チャレンジ41カ国語 ~外務省の外国語専門家インタビュー~

チャレンジ41カ国語~外務省の外国語専門家インタビュー~

ベンガル語の専門家 河野さん

ノモシュカール(ノモシュカール:インド・西ベンガル州のヒンズー教徒)/
アッサラーム・アライクム(アッサラーム・アライクム:バングラデシュを中心としたイスラム教徒) =こんにちは


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日本の国際NGO(特定非営利活動法人ハンガー・フリー・ワールド:HFW)が井戸水のヒ素除去事業、養蜂事業、農民への各種農業訓練などを行っている西部ジェナイダ県の村の女性達と(真ん中が河野さん)。

 開口一番からテンポの良い口調で「自分は絶対に英語を研修できるだろう、って勝手に思ってたんですよー。」と高笑する河野さん。でも、見るからにエネルギッシュな河野さんには、ベンガル語の方が似合うような・・・。

やりたい→すぐ行動

 メディア関係の勉強をするためアメリカに留学していた河野さんですが、やりたいことは他にあると感じ始めます。そんなある日、子どもの頃「アンネの日記」を読んで心に残っていた「ユダヤ人」のことを思い出し、心から離れなくなります。そうなると、実際に見てみないと気の済まない河野さんは、イスラエルやパレスチナへと飛び、そこで約3カ月間、軍やキブツでのボランティア生活などを体験します。

日本はなんと恵まれていることか!

 「イスラエルやパレスチナで、人々が『安全』や『水』にどれだけ多くの対価を払っているのか、という現実を間近で見て、日本はなんと恵まれていることか!と心から思いました。そして日本の平和で豊かな生活を守るために、自分も頑張りたいと思って、外務省で働きたいと考えました。」

第5希望:ベンガル語

 そんなわけで外務省の採用試験を受験する河野さんですが、研修語の第1希望は、留学経験のある英語。次いで、「多くの民族や宗教を抱え、国家的な困難を乗り越えてきたような、複雑な背景を持つ地域。」河野さんにとってそんなイメージのあった東南アジアの国々や、インド・バングラデシュの言葉を、希望言語として続けました。最後の第5希望がベンガル語。結果、ストライク。

「かきくけこ」が2種類

―ベンガル語はどの地域で話されている言葉ですか。
 「コルカタを中心とするインドの東ベンガル州とバングラデシュです。」
―どんな言葉ですか?
 「ベンガル語のアルファベットは、日本語の五十音と同じで、サンスクリット語を起源としています。それで、日本語の五十音のような並びになっているところが日本語と良く似ています。ただ、子音には、息を吐き出さない音と強く吐き出す音の2通りあるので、『かきくけこ』も、『さしすせそ』も2種類あると考えてもらうと分かり易いでしょうか。こう聞くと難しそうですが、1音づつでなく単語としてまとめて発音すると、日本人には発音しやすい言葉です。」

教養が会話にでる

 ベンガル語では、主語、述語、目的語等々をどんな並べ方にしてもよいという柔軟性があるということで、一定のレベルまではすぐに上達するようです。辞書も引けないような難解言語(←アラビア語のページをご参照下さい)に比べると楽勝?!いえいえ、そんなに甘くはありません。
 「サンスクリット語起源の長くて難しい単語や、格調高い言い回しなどでその人の教養レベルが明らかになる、奥深い言葉です。」

緊急事態用?

―通訳として活躍する場はありますか?

(写真)
「コミラ県のJICAの青年海外協力隊員が農村開発普及員として活躍している村を訪問した時の写真です。村の集会所兼図書館を訪問した帰り、子供達がずっと一緒について見送ってくれました。」

 「うーん、実はインドやバングラデシュでは英語を話すことが教養ある人物の基本的な素養と見なされているので、政府関係者などはむしろ英語を使います。大学でも、専門科目は英語で教えることが多いですから。特にインドでは中流以上の家庭などでは、子どもを英語で授業を行う学校に入れる傾向が強いですね。なので仕事の面では英語をちゃんと使えることの方が重要です。ただ、家庭内の会話はベンガル語ですから、ベンガル語を話すとすごく喜んでもらえて、ぐんと距離が縮まります。日本文化を紹介するような広報・文化の仕事では、更に一歩踏み込んで人々の心を掴むことができました。他には、例えば有事の時には、それまで英語でも報道されていたものが急にベンガル語だけになってしまう、という可能性もありますから、そうした事態に対応できるということでしょうか。」

情報なしで現地に到着

―研修地はどこでしたか?
 「ベンガル語は当時は3年に1人の採用で、研修地に外務省の先輩はいません。先輩から引き継げる家や学校の情報もないまま、とりあえずコルカタから100km程内陸にあるシャンティニケタンという町のタゴール国際大学に行くことにしました。ここは文学者や詩人を多く出している、文芸に優れた大学で、ベンガル語も非常に美しいと言われていました。」

入学許可されず・・・

 しかし、いざ着いてみると、外交ビザで滞在している河野さんには、学生になる資格がないと、入学が許可されないという事態が発生します。河野さんは、この状況をどう切り抜けたかというと・・・
 「とにかくベンガル語を習わなければ!と思い、現地ではよく見かける木の下で行われる小学校の授業に“参加”させてもらったり、タゴール大学の日本語学科の生徒と、ベンガル語と日本語を教えあったりしていました。」

ベンガル人家庭にホームステイ

 さすが行動派。窮地に追い込まれても「負けない」ところがあります。
 「3カ月ほどそうして過ごしましたが、やはり、このままではマズイ・・・とコルカタに出て学校を探しました。」
 こうしてコルカタで、ラーマ・クリシュナ・ミッションという宗教団体の主催する語学学校に入学した河野さんは、家庭教師をつけながら、「腰を落ち着けて」ベンガル語の勉強を続けます。
 最初はミッションの寮に入りましたが、バスの中で日本に興味があるというおじさんに出会い、おじさんの家に間借りをしたそうです。そこでは・・・

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「ジェナイダ県でハンガー・フリー・ワールドが支援している魚の養殖場を見学した帰り、近くの小川で魚取りをしてきた子供達に会いました。みんなとても明るく元気で、色々おしゃべりしました。」

ベンガル人と共に生きる

 「ベンガル人がどうやって召使いを使い、食事をし、生活するのか。彼らの日常生活を一緒に体験させてもらいました。」
 このあとホームステイ先を変えながら、着実に現地にとけ込んでいく河野さん。インド人のやることはなんでも試してみようとして・・・
 「現地でかかった病気は数知れず。とにかくなんでも沢山かかりましたよ(笑)。赤痢(!)に湿疹・・・、今思えば、ストレスもきっとすごかったんだと思いますね・・・」

コルカタはインドの骨董市

 「大気汚染もすごいんです。汗を拭いたらその手が真っ黒、数時間着た服を洗濯すると水が真っ黒、それを洗う手の爪の隙間まで真っ黒・・・という状態ですから。コルカタは、物価も安く規制が緩いのでインド中の古い物が集まっている感じで、床もボディも窓も全部木製のバスなんかが黒い煙をもうもうとたてながら平気で走っていました。」

「ダメもと」精神!?

 「賢者も愚者も、お金持ちも貧乏人も皆同じ道を歩いている、というか本当に色々な人々と出会いました。すごいお金持ちもいますが、日々食べることに必死な貧しい人も多い。そして多くの人が『明日がどうなるかわからない』という漠然とした不安感を持っているような印象を受けました。駄目で元々精神?で押しの強いエネルギッシュな人が多くて、こっちが疲れてしまうほどで。」
 この元気な河野さんを疲れさせるとは、ハンパではない・・・。

日本人は幸せ

 「そんな中で、私が感じたことは、『なんでも選べる日本人は幸せ』ということ。インドやバングラデシュでは、『選択』ができない、『選択』を知らない沢山の人々に会いました。でも日本人は生き方から食べ物まであらゆる選択ができる。こういう、当たり前のようで当たり前でないことをありがたいと感じ、大切に生きていかないとな、と思いました。」

 「研修中や、そのあとのバングラデシュ大使館での勤務の時は、辛いこともあったけれど、外務省に入って、そうした経験をさせてもらえたことは自分にとって非常に大きいことです。」

 第5希望でもベンガル語に向いていたのでしょうか。自分でおしゃべりだと言うだけあって、本当はここでご紹介したほかにもたくさんの楽しいエピソードを聞かせてくれたのでした。最後に、「バングラデシュで日本の政府やNGOが行う国際協力の現場で、貧しい人たちが支援を受けて自らの人生を変えていくのを見て、支援の重要性を感じました。これからは国際協力の仕事がしたい」と語っていました。

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「国連世界食糧計画(WFP)はバングラデシュの貧しい村の人々の中でも、特に貧しい女性達を対象にフード・フォー・トレーニング事業を実施しています。女性達は衛生的な生活の仕方、子供の下痢などの治療方法、妊娠中の過ごし方、栄養に関してなど様々なテーマに関する授業を受け、授業に参加すると毎月ビタミン・ミネラルの強化された小麦粉を受け取ることができます。私は事業に初めて参加する女性達と、トレーニングを終了した女性達に会いましたが、トレーニングを終了した女性達の身なりの清潔さ、目と肌の輝き、そして物怖じせずに外国人に話しかけられる積極性にとても驚き、感心しました。確かに女性達は健康に、美しくなり、プログラム参加前よりずっと幸せそうでした。写真はプログラムに参加している女性の自宅です。お子さんを抱えてWFPから貰った小麦粉で作ったチャパティという薄焼きのパンのようなものを手に持っています。味見をさせて貰いました。熱々で柔らかくてとても美味しかったです。」


河野さんのベンガル語

思い出の言葉

 アドール ベレチェ(アドール ベレチェ):もっと愛されるようになりました
 国連世界食糧計画(WFP)の事業に参加した貧しい女性が、研修により様々な知識を身につけた結果、旦那さんからもっと愛されるようになった、と話しました。忘れることの出来ない言葉です。
 WFPでは、子どもの下痢の治療や収入向上のための研修を行っていますが、受けるとその対価(その間仕事が出来ないので)として食糧を受け取ることができるようにして、より多くの女性が研修を受けられるようにしています。

 ドンノバッド(ドンノバッド):ありがとう
 宗教的な考え方の影響もあり、日本と違って、あまり「ありがとう」って言葉を使わないんです!好意をしっかり受けとる度量?態度で示す?単に厚かましいだけ???でも、ありがとうと言わない人がありがとうという時もあるんです。文化の違いって奧が深いですね。

 アロ ケテイ ホベ!(アロ ケテイ ホベ!):もっと食べなくちゃ!

 オネック カワ ホエチェ(オネック カワ ホエチェ):いっぱい食べましたよ!!
 ベンガル人は食べることをとても大切にしているので、友人や親戚が集まって食事することがよくあるのですが、そんなときはもっと食べて、もっと食べて!とすごく勧めてくれるんです~ついつい食べ過ぎて・・・

便利なフレーズ

 バロ アチェン(バロ アチェン):お元気ですか

 バロ アチ(バロ アチ):元気です
 ノモシュカールなどよりももっと一般的に使う挨拶の言葉です。

ベンガル語を多く話す国: インド(西ベンガル州)バングラデシュ人民共和国

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