世界一周「何でもレポート」

トルコ語の専門家 末光さん

令和3年9月14日

トルコ語の簡単なフレーズ(格言)

Kervan yolda düzülür:キャラバンは道中で整えられる。
 日本人やその働き方は、緻密で計画的であると評価されることがよくあります。逆に、海外に赴任すると、現地の仕事ぶりにストレスを感じる方もいるでしょう。しかし、それは、歴史や文化が我々のものと根本的に異なっているという事情があることを、忘れたくありませんね。厳しい環境の下で天変地異に見舞われた遊牧民の歴史を有する彼らには、未知のものごとへの対処法として、机上の計画ではなく、臨機応変に対応する現場での機動力に依るやり方があるのです。そう、キャラバン隊は、道中で整えるのです。

(写真1)アヤソフィア。中央に聖母マリアの像が配置されたモスクの写真 アヤソフィア。
文明の交差点に所在して様々な文明の歴史を記憶し、2020年には再びモスクに。
モスクとなった現在、写真中央の聖母マリアのモザイクは布で覆われている。

外交官への志望動機

 バーチャルの世界でアフリカを体感されていたのですね?

 「実は、学生時代に、外交官になりたいという明確な志はありませんでした。一方で、自分の中に発端を探れば、少年期にアフリカに渡航した経験がぼんやりと浮かんできます。当時は、ポケモンが流行っており、友人はみんなゲーム画面に釘付けでしたが、アフリカを訪れ、見て、触って、感じた海外は、どんなアドベンチャーゲームよりも衝撃的で、魅力的な世界でした。そうして、うんと遠いセカイへの憧れが芽生えて、『知らない海外で働きたい』と思っていました。外務省の試験に合格したら、それまで全く想定していなかったトルコ語を習得することになり、まずは語学の研修のためトルコへ赴任することになりました。『知らないセカイへの憧れ』という点では、想定外の人事は実は第一志望だったのかもしれません(笑)。」

(写真2)アジア(向こう側)と欧州(手前)の境界線にかかる橋とボスポラス海峡 夏の日のボスポラス海峡。
アジア(向こう側)と欧州(手前)の境界線です。

 随分と大雑把ですね(笑)。入省前に、国際関係を専攻したり、留学したりした経験は?

 「残念ながら、ありません。一方で、たまたま家族の仕事の関係で、多感な年頃に国外に渡航できた幸運に恵まれました。でも、例えば、みなさんの中にも、子供の頃に隣の地区に初めて行く際のドキドキ感を覚えている方や、休日に知らない街を訪れるとわくわく心が踊る方がいらっしゃるかもしれません。そのような人には、この職業への適性があるのかもしれませんね。」

トルコ語の学習方法

 入省後、トルコ語はどのように学んだのですか。

 「それまで、政治、経済、地域研究を専攻したり、専門語学としてトルコ語の勉強をしたことは全くありませんでした。文字どおりゼロからのスタートでした。とにかく、厳しい環境に身を置くために、在外研修で赴任した当初からずっと現地の人とルームシェアをして、常に誰かトルコ人がそばにいる環境を維持していました。」

 それは、確かにトルコ語、上達しそうですね。

 「とはいうものの、内実は苦労だらけで、最初は、日常生活の簡単な意思疎通すらできませんでした。相手が何を言っているのかさっぱり分からないのです(涙)。毎晩のようにいろいろなところに連れまわされるのですが、何も理解できず、ぽつんと座っている状況でした。ただ、そんな環境にずっといたせいか、その頃から、全くわけがわからない状況の下でも、自然と笑顔でいる癖というか、どんなときでも間合いに余裕ができました。右も左もわからない外国人を自宅に住まわせて、面倒を見てくれた友人には生涯感謝が絶えません。」

 その状況をどのように突破したのですか?

 「一つ挙げるとしたら、『録音魔』になったことです。さまざまなコニュミティーに連れていってもらっては、そこでの会話を徹底的に録音したのです。一日の生活は、朝早く起きて、新聞を読み、一番下のクラスから語学学校に通いました。昼以降は大学院の勉強に集中し、夜は飲みに連れて行ってもらい、遅くに家に帰って、その日の様々な場面で録音した会話を寝落ちるまでずっと聴いて終わる感じでした。でも、録音を何回も聴き返すと、最終的には、会話の輪に入れるレベルまで語学運用力が上がるだけでなく、ボケとツッコミのようなトルコ語の合いの手の打ち方、洒落た会話の運び方、流行のネタといった文化までも分かるようになるのです。これをずっと続けていたら、トルコの「ト」の字も知らないスタートでしたが、いつのまにかトルコ有数の大学院で修士号を取得することもできました。」

(写真3)ボアジチ大学院の友人たちとの写真 ボアジチ大学院の修了式。
あらゆる課題を手伝ってくれた友人たちと。

 奇跡ですね!

 「ただ、語学の学習方法として、こうした留学やルームシェアといった『キッカケ』自体は上達のコツではありません。『語学学校に通ったら』『海外で暮らしたら』『留学したら』語学が上達すると、未来のキッカケに期待してしまう傾向があります。しかし、語学の上達には、もっと足元で、みなさんが『今日、何をしたか』が最も重要なのかもしれません。学校の宿題などと異なり、語学は、その性質上、一夜漬けしても、決してペラペラになることはありません。毎日歯を磨くように、ちょっとずつでも継続することが重要だと思います。アフリカに勤務が決まった父は、40歳を過ぎてからフランス語をゼロから勉強して習得しましたが、欠かすことなく毎日、1日何個の単語を覚えたか、リスニングをどれだけやったかを詳細に日記に記録していたのをよく覚えています。」

トルコ語の魅力

 トルコについて教えてください。

 「みなさんにお伝えしたいトルコは、観光ガイドに載っているような、イスタンブールの文化遺産、エメラルド色のエーゲ海や世界三大料理のトルコ料理ではなく、トルコ人社会です。それは、人々の距離感が密接で、ときには他人に迷惑をかけても仕方がないと考えられている社会で、日本とはだいぶ異なるものです。まず、トルコ人の友人ができると、その兄弟や姉妹とも友達になります、そして両親や親族も紹介され、その人たちとも知り合っていくのです。なので、研修中、いろいろなところに連れて行ってもらい、当初は会話についていくのが精一杯でしたが、それ以前に、登場人物があまりに多すぎて、まず名前を覚えるのが、もう本当に大変でした(笑)。
 そうした濃い人間関係の下、トルコでは、何かあると、友人や親族の人脈を通じて相互に助け合っています。例えば、いろいろなルームメイトと一緒に暮らしましたが、引越しをするたびに、どこからともなく友人の友人たちが手伝いに来てくれました。日本では『ご迷惑をおかけします』といった感じですが、トルコではそれが『当たり前』なのです。こうして、引越しのたびにも新しい友人ができて、その親族とも仲良くなってと続くのです。もともと内気だったはずなのですが、トルコに駐在した8年間は、弾けるほど賑やかな年月となりました。」

(写真5)無数の羊が放牧されているワン湖沿岸の様子 トルコ東部のワン湖。
噂では怪獣が住んでいるとかいないとか。
(写真6)友人の祖母との写真 友人の祖母を訪ねて、
トルコの片田舎に赴いた時。

 トルコ語はトルコの文化や歴史の影響が大きいとか?

 「こうしたトルコ人社会の特徴は個人的な経験にとどまらず、トルコ語にも映されています。一例ですが、トルコでは、叔父(amca、dayı)や叔母(teyze、hala)を示す単語が母系と父系で細分化されていて、親族や人間関係の親密さは語彙の多様性にも見られます。兄ちゃん(abiciğim)や父ちゃん(babaciğim)といった本来親族間で使われる呼称を親しい間柄で用いる頻度が、日本語の場合よりも圧倒的多いです。逆に、日本語の『迷惑』という言葉は、トルコ語で『zahmet』と字面では訳せますが、完全に言い換えられるわけではなく、使用する頻度も日本語の『迷惑』と比べて少ないと感じます。このように、言語は単なる意思疎通の手段ではなく、文化や歴史を映すものなのです。」

通訳のエピソード

 通訳業務で心がけていることは何ですか?

 「字面だけでなく、趣旨を伝えることを心がけています。例えば、『つまらないものですが』といって贈呈品を寄贈する日本人の謙遜の習慣は、もしも、こうした文化がない国で、そのまま訳しても意図した謙遜の趣旨が伝わらない可能性がありますね。
 また、通訳業務のこれまでの経験上、『今日は調子が良いな』とうまく行っているときこそ、要注意です。会話がトントン調子で進むと、徐々に通訳する相手が背景知識を必要とする言い回しを入れてくることがよくありました。例えば、日本語で、『上司がジャイアンみたいに音痴だよ』といった場合には、前提として『ドラえもん』の作品を知らなければ、上司のカラオケがどれぐらい音痴だったのかわかりませんね(笑)。このようにトルコ語話者が冗談や笑いを誘う表現を使う際には、背景知識を咄嗟に付け足して訳すようにして、笑いの伏線を共有することも必要で、通訳業務の醍醐味はここにあります。
 通訳担当官は、ただ単にマニアックな単語を多数知っているだけでは勤まりません。そんなものは、今後、人工知能やら自動翻訳機やらに任せればいいのです。『おつかれさま』『よろしくね』といった私たちが何気なく毎日使う慣用句は、字面だけでは外国語にそのまま訳せません。これを、相手の国の文化に対する造詣を深めて、対話者の年齢や場面に応じて、いかに、適切なフレーズに訳せるかが(逆も然り)、通訳担当官の腕の見せどころです。」

最後に

 最後に、末光さんにとって、外交官という仕事がどのようなものなのか教えてください。

 「外交官である以上、当然、外国語での意思疎通が求められます。ただし、言語とは、単なる意思疎通の手段でも外部記録の媒体でもありません。それには、それぞれの民族が長い歴史の中で脈々と受け継いできた遺伝子が刻まれて、ちょうど珊瑚虫が作り上げる珊瑚礁のように徐々に形成された『生き物』です。外交官は生涯勉強を続けて、この『生き物』を飼い馴らす必要があります。
 また、立場上、外交官として発した言葉は、日本国政府を代表するものとして見られます。国際的な打合せに出席すれば、若手であろうと、日本国旗の前で発言が求められます。広報文化の仕事で、講演会を開けば、自分の話を聴きに多くの方が集まってくれて、文化行事で発した何気ない言葉が翌日の紙面を飾ることも珍しくありません。条約締結の仕事では、条文の1文字の有無を争って、徹夜の交渉が行われることもあります。

(写真7)トルコの小学生たちとの記念写真 教育広報の様子
トルコの小学校を訪れ、折り紙をみんなでつくりました。

 そして、外交官にとって最も重要な要素は、人格であるといわれています。というのも、国家間を日々行き交う言葉を発しているのは、他でもない一人一人の外交官であり、結局、国家関係というものは、個人の関係を基礎としているからです。だとすると、言葉を発した人が信用ならないと思われては、どんなに立派な言葉で、どれほどきれいな発音であったとしても、それは、宙に浮いたままで、相手には届きません。この人は信用できる、この人と会ってみたい、この人の言葉を聞いてみたい、と思われる人格を日々磨いていくことが、外交官に一番必要な訓練かもしれませんね。それが、願わくは、いつの日か、国家間の友好関係の進展に寄与することを信じています。」


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