道を使ってメコン川を渡れるようになりました。近隣住民にとって、病院、学校、職場などへのアクセスが大きく改善しました。また、南部経済回廊を通じた物流・交通・交流などが円滑になり、カンボジア国内のみならず、メコン地域全体のさらなる経済発展が期待されます。(2015年8月時点)
