4 中南米地域
中南米地域は、国際場裡(り)において一大勢力を形成し、その多くが自由、民主主義、法の支配などの価値や原則を日本と共有しています。また、人口約6.6億人注16、域内総生産約7.3兆ドル注17の巨大な成長市場を有しており、外交面および経済面で、戦略上重要な地域です。さらに、鉱物・エネルギー資源や食料の供給源でもあることから、特に、世界の食料・エネルギー供給の安定が大きな課題となっている現下の情勢において、日本を含む国際社会のサプライチェーン強靭(じん)化や経済安全保障の観点からも、その重要性は増大しています。そして、中南米地域には、世界最大となる約310万人の日系人の存在、さらには、再び海を越えて日本に渡り、日本の産業を支えている日系人の存在があります。このような人的・歴史的な絆(きずな)も通じて、日本はこの地域と長い間、安定的な友好関係を維持してきました。
一方で、中南米地域は、気候変動、防災、保健・医療分野での脆(ぜい)弱性、貧困など、国際社会共通の課題において、引き続き大きな開発ニーズを抱えており、小島嶼(しょ)国特有の脆弱性を有する国も多く存在します。また、貧困や治安の悪さから逃れて北米を目指す移民や、政治・経済社会情勢の悪化により周辺国に流出するベネズエラ難民に加え、2021年7月に大統領が暗殺されて以降、国内の政治経済および治安状況の悪化が継続するハイチ情勢なども、地域的な課題となっています。
日本は、中南米諸国との間で、スペイン語でもポルトガル語でも「共に」を意味する「Juntos(フントス(スペイン語)/ジュントス(ポルトガル語))」をキーワードに、パートナーとしての信頼と友情を深めてきました。このような外交政策の一環として、中南米地域が強靭で持続可能な発展を実現できるよう、各国の所得水準や実状を踏まえ、ニーズに配慮した、日本ならではの支援(「質の高いインフラ」、日本の経験をいかした防災・減災、クリーンエネルギー技術、ボランティア等の技術協力による「顔の見える支援」など)を行っています。また、日本との強い絆の礎となっている日系人および日系社会を支援し、そのアセットを活用しながら、信頼に基づく人材の重層的ネットワークをさらに強化しています(中南米の日系社会への支援については第Ⅴ部1(6)も参照)。
●日本の取組
2024年2月に発表した「中南米外交イニシアティブ」は、海洋、ジェンダー、軍縮不拡散を始めとする、国際場裡で重要性を増す分野において連携を強化するとともに、歴史的に強固な二国間関係を補完・強化するアプローチとしての「多様なネットワーキングを駆使した外交」を展開するものです。2025年においても「中南米外交イニシアティブ」を具体化する様々な開発協力の取組を実施しました。
2025年は、日・ブラジル外交関係樹立130周年、「日本ブラジル友好交流年」であり、ルーラ大統領の国賓訪日時においては、「日・ブラジル戦略的グローバル・パートナーシップ・アクション・プラン2025-2030」を始めとする協力文書を発表し、国際社会における喫緊の課題への対処や、国連安全保障理事会(安保理)改革を含むグローバル・ガバナンス改革などにおいてさらなる連携を図ることを確認しました。また、パラグアイおよびグアテマラとの間では、大阪・関西万博賓客として訪日した各国首脳と石破総理大臣(当時)との間で、二国間関係を「戦略的パートナー」に格上げすることで一致しました。
2025年は、日本が中米5か国(グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ)と外交関係を樹立してから90周年に当たります。日本と中米統合機構(SICA)は、これを記念して2025年を「2025年日・中米交流年」とし、政治、経済、文化など様々な分野での交流を深めることを目的とした記念行事を日本およびSICA加盟諸国で実施しました。
このように、日本は中南米地域との一層の関係強化に努めています。
■防災・環境問題への取組
草の根・人間の安全保障無償資金協力により、コスタリカの農村地域で新たな水源を活用したポンプシステムおよび貯水タンクが整備された様子
中南米地域は、豊かな自然に恵まれる一方、地震、津波、ハリケーン、火山噴火などの自然災害に見舞われることが多く、防災の知識・経験を有する日本の支援が重要です。
地震が頻発するエクアドル、ペルー、メキシコ、ニカラグアなど太平洋に面した中南米諸国や、豪雨による土砂災害のリスクが高いブラジルに対しては、日本の防災分野の知見をいかした支援を行っています。また、2025年4月に洪水による被害があったボリビアに対して、JICAを通じて緊急援助物資の供与を行いました。カリブ海の国々に対しては、自然災害に対する小島嶼国特有の脆弱性を克服するための様々な支援を行っており、近年では、カリブ地域における防災政策策定能力向上を目的として、カリブ災害緊急管理機関に資金を拠出するほか、日本の防災専門家を派遣しています。
また、日本は、環境問題への取組として、気象現象に関する科学技術研究や生物多様性の保全、リモートセンシングを利用したアマゾン熱帯林の保全など、幅広い協力を行っています。2024年5月に立ち上げた、環境・気候変動や持続可能な開発に関する協力についての、「日・ブラジル・グリーン・パートナーシップ・イニシアティブ(GPI)」の一環として、2025年3月の日・ブラジル首脳会談においては、オファー型協力も活用しつつ、劣化牧野回復やアマゾン違法森林伐採対策を柱として協力を進めていくことを決定しました(オファー型協力については、第Ⅴ部2(2)を参照)。具体的には、民間資本などを動員しながら、新たに森林伐採を行うことなく劣化牧野の回復を通じた生産性の向上と持続可能性の確保の両立を目指す実証調査や、レーダー衛星およびAI技術を用いた森林伐採の検知および予測を通じた違法伐採に係る対策・管理能力の強化などを行います。これはブラジルの持続可能で生産性の高い成長を後押しするとともに日本を含む世界の食料供給の安定化に貢献するものです。そのほか、GPIでは、アマゾンの森林破壊の防止を目的としたアマゾン基金へのアジアの国として初の拠出、防災における協力や三角協力の推進、また、幅広い種類の植物を一緒に植えることで森林を再生し、森林・生態系を維持する持続可能な森林農法であるアグロフォレストリー注18等における協力を行っています。
■経済・社会インフラの整備
日本は、中南米地域の経済・社会インフラ整備を進めるため、都市圏および地方における上下水道インフラの整備を積極的に行っています。2025年には、アンティグア・バーブーダ、セントルシア、ドミニカ国およびバルバドスから研修員を日本に招き、浄水や給水技術の研修を行いました。また、キューバ、ニカラグアおよびパラグアイにおいて、水資源管理や上水道の漏水削減、また、浄水場の整備などに対する支援を行っています。
パナマでは、首都圏中心部と辺縁居住地域との間で深刻化する交通渋滞と自動車が排出する二酸化炭素による温暖化や排出ガスによる大気汚染に対応するための都市交通3号線の整備を支援しています。
2025年7月、政府は、日本企業による中南米への進出を支援するため、「中南米地域へのインフラ海外展開に関する官民連携プラットフォーム(PLACIDA注19)」を立ち上げ、第1回協議会を開催しました。中南米地域へのインフラ海外展開に向けて、官民が連携して中南米の現地情勢や様々な施策等の情報を収集・分析・共有し、中南米地域へのインフラ展開の機運醸成や日本のプレゼンスの増進などを図ることを目的として活動しています。
このほかにも、官民連携で地上デジタル放送の日本方式(ISDB-T)注20の普及に取り組んでおり、2025年10月時点で中南米の14か国が日本方式を採用しています。日本は、日本方式を採用した国々に対して、円滑な導入に向けた技術移転や人材育成を行っています。
■保健・医療および教育分野での取組
ベリーズの小学校で環境教育を行うJICA海外協力隊員(写真:JICA)
中南米地域は医療体制が弱く、非感染性疾患、HIV/エイズや結核などの感染性疾患、熱帯病などがいまだ深刻な状態であるため、迅速で的確な診断と治療を行える体制の確立が求められています。
ボリビアでは、特に医療機材整備が喫緊の課題となっていたことから、2025年2月、日本は、過去に日本の支援により建設された同国の公的医療施設に対して、日本企業製の医療関連機材を供与することを決定しました。また、がんによる死亡率が高いホンジュラスに対しては、2024年9月に日本、ホンジュラスおよび国際原子力機関(IAEA)の三者で医療分野(放射線治療)における三者協力に関する意図表明書に署名するとともに、同国国民が放射線治療を受ける環境を整備する観点から、がん治療関連機材を供与しています。
また、日本は、中南米各国の日系社会に対して、日系福利厚生施設への支援や研修員の受入れ、JICA海外協力隊員の派遣などを継続して実施しています。
教育分野への支援は、今も貧困が残存し、教育予算も十分でない中南米諸国にとって非常に重要です。日本は、教育は「人への投資」として重要であるとの考えの下、過去15年以上にわたり、エルサルバドルに対し数学・算数教育の技術協力を実施しているほか、新型コロナウイルス感染拡大以降、教育の質の改善と場所にとらわれない教育の場を提供する観点から、教育分野におけるデジタル化の推進を優先課題として掲げる同国に対し、デジタル教材の制作を促進する機材を供与しました。ニカラグアに対しても、2023年から同国の初等教育において、こどもたちが算数に親しむことができるような教科書や指導書の改訂のための技術協力を実施しています。
■中米移民、ベネズエラ難民・移民支援
中米地域は、貧困や治安の悪さを原因として、米国やメキシコへの移住を目指す移民の問題を抱えています。日本は、移民発生の根本原因である貧困、治安、災害などの分野における支援を実施しています。また、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、メキシコに対し、国際移住機関(IOM)、世界食糧計画(WFP)や国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と連携し、移民の自発的帰還の促進や移民流出防止、帰還移民の社会への再統合のための支援を行っています。
ベネズエラでは、経済・社会情勢の悪化により、2024年5月までに約777万人の難民・移民が主に周辺国に流出しました。受入れ地域住民の生活環境が悪化したり、地域情勢が不安定になるなど、十分な対応ができていないことが課題となっています。そのため、2024年から、日本は、ベネズエラ避難民を受け入れているエクアドル、コロンビア、ブラジルおよびペルーに対し、UNHCRを通じて、難民・移民の保護強化および生活立上げの支援を行い、難民・移民の人道支援および経済・社会的包摂を図っています。また、2025年3月には、ブラジルにおけるベネズエラ難民・移民女性に対して、UNHCRを通じて、職業訓練や就職あっせん、マイクロ・ファイナンスやマーケティングに関する研修を含む起業支援などを行うための支援の実施を決定しました。
■ハイチの治安状況悪化を受けた支援
ハイチでは、特に、2021年以降、影響力を強める武装集団による市民に対する暴力行為や誘拐が多発していますが、国内の治安改善に中心的な役割を果たすハイチ国家警察は、人員数・装備の両面において不足している状況にあります。こうした状況を受けて、2025年9月、国連安保理において、ハイチ多国籍治安支援(MSS)ミッションをギャング制圧部隊(GSF)に移行することを承認する決議が採択されました。
ハイチでは、武器・違法薬物流入、人身売買が横行し、非正規移民の発生も相まって、治安・人道状況の悪化が国内問題のみならず深刻な国際問題と認知されています。日本は、米国を始めとするG7や米州機構(OAS)、カリブ共同体(CARICOM:カリコム)諸国等と連携し、ハイチの治安・人道状況の改善に向けた支援を実施しています。また、2024年10月以降、ジェンダーに基づく暴力の被害を受けた女性を保護・支援し、その予防措置を講じるとともに、女性に対するエンパワーメントを推進することにより、同国におけるジェンダー平等の推進を支援しています。
■南南協力・三角協力
2026年1月、メキシコを訪問し、デル・モラル国際開発協力庁長官と意見交換を行った堀井外務副大臣(写真右から2人目。右から3人目がデル・モラル国際開発協力庁長官)
中南米諸国には、南南協力用語解説で実績を上げている国も多くあります。日本は、アルゼンチン、チリ、ブラジルおよびメキシコとの間で、三角協力用語解説に関するパートナーシップ・プログラムを交わしており、「中南米外交イニシアティブ」においても、三角協力による「多様なネットワーキングを駆使した外交」を重視しています。例えば、アルゼンチンと協力し、2024年も中南米において中小企業支援を実施したほか、メキシコと協力し、中米北部諸国における非伝統的熱帯果樹栽培システム導入を支援しました。チリでは、2020年までに中南米防災人材育成拠点化支援プロジェクト(通称KIZUNAプロジェクト)が実施されました。これは、1960年から続く日・チリの防災協力を基礎に、チリを中南米地域の防災人材育成の拠点として整備するもので、日本から専門家を派遣した研修には、2015年から2020年までの5年間で27か国、5,000人以上が参加しました。現在は、後継案件として中南米カリブ地域における災害に強靭で持続可能な社会の構築プロジェクト(KIZUNA II)が実施されています。また、ブラジルでは、日本の長年にわたる協力の結果、日本式の地域警察制度が普及しています。その経験を活用して、現在では三角協力の枠組みで、ブラジル人専門家が中米諸国に派遣され、地域警察分野のノウハウを伝えています。そのほか、アフリカのポルトガル語圏諸国に対しても、日本とブラジルで協力し、職業訓練などの研修を実施しています。
また、日本は、より効果的で効率的な援助を実施するため、中南米地域に共通した開発課題について、SICAやカリコムといった地域共同体と協力しつつ、地域規模の案件の形成も進めています。
このような協力を通じて、今後も、日本は中南米地域と強靭で持続可能な未来に向けて共に取り組んでいきます。
用語解説
- 南南協力・三角協力
- 南南協力とは、複数の開発途上国間で、知識、技能、資源、技術などを活用して実施される協力をいう。また三角協力とは、先進国やドナー、国際機関がこのような開発途上国間の南南協力を支援する協力をいう。
- 注16 : 世界銀行ホームページ(2025年12月時点) https://data.worldbank.org/indicator/SP.POP.TOTL?end=2024&locations=ZJ&start=1989
- 注17 : 世界銀行ホームページ(2025年12月時点) https://data.worldbank.org/indicator/NY.GDP.MKTP.CD?end=2024&locations=ZJ&start=1989
- 注18 : 樹木を植栽し、木と木の間で家畜を飼育および農作物を栽培する農林業。
- 注19 : Public-Private Platform of Latin American and the Caribbean Infrastructure Development Allianceの略称。
- 注20 : 注19を参照。
