2021年版開発協力白書 日本の国際協力

(3)安定・安全のための支援

国際的な組織犯罪やテロ行為は、引き続き国際社会全体の脅威となっています。こうした脅威に効果的に対処するには、1か国のみの努力では限界があるため、各国による対策強化に加え、開発途上国の司法・法執行分野における能力向上支援などを通じて、国際社会全体で対応する必要があります。

●日本の取組

ア 治安維持能力強化
インドネシアでの技術協力「市民警察活動(POLMAS)全国展開プロジェクト」で現場指紋採取に関する指導が行われている様子(写真:JICA)

インドネシアでの技術協力「市民警察活動(POLMAS)全国展開プロジェクト」で現場指紋採取に関する指導が行われている様子(写真:JICA)

日本の警察は、その国際協力の実績と経験も踏まえ、治安維持の要となる開発途上国の警察機関に対し知識・技術の移転を行いながら、制度づくり、行政能力向上、人材育成などを支援しています。

その一例として、2021年、警察庁では、インドネシアへの専門家の派遣や、アジアやアフリカ、大洋州などの各国からオンラインで研修員の受入れを行い、国民に信頼されている日本の警察のあり方を伝授しています。

イ テロ対策

新型コロナの感染拡大によりテロを取り巻く環境も大きく変化しました。パンデミックによる行動制限は、都市部でのテロを減少させましたが、もともと国家の統治能力が脆弱(ぜいじゃく)だった一部の地域では、パンデミックによってガバナンスが一層低下したことにより、テロ組織の活動範囲が拡大しています。

2021年、日本は、テロを取り巻く環境の変化に迅速に対応するべく、国際機関を通じて様々なプロジェクトを実施しました。たとえば、モルディブでは、若者や女性を対象とした暴力的過激主義に対する対処能力強化や教育支援をUNDP経由で実施したほか、UN Womenを通じフィリピンなどで女性リーダー育成などの社会統合強化支援、また、欧州評議会を通じて、コロナ禍で増大したサイバー空間で行われる犯罪に対処するための司法当局関係者の訴追能力強化支援などを実施しました。

ほかにも、日本は、2021年度、UN Womenがタイおよびバングラデシュにおいて実施する、暴力的過激主義やヘイトスピーチの予防対策および対話を通じた女性の平和・安全保障への参画促進を図るプロジェクトに57万ドル、UNODCが実施する東南アジアと南アジアの7か国における刑務所内でのリハビリ、社会復帰、社会内処遇の促進を通じた過剰収容対策に関するプロジェクトに70万ドルを拠出するなどしています。

ウ 国際組織犯罪対策

日本は、テロを含む国際的な組織犯罪を防止するための法的枠組みである国際組織犯罪防止条約(UNTOC)の締約国として、同条約に基づく捜査共助などによる国際協力を推進しているほか、主に次のような国際協力を行っています。

■薬物取引対策

日本は国連の麻薬委員会などの国際会議に積極的に参加するとともに、2021年はUNODCへの拠出を通じて、国境における薬物取締りの能力強化や薬物に代わる作物の生産などの支援を行い、世界各地に拡散する不正薬物対策に取り組んでいます。

また、警察庁では、アジア太平洋地域を中心とする関係諸国と、薬物情勢、捜査手法および国際協力に関する討議を行い、相互協力体制の構築を図っています。

■人身取引対策

日本は、人身取引(性的サービスや労働の強要等)注33に関する包括的な国際約束である人身取引議定書や、「人身取引対策行動計画2014」に基づき、人身取引の根絶のため、様々な取組を行っています。また、同行動計画を踏まえて、人身取引対策に関する取組の年次報告を公表し、各省庁・関係機関およびNGOなどとの連携を強化しています。

2021年、日本はIOMへの拠出を通じて、日本で保護された外国人人身取引被害者に対して母国への安全な帰国支援や、被害者に対する教育支援、職業訓練などの自立・社会復帰支援を実施しています(「国際協力の現場から」も参照)。また、日本は、二国間での技術協力、UNODCやUN Womenなどの国連機関のプロジェクトへの拠出を通じて、主に東南アジアの人身取引対策および被害者保護に向けた取組に貢献しているほか、人の密輸・人身取引および国境を越える犯罪に関するアジア太平洋地域の枠組みである「バリ・プロセス」への拠出・参加なども行っています。

■資金洗浄対策など

国際組織犯罪による犯罪収益は、さらなる組織犯罪やテロ活動の資金として流用されるリスクが高く、こうした不正資金の流れを絶つことも国際社会の重要な課題です。そのため、日本としても、金融活動作業部会(FATF)注34などの政府間枠組みを通じて、国際的な資金洗浄(マネーロンダリング)注35やテロ資金供与の対策に係る議論に積極的に参加しています。

エ 海洋、宇宙空間、サイバー空間などの課題に関する能力強化
■海洋
海上保安庁の海上保安能力向上支援のための職員がベトナム海上警察の職員に立入検査について講義を行う様子(写真:海上保安庁)

海上保安庁の海上保安能力向上支援のための職員がベトナム海上警察の職員に立入検査について講義を行う様子(写真:海上保安庁)

海洋国家である日本はエネルギー資源や食料の多くを海上輸送に依存しており、海上の脅威への対処を始め、海上交通の安全確保は国家の存立・繁栄に直結する課題です。また、法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序は、日本が推進する「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現のためだけでなく、日本を含む地域全体の経済発展のためにも極めて重要です(自由で開かれたインド太平洋(FOIP)実現のための取組については「開発協力トピックス」を参照)。

日本は、海洋における法の支配の確立・促進のため、巡視船の供与や技術協力などを通じ、インド太平洋地域の海上保安機関などの法執行能力の向上を途切れなく支援しているほか、被援助国の海洋状況把握(MDA)能力向上のための協力も推進しています。具体的には、ベトナム、フィリピンなどに対し、船舶や海上保安関連機材を供与しているほか、インドネシアやマレーシアなどを含むシーレーン沿岸国において、研修・専門家派遣を通じた人材育成も進めています。また、2020年11月に開催された第12回日メコン首脳会議において、菅総理大臣(当時)から「5つの協力」の一つとして、メコン諸国のMDA能力向上のための情報集約ウェブポータルを提供するとともに人材育成を行う旨を発表し、着実に実施しています。

また、日本は、アジア地域の海賊・海上武装強盗対策における地域協力促進のため、アジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)の策定を主導し、同協定に基づいて設置された情報共有センター(ReCAAP-ISC)の活動を支援しています。2017年からは日本が主導し、ReCAAP-ISCと共催で、締約国などの海上法執行機関の能力構築を目的とした包括的な研修を実施しています。2021年は新型コロナによる影響でオンライン開催となりましたが、23か国が参加しました。

アフリカ東部のソマリア沖・アデン湾における海賊の脅威に対しては、日本は2009年から海賊対処行動を実施しています。また、日本は、国際海事機関(IMO)がジブチ行動指針注36の実施のために設立した信託基金に1,553万ドルを拠出しています。この基金により、海賊対策のための情報共有センターや、ジブチ地域訓練センターが設立され、同地域訓練センターではソマリア周辺国の海上保安能力向上のための訓練プログラムが実施されています。

ほかにも、海上保安庁の協力の下で、ソマリア周辺国の海上保安機関職員を招き、「海上犯罪取締り研修」を実施しており、2021年は26か国から33名が参加しました。さらに、日本は、ソマリア海賊問題の根本的な解決にはソマリアの復興と安定が不可欠との認識の下、2007年以降、同国内の基礎的社会サービスの回復、治安維持能力の向上、国内産業の活性化のために約5億ドルの支援も実施しています。

シーレーン上で発生する船舶からの油の流出事故は、航行する船舶の安全に影響を及ぼすおそれがあるだけでなく、海岸汚染により沿岸国の漁業や観光産業に致命的なダメージを与えるおそれもあり、こうした事態に対応する能力の強化も重要です。2020年に発生したモーリシャス沿岸における貨物船油流出事故においては、日本は3回にわたって国際緊急援助隊を派遣し、油の流出状況の調査や油防除作業のほか、環境分野に関する支援活動を行いました。また、2021年2月と8月に、海難防止能力強化に資する機材供与のため、無償資金協力の交換公文に署名するとともに、8月には沿岸域の生態系の回復・保全および地域漁民・住民の生計回復・向上のための技術協力の実施も決定しました。これらの支援を着実に実施し、引き続き同国の中長期的な経済発展を支援していきます。

そのほかにも、国際水路機関(IHO)では、2009年以降毎年、日本の海上保安庁海洋情報部の運営参画と日本財団の助成の下、開発途上国の海図専門家を育成する研修を英国で実施しており、2021年12月までに41か国から72名の修了生を輩出しています。また、IHOとユネスコ政府間海洋学委員会は、世界海底地形図を作成する大洋水深総図(GEBCO)プロジェクトを共同で実施しており、日本の海上保安庁海洋情報部を含む各国専門家の協力により、世界海底地形図の改訂が進められています。

■宇宙空間
2021年6月22日に「きぼう」からモーリシャスの超小型衛星が放出される様子(写真:JAXA/NASA)

2021年6月22日に「きぼう」からモーリシャスの超小型衛星が放出される様子(写真:JAXA/NASA)

日本は、宇宙技術を活用した開発協力・能力構築支援の実施により、気候変動、防災、海洋・漁業資源管理、森林保全、資源・エネルギーなどの地球規模課題への取組に貢献しています。また、宇宙開発利用に取り組む新興国や開発途上国の人材育成も積極的に支援しています。特に、日本による国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」を活用した実験環境の提供や小型衛星の放出は国際的に高く評価されています。2021年6月には、「KiboCUBE」プログラム注37を通じて、モーリシャス初の小型衛星が放出されました。同国内ではプラヴィン・クマール・ジャグナット首相や関係者がライブ中継で放出の様子を見守り、現地における日本の宇宙協力に対する期待の高さがうかがえました。

また、日本は、宇宙分野における途上国に対する能力構築支援をオールジャパンで戦略的・効果的に行うための基本方針を2016年に策定し、積極的な支援を行っています。たとえば、アジアやアフリカ、中南米において、人工衛星「だいち2号」による熱帯林のモニタリングシステム(JICA-JAXA熱帯林早期警戒システム:JJ-FAST)を活用した森林モニタリングを実施しています。2021年2月および10月には、JICAによる課題別研修「JJ-FASTと衛星技術を活用した熱帯林管理」が開催され、世界各国からの参加者がJJ-FASTの活用方法などを学びました。

そのほか、宇宙空間における法の支配の実現に貢献すべく、途上国に対して国内宇宙関連法令の整備・運用に係る能力構築支援を行っています。2021年5月、日本は国連宇宙部(UNOOSA)の「宇宙新興国のための宇宙法プロジェクト」への協力を発表し、アジア太平洋地域の宇宙新興国に対して、国内宇宙関連法令の整備および運用面での支援を行い、民間活動を含む自国の宇宙活動を適切に管理・監督するために必要となる法的能力の構築に貢献しています。

■サイバー空間
アジアの国々が参加して行われたオンラインの課題別研修「サイバー攻撃防御演習」の様子(写真:JICA)

アジアの国々が参加して行われたオンラインの課題別研修「サイバー攻撃防御演習」の様子(写真:JICA)

近年、自由、公正かつ安全なサイバー空間に対する脅威への対策が急務となっています。この問題に対処するためには、世界各国の多様な主体が連携する必要があり、開発途上国をはじめとする一部の国や地域におけるセキュリティ意識や対処能力が不十分な場合、日本を含む世界全体にとっての大きなリスクとなります。そのため、世界各国におけるサイバー空間の安全確保のための協力を強化し、途上国に対する能力構築のための支援を行うことは、その国への貢献となるのみならず、日本を含む世界全体にとっても有益です。

日本は、日・ASEANサイバー犯罪対策対話や日・ASEANサイバーセキュリティ政策会議を通じてASEANとの連携強化を図っており、2021年もASEAN加盟国とサイバー演習および机上演習を実施しました。

このほか、日本が拠出する日・ASEAN統合基金(JAIF)注38を活用し、タイのバンコクに日ASEANサイバーセキュリティ能力構築センターが設立されました。同センターでは、ASEAN各国の政府機関や重要インフラ事業者のサイバーセキュリティ担当者などを対象に実践的サイバー防御演習(CYDER)などが提供されており、ASEANにおけるサイバーセキュリティの能力構築への協力が推進されています。新型コロナの世界的流行の中、持続的な研修実施の観点から、自主学習教材の提供やオンサイトでの演習プログラムをすべてオンラインで実施可能にし、2021年9月にはオンラインで従来どおりのトレーニングを開催しました。

さらに、日本は、2021年、世界銀行の「サイバーセキュリティ・マルチドナー信託基金(Cybersecurity Multi-Donor Trust Fund)」への拠出も行い、低・中所得国向けのサイバーセキュリティ分野における能力構築支援にも取り組んでいます。

また、警察庁では、2017年からベトナム公安省のサイバー犯罪対策に従事する職員に対し、サイバー犯罪への対処などに係る知識・技能の習得および日ベトナム治安当局の協力関係の強化を目的とする研修を実施しています。

経済産業省も、2018年度から毎年度、日米の政府および民間企業の専門家と協力し、インド太平洋地域向けに、電力やガスなどの重要インフラ分野に用いられる産業制御システムのサイバーセキュリティに関する演習を実施しています。2021年度からはEUも主催者として参加しています。


  1. 注33 : 人を強制的に労働させたり、売春させたりすることなどの搾取の目的で、獲得、輸送、引き渡し、蔵匿、または収受する行為(人身取引議定書第3条参照)。
  2. 注34 : 1989年のG7アルシュ・サミット経済宣言に基づき設置された。
  3. 注35 : 犯罪行為によって得た資金をあたかも合法な資産であるかのように装ったり、資金を隠したりすること。麻薬の密売人が麻薬密売代金を偽名で開設した銀行口座に隠す行為がその一例。
  4. 注36 : ソマリアとその周辺国の地域協力枠組み。
  5. 注37 : 「きぼう」から超小型衛星を放出する機会を途上国に提供するための、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と国連宇宙部(UNOOSA)の協力枠組み。
  6. 注38 : 注4を参照。
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