国連外交
高﨑ILO駐日事務所代表へのインタビュー
(文責:小倉朋子)

令和5年度外務省インターン生の小倉朋子(東京大学経済学部3年・国際協力局専門機関室インターン)が、国際労働機関(ILO)駐日事務所の高﨑真一代表にお話を伺いました。
ILOの興味深い取組や高﨑代表のこれまでのご経験など、ILOへの熱い思いを語っていただきました。そのインタビューの内容をご紹介します。
1 ILOについて
(1)ILOはどのような機関ですか。
ILOは、労働を扱っている国連の専門機関です。第一次世界大戦後の1919年に、当時のヨーロッパの悲惨な状況や児童労働などの近代の資本主義における弊害を受けて、社会正義と平和の推進のために創設されました。
(2)ILOとSDGsの関係について教えてください。
日本では、SDGs(持続可能な開発目標)は環境に関する文脈で語られることが多いですが、実はSDGsの17の持続可能な開発目標のうち、その大半は人権に関する目標です。そして、ILOは人権に関する項目のほとんどに関わっています。
特に、開発目標8はILOが入れ込んだもので「包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する」ことを目標にしています。ディーセント・ワークの実現はILOのミッションの1つであり、ILOとSDGsは密接に関わっています。
ILOは、唯一の政労使の三者構成の国連の専門機関とのことですが、三者の意見が合わない場面では、どのように意思決定を行いますか。
基本は話し合うことです。「社会対話(Social Dialogue)」といって「どんな問題も話せば解決する」というのが、国連の基本的な考え方です。客観的な指標も必要ですが、当事者が腹を割って話すことも重要です。その際、妥協案を提示したり、当事者に互譲の精神をもって、歩み寄ったりしてもらうことも必要となります。
ILOの意思決定は遅いと言われることがありますが、強引に決めたものは後で破綻することもあるので、納得できるプロセスで意思決定をすることが大切だと思います。
(3)ILOが他の国際機関との連携や協力を行うことはありますか。
ILOは三者構成で労働分野の専門性を持つ機関なので、その部分を生かしてILO駐日事務所では、UNDP(国連開発計画)やUNICEF(国際連合児童基金)、IOM(国際移住機関)等と連携をしています。
あとは、「ビジネスと人権」については、複数の国際機関が関係してくるので連携を取りながら進めています。例えば、UNICEFが児童労働を扱うなど特定の分野について他の機関も扱うことがありますが、労働関係の人権分野については、ILOが主に担っています。
(4)ILOにおいて、新型コロナウイルス感染症の流行に伴ってどのような動きがありましたか。また、その取組に国家間の差はありましたか。
ILOにおいては、新型コロナウイルスが労働に与える影響について、モニタリングや分析を行い、「新型コロナウイルスと仕事の世界(ILO Monitor: COVID-19 and the world of work)」を公表しています。
分析によると、新型コロナウイルによって、失われた雇用や回復率は各国で異なっていました。また、持てる国はそれなりに上手く危機の対応をしましたが、そうでない国は悲惨な状況になっていることが明らかになりました。
2 高﨑駐日代表について
(1)ILOで働こうと思われた理由は何ですか。
前職の厚生労働省での仕事の中で、在米日本大使館やJICAインドネシア、厚生労働省国際課で働いており、国際関係の業務経験がありました。ILOは、厚生労働省と担当分野も、組織理念も近くこれまでの経験を活かせることから、セカンドキャリアとしてILOで働くことを決めました。
(2)前職での経験は現在のILOでの仕事の中でどのように役立っていますか。
前職の業務を通じて身に付いた予算や政策立案のノウハウやテクニックは、現在の仕事において役立っています。例えば、ILO駐日事務所は、当初6人だけの小さな組織でした。その組織体制の中で資金を獲得し人員を増やすことができたのは、自分の前職での経験を活かすことができたからだと考えます。
3 ILO駐日事務所について
(1)ILOにおける駐日事務所の役割は何ですか。
近年、ILO駐日事務所の役割は変化しています。以前は、ILO駐日事務所は日本社会とILOの橋渡しとしての役割を果たす、リエゾンオフィスとして機能していました。当時は、情報発信を主に行っていました。そのため、日本はILOの支援対象国ではなく、日本国内においてILOが支援活動を行うことはありませんでした。また、ILO駐日事務所で資金調達を行うことはありましたが、集まったお金はアフリカ等の支援に活用していました。
しかし、近年、「ビジネスと人権」という考え方が広まり、企業においてもサプライチェーンの中における企業の人権を守る必要があることが認識されてきました。そのような状況を受けて、多国籍企業の拠点が多数ある日本においてILOが企業を支援するためにプロジェクトを実施するという大きな変化がありました。
4 日本について
(1)国際的に日本の労働分野を見た時、どのような印象を持たれると思いますか。
日本は労働分野について後進的だという印象を持たれると思います。例えば、「過労死」が英語の辞書にも載っているなど、日本では過労死寸前と言われるような働き方をしている方が未だにたくさんいます。働き過ぎで脳疾患や心臓疾患になって突然死するなんてことは、他国ではほとんど聞きません。
また、日本の労働条件は総じて良いとは言えないと思います。確かに、労働安全衛生の面では進んでいる部分もあると思いますが、男女格差やハラスメントなどまだまだ課題があります。
(2)労働分野における日本の強みや弱みは何ですか。
かつては、勤勉で、真面目で、協調性があって、従順で、黙々と働くということが日本の強みと思われており、そういう方々が日本の経済成長を支えてきました。このようなかつて強みだと思われていたことは、今も残っている部分があります。また、この強みは裏返せば、独創性に欠けているといった弱みにもなります。
また、グローバル化の中で、日本固有の終身雇用からジョブ型雇用に変えていこうとする動きがあります。この終身雇用の考えは、日本人のキャリア意識にも影響を与えています。他国では、キャリアは自分で作り上げるものと認識している人が大半ですが、日本では、自分のキャリアを自分で作り上げるものではなく、会社が与えてくれるものであると考える人が多かったりします。
(3)日本に住む人々が労働分野における課題解決に向けて、できることは何でしょうか。
国のルールを決める国会は、国民の総意に反してルールを決めることはできません。一人一人が望むべき社会について明確なビジョンをもって投票するといった行動を取ることは、課題解決につながると思います。
あとは、企業に直接的に働きかけをするという観点からは、環境や人権に配慮している社会的価値のある商品を消費するという「エシカル消費」を行うことが考えられます。フェアトレードの商品を買うことは、この一例です。こうした消費が増えれば、企業も、消費者のニーズに合わせて、変わっていくことが期待できます。
貴重なお話をありがとうございました。