(8)食料安全保障および栄養
新型コロナの影響が長引く中、ロシアによるウクライナ侵略は、食料価格の上昇や一部供給途絶などをもたらし、世界的な食料安全保障注80に深刻な影響を及ぼしています。「世界の食料安全保障と栄養の現状2022」注81によると、2021年には7億200万人から8億2,800万人が飢餓状態にあるとされています。その数は、新型コロナの世界的な拡大以来、約1億5,000万人増加、うち2021年には4,600万人増加しました。また、同報告書では、2030年になっても世界人口の8%に相当する6億7,000万人が栄養不足に陥っているという予測を公表しています。これは、SDGs目標2「飢餓をゼロに」などを定めた2015年の栄養人口割合と同じ水準であり、SDGs達成には並大抵ではない努力が必要であると言及しています。2021年9月には、グテーレス国連事務総長の呼びかけにより、新型コロナの影響からの回復および2030年までのSDGs達成を目的として、「国連食料システムサミット」が初めて開催されました。同サミットでは、世界の食料安全保障を確保するためには、食料の生産、流通および消費などの一連の過程からなる「食料システム」の変革に向けて全ての人が行動を起こすことの重要性を呼びかけました。
●日本の取組
日本は、フードバリューチェーン解説の構築を含む農林水産業の振興に向けた協力を重視し、地球規模課題として食料問題に積極的に取り組んでいます。短期的には、食料不足に直面している開発途上国に対して食料支援を行い、中長期的には、飢餓といった食料問題の原因除去および予防の観点から、途上国における農業の生産増大および生産性向上に向けた取組を中心に支援を進めています(稲作振興に関わる支援については「国際協力の現場から4、「案件紹介 ラオス」および「案件紹介 タンザニア、ケニア、コートジボワール、ガーナ、ナイジェリア」も参照)。
■食料支援と栄養改善への取組

ケニアにおける「小規模農家の市場アクセス支援」で、農家の生産性向上や作物の出荷、市場へのアクセス促進を支援するWFP日本人職員(JPO派遣)と支援対象の小規模農家(写真:WFP)
日本は、食料不足に直面している開発途上国からの要請に基づき、食糧援助を行っています。2022年には、28か国・地域に対し、日本政府米を中心に総額78億円の支援を行いました。
二国間支援に加え、日本は、国際機関と連携した食料支援にも取り組んでいます。例えば、国連世界食糧計画(WFP)を通じて、教育の機会を促進する学校給食プログラムや、食料配布により農地や社会インフラ整備への参加を促す取組を実施しています。2022年には、慢性的に食料不足の状況にあるシエラレオネに対して、WFPを通じて2月および8月にそれぞれ2億円の無償資金協力を行い、日本政府米や豆類、植物油などを供与しました。WFPは2021年に世界80か国で約1億2,800万人に対し、約440万トンの食料配布や現金給付を通じた食糧支援などの活動を行っており、日本は2021年、WFPの事業に総額約2億2,619万ドルを拠出しました。
さらに、日本は、国際開発金融機関(MDBs)への拠出などを通じ、途上国の栄養改善を支援しており、2021年には世界銀行のグローバル・ファイナンシング・ファシリティ(GFF :Global Financing Facility)解説および栄養改善拡充のための日本信託基金解説に対し、計7,000万ドルの追加拠出を表明しました。また、開発政策において栄養を主流化する観点から、2021年12月に日本が主催した世界銀行グループの国際開発協会(IDA)第20次増資では、栄養を含む人的資本の強化を重点分野に盛り込みました。
また、日本は、2021年12月に「東京栄養サミット2021」を開催し、その成果文書として、「東京栄養宣言(グローバルな成長のための栄養に関する東京コンパクト)」を発出しました。岸田総理大臣が発表した3,000億円以上の栄養関連支援を含め、各国政府を含むステークホルダーから270億ドル以上の栄養関連の資金拠出が表明されました。この成果も踏まえ、国際社会における栄養改善のために協力を推進しています。具体的には、WFPと連携した無償資金協力によるバングラデシュにおけるミャンマーからの避難民に対する食糧・栄養支援や、国連児童基金(UNICEF)と連携した、東ティモールにおけるこどもおよび妊産婦への栄養補助食品供給支援などに取り組んでいます。
ラオス


県と農家の協働による地域の農業活性化
サワンナケート県における参加型農業振興プロジェクト
技術協力プロジェクト(2017年6月~2022年6月)
ラオスの南部に位置するサワンナケート県は、稲作を中心とした農業が盛んな地域です。しかし、県が普及に努める栽培技術が農家まで行き届いておらず、収穫量低迷の要因となっていました。そこで、本事業では、農家がサワンナケート県農林局職員や普及員と協力して、主体的に栽培方法を改善できるよう支援し、生産性と収入の向上を目指しました。
まず、県職員・普及員が農家と直接話し合う場を設け、農家のニーズを把握しました。農家は、2018年の集中豪雨による被害で、次期作のための資金や稲種子の確保が困難であったため、「種子・肥料貸付、栽培強化プログラム」を実施し、支援することにしました。貸付プログラムでは、稲栽培の技術を農家に伝えるため、研修受講を貸付条件として設定しました。研修で学んだ栽培技術を活用・実践しながら、貸付を受けた優良種子と肥料を使って農業を行った結果、米の単位収量は、事業開始前と比較して31%増加しました。また、研修参加農家(累計2,803名)の74%が栽培技術を継続するなどの成果を挙げました。
さらに、本事業では、同県が独自の貸付プログラムを運営できるよう民間機関との連携を支援し、ラオスの銀行の協力を得られました。サワンナケート県では、本事業終了後も貸付プログラムが継続され、農家は増えた収入で自ら優良種子や肥料を購入するようになり、持続性も確保されています。
これからも農家と県職員と普及員が協力しながら、地域の農業がより一層活性化することが期待されています。

稲作の栽培技術研修実施の様子(写真:JICA)

栽培技術研修の成果を確認するため収量調査を実施している普及員、農家、JICA職員およびプロジェクトスタッフ(写真:JICA)
■フードバリューチェーンの構築と農林水産業の振興

東ティモール「国産米の生産強化による農家世帯所得向上プロジェクト」で開催された国産米収穫祭にて、稲穂を収穫する様子(写真:JICA)
開発途上国では、生産した農産物の買い取り価格が安いことなどが多くの農家が貧困から抜け出せない要因の一つとなっています。
日本は、民間企業と連携しながら、途上国におけるフードバリューチェーンの構築を推進しています。2022年度は、各国・地域でフードバリューチェーン構築の重点的取組を定めた「グローバル・フードバリューチェーン構築推進プラン」に基づき、タイ、パラオと二国間政策対話を実施しました。
また、日本は、アフリカの経済成長において重要な役割を果たす農業を重視しており、その発展に積極的に貢献しています。具体的には、アフリカ稲作振興のための共同体(CARD)解説フェーズ2の下、RICEアプローチ解説において、灌漑(かんがい)施設の整備や、アジア稲とアフリカ稲を交配したネリカ(NERICA)解説を含む優良品種に係る研究支援や生産技術の普及支援など、生産の量と質の向上に向けた取組を進めています。CARDの対象は、これまでに32か国に拡大しています(CARDの取組について、「国際協力の現場から4も参照)。
2022年8月に開催したTICAD 8では、CARDを通じて15万人の人材育成を行い、2030年までのコメ生産量倍増(5,600万トン)を実現することを目標として掲げました。
ほかにも、自給自足から「稼ぐため」の農業への転換を推進するため、日本は、小規模農家向け市場志向型農業振興(SHEP)アプローチ解説を通じ支援を実施しています。SHEPは、野菜や果物を生産する農家に対し「売るために作る」への意識変革を起こし、営農スキルや栽培スキルの向上によって農家の園芸所得向上を目指しており、これまでアフリカ29か国において、研修事業や専門家派遣などを通じて自給自足型農業からの転換を支援してきました。TICAD 8では、66,000人の「稼ぐ」ための農業転換支援を実施することを表明しています。またTICAD 8では、アフリカ開発銀行の緊急食糧生産ファシリティへの3億ドルの協調融資による食料生産強化支援を行うことも表明しました。
■国際機関を通じた食料安全保障
日本は、「農業市場情報システム(AMIS:Agricultural Market Information System)」注82を支援する取組を行ってきました。国際的な農産品市場の透明性向上を通じた食料安全保障の向上に貢献するべく、日本の情報を共有するとともに、AMISへの事業費の拠出を行っています。
また、日本は、開発途上国の食料生産基盤を強化するため、国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)、国際農業研究協議グループ(CGIAR)、WFPなどの国際機関を通じた農業支援を行っています。例えば、日本は、FAOを通じて、途上国の農業・農村開発に対する技術協力や、食料・農業分野の国際基準・規範の策定、統計の整備に対する支援などを実施しています。2022年4月にはウクライナ国内の小規模農家に種子や肥料などの支援、また7月にはウクライナ情勢の影響を受けたグローバルな食料安全保障への対応のための食料関連支援も行っており、中東・アフリカなどに対する食料関連支援、ウクライナからの穀物輸出を促進するための穀物の簡易貯蔵施設の提供を決定しました。加えて、15の国際農業研究機関からなるCGIARが行う品種開発やデジタル農業技術の導入など、生産力の向上と持続可能性の両立に向けた研究開発を支援しています。
さらに、日本は、こうした農業支援に加えて、国際獣疫事務局(OIE)やFAOを通じた動物衛生の向上にも貢献しています。例えば、鳥インフルエンザ、口蹄(てい)疫、アフリカ豚熱(ASF)などの国境を越えて感染が拡大する動物の感染症に対処するため、OIEとFAOが共同で設置した「越境性動物疾病の防疫のための世界的枠組み(GFTADs)」の下、アジア・太平洋地域を中心に、動物衛生分野での国際機関の取組を支援しています。
用語解説
- フードバリューチェーン
- 農家を始め、種や肥料、農機などの資機材の供給会社、農産物の加工会社、輸送・流通会社、販売会社など多くの関係者が連携して、生産から製造・加工、流通、消費に至る段階ごとに農産物の付加価値を高められるような連鎖をつくる取組。例えば、農産物の質の向上、魅力的な新商品の開発、輸送コストの削減、販売網の拡大による販売機会の増加などがある。
- グローバル・ファイナンシング・ファシリティ(GFF:Global Financing Facility)
- 母子保健分野の資金リソースを拡充するために、2015年に世銀や国連などが立ち上げたイニシアティブ。女性やこどもの栄養状態改善を含む母子保健分野の政策の策定や、実施能力の向上のための技術支援を実施している。策定された計画の実行について、世銀の低利融資などを受けることをGFFによる支援の条件とすることで、資金動員効果を企図している。
- 栄養改善拡充のための日本信託基金
- 重度栄養不良国での栄養対策への投資を拡大し、栄養不良対策の実施のための能力開発を行うことを目的に、2009年に設立された基金。重度栄養不良国に対し、栄養改善に係る政策の策定や、実施能力向上のための技術支援を行い、当該国や世銀などによる栄養関連の投資を後押ししている。
- アフリカ稲作振興のための共同体(CARD:Coalition for African Rice Development)
- 稲作振興に関心のあるアフリカのコメ生産国と連携して活動することを目的とした、ドナー(援助国、アフリカ地域機関、国際機関など)が参加する協議グループ。アフリカにおけるコメ生産拡大に向けた自助努力を支援するため、2008年のTICAD IVにおいて日本が提唱し、立ち上げ、2019年のTICAD 7ではフェーズ2を立ち上げた。
- RICE(Resilience, Industrialization, Competitiveness, Empowerment)アプローチ
- CARDフェーズ2で採用されたサブサハラ・アフリカのコメ生産量倍増のための取組。具体的には、気候変動や人口増に対応した生産安定化、民間セクターと協調した現地における産業形成、輸入米に対抗できる自国産米の品質向上、農家の生計・生活向上のための農業経営体系の構築が挙げられる。
- ネリカ(NERICA:New Rice for Africa)
- 1994年、CGIARのアフリカ稲センター(Africa Rice Center)が、多収量であるアジア稲と雑草や病虫害に強いアフリカ稲を交配することによって開発した稲の総称。アフリカ各地の自然条件に適合するよう、従来の稲よりも(ⅰ)収量が多い、(ⅱ)生育期間が短い、(ⅲ)乾燥(干ばつ)に強い、(ⅳ)病虫害に対する抵抗力がある、などの特長がある。日本は1997年から、国際機関やNGOと連携し、ネリカ稲の新品種の研究開発、試験栽培、種子増産および普及に関する支援を実施するとともに、農業専門家やJICA海外協力隊を派遣した栽培指導や、アフリカ各国の研修員の日本国内での受入れを行っている。
- 小規模農家向け市場志向型農業振興(SHEP:Smallholder Horticulture Empowerment & Promotion)アプローチ
- 2006年に日本がケニアで開始した小規模農家支援のためのアプローチ。野菜や果物などを生産する農家に対し、「作ってから売る」から「売るために作る」への意識変革を促し、営農スキルや栽培スキルの向上によって農家の所得向上を目指すもので、アフリカを中心に世界各国で同アプローチを取り入れた活動を実践している。
- 注80 : 全ての人がいかなるときにも十分で安全かつ栄養ある食料を得ることができる状態のこと。
- 注81 : FAO、IFAD、WFP、UNICEF、およびWHOが共同で作成した報告書。
- 注82 : 2011年に食料価格乱高下への対応策としてG20が立ち上げた、各国や企業、国際機関がタイムリーで正確かつ透明性のある農業・食料市場の情報(生産量や価格など)を共有するためのシステム。