第2節 海外における日本人への支援
1 海外における危険と日本人の安全
(1)2018年の事件・事故等と対策
現在、年間延べ1,789万人(2017年)1の日本人が海外渡航し、約135万人(2017年10月現在)の日本人が海外に居住している。世界で活躍する日本人の生命・身体を保護し、利益を増進することは、外務省の最も重要な任務の一つである。
2018年はテロ事件による邦人被害はなかったものの、世界中で多くのテロ事件が発生した。その傾向としては、テロが発生する地域が中東・アフリカのみならず、日本人が数多く渡航・滞在する欧米やアジアにも拡大していること、欧米で生まれ育った者がインターネットなどを通じて国外のイスラム過激思想に感化され実行するテロ(ホームグロウン型)や、組織的背景が薄く単独で行動する「一匹狼」によるテロ(ローンウルフ型)が多数見られること、不特定多数の人が集まる日常的な場所(ソフトターゲット)を標的とするテロ事件が増加する傾向があること等が挙げられる。こうした傾向は、特に域外でのテロを呼びかけていた「イラクとレバントのイスラム国」(ISIL)がイラク・シリアでの拠点を喪失する中でも引き続き見られ、ISILの外国人戦闘員が出身国あるいは第三国に移動することも相まって、テロ発生を予測し防止することはますます困難になっている。これらのような傾向を示す事件として、2018年には、スラバヤ(インドネシア)のキリスト教会における同時多発自爆テロ事件(5月)、リエージュ(ベルギー)での襲撃事件(5月)、フヘイス(ヨルダン)の音楽祭会場における爆弾テロ事件(8月)、ミニヤ県(エジプト)でのコプト教会修道院に向かうバスへの攻撃事件(11月)、メルボルン(オーストラリア)での通行人切りつけテロ事件(11月)、カラチ(パキスタン)の中国総領事館付近におけるテロ事件(11月)、ストラスブール(フランス)のクリスマスマーケット付近における銃撃事件(12月)などが発生した。
日本人が海外で死亡した事案としては、ダブリン(アイルランド)における刺殺事案(1月)、マナビ県(エクアドル)における強盗殺人事案(3月)、ラリベラ(エチオピア)の観光名所における高所からの転落事案(4月)、フロリダ(米国)でのワニ襲撃事案(6月)、セブ(フィリピン)における銃撃事案(8月)、イスタンブール(トルコ)における路面電車による轢死(れきし)事案(9月)、ソウル(韓国)における簡易宿泊所火災(11月)、ペテン県(グアテマラ)における殺傷事案(11月)、ネパール(4件)やパキスタン(1件)における登山中の死亡事案などが挙げられる。
そのほかにも2018年は台湾東部の地震(2月)、ハワイ島(米国)キラウエア火山の噴火(5月)、ロンボク島(インドネシア)の地震(7月)、スラウェシ島(インドネシア)の地震・津波(9月)、ペトラ遺跡(ヨルダン)での鉄砲水(11月)等、様々な自然災害が大きな被害を生じさせ、日本人が巻き込まれたものもあった。また、モルディブでの非常事態宣言の発出(2月)、ガザ地区の情勢悪化(11月)、フランス等での「黄色いベスト運動」(11月~)等、日本人が巻き込まれるおそれのある政情不安事案も多く発生した。
また、海外旅行中に発病し滞在先のホテル等で急死した事例も前年に引き続き報告された。
これらの事故や疾病への対応では、日本国内に比べて高額な医療費や搬送費用が発生したり、不十分な医療サービスしか受けられない等により困難が生じる事例も散見された。
感染症については、エボラ出血熱の感染例がコンゴ民主共和国で報告されたほか、中東では中東呼吸器症候群(MERS)の感染例が引き続き報告されている。ジカウイルス感染症、黄熱、デング熱やマラリアといった蚊が媒介する感染症も引き続き世界各地で流行した。
外務省は、感染症や大気汚染など、健康・医療面で注意を要する国・地域についても随時関連の海外安全情報を発出し、在外邦人に対して、流行状況や感染防止策などの情報提供及び渡航や滞在に関する注意喚起を行っている。
このように、日本人の安全を脅かすような事態は世界中の様々な地域で絶え間なく発生している。海外に渡航・滞在する場合には、外務省海外旅行登録「たびレジ」への登録や在留届の提出を必ず行うとともに、①海外安全ホームページや報道等を通じて現地の治安などに関する情報を事前に十分に確認すること、②滞在中は十分な安全対策を取り、危険を回避すること、③緊急事態が発生した場合には最寄りの大使館・総領事館などの在外公館や留守家族などに連絡を取ることなどが重要である旨、外務省として様々なツール・機会を活用し、呼びかけている。また、海外での病気や事故被害などにより高額な医療費が求められた場合、海外旅行保険に加入していなければ、医療費などの支払のみならず、適切な医療機関での受診にも困難を来すことから、渡航の際は十分な補償内容の海外旅行保険に加入しておくことが非常に重要である点も引き続き強調している。
(2)海外における日本人の安全対策
日本の在外公館及び公益財団法人日本台湾交流協会が2017年に対応した日本人の援護人数は、延べ2万1,309人、援護件数は1万9,078件と引き続き高い水準で推移している2。
順位 | 在外公館名 | 件数 |
---|---|---|
1 | 在タイ日本国大使館 | 1,273件 |
2 | 在フィリピン日本国大使館 | 905件 |
3 | 在ロサンゼルス日本国総領事館 | 816件 |
4 | 在上海日本国総領事館 | 799件 |
5 | 在英国日本国大使館 | 625件 |
6 | 在ニューヨーク日本国総領事館 | 557件 |
7 | 在サンフランシスコ日本国総領事館 | 542件 |
8 | 在ホノルル日本国総領事館 | 531件 |
9 | 在フランス日本国大使館 | 478件 |
10 | 在中華人民共和国日本国大使館 | 430件 |
11 | 在バルセロナ日本国総領事館 | 387件 |
12 | 在大韓民国日本国大使館 | 375件 |
13 | 在香港日本国総領事館 | 355件 |
14 | 在ミラノ日本国総領事館 | 351件 |
15 | 在シアトル日本国総領事館 | 333件 |
16 | 在ヒューストン日本国総領事館 | 321件 |
17 | 在ハガッニャ日本国総領事館 | 319件 |
18 | 在アトランタ日本国総領事館 | 310件 |
19 | 在ポートランド領事事務所 | 309件 |
20 | 在デトロイト日本国総領事館 在ボストン日本国総領事館 |
300件 |
(2017年の援護統計に関し、大使館、総領事館、領事事務所等のうち、援護件数の多い20公館を掲載)
海外で被害に遭わないためには、事前の情報収集が重要であることから、外務省は、広く国民に対して安全対策に関する情報発信を行い、安全意識の喚起と対策の推進に努めている。
外務省は「海外安全ホームページ」で各国・地域の最新の安全情報を発出しているほか、在留届を提出した在外邦人や「たびレジ」に登録した短期旅行者等に対して渡航先・滞在先の最新の安全情報をメールで配信している。「たびレジ」は、旅行の予定がなくても登録することができ(簡易登録)、配信された安全情報は、海外で事業を行う日本企業関係者の安全対策などに幅広く活用されている。2014年7月の「たびレジ」運用開始以降、利便性向上のための取組や登録促進活動により、累計登録者数は400万人を突破した。



https://www.ezairyu.mofa.go.jp/tabireg/index.html

海外安全ホームページ「海外安全アプリの配信について」
(http://www.anzen.mofa.go.jp/c_info/oshirase_kaian_app.html)からダウンロード可能
外務省は、セミナー・訓練を通じて海外安全対策・危機管理に関する国民の知識や能力の向上を図る取組も行っている。外務省主催の国内・在外安全対策セミナーを各地で実施したほか、国内の各組織・団体等が全国各地で実施するセミナーに外務省領事局から講師を派遣し安全対策に関する講演を行った(2018年は全国で約80回)。また、企業関係者の参加を得て、「官民合同テロ・誘拐対策実地訓練」を実施した。これらの取組は、一般犯罪やテロ等の被害の予防に役立つことはもちろん、万が一事件に巻き込まれた場合の対応能力向上にも資するものである。
また、海外でも官民が協力して安全対策を進めている。各国の在外公館では、「安全対策連絡協議会」を定期的に開催し、在留邦人との間で情報共有や意見交換、有事に備えた連携強化を行っている。
さらに、2016年7月のダッカ襲撃テロ事件の後は、特に国際協力事業関係者や安全に関する情報に接する機会が限られる中堅・中小企業、留学生、短期旅行者に対する安全対策意識の向上と対応能力強化の促進に努めている。
まず、日本企業の大部分を構成する中堅・中小企業の海外での活動を安全対策面からサポートする観点から、2016年9月に企業の海外展開に関係する29の組織・機関が参加する「中堅・中小企業海外安全対策ネットワーク」を立ち上げた。ネットワーク参加組織間の連携により、海外安全対策に関する国内外でのセミナーや、機関誌などを通じた啓発などを進めているほか、企業間での横のつながりが構築されたり、より充実した企業向けサポートサービスが図られるなど企業の安全対策が強化されてきている。さらには、2017年3月、企業が最低限行うべき基本的な安全対策を漫画で分かりやすく解説した「ゴルゴ13の中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル」を発表した。以降、単行本約11万冊を配布し、外務省ホームページ上の特設ページには約170万件のアクセスがあるなど日本企業等に活用され、海外安全対策に関する意識の向上につながった。

また、留学生に関しては、多くの教育機関で安全対策及び緊急事態対応に係るノウハウや経験が十分に蓄積されていない実情を踏まえ、大学等の教育機関で、外務省員が講演を実施し、学生の安全対策の意識向上及び学内の危機管理体制の構築の支援に努めている。一部の留学関係機関とは「たびレジ」自動登録の仕組みを開始するなど、政府機関と教育機関、留学エージェント及び留学生をつなぐ取組を進めている。
短期旅行者の安全対策としては、ケンドーコバヤシ氏への「『たびレジ』登録推進大使」の委嘱や吉本興業との協力等を通じた上記「たびレジ」への登録促進を中心に広報活動に取り組んでいる(コラム「たびレジ」とは(ケンコバ大使インタビュー記事)276~277ページ参照)。
様々なメディア媒体での宣伝や「ツーリズムEXPOジャパン」でのブース出展を行ったほか、旅行者と行動を共にする添乗員を対象とした安全対策セミナーを5回開催し、安全に対する取組の重要性を伝えるとともに、旅行者の安全対策への協力を呼びかけた。

ケンドーコバヤシ氏からのメッセージ
──まずは、「たびレジ」の良さ、魅力を教えてください。
ケンコバ大使:海外行くって本当にいいことだと思いますし、楽しい。だけど、なんか出発直前までどきどきするじゃないですか。向こうでトラブルに遭ったらどうしようっていう不安もある。空港の海外旅行保険のところでうろうろしている人とかよく見ますよね。保険も大事なんですよね。でも、そんな時に「たびレジ」に登録しておくと、メールで必要な情報も届くし、緊急時には外務省からの安否確認もある。一つこういう安心があると、向こうで本当に羽を伸ばせる感覚があるというか、気分が変わりますね、うん。
──どんな情報が入るんでしょうか。
ケンコバ大使:例えば、夏休み、ニューヨークへ遊びに行ったんですけど、「計画停電があるから、この地区はこの時間には行かない方がいいですよ」って「たびレジ」メールが入って、助かりました。そんなの普通に旅行してるだけだったら、分かんないじゃないですか。
──「たびレジ」、役立てていらっしゃいますね。
ケンコバ大使:海外に行くとき自分の行き先と期間を入力するだけで、「今こんなことありますよ」っていう情報が日本語でバンバン入ってくるんで。
──海外で困った経験をされたことは?
ケンコバ大使:そうですね、ここで言えるような話ですよね(笑)。よくあるのは、夜12時以降はお酒販売しませんとか。あとは、ある国では、この期間はお酒は禁止とか。すみません、お酒の話ばっかりで(笑)
──いえいえ(笑)
ケンコバ大使:もうちょっとまじめな話をすると、昔、上海に仕事で行った時に外に出ようとしたら、ある国の副大統領が来ているとかで外出禁止になっていて数時間止められたり、サンフランシスコのある地域を散歩していたら実はかなり危険な場所にいたらしく、後で心底ぞっとしたりしました。「たびレジ」があれば、そういう情報も事前に分かって、早めに出発したり、散歩コースも変えられたんじゃないかと。

──「たびレジ」登録率は海外渡航者の約1割にとどまっていますが、河野大臣から「登録率10割を目指して欲しい」と頼まれていますね。「たびレジ」登録推進大使として今後どのように取り組まれますか。
ケンコバ大使:そうですね。動画とかポスターでも大きく広めていきたいんですけど、草の根運動もしていきたいですね。羽田・成田あたりでうろうろしているんで、いつでも声をかけてください。その時に「たびレジ」についても説明するので(笑)。

──海外渡航者は年間1,900万人を超える勢いで増えています。
ケンコバ大使:1,900万というのは膨大な数ですが、「たびレジ」は自分が身をもって便利さを知ったのでどんどん広めていきたいですね。
──最後に、国民の皆さまにメッセージを。
ケンコバ大使:備えあれば憂いなし。安心・安全を高めるために「たびレジ」登録をして、海外でもし出会えたら乾杯でもしましょう。あ、またお酒の話になった(笑)。


また、事件・事故、テロ、災害等に巻き込まれても、現地の大使館・総領事館から、緊急連絡のメールが届き、安否の確認や必要な支援などを受けることができます。
1 出典:法務省「出入国管理統計」
2 海外日本人援護統計は、日本の在外公館及び公益財団法人日本台湾交流協会が、海外で事件・事故、犯罪加害、犯罪被害、災害など何らかのトラブルに遭遇した日本人に対し行った援護の件数及び人数を年ごとに取りまとめたものであり、1986年に集計を開始した。