世界一周「何でもレポート」
チャレンジ!外国語 外務省の外国語専門家インタビュー
トルコ・カザフ語の専門家 角掛(つのかけ)さん

建築家・黒川紀章氏がマスタープランを手がけた。
Merhaba!(メルハバ!)[トルコ語]/Сәлеметсіз бе!(サレメッシズベ!)[カザフ語] = こんにちは!
外交官を目指した理由
角掛さんは小学生の時に米国に2年間住んでいたそうですが,外交官になろうと思ったきっかけは何ですか?
「国のために働く仕事に就きたいと思い,公務員になろうと考えていましたが,外交官に対する特別の思い入れはなく,どこか遠い世界の人というイメージでした。公務員の中でも外交官になりたい,と考えたきっかけは,西アジア地域への関心です。もともと歴史に関心があったのですが,高校生の時,課外授業で東京ジャーミー(モスク)を訪問する機会がありました。そこで広がっていたのは,自分の全く知らない世界。これを機にイスラーム圏の歴史をもっと知りたいと思い,様々な民族や宗教が混淆する西アジア地域に関心を持ち始めました。大学では東洋史学(トルコ史)を専攻し,公務員として西アジア地域と関わるにはどうすれば良いか,と考えた時に,必然と,外交官という選択肢が浮かんできました。」
なぜトルコ・カザフ語?
すると,高校や大学時代の経験からトルコ・カザフ語を希望されたのですね。
「当初,上記の理由で研修言語はトルコ語,ペルシャ語,アラビア語の順で希望しようと考えていました。ところが,ちょうど私が外交官試験を受験した年に,トルコ語に加え,トルコ・カザフ語という研修言語があったのです。テュルク語系のカザフ語研修ならトルコ語に似ているだろうし中央アジアは面白いかもしれない,とあまり深く考えず,トルコ語に次ぐ第二希望にトルコ・カザフ語と記入しました。研修言語が決まってからは,カザフスタンについて少しでも知るために,図書館に通い,カザフスタンと名のつく本を片っ端から読み漁りました。」
トルコ語とカザフ語は同じテュルク語系とのことですが,トルコ人とカザフ人はそれぞれ母国語でお互いに意思疎通できるのでしょうか?
「二言語を研修したことから,トルコ語とカザフ語はどのくらい似ているかと質問を受けることがよくあります。文法構造は確かに似ており,歴史上共通の文化圏にあったこともあり基本単語に類似点が多少見られますが,活用形や多くの単語が別物です。たとえて言うならば,韓国語と日本語くらいの違いはあるのではないでしょうか。
主なテュルク系言語を分類すると,東から順に次の4つとなります。
- (1)サハ(ヤクート),トゥバ
- (2)カザフ,キルギス,タタール
- (3)ウイグル,ウズベク
- (4)トルクメン,アゼルバイジャン,トルコ
カザフ語は母音・子音の数が多い,子音調和や活用の種類が多い,喉の奥を使って発音する音がある,といった特徴があります。また,ロシアに地理的・歴史的にも近い分,ロシア語からの借用語が多いのが特徴です。42のキリル文字を使用します。
トルコ語は,カザフ語に比べて音が全体的に柔らかく,アラビア語・ペルシャ語・フランス語・英語からの借用語が多いです。29のラテン文字を使用します。
それぞれのグループを超えて意思疎通を図ることは難しいですが,グループ内であれば比較的良く通じます。出張で,アゼルバイジャンやキルギスに行った際,アゼルバイジャンではトルコ語で,キルギスではカザフ語で基本的に意思疎通ができました。」
ゼロからのカザフ語学習

角掛さんのように研修期間中に二つの言語を学習した人は外務省員の中でも珍しいですが,言語の習得は大変だったのではないでしょうか?
「在外研修では,通常2年かけて一言語を学習するのですが,同じテュルク系言語とはいえ,トルコ語とカザフ語の二言語を二年で習得しなければならないことに,相当悩みました。今でこそ,大学書林から『カザフ語文法読本』が出版されていますが,当時は日本語のカザフ語文法書は存在しませんでした。色々と調べて,東京外国語大学が過去に夏期特別講座で使用したカザフ語テキストがあることを知り,大学宛にお願いをしたところテキストを送付して下さったので,それを眺める日々でした。トルコ・カザフ語研修者が省内におらず,研修のスタイルやスケジュールについても本当に悩みました。
結局,トルコ語の先輩方にアドバイスを受けながら,外国人への教授法が確立しているトルコ語を1年かけてしっかり習得し,残りの1年で応用としてカザフ語を学習することにしました。結果,この方法でうまくいったと思います。カザフスタンでのカザフ語教師は,ロシア語とカザフ語しか話せなかったので,授業は最初から全てカザフ語のみ。日・カザフ語辞書はないので,トルコで購入したトルコ・カザフ語辞書を片手に,東京外国語大学にもらったテキストを参照しながら,先生と意思疎通を図りました。トルコ語の土台があったことから,3か月くらいでカザフ語の基礎文法は終わってしまい,後は家庭教師をつけながら,新聞を読んだり,簡単な文学作品を読んだりして,表現力や単語力を磨いていきました。」
何日もかかるカザフスタンの結婚式

角掛さんは,カザフスタンでの研修を終えて,現在はそのまま首都アスタナの日本国大使館で勤務されているわけですが,これまでのカザフスタンでの生活経験を通して,思い出に残っていることは何ですか?
「カザフスタンでは「トイ(宴)」が大切にされ,特に結婚式は盛大に祝われます。地方差がありますが,私の経験ですと,概ね以下のような形で行われます。まず,嫁送りの宴が花嫁側の両親主催で花嫁の地元で行われます。式の参加者は100人から300人。歌にダンスにゲームにと,「トイ」を盛り上げる司会者(タマダ)の進行で,約5時間,深夜まで続きます。宴の翌日,花嫁と親戚代表数十名が1車両借り切って(時には数車両に及ぶこともあり),花婿の地元へと2日間の列車の旅に出ます(私が参加した結婚式は西から南へ,移動距離が1000キロ以上に及んだため列車移動でしたが,近郊都市の場合は車が利用されます)。花婿の地元へ到着後,ベールで顔を隠した花嫁のお披露目式が行われます(結婚式場で行う場合もあり)。そして結婚式当日,花婿の家の前には7台ほどの車列が形成されます。車列構成は新郎新婦を乗せるリムジン,近しい友人が乗るワゴン車数台,そして撮影用車両です。まずは結婚届を提出に役場へ。ただ紙を届けるだけではなく,指輪の交換,ダンスやシャンペンによる乾杯,友人による祝福のメッセージ,写真撮影等が続きます。続いて,市内の主要名所を回りながら,乾杯,祝福のメッセージ,写真撮影。家を出てから5時間くらい経ち,夜20時をまわった頃,いよいよ結婚式本番が始まります。私が参加した結婚式には約500人が参加していました。テーブルに載りきらない食事が次々と運ばれ,ゲームに歌にダンス,そして次々と祝福のスピーチが行われます。結婚式が終わったのは日が変わって2時間ほどしてから。翌日も親戚一同で山にピクニックへ。家族や親戚,人と人とのつながりを大切にするカザフスタンならではのお祝いだと思います。」
日本人がカザフ語を話すと何が起こる?
平成27年に安倍総理がカザフスタンを訪問した際,首脳会談でナザルバエフ・カザフスタン大統領は,日本人とカザフ人はよく似ている,ルーツが同じという説もあると述べていました。
「私はカザフ人に似ているようで,外見では外国人だと思われることはあまりありません。以前,通りすがりの人とカザフ語で会話をした際,『どちら出身ですか?』と聞かれたので,『日本です』と答えたところ,『ああ,日本にもカザフ人のディアスポラがいるのですね,知らなかった!』と言われたことがあります(ソ連時代の強制定住政策から逃れるためにカザフ人は一部の部族が国境を越えた大規模な移動を行い,現在ではトルコを始めとして世界各地にカザフ人が在住しています)。なかなか日本人と信じてもらえず,結局IDカードを見せてようやく信じてもらえました。(笑)」
カザフスタンは旧ソ連諸国の一つで,ロシア語が通用しているイメージがありますが,カザフ語が話せると現地の人にどのような印象を持たれますか?
「カザフスタンには,1930年代に実施されたスターリンの強制移住により,120以上の民族が暮らしていると言われています。このため,国家語のカザフ語に加えて,ロシア語も民族間のコミュニケーション言語(公用語)として広く使われています。ただし,国民の7割近くを占めるカザフ人にとって,カザフ語はとても大切にされています。カザフ語を話す外交官,外国人は非常に少ないので,カザフ語が話せるだけで歓迎され,初対面でも距離がぐっと近くなるのは非常にうれしいです。ただし,外交官ではなくカザフ人スタッフだと思われることも多いので,自己紹介の際に『日本人です』と付け加えなければなりませんが。(笑)」
カザフ語の専門家として仕事をして

現在,カザフ語の専門家として現地の日本国大使館で勤務されていて,苦労している点ややりがいを感じている点はどんなことですか?
「公式会談はロシア語で行われることが多いですが,カザフ語使用奨励の動きと共に,相手がカザフ語を希望する場合や,大使の地方出張時の会見・宴席等では通訳をすることが求められます。一番難しいのは,カザフの格言や比喩表現です。カザフ人は,何かのメッセージを伝えるとき,直接的な表現ではなく,簡潔な格言や比喩を用い,少しの言葉で多くを語ることを好む習慣があります。こうした表現を使いこなす人は弁士として尊敬されるのですが,時に通訳に困ることもあります。日本にはことわざ・慣用句辞典がありますが,カザフスタンではまだこうした本が一般的ではないため(専門書はあるようです),新聞で目にしたりラジオで耳にした言い回しの意味を一つ一つカザフ人の先生に確認しています。
また,近年,カザフスタンではカザフ語復興政策のひとつとして,公文書のカザフ語化が推進されており,外交文書もカザフ語で書くことが求められています。このため,日々発出される口上書や首脳間の共同声明等,様々な文書の翻訳チェックを任されており,責任は重いですが,こうした歴史に残る文書に携わることができるのは,やりがいがあります。また,二国間会談や食事の際に,日本側要人にカザフ語で一言ご発言いただいたり,カザフと日本とのエピソードに触れていただいたりすることがあります。例えば,「アルップ・コヤユックалып қояйық(乾杯)」,「ラフメットрахмет(ありがとう)」,カザフスタンを意味する「ウル・ダラ・イェリҰлы дала елі(大草原の国)」等です。日本でも外国人に「こんにちは」,「ありがとう」と日本語で言われるだけで親近感がわくと思いますが,こうしたフレーズを要人の方にカザフ語で発言いただくと,相手も笑顔になってくれます。言葉というのは非常に重要だな,と思う瞬間です。」
外交の軌跡をつくるために~地道な作業と自己研鑽~

最後に,角掛さんにとっての外交官という仕事のやりがいをお聞かせください。
「外交官の仕事は,日々の地道な作業の積み重ねです。日々の作業が点となり,その点がやがて線になっていき,外交の一部を形作っていきます。自分のしたことがわずかながらでも外交の軌跡となったのではないかと感じるとき,やりがいを感じます。また,様々な人との出会いも大きな財産です。
外交官としての基礎体力となるのが語学であり,その国や地域,国際情勢に関する知識です。また,日本の政治・外交・経済・歴史・文化なども一定程度説明できるよう,自己研鑽に励む必要があります。私もこの点まだまだ勉強不足で,外交官という職業は生涯勉強だ,と以前聞いたことがありますが,まさにその通りだなと思います。」
Teşekkür ederim!(テシェッキュル・エデリム!)[トルコ語]/Рахмет!(ラフメット!)[カザフ語] =ありがとう!