国際機関を通じた協力

(平成26年2月21日 外務省・文部科学省告示第1号)

平成27年7月29日

まえがき

 平成18年6月、海外の文化遺産の保護に係る国際的な協力の推進に関する法律(平成18年法律第97号)が施行された。それとあわせて、海外の文化遺産保護に関する国内における連携及び協力の推進を図るため、文部科学省、外務省その他関係省庁、文化遺産国際協力に係る大学その他の教育研究機関(以下「教育研究機関」という。)、独立行政法人(独立行政法人国立文化財機構、独立行政法人国際交流基金及び独立行政法人国際協力機構等)及び民間団体等により構成される「文化遺産国際協力コンソーシアム」(以下「コンソーシアム」という。)が発足し、関係機関が連携して海外の文化遺産の保護に係る国際的な協力(以下「文化遺産国際協力」という。)に取り組む体制が整った。
 さらに、同法第6条第1項の規定に基づき、平成19年12月に定められた「海外の文化遺産の保護に係る国際的な協力の推進に関する基本的な方針」(以下「第一次基本方針」という。)を踏まえて、我が国の文化遺産国際協力は推進されてきた。
 本基本方針は、第一次基本方針策定後における、国際的な諸情勢の変化及び我が国の文化遺産国際協力の推進に関する施策の実施の状況並びに文化芸術振興基本法(平成13年法律第148号)第7条第1項の規定に基づき平成23年2月8日に閣議決定された「文化芸術の振興に関する基本的な方針(第三次基本方針)」を踏まえ、第一次基本方針を見直し、今後おおむね5年間を見通して、策定するものである。
 本基本方針の第1においては、文化遺産国際協力の推進の基本的方向として、国等の役割を明らかにするとともに、特に重視すべき方向性と留意すべき事項について定めている。第2においては、第1の基本的方向を踏まえて講ずべき基本的施策について定めている。
 なお、本基本方針は、国際的な諸情勢の変化や我が国の文化遺産国際協力に関する施策の実施の状況等を踏まえ、柔軟かつ適切に見直しを行うこととする。

第1 文化遺産国際協力の基本的方向

1 文化遺産国際協力の推進の必要性

(1)我が国の重要な使命としての文化遺産国際協力

 文化遺産は、人類共通の貴重な財産であり、国・地域を越えて、国際的な協力により、これを保護し、後の世代に確実に継承していく必要がある。特に、我が国は、豊かな歴史・文化を有する国として、これまで長年にわたって、史跡、名勝、建造物、絵画、彫刻、工芸品等の有形の文化遺産及び伝統芸能、工芸技術、風俗・慣習や民俗芸能等の無形の文化遺産の保護に関する知識、技術、経験等を蓄積してきた。これらを活用して、海外の文化遺産であって、武力紛争、自然災害、あるいは経済開発等に伴い、損傷し、衰退し、消滅し、若しくは破壊され、又はそれらのおそれのあるものを保護するための協力を推進し、もって世界各地の文化遺産の保護に貢献することは、我が国の重要な使命の一つである。

(2)諸情勢の変化を踏まえた文化遺産国際協力の推進の必要性

 第一次基本方針を策定して以降、社会の国際化はさらに進展し、経済や文化に関する国際交流は一層活発化しており、経済発展が進む国・地域においては、これまで以上に、観光振興や経済及び社会の開発等と、文化遺産の保護及び活用との両立が大きな課題となっている。
 こうした課題については、当該国・地域の内外において適切に対応する必要がある。経済及び社会の開発等との調和のとれた文化遺産保護を進めてきている我が国が、持続的な開発と文化遺産保護の先進国として、その知見等を積極的に生かした文化遺産国際協力を推進することについて、国際社会の期待は大きくなっている。

2 文化遺産国際協力の推進に当たっての基本理念

(1)世界各地の文化の発展への積極的貢献

 文化遺産が人類共通の貴重な財産であることにかんがみ、我が国が文化遺産国際協力を行うに当たっては、我が国に蓄積された知識、技術、経験等を生かしてその保護に積極的に取り組むことで、我が国の国際的地位の向上にも資するよう文化遺産国際協力の分野において主導的な役割を果たしつつ、また、世界における多様な文化の発展に積極的に貢献するとともに、国民の異なる文化の理解、文化の多様性を尊重する広やかな心の涵養及び国際社会における相互理解の増進が図られるように行うものとする。

(2)外国の政府及び関係機関等の自主性の尊重

 文化遺産国際協力の推進に係る施策については、文化の多様性が損なわれることがないよう、世界各地の文化の特性に配慮するとともに、文化遺産の保護及び活用には、地域住民をはじめとする地域コミュニティの参画が重要であることを踏まえ、文化遺産が存在する外国の政府及び関係機関並びに地域コミュニティの自主的な努力と協働を尊重して支援することを旨として行うこととする。

3 文化遺産国際協力の実施

 文化遺産国際協力は、有形、無形の文化遺産を対象として、個別の文化遺産の保護から、文化遺産保護に関する法律の策定等といった政策に関する支援まで、多様な手法で実施されている。我が国においては、海外における文化遺産保護制度の整備状況や実施環境を踏まえつつ、緊急性や必要とされる専門性等に留意して、次のような協力を実施する。

  • (1)保護すべき文化遺産の確認調査・記録作成
  • (2)保護すべき文化遺産の保存管理計画の策定・実施
  • (3)有形文化遺産の保存修復や無形文化遺産の目録作成等
  • (4)文化遺産保護に携わる人材の養成
  • (5)文化遺産保護に関する意識の普及・啓発
  • (6)文化遺産保護に関する法制の整備その他の政策に関する支援(観光振興や経済及び社会の開発等との調和のとれた文化遺産の適切な保護及び活用の推進に係る支援)

4 文化遺産国際協力の推進における国等の役割

(1)国の役割

 国は、上述2.の基本理念にのっとり、外国政府又は国際機関等からの要請等を踏まえて、文化遺産国際協力の推進に関する施策を策定し、実施し、施策を実施するため必要な財政上の措置その他の措置を講ずるよう努める。

(2)教育研究機関等の役割

  • ア 文化遺産国際協力に係る教育研究機関は、文化遺産国際協力に必要な人材の育成並びに研究及びその成果の普及に自主的かつ積極的に努めていくことが望まれる。
  • イ 教育研究機関は、文化遺産国際協力に携わる研究者や技術者の職務及び職場環境がその重要性にふさわしい魅力あるものとなるよう、研究者及び技術者の適切な処遇の確保並びに研究施設の整備充実を図ることが望まれる。
  • ウ 独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所文化遺産国際協力センター(以下「センター」という。)は、文化遺産の保存修復及び調査研究の分野において、国際協力を推進する極めて重要な専門機関であり、その卓越した機能を生かし、世界各地で積極的な協力活動を実施している。センターは、教育研究機関及び民間団体等と協力しつつ、自らが有する知識、技術、経験等を活用して、文化遺産国際協力をさらに推し進めるとともに、コンソーシアムを中心とした我が国の国際協力推進体制を支えていくことが望まれる。このため、国は、センターが文化遺産国際協力に関係する海外諸機関との連携における中核的な役割を発揮できるように、その体制の整備充実を図る。
  • エ また、平成23年10月には、日本国政府とUNESCO(国際連合教育科学文化機関(以下「ユネスコ」という。))との間の協定に基づき、ユネスコが賛助するアジア太平洋地域における無形文化遺産のための国際調査研究センターとして、独立行政法人国立文化財機構アジア太平洋無形文化遺産研究センターが設置された。当該センターにおいては、我が国の無形文化遺産に関する国際協力の拠点として、東京文化財研究所等の関係機関と連携しつつ、アジア太平洋地域の無形文化遺産の保護に向けた調査研究等の国際協力を推進することが望まれる。
  • オ なお、国は、文化遺産国際協力の推進に関する施策であって、教育研究機関に係るものを策定し及びこれを実施するに当たっては、研究者の自主性の尊重及び教育研究機関における研究の特性に配慮する。

(3)コンソーシアムの役割

  • ア コンソーシアムは、我が国の文化遺産国際協力の担い手である文部科学省、外務省その他関係省庁、教育研究機関、独立行政法人及び民間団体等の連携・協力体制の構築を図り、特にネットワークを活用した情報の収集・提供及び実施事業の現状分析等を行うことにより、文化遺産国際協力をより効果的に実施していくことが望まれる。
  • イ このため、国は、コンソーシアムがその役割を果たせるよう、安定的な運営体制を確保する。
  • ウ また、コンソーシアムを構成する関係機関及び当該機関に所属する研究者等は、それぞれの専門分野等について、コンソーシアムへの協力・参加を行うことが求められる。

5 経済協力との連携

 文化遺産国際協力は、文化遺産を活用した地域の活性化等にも貢献するものである。このように、経済効果も期待される文化遺産国際協力を効果的に推進するため、政府開発援助(ODA)等の経済協力との連携強化が図られる必要がある。
 このため、経済協力の中で直接又は間接を問わず文化遺産に関わるものについては、経済及び社会の開発等の観点だけでなく、文化遺産保護の観点にも配慮して実施する等、我が国として、経済協力と有機的に連携したシナジー効果の高い文化遺産国際協力を推進するため、在外公館や経済協力関係機関と文化遺産国際協力関係機関との連携強化及び情報共有の推進が望まれる。

6 対象地域

 アジア地域は、我が国と共通するところの多い文化圏を形成し、地理的、歴史的及び文化的にも深い繋がりを有する。こうしたアジア地域の国々の文化遺産の保護に協力することは、我が国とこれらの国々との友好関係のさらなる強化につながる。
 また、アジア地域の文化遺産は、我が国と文化的・宗教的な関連が深いことから、我が国の文化遺産との関連性を探求しつつ、アジア地域を中心に、文化遺産国際協力を推進することは、我が国の歴史・文化を理解する上でも重要である。
 これらを踏まえ、我が国としては、アジア地域を今後とも重点対象地域と位置づける。
 同時に、我が国においては、これまでも地域を限定することなく、文化遺産国際協力を推進してきており、我が国が有する知識、技術、経験等を生かすことができる文化遺産国際協力の要請がある場合には、地域を限定することなく、世界の全地域を対象として、協力の推進を図る。
 また、協力の推進に際しては、将来にわたる我が国との長期的な協力関係が構築できるよう、世界の各地域の専門家とのネットワーク形成等に留意して実施する。

第2 文化遺産国際協力の推進に関する基本的施策

1 連携の強化(情報交換と協働関係の構築)

(1)国内における関係機関間の連携

 文化遺産国際協力を効果的に推進していくためには、協力の規模、性格等に即して、各関係機関の持つ役割や機能を最大限に生かしつつ、密接な連携を図る必要がある。
 文部科学省、外務省その他関係省庁、教育研究機関、独立行政法人及び民間団体等は、コンソーシアムを活用しながら、相互に連携の強化を図る。
 また、文化遺産国際協力に係る施策の推進に当たっては、必要な措置が適切に講じられるよう、文部科学省、外務省その他関係省庁は、密接な連携を図る。

(2)研究分野間の連携

 適切な文化遺産国際協力を推進するには、修復技術、保存科学、歴史学、芸術学、考古学、人類学、博物館学等の専門分野からの横断的な参加と協力が不可欠である。したがって、具体的な事業の規模や性格に応じて、様々な専門分野からの参加を促し、関係する分野間での連携を図ることが重要である。
 また、我が国が、文化遺産をめぐる国際的かつ多様な要望に適切に応えられる文化遺産国際協力を推進するためには、文化遺産を取り巻く様々な学問分野を基礎とする、より総合的な研究領域の整備も視野に含める必要がある。

(3)海外との連携

 国、教育研究機関、独立行政法人及び民間団体等は、外国の政府、教育研究機関及びユネスコ、ICCROM(文化財保存修復研究国際センター)、ICOMOS(国際記念物遺跡会議)、ICOM(国際博物館会議)等の国際機関等との密接な連携の下で文化遺産国際協力を推進できるよう、海外拠点の形成を図る等の情報連絡体制を強化する。また、国内における国際会議の開催や諸外国で開催される国際会議に積極的に参加すること等を通じ、情報ネットワークの構築・充実を図る。
 さらに、我が国の文化遺産国際協力を一層強化し、効果的なものとするため、このような協力を積極的に実施している国と共同チームを編成して、第三国に対する協力を実施する等の連携協力体制の構築を推進する。この場合、共同チームが効果的な国際協力を実施できるよう、我が国の関係機関においては、適宜、コンソーシアムを通じて情報を共有し、密接な連携を図ることが望まれる。
 また、既に我が国が締結している文化遺産の保護のための多国間条約等の効果的な運用を図るため、関係各国や国際機関等との十分な連携を図る。

2 人材の確保等

(1)我が国の文化遺産保護の専門家の確保等

 国は、教育研究機関及び民間団体における文化遺産保護の専門家の養成、確保及び資質の向上に必要な施策を講ずる。教育研究機関及び民間団体は、文化遺産国際協力に係る総合的な研究領域を視野に入れつつ、教育研究を充実させていくことが望まれる。
 また、国際協力の現場を経験させるインターン(就業体験)制度を充実する等実践的な人材を養成できる教育研究体制を整備し、海外で活躍できる文化遺産保護の専門家を適切に確保する。
 こうした文化遺産保護の専門家の養成を行う教育研究機関等においては、コンソーシアムを通じて、関係機関と情報共有を図りながら実施することが望まれる。
 さらに、教育研究機関においては、当該機関に所属する研究者が、文化遺産国際協力への参加と、国内での教育研究を円滑に両立できる環境の整備を図ることが望まれる。
 なお、平成23年9月には、海外の美術品等の我が国における公開の促進に関する法律(平成23年法律第15号)が施行され、同法第5条の規定を踏まえ、学芸員等の資質の向上を図ることも重要である。

(2)海外の文化遺産保護の専門家の確保等

 近年、途上国においても、他国の専門家に自国の文化遺産の保護を委ねるだけでなく、国づくりの一環として自国の誇りである文化遺産を自らの手で保護することができるよう、自国の専門家による保護活動を希求する動きが高まっている。自国のアイデンティティの根源にも関わるこうした活動を支援するため、我が国は、文化遺産国際協力に係る独立行政法人、教育研究機関及び民間団体等の有する知識、技術及び経験等を活用して、海外の専門家を対象とした、国内外での研修の充実を進める。
 海外の専門家の養成を行う教育研究機関等においては、その目的に適した教材開発を行う等、各国の要請や社会的状況に対応した研修を実施するとともに、我が国における研修の成果が適切に評価され学位取得につながるよう、海外の専門家が学位を取得しやすい環境の整備が望まれる。また、我が国の文化遺産保護に係る取組が正しく海外に伝えられるよう、情報発信に努めるとともに、適宜、留学生の受入れに係る多様な支援措置を活用することが望まれる。
 さらに、経済協力の一環で人的資源開発として行われる文化遺産の保護に係る研修について、文化遺産国際協力の観点を踏まえて適切に行われるよう留意する。また、我が国の教育研究機関及び民間団体等が、海外の教育研究機関等における自主的な人材育成カリキュラムの改善等の実施の際の協力要請に円滑に協力できるよう、我が国で研修を受けた専門家との連絡体制を維持し、長期的な関係を構築することが望まれる。
 こうした海外の専門家の養成についても、各教育研究機関等が実施する事業の特徴を生かしつつ、我が国の文化遺産国際協力としての整合性が図られるよう、コンソーシアムの調整機能が活用されることが望まれる。

3 情報の収集、整理及び活用

 国は、文化遺産国際協力が適切かつ有効に実施されるよう、文化遺産国際協力に係る国内外の情報の収集、整理及び活用その他の必要な施策を講ずる。
 特に、コンソーシアムを通じて、文化遺産国際協力に係る情報を集約するとともに、文化遺産国際協力に係る諸機関等において、その共有及び交換を積極的に進める。
 また、コンソーシアムに設置された、世界の各地域に対応した分科会においては、地域ごとの協力の在り方について情報交換が行われており、これらの情報について、コンソーシアム全体として地域横断的な共有を図る等、我が国の文化遺産国際協力の効果的な推進に向けた情報ネットワークの一層の充実が望まれる。
 さらに、コンソーシアムにおいては、文化遺産保護に関する各分野や海外の地域情勢に詳しい専門家等の適材適所の参画を推進するとともに、こうした人材情報のデータベース化を検討する。
 なお、近年、文化遺産の不法輸出入等の防止について、国際的な取組の強化に向けた議論がユネスコ等の国際機関で行われている中、インターネットによる不法取引への対応が一つの課題となっている。不法取引の危機に直面する外国の文化遺産を保護するため、コンソーシアムにおいては、インターネットにおける販売等を監視し、文化遺産の不法取引に関する情報が発見された場合には、我が国として適切な措置が実施できるよう、文部科学省、外務省その他関係省庁に通報することが望まれる。

4 国民の理解及び関心の増進

 国は、文化遺産国際協力において研究者や技術者が果たす役割の重要性に関する国民の理解と関心を深めるよう、広報活動の充実及び教育の振興その他の必要な施策を講ずる。また、文化遺産国際協力に係る教育研究機関、独立行政法人及び民間団体等は、国民の理解に資するよう、それぞれの活動の成果を積極的に広報することが望まれる。
 コンソーシアムは、文部科学省、外務省その他関係省庁、教育研究機関、独立行政法人及び民間団体等と協力して、文化遺産の専門家のみならず、幅広い人々を対象にしたシンポジウム等の開催や電子メールを活用した情報提供等を通じて、国民のコンソーシアムの活動への参加や理解を促進する。

5 教育研究機関及び民間団体に対する支援

 国は、海外の文化遺産の保護や現地の専門家の人材養成を一層推進するため、専門家の派遣や海外の専門家の招へい等の拡充といった、教育研究機関及び民間団体の文化遺産国際協力活動を支援する。
 また、民間団体が、教育研究機関の支援その他の文化遺産国際協力活動を効果的に行うことができるよう、国は、コンソーシアムも活用しつつ、文化遺産国際協力に携わる専門家や海外の文化遺産等に関する情報提供その他必要な支援を行う。

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