第Ⅱ部 課題別の取組

ジブチにおける無償資金協力「タジュラ湾海上輸送能力向上計画」の施工現場にて、現地作業員に指示を出す日本人技術者(写真:JICA)
1 「質の高い成長」の実現に向けた協力
(1)産業基盤整備・産業育成、経済政策
「質の高い成長」注1のためには、発展の基盤となるインフラ(経済社会基盤)の整備が重要です。また、民間部門が中心的役割を担うことが鍵となり、産業の発展や貿易・投資の増大など民間活動が活発になることが不可欠です。しかし、開発途上国では、貿易を促進し民間投資を呼び込むための能力構築や環境整備を行うことが困難な場合があり、国際社会からの支援が求められています。
●日本の取組
■質の高いインフラ


日ASEAN連結性イニシアティブに資する協力。インドネシア初の地下鉄「MRT南北線」の建設で技術指導をする様子(写真左:JICA)、日本の支援でオーバーホールを実施したフィリピン首都圏鉄道3号線(MRT3号線)の車両(写真右:JICA)
開発途上国には依然として膨大なインフラ需要があり、2040年までのインフラ需給ギャップは約15兆ドルとも推計されています注2。しかし、途上国において、「質の高い成長」を実現するためには、ただ多くのインフラを整備するだけでなく、開放性、透明性、ライフサイクルコストからみた経済性、債務持続可能性等を考慮した「質の高いインフラ」解説を整備する必要があります。
日本は、途上国の経済・開発戦略に沿った形で「質の高いインフラ」を整備し、これを管理、運営するための人材を育成しています。技術移転や雇用創出を含めながら、途上国の「質の高い成長」に真に役立つインフラ整備を支援できることは、日本の強みです。
日本は、各国や国際機関とも連携し、2019年のG20大阪サミットで承認された「質の高いインフラ投資に関するG20原則」注3の普及・実施に取り組んでいます。「質の高いインフラ投資」の重要性については、様々な二国間会談や多国間会議の場において確認されてきています。
2022年6月の経済協力開発機構(OECD)閣僚理事会では、三宅外務大臣政務官(当時)から、国際ルール・スタンダードに基づかない不透明・不公正な開発金融によりアフリカの成長が妨げられないような環境作りが必要であり、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」の実施が重要である旨を指摘しました。閣僚声明においては、グローバル・ゲートウェイ戦略注4やブルー・ドット・ネットワーク認証枠組み注5などのOECD加盟国のアプローチに留意しつつ、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」のフォローアップに期待することが確認されました。
2022年6月のG7エルマウ・サミットでは、グローバル・インフラ投資パートナーシップ(PGII)注6が立ち上げられました。2022年11月のG20バリ・サミットに際し行われた同パートナーシップに関するサイドイベントでは、岸田総理大臣から、質の高いインフラ投資の具体的な事例の紹介を通じて、日本は、インフラ整備を通じた投資環境の改善や人づくりを行っていることを述べました。また、インフラの整備とそのための開発金融は、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」に沿って国際ルールやスタンダードを遵守した透明で公正な形で行われることが重要である旨を述べるとともに、2023年のG7日本議長国下でも、質の高いインフラ投資をさらに促進し、パートナーの国々と連携して、各国の自立的な成長を後押ししていく決意である旨を述べました。G20バリ首脳宣言においては、G20のために作成された「質の高いインフラ投資指標集」を支持する旨が確認されたほか、同指標をいかに適用できるかについてのさらなる議論を期待する旨が表明されました。
2020年11月の日ASEAN首脳会議では、2兆円規模の質の高いインフラプロジェクトを中心とする「日ASEAN連結性イニシアティブ」を立ち上げ、インフラ整備を通じて陸海空の回廊による連結性を強化し、3年間で1,000人の人材を育成していくことを発表しました。2021年8月には、日本製車両を導入したタイ都市鉄道レッドラインが開通しました。
日本政府は今後も、世界の質の高い成長のため、「質の高いインフラ投資に関するG20原則」を国際社会全体に普及させ、アジアを含む世界の国々や世界銀行、アジア開発銀行(ADB)、OECD等の国際機関と連携し、「質の高いインフラ投資」の実施に向けた取組を進めていく考えです。
■貿易・投資環境整備

無償資金協力により架け替えが行われているギニアのスンバ橋の工事現場で、日本人専門家が測量方法を教えている様子(写真:大日本土木株式会社)

日本の支援で整備されたタンザニアとケニアの国境のワンストップ・ボーダーポスト(OSBP)施設。手前が出入国管理で、奥に税関があり、ケニアからの出国、タンザニアへの入国がワンストップで手続きできる。(写真:JICA)
日本は、ODAやその他の公的資金(OOF)解説を活用して、開発途上国内の中小企業の振興や日本の産業技術の移転、経済政策のための支援を行っています。また、日本は途上国の輸出能力や競争力を向上させるため、貿易・投資の環境や経済基盤の整備も支援しています。
2022年8月にチュニジアで開催された第8回アフリカ開発会議(TICAD 8)注7では、質の高いインフラ整備や国境でのワンストップ・ボーダーポスト整備を通じたアフリカの社会基盤整備に加えて、地域としての連結性強化に資する取組などを打ち出しました。
日本市場への参入に関しては、日本は途上国産品の輸入を促進するため、一般の関税率よりも低い税率を適用するという一般特恵関税制度(GSP)を導入しています。特に後発開発途上国(LDCs)解説に対しては特別特恵関税制度を導入し、無税無枠措置解説をとっています。また日本は、経済連携協定(EPA)解説や投資協定を積極的に推進しています。これらの協定により、貿易・投資の自由化および保護を通じたビジネス環境の整備が促進され日本企業の途上国市場への進出を後押しし、ひいては、途上国の経済成長にも資することが期待されます。
日本を含む先進国による支援をさらに推進するものとして、世界貿易機関(WTO)やOECDを始めとする様々な国際機関等において「貿易のための援助(AfT)」解説に関する議論が活発になっています。日本は、AfTを実施する国際貿易センター(ITC)などに拠出し、途上国が貿易交渉を進め、国際市場に参入するための能力を強化すること、およびWTO協定を履行する能力を付けることを目指しています。2022年には、日本はITCを通じて、アフリカの女性起業家に対する電子商取引の活用に向けた支援、ナイジェリアにおけるワクチンの生産および配布の拡大に向けた技術協力を行っています。
日本は、途上国が貿易を行うために重要な港湾、道路、橋などの輸送網の整備、発電所・送電網などの建設事業への資金の供与といったインフラ支援、および税関職員、知的財産権の専門家の教育などの貿易関連分野における技術協力を実施しています。例えば、インドネシアでは、西ジャワ州・パティンバン港において、円借款や技術協力を活用し、かつ日本企業の協力の下で、2018年から港湾開発およびアクセス道路整備を進めています。2021年12月には日本企業が出資する現地企業による自動車ターミナルの本格運営が開始されるなど、物流改善等に向けた官民両面での協力が進展しています(南スーダンおよびルワンダでの日本のインフラ支援について、「国際協力の現場から1」および「案件紹介」を参照)。
また、税関への支援に関しては、ASEAN諸国を中心に、日本の税関の専門的知識や技術などの共有を通じて、税関の能力向上を目的とした支援を積極的に行っています。また、世界税関機構(WCO)への拠出金を通じて、WCOが有する国際標準の導入や各国のベスト・プラクティスの普及の促進を通じた、国際貿易の円滑化および安全確保の両立等のための能力構築支援活動に貢献しています。さらに、日本の税関出身のJICA長期専門家をASEAN6か国注8に派遣し、ニーズに応じた支援を実施するとともに、アフリカではJICA/WCO合同プロジェクトとして、各国税関で指導的役割を担う教官を育成するプログラム(マスタートレーナープログラム)を実施しています。このプログラムは、2021年からは太平洋島嶼(しょ)国にも拡大して実施しています。
さらに、途上国の小規模生産グループや小規模企業に対して、「一村一品キャンペーン」解説への支援も行っています。また、途上国へ民間からの投資を呼び込むため、途上国特有の課題を調査し、投資を促進するための対策を現地政府に提案・助言するなど、民間投資を促進するための支援も進めています。
持続可能な開発目標(SDGs)の推進

国際社会は貧困・格差、テロ、難民・避難民、感染症、自然災害、気候変動、環境問題など、国境を越える様々な課題に直面しています。新型コロナウイルス感染症の拡大、ロシアによるウクライナ侵略により、食料・エネルギー安全保障などが相互に関連する複合的なリスクとなり、脆(ぜい)弱な状況にある人々ほど大きな打撃を受け、人間の安全保障が脅かされています。
2015年9月に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)解説は、誰一人取り残すことなく、平和、法の支配や人権も含む、地球規模課題に統合的に取り組むための国際社会全体の目標です。日本は、相互に関連する複合的リスクへの対応および予防に取り組み、国際社会のSDGs達成に貢献します。
SDGsの達成のためには、旧来の先進国と開発途上国という区別を越えた国際社会の連携が必要です。また、政府や開発機関のみならず、民間企業、地方公共団体、研究機関、市民社会、そして個人などあらゆる主体の行動が求められています。日本政府は、ODAを触媒として様々な取組をつなぎ、厚みのあるアプローチによって、途上国を含む国際社会全体でSDGsを達成できるよう様々な面から支援しています。
日本政府は総理大臣を本部長とし、全閣僚を構成員とする「SDGs推進本部」を立ち上げ、SDGs推進の方向性を定めた「SDGs実施指針」の策定や具体的な施策を取りまとめた「SDGsアクションプラン」の実施などを通じ、SDGs達成のための取組を国内外で精力的に行っています。
■国内資金動員支援
開発途上国が、自らのオーナーシップ(主体的な取組)で様々な開発課題を解決し、質の高い成長を達成するためには、途上国が必要な開発資金を税収などの形で、自らの力で確保していくことが重要です。これを「国内資金動員」といい、SDGsを達成するための開発資金が不足する中、重要性が指摘されています。
日本は、国際機関等とも協働しながら、この分野の議論に貢献するとともに、関連の支援を途上国に対して提供しています。例えば、日本は、途上国の税務行政の改善等を目的とした技術協力に積極的に取り組んでおり、2022年には、納税者管理、国際課税、徴収などの分野について、フィリピン、ベトナム、ラオスなどで、国税庁の職員が、JICA長期専門家として活動しました。このほか、途上国の税務職員等を対象に、国際税務行政研修(ISTAX)やアジア国際課税研修などを実施しています。また、IMFやアジア開発銀行(ADB)が実施する国内資金動員を含む税分野の技術支援についても、人材面・知識面・資金面における協力を行っており、アジア地域を含む途上国における税分野の能力強化に貢献しています。
また、多国籍企業等による過度な節税対策の防止に取り組むOECD/G20 BEPSプロジェクト解説の実施も、途上国の持続的な発展にとって重要です。このプロジェクトを各国が協調して実施することで、途上国は、多国籍企業の課税逃れに適切に対処し、自国において適正な税の賦課徴収ができるようになるとともに、税制・税務執行が国際基準に沿ったものとなり、企業や投資家にとって、安定的で予見可能性の高い、魅力的な投資環境が整備されることとなります。現在、BEPSプロジェクトで勧告された措置を実施する枠組みには、途上国を含む140を超える国・地域が参加しています。この枠組みの下、2021年10月に、経済のグローバル化およびデジタル化に伴う課税上の課題に対応するための2本の柱注9からなる解決策が合意されました。本合意が迅速に実施されるよう多数国間条約の策定や国内法の改正等の作業を進めることとされています。
■金融
開発途上国の持続的な経済発展にとって、健全かつ安定的な金融システムや円滑な金融・資本市場は必要不可欠な基盤です。金融のグローバル化が進展する中で、新興市場国における金融システムを適切に整備し、健全な金融市場の発展を支援することが大切です。
こうした考えの下、金融庁は、日本の金融・資本市場の規制・監督制度や取組等に関する新興国金融行政研修を実施しました。具体的には、「保険監督者セミナー」を2022年1月から3月に、「銀行監督者セミナー」を7月から11月にかけて、それぞれオンデマンド形式注10で実施し、計7か国107名が参加しました。
用語解説
- 質の高いインフラ
- 自然災害などに対する「強靭(じん)性」、誰一人取り残されないという「包摂性」、社会や環境への影響にも配慮した「持続可能性」を有し、真に「質の高い成長」に資するインフラのこと。2019年6月のG20大阪サミットにて、(1)開放性、(2)透明性、(3)ライフサイクルコストから見た経済性、(4)債務持続可能性といった、「質の高いインフラ」への投資にあたっての重要な要素を盛り込んだ「質の高いインフラ投資に関するG20原則」が承認された。
- その他の公的資金(OOF:Other Official Flows)
- 政府による開発途上国への資金の流れのうち、開発を主たる目的とはしない、条件の緩やかさが基準に達していないなどの理由でODAには当てはまらないもの。輸出信用、政府系金融機関による直接投資、国際機関に対する融資などを指す。
- 後発開発途上国(LDCs:Least Developed Countries)
- 国連による途上国の所得別分類で、途上国の中でも特に開発が遅れており、2017年から2019年の一人当たりの国民総所得(GNI)が平均で1,018ドル以下などの基準を満たした国々。2022年現在、アジア9か国、アフリカ33か国、中南米1か国、大洋州3か国の46か国が該当する。
- 無税無枠措置
- 後発開発途上国(LDCs)からの輸入産品に対し、原則無税とし、数量制限も行わないとする措置。日本はこれまで、同措置の対象品目を拡大してきており、全品目の約98%を無税無枠で輸入可能としている。
- 経済連携協定(EPA:Economic Partnership Agreement)
- 特定の国や地域の間で物品の関税やサービス貿易の障壁等を削減・撤廃することを目的とする自由貿易協定(FTA:Free Trade Agreement)に加え、投資、人の移動、知的財産の保護や競争政策におけるルール作り、様々な分野での協力の要素等を含む、幅広い経済関係の強化を目的とする協定。このような協定によって、国と国との貿易・投資がより活発になり、さらなる経済成長につながることが期待される。
- 貿易のための援助(AfT:Aid for Trade)
- 途上国がWTOの多角的貿易体制の下で、貿易を通じて経済成長と貧困削減を達成することを目的として、途上国に対し、貿易関連の能力向上のための支援やインフラ整備の支援を行うもの。WTOでは、途上国が多角的な自由貿易体制に参加することを通じて開発を促進することが重視されている。
- 持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)
- ミレニアム開発目標(MDGs、2001年)の後継として、2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、2030年までに持続可能でより良い世界を目指す国際目標。17のゴール・169のターゲットから構成される。
- 一村一品キャンペーン
- 1979年に大分県で始まった取組で、地域の資源や伝統的な技術をいかし、その土地独自の特産品の振興を通じて、雇用創出と地域の活性化を目指すものであり、海外でも活用されている。一村一品キャンペーンでは、アジア、アフリカなど、途上国の民族色豊かな手工芸品、織物、玩具を始めとする魅力的な商品を掘り起こし、より多くの人々に広めることで、途上国の商品の輸出向上を支援している。
- OECD/G20 BEPSプロジェクト
- BEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)とは、多国籍企業等が租税条約を含む国際的な税制の隙間・抜け穴を利用した過度な節税対策により、本来課税されるべき経済活動を行っているにもかかわらず、意図的に税負担を軽減している問題を指す。BEPSプロジェクトは、こうした問題に対処するため、2012年6月にOECD租税委員会が立ち上げたもので、公正な競争条件を確保し、国際課税ルールを世界経済および企業行動の実態に即したものとするとともに、各国政府・グローバル企業の透明性を高めるために国際課税ルール全体を見直すことを目指している。
- 注1 : 成長の果実が社会全体に行き渡り、誰一人取り残されない「包摂性」、社会や環境と調和しながら継続できる「持続可能性」、経済危機や自然災害などの様々なショックに対する「強靱(じん)性」を兼ね備えた成長(開発協力大綱)。
- 注2 : G20グローバル・インフラストラクチャー・ハブ(GIH)による推計。
- 注3 : 用語解説「質の高いインフラ」を参照。
- 注4 : 2021年12月に欧州委員会が発表した、民主的価値と高い水準、良いガバナンスと透明性、対等なパートナーシップ、環境への配慮と負荷の低減、安全なインフラを促進する投資、および民間投資を刺激するような投資の増加を目指す新たな戦略。
- 注5 : 2019年11月以来、米国が主導する形で、日本、米国、オーストラリアが創設を目指す、途上国における質の高いインフラ案件に国際的な認証を与えるための枠組み。
- 注6 : G7が連携して質の高いインフラ投資を促進するためのイニシアティブ。2022年6月のG7エルマウ・サミットで立ち上げ。同サミットの際、今後5年間で、質の高いインフラに特に焦点を当てた公的および民間投資において最大6,000億ドルを共同で動員することを目指す旨を表明。
- 注7 : 「開発協力トピックス」を参照。
- 注8 : カンボジア、フィリピン、マレーシア、ミャンマー、ラオス、タイの6か国。
- 注9 : 「第1の柱」は、大規模・高利益水準のグローバル企業について、物理的拠点の有無にかかわらず、市場国でも課税を行えるようにするための国際課税原則の見直し。「第2の柱」は、法人税の引下げ競争に歯止めをかける観点等からのグローバル・ミニマム課税の導入。
- 注10 : オンデマンド形式とは、あらかじめ撮影・編集しておいた動画研修教材を、動画配信用のサーバー等にアップロードしておき、参加者が好きなタイミングでセミナーを受講することができる配信形式。