エキスパートたちの世界

エネルギー安全保障専門官 須田さん

令和2年12月22日

 現在、世界のエネルギー情勢には、地殻変動ともいうべき大きな変化が起きています。資源の乏しい日本にとって、そうした変化に適切かつ柔軟に対応するエネルギー外交を展開することが非常に重要です。
 今回は、エネルギー安全保障専門官の須田さんに、これまで携わってきたエネルギー安全保障分野の業務、最近の世界のエネルギー情勢や日本のエネルギー外交について、語ってもらいました。

エネルギー安全保障専門官 須田さん

(写真1)エネルギー安全保障専門官 須田さん 筆者近況(現任地のウズベキスタン
(東部ナマンガン市)のフラワーパークにて)
(写真2)シェルドルメドレセ(イスラム神学校) ウズベキスタン・サマルカンドのレギスタン広場の一角にある
シェルドルメドレセ(イスラム神学校)
(写真3)日本側交渉団 日本側交渉団(右から3番目が三橋駐カザフスタン日本大使(当時)、4番目が筆者)
(写真4)合意文書署名式の様子 合意文書署名式

どのようなことがきっかけで、エネルギー問題に関心を持たれたのですか?

 小学生の時、石油不足により社会がパニックになっているニュースを見て、子どもながらに経済を支えている石油がなくなったら生活が大変になるなと感じました。その後、高校まで野球に没頭してエネルギーのことはほとんど忘れていました。大学で政治学を専攻し、就職活動の際に改めて石油ショックの時の思いから、社会や経済の存立基盤に関わる仕事をしてみたいと思い、縁あって、石油、天然ガスの開発と備蓄を行っている特殊法人(当時)の石油公団(現「石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)」)に入団しました。石油公団では、自主開発原油の確保と緊急時の備蓄放出というミッションに関わり、海外の油ガス田案件に日本企業が事業権益を得て参加する交渉の支援等に従事しました。

エネルギー安全保障専門官として、特に専門とする分野があれば教えてください。

 その後、石油公団を退職し、外務省に入省しました。外務省では、パリの国際エネルギー機関(IEA)への出向や、二度の経済安全保障課(当時)時代にG20やASEAN+3を始めエネルギー分野の国際フォーラムへの参加を通じ、国際エネルギー協力におけるマルチ(=多国間)交渉の知見とノウハウを得ることができました。
 国によってエネルギーを巡る状況は千差万別です。現在のエネルギー情勢では世界のどの国も、単独でエネルギーの安定供給を実現することは困難です。例えば、環境に配慮した化石燃料の効率的な使用、安全を徹底した原子力エネルギーの活用、CO2フリーをもたらす新エネ・再エネの導入など、あらゆる選択肢から最適な「エネルギーミックス」の実現が求められています。さらに今年に入ってからは、新型コロナウイルスの影響により長期的なエネルギー需要の落ち込みや省エネや再エネへの大きなパラダイムシフトが起きようとしています。こうした中、海外に資源のほとんどを依存している日本にとってマルチ協力は必要不可欠な要素です。また、私は、エネルギー分野のマルチ協力を推し進めることで、世界全体のエネルギー安全保障のレベルの向上にも寄与したいと思います。

これまでエネルギー安全保障の専門家として、どのような業務に携わってこられましたか?

 外務省への転職前、まだ石油公団にいた頃に、在カザフスタン日本大使館に出向したことがあります。在カザフ日本大使館では、エネルギーを担当しました。当時、橋本龍太郎総理は「シルクロード外交」を掲げ、独立後間もない中央アジア諸国との関係強化の機運が高まっていました。カザフ西部の北カスピ海の石油開発プロジェクトでの日本企業の権益獲得実現は至上命題でした。
 外務省に入省してから、今度はIEAへ出向し、2000年代半ばにハリケーン・カトリーナが北米一帯の石油供給網へ大打撃を与えた際には、米国を始め当時のIEA26加盟国による石油備蓄の市場への緊急放出オペレーションに携わりました。その後、外務本省のロシア課で日露原子力協定の締結交渉、サハリン1・2プロジェクト(注)、東シベリア・太平洋石油パイプラインの敷設案件(注)にも関わりました。また、国際協力局ではODAを活用した中小企業支援スキームの創設、エネルギーや環境分野を始めとする様々な案件選定を行い、経済安全保障課では、安倍政権(当時)下における新たなエネルギー資源外交の戦略策定に向けて、関係省庁・機関や省内での各種の調整に奔走しました。

その中で、ご苦労された経験、面白さややりがいを感じた瞬間等、印象に残る経験を教えてください。

 最も印象に残っているのは北カスピ海の石油開発利権交渉です。当時、名だたる欧米企業も同じく参入を目指し、利権獲得競争をしていました。ホスト国のカザフスタン政府にとっても自らの命運がかかっています。旧ソ連独立後間もなく、老朽化した社会インフラや市場経済への移行の中で混乱が残り、少しでも有利な条件で多くの利益を得たいと考えていました。本格交渉が始まり、日本から資源エネルギー庁、石油公団(当時)、交渉当事者の石油企業、関連企業などからなる日本代表交渉団がアルマティに到着しました。現地大使館も三橋秀方大使(当時)を筆頭に参加し、カザフ政府とあらゆる条件について詳細に協議しました。時には行き詰まり交渉は中断、場所も頻繁に変更されました。ある時は突然夜中に新首都アスタナ(当時。現ヌルスルタン)へのフライトに搭乗するよう要請され、翌朝から別の政府高官との交渉が始まりました。宿舎に缶詰となってその先どのように展開するのか全くわからない状況下、何日間も交渉が続きました。カザフ政府も必死で複数の交渉相手を比較検討しながら、政府部内の意思決定を進めていたのだと思います。自ら都合の良い交渉のタイミングを指定し、交渉団を分断するなどゆさぶりをかけてきました。そういった中、他の交渉の情報を収集しながら、交渉団としての一体感を保持し、交渉を続け、カザフ政府と合意に達することができるか、薄氷を踏むような場面が続いていました。最終的には、我が国のオファーが受け入れられ、利権獲得の合意が得られました。晴れて調印式の日、大統領府特別ホールで交渉団の一員としてナザルバエフ大統領(当時)を前にした時は感無量でした。

(写真5)ウズベキスタン投資・対外貿易大臣との会談 ウズベキスタン投資・対外貿易大臣との会談
(写真6)現地メディアからインタビューを受ける須田さん 草の根・人間の安全保障技術協力事業によるジザク州公立小学校への教育機材供与式典にて、現地メディアからインタビューを受ける筆者

最近の世界のエネルギー情勢や日本のエネルギー外交について、教えてください。

 新型コロナウイルスの感染によって我々の生活や社会は一変し、エネルギー情勢にも多大な影響が出ています。IEAが最近発表した「ワールド・エナジー・アウトルック2020」によれば、新型コロナ感染の影響が長期化する場合、エネルギー需要の回復は2025年まで遅れ、市場価格は低調に推移し、将来の石油や天然ガスの産出に必要となる投資も停滞することが指摘されています。従来の考えでは、探鉱や開発生産等への投資が十分行われなければ、数十年後にはエネルギー不足による経済・社会全体への深刻な打撃が懸念されていました。しかし、現状を見ると一部の国ではこうした事態をむしろきっかけとして、再エネ・新エネの積極導入と省エネを決断することによって新しいエネルギー構造の実現を模索する動きが顕著に見られます。いわゆる、ポストコロナの新たな「エネルギーミックス」の再構築です。我が国も、菅総理が本年10月の所信表明演説の中で2050年までのカーボンフリー社会の実現という断固たる決意を述べました。我が国には第二次大戦後の復興において環境に配慮したエネルギー源の導入を力強く推進してきた歴史があります。国内に資源が乏しいことも省エネ意識の国民的な高まりを促しました。今後、我が国としては、こうした逆境に強い先進的な技術とノウハウを前面に押し出し、コロナ禍後を見据えた世界共通の命題克服のため、様々なマルチの場やバイ(=二国間)のエネルギー外交において積極的な指南役を果たしていくことが望まれます。

エネルギー安全保障専門官としての目標や夢は何ですか?

 現在、ウズベキスタンで勤務していますが、途上国の発展にエネルギー問題は避けて通れません。ウズベキスタンは世界に二つしか無い二重内陸国(注:国境を接する全ての国が内陸国である内陸国)のため、輸出ルートの確保が一番の課題ですが、天然ガスや金など資源は豊富にあります。特に天然ガスは、国内需要を基本的に満たしつつ、近隣諸国や中国へ輸出しています。さらに将来に備え、原子力の開発や再エネ導入にも大胆な計画を実現させようとしています。外務省の、特に在外公館での仕事は、こうした任国の社会の発展政策を間近に観察できるという醍醐味があります。専門官として、一国の将来のエネルギー構造のあり方を見据えながら、我が国による支援を進めていく機会に恵まれることは貴重な経験です。世界経済のグローバル化が益々進む昨今、エネルギー問題は一国だけで語ることはできません。ましてや、コロナ禍という先行き不透明な世界では、社会全体の脆弱性の克服と弱者目線のセーフティネットの構築がより喫緊の課題になるでしょう。その中であらゆる活動の基礎となるエネルギーの果たす役割がより一層大きくなっていくことはいうまでもありません。このページを読んでくださっている皆様には、外務省にも、在外公館におけるこうした取組を通じ、日本のみならず世界全体のエネルギー安全保障の確立に貢献する姿があるということを少しでも知っていただければ幸いです。


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