4 中南米地域

林外務大臣立ち合いの下、在エクアドル日本国大使公邸において行われた、6件計5,800万円の草の根・人間の安全保障無償資金協力贈与契約署名式の様子(2023年1月)
33か国で構成される中南米は、国際場裡(り)において一大勢力を形成し、人口約6.5億人注15、域内総生産約5.5兆ドル注16(2021年)の巨大な成長市場を有しており、外交面および経済面で、戦略上重要な地域です。その多くが自由、民主主義、法の支配等の基本的価値を尊重し、鉱物・エネルギー資源や食料の供給源でもあることから、国際社会での存在感を着実に高めています。特に、世界の食料・エネルギー供給に深刻な影響がもたらされている現下の情勢において、中南米の重要性は増大しています。
一方で、中南米地域は、気候変動、防災、新型コロナウイルス感染症の拡大で明らかになった保健・医療分野での脆(ぜい)弱性、貧困等、国際社会共通の課題において、引き続き大きな開発ニーズを抱えており、小島嶼(しょ)国特有の脆弱性を有する国も多く存在します。
中南米地域には、世界最大の約230万人の日系人の存在もあり、日本との人的・歴史的な絆(きずな)は伝統的に強く、日本は中南米地域と長い間、安定的な友好関係を維持してきました。中南米地域が強靭(じん)で持続可能な発展を実現できるよう、各国の所得水準や実情を踏まえ、ニーズに配慮した、日本ならではの支援(質の高いインフラ、日本の経験をいかせる防災・減災、クリーンエネルギー技術、ボランティア等の技術協力による「顔の見える支援」等)を行うことで、上記の友好関係の維持・強化を図っています。
●日本の取組
林外務大臣は、2022年に中南米各国との外相会談の機会を通じて、経済安全保障や環境問題を始めとする地球規模課題について一層の連携を深めていくことにつき確認しました。また、2023年1月にはメキシコ、エクアドル、ブラジルおよびアルゼンチンを訪問し、二国間の経済関係、協力・交流の強化とともに、国際社会が直面する現下の厳しい情勢を踏まえ、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化、そして気候変動対策など重要な国際課題への対応においてさらなる連携を図ることを確認しました。2022年に中南米諸国を訪問した副大臣や大臣政務官も、新型コロナの感染拡大による影響を受けた経済・社会の安定化の支援、保健・医療分野での協力継続のほか、強靱性の向上、デジタル化促進による変革(DX)や環境重視による変革(GX)を通じた中南米諸国の成長のための協力等について表明するなど、日本は中南米地域とのさらなる関係強化に努めています。
■防災・環境問題への取組

日本がチリに技術協力プロジェクト「新型コロナウイルス影響下における災害時の感染予防対策強化」で供与した避難用テント(写真:JICA)
中南米地域は、豊かな自然に恵まれる一方、地震、津波、ハリケーン、火山噴火などの自然災害に見舞われることが多く、防災の知識・経験を有する日本の支援が重要です。
日本は、2021年にマグニチュード7.2の地震により被害を受けたハイチに対し、2022年、国連開発計画(UNDP)を通じ被災地の病院や警察署整備のための無償資金協力を実施しました。地震が頻発するエクアドル、ペルー、メキシコなど太平洋に面した中南米諸国に対しては、日本の防災分野の知見をいかした支援を行っています。また、2022年にハリケーン、洪水等の被害のあったキューバ、グアテマラ、ブラジル、ベリーズ、ホンジュラスに対して、緊急援助物資の供与を行いました。カリブ海の国々に対しては、自然災害や気候変動に対する島嶼国特有の脆弱性を克服するための様々な支援を行っており、2022年10月、スリナムに対し洪水対策を念頭に、排水ポンプ等日本企業の防災機材を供与する無償資金協力を実施しました。
また、日本は、環境問題への取組として、気象現象に関する科学技術研究や生物多様性の保全、リモートセンシングを利用したアマゾン熱帯林の保全など、幅広い協力を行っています。2022年3月、ペルーに対し、固形廃棄物処理施設の整備に係る借款を供与しました。省エネルギー化の促進および温室効果ガスの排出削減の分野においても、日本は太陽光発電の導入支援を海外投融資などによりメキシコやブラジルなど複数の国で実施しているほか、2021年にはドミニカ共和国やパラグアイに対し、エネルギー効率化のための円借款を供与しました。
■経済・社会インフラの整備
日本は、中南米地域の経済・社会インフラ整備を進めるため、都市圏および地方における上下水道インフラの整備を積極的に行っています。2022年2月、パラグアイに対し、上水道の整備に係る無償資金協力を実施しました。また、官民連携で地上デジタル放送の日本方式(ISDB-T)注17の普及に取り組んでおり、2022年12月時点で中南米の14か国が日本方式を採用しています。日本は、日本方式を採用した国々に対して、円滑な導入に向けた技術移転や人材育成を行っています。
ホンジュラス一般公募

母子の命を守る日本のNGOの支援活動
テウパセンティ市における妊産婦ケア改善支援事業
日本NGO連携無償資金協力(2019年3月~2022年2月)
ホンジュラス東部、エル・パライソ県の山間部に位置するテウパセンティ市には分娩(べん)可能な施設がなく、施設で出産するためには市外まで行かなければならない上、既存の保健医療施設では適切な妊婦健診も受けられないという課題があったため、妊産婦死亡率が他市より高い状況でした。
本事業では、特定非営利活動法人AMDA社会開発機構(AMDA-MINDS)が、安全な出産を確保するために、地域保健医療の最初の窓口となる保健所の整備・体制改善から妊婦への啓発に至るまで、幅広い支援活動に取り組みました。
まず、AMDA-MINDSは、保健・医療提供体制を強化するために、8か所の保健所に対し、超音波診断装置(エコー)を始めとする医療機材や消耗品を提供し、必要な技術研修を行いました。エコーが設置された保健所では、週5日妊婦健診が実施できるようになりました。
また、AMDA-MINDSは、コミュニティ全体としての対応力を高めるために、90人の保健ボランティアおよび40人の伝統的産婆(助産師)に対し、救急救命・応急処置、周産期の健康などに関する研修を実施しました。彼らは自身の役割を認識し、研修で身に付けた知識と技術を活用して、延べ7,750人の地域住民に安全な出産に関する知識・情報を伝えました。
こうした活動の結果、市全体で、妊婦健診を4回以上受診した妊婦が33%から74%に増加したほか、超音波検査を1回以上受診した妊婦が45%から80%に、産後健診受診率が65%から77%になるなどの成果を挙げました。住民が正しい保健知識を身近に得て、安全な周産期を過ごせる環境が整ったことで、市外での施設分娩率も70%から80%に増加し、地域全体で妊産婦をケアする体制が構築されました。コミュニティによる自主的な課題解決の取組を促すと同時に、行政サービスが地域社会へ効率的に提供されるよう仲介する、NGOならではの事業が実現しました。

エコー使用方法研修(実技)で、受講生の医師と看護師たちが画像での妊婦のお腹の見え方を確認する様子(写真:AMDA社会開発機構)

熱心に研修を受ける保健ボランティアたち(写真:AMDA社会開発機構)
■保健・医療および教育分野での取組
保健・医療分野でも、日本は中南米に対して様々な協力を行っています。中南米地域は医療体制が弱く、非感染性疾患、HIV/エイズや結核などの感染性疾患、熱帯病などがいまだ深刻な状態です。また、新型コロナの感染拡大により、迅速で的確な診断と治療が可能な体制の確立が求められています。
2021年4月から2022年2月に、日本は、新型コロナ対策支援として、エクアドル、エルサルバドル、キューバ、グアテマラ、コロンビア、ジャマイカ、ハイチ、ドミニカ共和国、ニカラグア、パラグアイ、ベネズエラ、ベリーズ、ボリビア、ホンジュラスに対し、コールド・チェーン注18などの整備のための無償資金協力を行いました。また、2021年および2022年に、エクアドル、ドミニカ共和国およびホンジュラスに対し、新型コロナ危機対応のための借款を供与しました。
2022年10月以降、首都を中心にコレラが急速に感染拡大していることに対し、2023年1月、日本は、ハイチに対し、国連児童基金(UNICEF)、国連世界食糧計画(WFP)、および国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)を通じて保健、水・衛生、食料等の分野において300万ドルの緊急無償資金協力を実施することを決定しました。
ほかにも、日本は、中南米各国の日系社会に対して、日系福利厚生施設への支援や研修員の受入れ、JICA海外協力隊員の派遣などを継続して実施しています(ベリーズのJICA海外協力隊員について「案件紹介」を参照)。
今も貧困が残存し、教育予算も十分でない中南米諸国にとって、教育分野への支援は非常に重要です。日本は、2021年から継続して、エルサルバドルに対し数学・算数教育の技術協力を実施しています。
■南南協力や地域共同体との協力
アルゼンチン、チリ、ブラジルおよびメキシコの4か国は、南南協力解説で実績を上げています。日本は、これらの国とパートナーシップ・プログラムを交わしており、例えば、アルゼンチンと協力し、2022年においても中南米において中小企業支援を実施しました。そのほか、メキシコと協力し、中米北部諸国における非伝統的熱帯果樹栽培システム導入を支援し、チリでは、三角協力解説を通じて中南米諸国の防災に資する人材育成を行っており、4,000人の当初目標を超えて、5,169人の人材育成を達成しました。また、ブラジルでは、日本の長年にわたる協力の結果、日本式の地域警察制度が普及しています。その経験を活用して、現在では三角協力の枠組みで、ブラジル人専門家が中米諸国に派遣され、地域警察分野のノウハウを伝えています。
また、日本は、より効果的で効率的な援助を実施するため、中南米地域に共通した開発課題について、中米統合機構(SICA)やカリブ共同体(CARICOM)といった地域共同体とも協力しつつ、地域全体に関わる案件の形成を進めています。
■中米移民、ベネズエラ難民・移民支援

日本の支援によって完成した上水施設の引渡式。上水が通水したことに歓喜する地元住民と在ボリビア大使館員。
中米地域は、貧困や治安の悪さから逃れて米国やメキシコへの移住を目指す移民の問題を抱えています。日本は、移民発生の根本原因である貧困、治安、災害などの分野における支援を実施しています。また、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、メキシコに対し、国際移住機関(IOM)やWFPと連携し、移民の自発的帰還の促進や移民流出防止、帰還移民の社会への再統合のための支援を行っています。
ベネズエラの経済・社会情勢の悪化により、2022年9月までに約710万人のベネズエラ難民・移民が主に周辺国に流出しました。受入れ地域住民の生活環境が悪化したり、地域情勢が不安定になる状況が発生したりしましたが、対応が十分にできていないことが課題となっています。2022年2月、日本は、ベネズエラ本国に加え、避難民を受け入れている周辺国のコロンビアおよびエクアドルに対し、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を通じて、脆弱な人々の保護や職業訓練などの社会的統合支援の実施を発表しました。また、2022年9月、悪化するベネズエラ国内の人道状況を踏まえ、UNICEFを通じ、学校およびその周辺への手洗い施設の衛生環境の整備等の協力実施を発表しました。
用語解説
- 南南協力(三角協力)
- より開発の進んだ開発途上国が自国の開発経験、人材、技術、資金、知識などを活用して、ほかの途上国に対して行う協力。自然環境・言語・文化・経済事情や開発段階などが似ている国々に対して、主に技術協力を行う。また、ドナーや国際機関がこのような途上国間の南南協力を支援する場合は「三角協力」という。

- 注15 : 世界銀行ホームページ https://data.worldbank.org/indicator/SP.POP.TOTL?locations=ZJ
- 注16 : 世界銀行ホームページ https://data.worldbank.org/indicator/NY.GDP.MKTP.CD?locations=ZJ
- 注17 : 注20を参照。
- 注18 : 注54を参照。