世界一周「何でもレポート」
チャレンジ!外国語 外務省の外国語専門家インタビュー
フィリピノ語の専門家 松田茂浩さん
マガンダン・アーラウ!(Magandang Araw)—みなさん、こんにちは!
「チャレンジ!外国語」パート2の第26回目では、本年(2026年)、日本と国交正常化70周年の節目を迎えたフィリピンについて、フィリピノ語の専門家、松田茂浩さんにお話を聞きました。
2026年日・フィリピン友好年(国交正常化70周年)記念ロゴマーク(テーマは「未来を共に織りなす:平和、繁栄、可能性」)
2022年から在フィリピン日本国大使館で一等書記官として広報文化を担当する松田さんに、フィリピンという国、その言語、人々、フィリピンでの生活、日本との関係等について、幅広く語ってもらいました。
フィリピノ語との出会い、特徴、勉強方法
まず、フィリピノ語との出会い、専門家になった経緯を教えてください。
「入省当時から、フィリピンを含む東南アジアは、政治・経済の両面で日本にとってますます重要な地域になると感じていました。それでフィリピノ語を専門言語とすることを希望し、希望がかないました。」
それから約20年後の現在の日本とフィリピンの関係をみると、まさに先見の明がありましたね。
次に、フィリピノ語の特徴をいくつか教えてもらいました(注:フィリピノ語は、マニラ首都圏や周辺州で使われてきたタガログ語を基礎とするフィリピンの国語)。
- 1 動詞の活用(変化)が豊か
- 2 感情を表す表現が豊か
- 3 短くて使いやすいフレーズが多い
- 4 繰り返しの表現が多い
iba't ibang(イバット・イバン) 様々な
sari-sari(サリサリ) 色々な
halo-halo(ハロハロ) 混ぜこぜ
日本語の「様々」「色とりどり」にも繰り返しのリズムがあり、語感がどこか似ていて親しみを感じますね。ちなみに、「sari-sari store」はフィリピンの街角にある小さな雑貨屋さんのことで、「halo-halo」はフィリピンを代表するデザートの名前だそうです(かき氷のようなデザート)。本年(2026年)5月にマルコス大統領夫妻が国賓として訪日した際、天皇皇后両陛下にhalo-halo用のグラスとレシピを贈呈したことでも話題になりましたね。
松田さんにフィリピノ語の勉強方法をお聞きしました。
「現地のテレビやラジオをできるだけ聞き、フィリピンの方々との会話を積み重ねることが大切だと思います。フィリピノ語は文字通りに読めば発音できる言語なので、入口は比較的やさしいです。ただし、自然なリズムや感覚を身につけるには、生きた言葉にたくさん触れることが一番の近道ですね。」
「フィリピノ語で考える」という感覚が育ってきた時、語学が本当の意味で自分のものになってきたと感じるそうです。
松田さんが指導を受けたフィリピノ語の先生テルマさんとその旦那さんであるフェレンさん(両脇)天皇誕生日祝賀レセプションにて(中央に松田さん夫妻)
フィリピノ語で伝える意義
日本とフィリピンの要人の会談は、主に英語で行われるため、松田さんがフィリピノ語の通訳を務める機会はあまりないそうですが、松田さんは、「言葉はその国の人々の思考様式や文化を映し出すもの。フィリピノ語で直接語りかけることで、より多くの人の心に届く」と話してくれました。
例えば、2013年に台風ヨランダ(ハイエン)が甚大な被害をもたらした際、松田さんはレイテ島タクロバン市で日本政府による国際緊急援助隊に参加しました。その時にフィリピノ語で応じたインタビューが現地のテレビで放送され、大変好評だったとのこと。フィリピノ語で語りかけることの力を改めて実感したそうです。
テレビインタビューに答える松田さん(2013年、台風被害に対する日本政府による国際緊急援助隊での活動にて)
「技術支援や物資支援はもちろん大切です。でも同時に、どんなメッセージをどのように伝えるかということも重要です。本年(2026年)3月にナボタス市の衛生埋立施設で発生した火災に対する日本による支援の際には、“Kasama niyo kami”(カサマ・ニョ・カミ)“日本はあなたたちの隣にいる、共にある”という現地の言葉で伝えることで、フィリピンの人々の心に“日本が共にある”ことが届いたと確信しています。」
フィリピンでの生活・文化等
フィリピン人はフレンドリーで親切な方が多いそうですね。松田さんは、2006~2012年に続き、今回は2度目のフィリピンでの生活とお伺いしましたが、この間に感じた変化があれば教えてください。
「SNSでのコミュニケーションがさらに盛んになっています。情報を発信するだけでなく、人と人との距離をどんどん縮める役割も果たしていますね。」
在フィリピン日本国大使館のFacebook
のフォロワー数は約57万人(2026年6月現在)。これは、世界各地に置かれている約200以上ある日本の在外公館の中で最も多い数だそうです。
フィリピン国民の約8割がカトリック教徒だそうですが、フィリピンでは様々な文化の影響を受けた行事が1年を通じて行われているそうですね。
- 2月 旧正月(中華圏の影響)
- 3月 ラマダン(イスラム教)
- 4月 ホーリーウィーク(イースター)(キリスト教)
- 11月 ウンダス(Undas)(注:故人を追悼し敬意を表するための祭)
11月の「Undas」は、日本のお盆とは少し雰囲気が違います。家族みんなでお墓に集まり、なんとカラオケを楽しみながら賑やかに過ごすそうです。フィリピン人は幼い頃から音楽に親しむ環境で育つため、歌やダンスが得意な方が多いのだとか。
「フィリピン人には家族をとても大切にする国民性があります。一方で、経済的な理由もあり、何年にもわたって海外に出稼ぎに行く方も多くいますが、これもまた国内の家族の生活を支えるために行われていることです。出稼ぎで普段は国外で過ごす人々も、カトリックが多いフィリピンで最も盛大にお祝いされるクリスマスには帰国することが多く、クリスマスの食事を囲んで家族で過ごすのが一般的です。また、魅力の一つはポジティブ思考ですね。生活が決して楽ではない人も多いのに、“将来は必ず良くなる”という前向きな発想を持っていて、この明るさには、いつも元気をもらいます。南国の暖かな気候がそのようなポジティブ思考の土台にあるのかもしれません。」
フィリピンの御菓子・ビコ(もち米とココナッツミルク、黒砂糖を使って炊き上げた、甘い伝統スイーツ)
英語留学を目的に観光地でもあるセブ島をはじめフィリピンに滞在する日本人が多いと聞きますが、その他の魅力的な場所もいくつか紹介してくれました。
- ボラカイ・パラワン(国内有数のリゾート地)
- カミギン島(美しいビーチと火山が共存する、手つかずの自然が残る島)
- バタネス諸島(最北端に位置し、海に近い高地が広がる独特の景観)
ボラカイの海
カミギン島
バタネス諸島
在外公館(フィリピン)での仕事
2022年7月から在フィリピン日本国大使館で広報文化班の班長を務める松田さんは、文化・芸術・スポーツ関係者、日本への留学経験者、交流プログラムの参加者など、実に様々な方々と交流があります。
対日理解促進交流プログラムである「JENESYS」の同窓会イベント
空手イベント
日本語フィエスタ(日本語スピーチコンテスを含む日本語・日本文化発信イベント)
生け花イベント
日本の男子プロバスケット・ボール(Bリーグ)で活躍するフィリピン人のキーファー・ラベナ選手(真ん中)(右側が松田さん)
松田さんが、最近の印象的な出来事として挙げてくれたのが、2024年パリ・オリンピックの金メダリスト、体操選手、カルロス・ユーロ選手の活躍です。
「日本でトレーニングを積んだ体操選手で、見事2個の金メダルを獲得しました。フィリピン史上、1大会で複数の金メダルを獲得したのは初の快挙です。日本との縁も深いことから、大使公邸で祝賀会を開催し、その後も日本とフィリピンをつなぐ文化イベントやレセプションに参加いただいています。」
カルロス・ユーロ選手(前列中央)大使館主催の文楽公演イベントにて
「仕事以外では、妻とともに茶道・裏千家のマニラ支部に所属しており、茶会でフィリピンの方々をおもてなしすることがあります。日本文化を通じた交流の場として、茶道は言葉の壁を越えてつながることができる素晴らしい手段だと実感しています。」
茶道裏千家淡交会マニラ協会の茶会の様子
プライベートでも日本の伝統文化を紹介する活動に取り組む松田さんは、まさに外交官の鑑ですね。なお、フィリピンでは2026年現在、抹茶ブームが続いており、飲み物やスイーツでも抹茶味が大人気だそうです。
マルコス大統領の国賓としての日本訪問
本年(2026年)5月、マルコス・フィリピン大統領夫妻が国賓として日本を訪問されました。松田さんは、マルコス大統領のリエゾン(連絡役)として、フィリピンから帰国し、様々な場面で大統領のサポートを担当されました。
「4日間にわたるマルコス大統領の日本訪問中、すべての公式日程にリエゾンとして同行させていただいたのは非常に光栄なことでした。外務省に入省してフィリピノ語を学び、フィリピンの専門家としてのキャリアを積んできたことが報われたと感じました。こうした貴重な体験ができることも、外務省における仕事の魅力です。」
国賓で訪日したマルコス大統領御夫妻と一緒に(左端が松田さん)
日フィリピン関係への希望、次世代へのメッセージ
フィリピンについて、日本の人々に特に伝えたいことを聞きました
松田さんが気にかけているのが、日本の人々が持つフィリピンの治安に関するイメージだそうです。外務省では海外安全ホームページで治安情報等を公開して、犯罪被害に遭わないよう、対策を講じるよう各種注意喚起等を行っていますが、一部の情報や出来事だけから全体を捉え、「治安が悪い国」というイメージを持ち、それが二国間の関係に悪影響を与えているとしたら、フィリピンの専門家として残念なことだと話してくれました。
安全対策を取りつつも、「ぜひ実際に自分の目でフィリピンを見て、フィリピンを多面的に理解し、日本との関係について考えてほしい」と松田さんは伝えてくれました。
最後に、松田さんから、日・フィリピン関係の現在と未来についてどのように感じているか、皆さんへのメッセージをもらいました。
「本年(2026年)は国交正常化70周年という節目の年です。フィリピンから日本への期待は非常に大きいと感じています。日本政府は国際協力機構(JICA)を通じて、首都マニラの地下鉄建設をはじめ、フィリピンの重要なインフラ整備を力強く支援しています。また、安全保障分野での協力も着実に深まっています。」
70周年記念事業の一つとして、日本とフィリピンにルーツを持ち、ダンサー・コレオグラファー(振付師)として世界的に活躍するRIEHATA(リエハタ)氏が、ダンスを通じた日本とフィリピンの若者交流に取り組んでいます。国際交流基金(JF)の主催事業として、フィリピン発の人気ポップグループ「SB19」(P-POP)とRIEHATA(リエハタ)氏との共演も実現しているそうです。(70周年に関する在フィリピン日本国大使館のホームページはこちら
。)
ダンサー・コレオグラファー(振付師)・リエハタさんと
「このような草の根を含めた若者同士の交流が、二国間の新しい未来を切り拓き、次の70年への礎になるということを日本の次世代を担う若者に伝えたいです。日本から一番近い東南アジアの国、フィリピンと日本との関係に引き続きぜひ注目してください!」
マラミン・サラマッ!(Maraming salamat)—どうもありがとうございました!
