2022年版開発協力白書 日本の国際協力

(3)安定・安全のための支援

国際的な組織犯罪やテロ行為は、引き続き国際社会全体の脅威となっています。こうした脅威に効果的に対処するには、1か国のみの努力では限界があるため、各国による対策強化に加え、開発途上国の司法・法執行分野における能力向上支援などを通じて、国際社会全体で対応する必要があります。

●日本の取組

ア 治安維持能力強化
インドネシアでの技術協力「市民警察活動(POLMAS)全国展開プロジェクト」で通信指令分野の指導を行う日本人専門家(写真:JICA)

インドネシアでの技術協力「市民警察活動(POLMAS)全国展開プロジェクト」で通信指令分野の指導を行う日本人専門家(写真:JICA)

日本の警察は、その国際協力の実績と経験も踏まえ、治安維持の要となる途上国の警察機関に対し知識・技術の移転を行いながら、制度作り、行政能力向上、人材育成などを支援しています。

その一例として、2022年、警察庁は、インドネシアへの専門家の派遣や、アジアやアフリカ、大洋州などの各国からオンラインでの研修を行い、国民に信頼されている日本の警察のあり方を伝授しています。

イ テロ対策

新型コロナの感染拡大によりテロを取り巻く環境も大きく変化しました。パンデミックによる行動制限は、都市部でのテロを減少させましたが、人々の情報通信技術(ICT)への依存が高まり、インターネットやSNSを使った過激派組織による過激思想の拡散が容易になりました。また、もともと国家の統治能力が脆(ぜい)弱だった一部の地域では、パンデミックによってガバナンスが一層低下したことにより、テロ組織の活動範囲が拡大しています。新型コロナ対策のための行動制限の緩和に伴い、テロ攻撃が多発する可能性を指摘する声もあります。

2022年、日本は、テロを取り巻く環境の変化に迅速に対応するため、国際機関を通じて様々なプロジェクトを実施しました。例えば、モルディブの若者や女性を対象とした暴力的過激主義に対する対処能力強化や教育支援を国連開発計画(UNDP)経由(約18万ドル)で実施したほか、新型コロナ感染拡大の状況下におけるテロリストによるオンラインおよびオフラインでの搾取行為に対応するため、国連薬物・犯罪事務所(UNODC)が実施する東南アジア9か国の刑事司法当局の能力向上プロジェクトに45万ドルを拠出しています。

ウ 国際組織犯罪対策

日本は、テロを含む国際的な組織犯罪を防止するための法的枠組みである国際組織犯罪防止条約(UNTOC)の締約国として、同条約に基づく捜査共助などの国際協力を推進しているほか、主に次のような国際協力を行っています。

■違法薬物対策

日本は、国連の麻薬委員会などの国際会議に積極的に参加するとともに、2022年はUNODCへの拠出を通じて、東南アジアや中央アジア地域の国々の関係機関との連携を図り、新規化合物注43を含む違法薬物の流通状況の監視や国境での取締能力の強化を行うほか、薬物製造原料となるけしの違法栽培状況の調査等を継続的に実施し、グローバルに取り組むべき課題として違法薬物対策に積極的に取り組んでいます。

また、警察庁では、アジア太平洋地域を中心とする関係諸国と、薬物情勢、捜査手法および国際協力に関する討議を行い、相互協力体制の構築を図っています。

■人身取引対策

日本は、人身取引注44に関する包括的な国際約束である人身取引議定書や、「人身取引対策行動計画2014」に基づき、人身取引の根絶のため、様々な取組を行っています。また、同行動計画を踏まえて、人身取引対策に関する取組の年次報告を公表し、各省庁・関係機関およびNGOなどとの連携を強化しています。2022年には、人身取引対策のさらなる充実・強化のため、「人身取引対策行動計画2022」を策定しました。

日本は国際移住機関(IOM)への拠出を通じて、日本で保護された外国人人身取引被害者に対して母国への安全な帰国支援や、被害者に対する教育支援、職業訓練などの自立・社会復帰支援を実施しています。また、日本は、二国間での技術協力、UNODCなどの国連機関のプロジェクトへの拠出を通じて、東南アジアや中東の人身取引対策・法執行能力強化に向けた取組に貢献しているほか、人の密輸・人身取引および国境を越える犯罪に関するアジア太平洋地域の枠組みである「バリ・プロセス」への拠出・参加なども行っています。

■国際的な資金洗浄(マネー・ローンダリング)やテロ資金供与対策

国際組織犯罪による犯罪収益は、さらなる組織犯罪やテロ活動の資金として流用されるリスクが高く、こうした不正資金の流れを絶つことも国際社会の重要な課題です。そのため、日本としても、金融活動作業部会(FATF)注45などの政府間枠組みを通じて、国際的な資金洗浄(マネー・ローンダリング)注46やテロ資金供与の対策に係る議論に積極的に参加しています。世界的に有効な資金洗浄やテロ資金供与対策を講じるためには、FATFが定める同分野の国際基準を各国が適切に履行することにより、対策の抜け穴を生じさせない、といった取組が必要です。そのため、資金洗浄やテロ資金供与対策のキャパシティやリソースの不足等を抱える国・地域を支援することは、国際的な資金洗浄やテロ資金供与対策の向上に資することから、日本は、非FATF加盟国のFATF基準の履行確保を担うFATF型地域体の支援等を行っており、特にアジア太平洋地域のFATF型地域体(APG:Asia Pacific Group on Money Laundering)が行う技術支援等の活動を支援しています。

エ 海洋、宇宙空間、サイバー空間などの課題に関する能力強化
■海洋

海洋国家である日本はエネルギー資源や食料の多くを輸入に依存しており、海上輸送における脅威への対処を始めとする海上交通の安全確保は、国家の存立・繁栄に直結する課題です。また、法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序は、日本が推進する「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現のためだけでなく、日本を含む地域全体の経済発展のためにも極めて重要です(「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」実現のための取組については「開発協力トピックス」を参照)。

日本は、海洋における法の支配の確立・促進のため、巡視船の供与や技術協力などを通じ、インド太平洋地域の海上保安機関などの法執行能力の向上を途切れることなく支援しているほか、被援助国の海洋状況把握(MDA)能力向上のための協力も推進しています。具体的には、ベトナム、フィリピンなどに対し、船舶や海上保安関連機材を供与しているほか、インドネシアやマレーシアなどを含むシーレーン沿岸国において、研修・専門家派遣を通じた人材育成も進めています。さらには、ミクロネシア連邦、サモア等の太平洋島嶼(しょ)国に対しても警備艇などの海上保安関連機材の供与を実施しています(フィリピンでの取組について、「案件紹介」を参照)。

また、日本は、アジア地域の海賊・海上武装強盗対策における地域協力促進のため、アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)の策定を主導し、同協定に基づいて設置された情報共有センター(ReCAAP-ISC)の活動を支援しています。2017年からは締約国などの海上法執行機関の能力構築を目的とした包括的な研修を実施しています。2022年は新型コロナによる影響でオンライン開催となりましたが、ReCAAP締約国注47のうち19か国にインドネシアおよびマレーシアを加えた21か国が参加し、各国からベストプラクティスが共有され、参加国の海賊対処関連の知識向上や沿岸国同士の協力促進に資するものとなりました。

アフリカ東部のソマリア沖・アデン湾における海賊の脅威に対しては、日本は2009年から海賊対処行動を実施しています。また、日本は、国際海事機関(IMO)がジブチ行動指針注48の実施のために設立した信託基金に1,553万ドルを拠出しています。この基金により、海賊対策のための情報共有センターや、ジブチ地域訓練センターが設立されています。同地域訓練センターではソマリア周辺国の海上保安能力向上のための訓練プログラムが実施されており、2022年は3月と6月にワークショップが実施されました。

ほかにも、海上保安庁の協力の下で、ソマリア周辺国の海上保安機関職員を招き、「海上犯罪取締り研修」を実施しており、2022年は累計で15か国から18名が参加しました。さらに、日本は、ソマリア海賊問題の根本的な解決にはソマリアの復興と安定が不可欠との認識の下、2007年以降、同国内の基礎的社会サービスの回復、治安維持能力の向上、国内産業の活性化のために累計で約5.5億ドルの支援も実施しています。

シーレーン上で発生する船舶からの油の流出事故は、航行する船舶の安全に影響を及ぼすおそれがあるだけでなく、海岸汚染により沿岸国の漁業や観光産業に致命的なダメージを与えるおそれもあり、こうした事態に対応する能力の強化も重要です。2020年に発生したモーリシャス沿岸における貨物船油流出事故を受けた協力の一環として、2021年2月と8月に、海難防止能力強化に資する機材供与のため、無償資金協力の交換公文に署名しました。8月には沿岸域の生態系の回復・保全および地域漁民・住民の生計回復・向上のための技術協力の実施も決定しました。これらの支援を着実に実施し、引き続き同国の中長期的な経済発展を支援していきます。

そのほかにも、国際水路機関(IHO)では、2009年以降毎年、日本の海上保安庁海洋情報部の運営参画と日本財団の助成の下、開発途上国の海図専門家を育成する研修を英国で実施しており、2021年12月までに41か国から72名の修了生を輩出しています。また、IHOとユネスコ政府間海洋学委員会は、世界海底地形図を作成する大洋水深総図(GEBCO)プロジェクトを共同で実施しており、日本の海上保安庁海洋情報部を含む各国専門家の協力により、世界海底地形図の改訂が進められています。

フィリピン

SDGs16

南シナ海の海上安全の確保に向けて
フィリピン沿岸警備隊海上安全対応能力強化事業(フェーズ2)
有償資金協力(2016年10月~)

フィリピンは、7,000を超える島々と約3.6万kmの海岸線から成る海洋国家であり、海上輸送は同国の経済・社会発展にとって大きな役割を担っています。しかし、旅客や貨物輸送の増加に加えて、船舶の老朽化や過積載等の不適切な運航などにより、2015年には5年前と比べて海難事故件数が倍増していました。また、ヒトやモノの移動の活発化に伴い、海上犯罪のリスクも増加しており、密輸、密漁、テロなどへ対処するための取り締まり強化が重要な課題の一つとなっています。

海上安全確保と海上法執行を担うフィリピン沿岸警備隊(PCG)は、船舶の保有数が絶対的に不足しており、海難事故発生時の緊急対応や密輸などの犯罪に、十分に対応できていませんでした。そこで、日本は、PCGの沖合および沿岸域内における海難救助や海上法執行業務等に係る能力の向上を支援するため、有償資金協力により同国最大規模の97メートル級巡視船注12隻の供与を決定しました。

これら巡視船は、両国関係者の尽力により、新型コロナウイルス感染症による危機を通して本邦内にて建造され、操縦要員の訓練等の準備期間を経て関係者が往来して船の設計や製造の詳細を相談しづらい状況であったにもかかわらず、2022年5月および同年6月にフィリピンにて就役しました。日本の最新鋭技術を駆使して建造された巡視船は、フィリピンを取り巻く海上保安能力を確保し、法の支配に基づく平和と安定の確保を掲げる「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現に貢献することが期待されています。

2022年5月に就役したフィリピン沿岸警備隊巡視船「テレサ・マグバヌア」(写真:JICA)

2022年5月に就役したフィリピン沿岸警備隊巡視船「テレサ・マグバヌア」(写真:JICA)

ドゥテルテ大統領(当時)が巡視船「メルチョラ・アキノ」の就役式で演説をする様子

ドゥテルテ大統領(当時)が巡視船「メルチョラ・アキノ」の就役式で演説をする様子

注1 供与された船は長さ約96.6m、最大速力24ノット、4,000海里以上の航続距離能力を有するほか、排他的経済水域(EEZ)を監視する能力を持つ通信設備やヘリコプター用設備、遠隔操作型の無人潜水機、高速作業艇等、海洋状況の把握と海事法執行活動に必要な装置や機器を装備している。特に、荒天時の救難活動や沖合・沿岸域での巡回業務において重要な役割を担っている。

■宇宙空間
2022年8月12日「きぼう」からモルドバの小型衛星が放出される様子(写真:JAXA/NASA)

2022年8月12日「きぼう」からモルドバの小型衛星が放出される様子(写真:JAXA/NASA)

日本は、宇宙技術を活用した開発協力・能力構築支援の実施により、気候変動、防災、海洋・漁業資源管理、森林保全、資源・エネルギーなどの地球規模課題への取組に貢献しています。また、宇宙開発利用に取り組む新興国の人材育成も積極的に支援しています。特に、日本による国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」を活用した実験環境の提供や小型衛星の放出は国際的に高く評価されています。2022年8月には、「KiboCUBE」プログラム注49を通じて、モルドバ初の小型衛星が放出されました。同国内ではガブリリツァ首相や関係者がライブ中継で放出の様子を見守り、現地における日本の宇宙協力に対する期待の高さがうかがえました。

また、日本は、宇宙新興国に対する能力構築支援をオールジャパンで戦略的・効果的に行うための基本方針を2016年に策定し、宇宙新興国を積極的に支援しています。例えば、アジアやアフリカ、中南米地域の78か国において、人工衛星「だいち2号」による熱帯林のモニタリングシステム(JICA-JAXA熱帯林早期警戒システム:JJ-FAST)を活用した森林モニタリングを実施しています。2022年に開催されたTICAD 8では、日本は、JJ-FASTを活用して、熱帯林を有するアフリカ43か国を対象に森林の定期監視と100名の人材育成を実施するとともに、アフリカ10か国で計800名の森林管理人材を育成することを表明しました。

そのほか、宇宙空間における法の支配の実現に貢献すべく、宇宙新興国に対して国内宇宙関連法令の整備・運用に係る能力構築支援を行っています。日本は2021年5月に国連宇宙部(UNOOSA)の「宇宙新興国のための宇宙法プロジェクト」への協力を発表して以降、アジア太平洋地域の宇宙新興国に対して国内宇宙関連法令の整備および運用面での支援を行い、民間活動を含む自国の宇宙活動を適切に管理・監督するために必要となる法的能力の構築に貢献しています。2022年には、タイ、フィリピンおよびマレーシアに対して個別の法的能力構築支援を実施しました。

■サイバー空間
インドネシアにおける技術協力「サイバーセキュリティ人材育成プロジェクト」で行われたサイバーセキュリティに関する第三国研修の様子(写真:JICA)

インドネシアにおける技術協力「サイバーセキュリティ人材育成プロジェクト」で行われたサイバーセキュリティに関する第三国研修の様子(写真:JICA)

近年、自由、公正かつ安全なサイバー空間に対する脅威への対策が急務となっています。この問題に対処するためには、世界各国の多様な主体が連携する必要があり、開発途上国を始めとする一部の国や地域におけるセキュリティ意識や対処能力が不十分な場合、日本を含む世界全体にとっての大きなリスクとなります。そのため、世界各国におけるサイバー空間の安全確保のための協力を強化し、途上国に対する能力構築のための支援を行うことは、その国への貢献となるのみならず、日本を含む世界全体にとっても有益です。

日本は、日・ASEANサイバー犯罪対策対話や日・ASEANサイバーセキュリティ政策会議を通じてASEANとの連携強化を図っており、2022年もASEAN加盟国とサイバー演習および机上演習を実施しました。また、国際刑事警察機構(インターポール)を通じて、新型コロナの感染拡大の状況下において増大したサイバー空間で行われる犯罪に対処するための法執行機関関係者の捜査能力強化などを支援しました。

このほか、日本が拠出する日・ASEAN統合基金(JAIF)注50を活用し、タイのバンコクに日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センター(AJCCBC)が設立されました。同センターでは、ASEAN各国の政府機関や重要インフラ事業者のサイバーセキュリティ担当者などを対象に実践的サイバー防御演習(CYDER)などが提供されており、ASEANにおけるサイバーセキュリティの能力構築への協力が推進されています。新型コロナの世界的流行の中、持続的な研修実施の観点から、自主学習教材の提供や対面での演習プログラムを全てオンラインで実施可能にしました。2022年10月より対面で研修を再開し、11月には2年ぶりに若手技術者がサイバーセキュリティスキルを競い合うCyber SEA Gameが対面で開催されました。

また、日本は、世界銀行の「サイバーセキュリティ・マルチドナー信託基金(Cybersecurity Multi-Donor Trust Fund)」への拠出も行い、低・中所得国向けのサイバーセキュリティ分野における能力構築支援にも取り組んでいます。

さらに、警察庁では、2017年からベトナム公安省のサイバー犯罪対策に従事する職員に対し、サイバー犯罪への対処などに係る知識・技能の習得および日・ベトナム治安当局の協力関係の強化を目的とする研修を実施しています。

経済産業省も、2018年度から毎年度、日米の政府および民間企業の専門家と協力し、インド太平洋地域向けに、電力やガスなどの重要インフラ分野に用いられる産業制御システムのサイバーセキュリティに関する演習を実施しています。2021年度からはEUも主催者として参加しています。


  1. 注43 : 新しく合成される精神活性物質(NPS:New Psychoactive Substances)、あるいは「危険ドラッグ」とも呼ばれ、規制対象となる薬物(麻薬等)と類似した効果を得るために合成された物質で、合法な医薬品とは認められていないもの、まだ規制されていない向精神性作用を呈する化合物をいう。
  2. 注44 : 人を強制的に労働させたり、売春させたりすることなどの搾取目的で、獲得し、輸送し、引き渡し、蔵匿し、または収受する行為(人身取引議定書第3条(a)参照)。
  3. 注45 : 1989年のG7アルシュ・サミット経済宣言に基づき設置された。
  4. 注46 : 犯罪行為によって得た資金をあたかも合法な資産であるかのように装ったり、資金を隠したりすること。麻薬の密売人が麻薬密売代金を偽名で開設した銀行口座に隠す行為がその一例。
  5. 注47 : インド、英国、オーストラリア、オランダ、韓国、カンボジア、シンガポール、スリランカ、タイ、中国、デンマーク、ドイツ、日本、ノルウェー、バングラデシュ、フィリピン、ブルネイ、米国、ベトナム、ミャンマー、ラオスの21か国。
  6. 注48 : ソマリアとその周辺国の地域協力枠組み。
  7. 注49 : 「きぼう」から超小型衛星を放出する機会を途上国に提供するための、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と国連宇宙部(UNOOSA)の協力枠組み。
  8. 注50 : 注4を参照。
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