2015年版開発協力白書 日本の国際協力

(3)万人のための質の高い教育

教育は、貧困削減のために必要な経済社会開発において重要な役割を果たします。また個人個人が持つ才能と能力を伸ばし、尊厳を持って生活することを可能にし、他者や異文化に対する理解を育み、平和の礎となります。ところが、普遍的な初等教育の普及は2015年を達成期限としたミレニアム開発目標(MDGs)にも含まれていましたが、未だ世界には学校に通うことのできない子どもが約5,700万人もいます。また、紛争の影響下にある国や地域で学校に通えない児童の割合が1999年は30%であったものが2012年には36%に上昇しているなど、新たな問題も指摘されています。(注33

このような状況を改善するために、2015年5月に韓国(仁川(インチョン))で開催された「世界教育フォーラム2015」では、2015年より先の教育についての提言をまとめた「インチョン宣言」が発表され、国際社会に教育普及のための努力を呼びかけています。

また、MDGsの後継として国連で採択された、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」においても、MDGsの残された課題としての「教育」に対応すべく、持続可能な開発目標(SDGs)の目標4として「すべての人々への包摂(ほうせつ)的かつ公正な質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」が掲げられています。

国際社会では、これまで「万人(ばんにん)のための教育(EFA)」実現に向けて取組を進めてきましたが、今後はより包括的な目標4の達成を目指し、2015年11月に開催された「教育2030ハイレベル会合」において、「教育2030行動枠組」が採択されました。

 

< 日本の取組 >

ミャンマー・ヤンゴン市のヤンキン教育大学付属校にて、プロジェクト作成の新教科書のパイロット授業をうける児童たち。図工で、お互いの書いた絵を見せあっている(写真:山岡智亙/JICA)

ミャンマー・ヤンゴン市のヤンキン教育大学付属校にて、プロジェクト作成の新教科書のパイロット授業をうける児童たち。図工で、お互いの書いた絵を見せあっている(写真:山岡智亙/JICA)

日本は従前から、「国づくり」と「人づくり」を重視して、開発途上国の基礎教育や高等教育、職業訓練の充実などの幅広い分野において教育支援を行っています。

2015年9月の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」採択のための国連サミットに合わせ、日本は教育分野における新たな戦略である「平和と成長のための学びの戦略」を発表しました。新しい戦略は2015年2月に閣議決定された開発協力大綱の教育分野の課題別政策として策定されたもので、策定に当たり、開発教育専門家や教育支援NGO、関連国際機関等と幅広く意見交換を行いました。新戦略では基本原則として①包摂的かつ公正な質の高い学びに向けた教育協力、②産業・科学技術人材育成と社会経済開発の基盤づくりのための教育協力、③国際的・地域的な教育協力ネットワークの構築と拡大を挙げ、学び合いを通じた質の高い教育の実現を目指しています。今後、新戦略に基づき教育分野の支援に一層貢献していきます。

2015年3月には、米国と共に女子教育支援推進を謳(うた)った「世界における女子教育を推進するための日本と米国の協力」を発表したほか、2015年11月に採択されたEFA行動枠組の後継行動枠組策定に向けた議論にも積極的に貢献しています。

ボツワナ東部に位置するマハラペ地域のムパシャララ小学校にて、草の根・人間の安全保障無償資金協力により電化された校舎で学ぶ児童たち(写真:ジョンストンゆかり/在ボツワナ日本大使館)

ボツワナ東部に位置するマハラペ地域のムパシャララ小学校にて、草の根・人間の安全保障無償資金協力により電化された校舎で学ぶ児童たち(写真:ジョンストンゆかり/在ボツワナ日本大使館)

また、初等教育を完全普及することを目指す国際的な枠組みである「教育のためのグローバル・パートナーシップ(GPE)」に関しては、2016年より先のGPEの新戦略計画策定の議論や改革への取組に積極的に参加してきています。そして、GPEの関連基金に対して、2007年度から2014年度までに総額約2,060万ドルを拠出しました。

アフリカに対しては、2013年6月に開催されたTICAD(ティカッド) V(注34)において、理数科教育の支援拡充や学校運営改善プロジェクトの拡充等を通じて、2013年からの5年間で新たに2,000万人の子どもに対して質の高い教育環境を提供することを表明し、その着実な実施に努めています。

さらに、アジア・太平洋地域の教育の充実と質の向上に貢献するため、国連教育科学文化機関(UNESCO(ユネスコ))(注35)に信託基金を拠出し、識字教育等のためのコミュニティ・ラーニングセンターの運営能力の向上等の事業を実施しています。

アフガニスタンでは、約30年間にわたる内戦の影響を受け、非識字人口が約1,100万人(人口の4割程度)と推定されており、アフガニスタン政府は、国民に対する識字教育を推進しています。日本は、2008年からUNESCOを通じた総額約53億円の無償資金協力により、国内18県100郡で計約100万人のための識字教育を支援し、アフガニスタンの識字教育の推進に貢献しています。

近年では、国境を越えた高等教育機関のネットワーク化の推進や、周辺地域各国との共同研究等を行っています。また、「留学生30万人計画」に基づく日本の高等教育機関等への留学生受入れも含め、これらの多様な方策を通じて、開発途上国の人材育成を支援していきます。

ほかにも、「青年海外協力隊現職教員特別参加制度」を通じて、日本の現職教員が青年海外協力隊に参加しやすくなるよう努めています。開発途上国へ派遣された現職教員は、現地において教育の普及・発展に取り組み、帰国後は青年海外協力隊の経験を国内の教育現場で活かしています。

用語解説
世界教育フォーラム2015
2015年5月に仁川(韓国)において開催された国際教育会議。国連事務総長や教育大臣等の出席の下、2015年より先の教育について議論が行われ、最終日にはインチョン宣言が採択された。同会議において日本政府代表団は持続可能な開発のための教育(ESD:Education for Sustainable Development)の推進等を唱えた。
万人のための教育(EFA:Education for All)
世界中のすべての人々に基礎教育の機会提供を目指す国際的取組。主要関係5機関(国連教育科学文化機関(UNESCO(ユネスコ))、世界銀行、国連開発計画(UNDP)、国連児童基金(UNICEF(ユニセフ))、国連人口基金(UNFPA))のうち、UNESCOがEFA全体を主導する。
教育2030行動枠組(Education 2030 Framework for Action)
万人のための教育を目指して、2000年にセネガルのダカールで開かれた「世界教育フォーラム」で採択されたEFAダカール行動枠組の達成期限が2015年までとなっており、その後継となる行動枠組。2015年11月のUNESCO総会とあわせて開催された「教育2030ハイレベル会合」で採択された。
基礎教育
生きていくために必要となる知識、価値そして技能を身に付けるための教育活動。主に初等教育、前期中等教育(日本の中学校に相当)、就学前教育、成人識字教育などを指す。
教育のためのグローバル・パートナーシップ(GPE:Global Partnership for Education)
EFAダカール行動枠組やMDGsに含まれている「2015年までの初等教育の完全普及」の達成のため、2002年に世界銀行主導で設立された国際的な支援枠組み(旧称はファスト・トラック・イニシアティブ(FTI))。
青年海外協力隊現職教員特別参加制度
文部科学省がJICAに推薦した教員は、一次選考の技術試験が免除され、派遣前訓練開始から派遣終了までの期間を通常2年3か月のところ、日本の学年暦に合わせて4月から翌々年の3月までの2年間とするなど、現職教員が参加しやすい仕組みとなっている。

  1. 注33 : (出典)UN“The Millennium Development Goals Report 2015”
  2. 注34 : アフリカ開発会議 TICAD:Tokyo International Conference on African Development
  3. 注35 : 国連教育科学文化機関 UNESCO:United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization

●エチオピア

理数科教育アセスメント能力強化プロジェクト
技術協力(2014年9月~実施中)

真剣に理数科の問題アイテムの作問に取り組む様子(写真:津久井純)

真剣に理数科の問題アイテムの作問に取り組む様子(写真:津久井純)

産業の工業化を目指し、科学技術の発展に資する理数系人材育成に取り組むエチオピアでは、政府が「教育セクター開発プログラム」を策定・実施しています。しかし、初等教育修了率は2009年時点で55%と依然として低く、とりわけ、理系専攻学生を増やすためにも初等教育修了率の向上は切実な課題です。

こうした課題に取り組むためには、指導教員育成を通じた教育の質の向上が重要です。日本は、エチオピアにおいて初等7~8学年担当の理数科教員を対象とする現職教員研修システムのモデル確立を支援し、教員の指導力向上に一定の成果が上がりました。しかし、子どもたちが受験する試験問題が知識偏重となっているため、依然として丸暗記中心の授業から脱却できず、子どもが学習すべきスキルや技能カリキュラムを消化できない教員が多いという課題がありました。これは、教員の指導力不足だけではなく、教育関係者の間でカリキュラムや学力評価のための試験問題についての認識が異なるため、その内容に一貫性がないということに問題があります。そこで、2014年から日本は、カリキュラムの策定から授業実践をして学力評価をするまでが、一貫した内容となるように、カリキュラム戦略の質の強化支援に乗り出しています。

この支援プロジェクトでは日本人専門家が、初等教育の対象となる7~8年生の理数系科目の試験問題や教材の開発を通じて教育関係者の能力強化を行うことを担当しています。具体的には、日本人専門家が指導するワークショップ(参加型の講習会)に試験問題作問担当者と共に理数科教員に参加してもらい、数学、生物、物理等の個別の科目に関するワーキンググループに分かれ、各々のグループにて、子どもたちが学習到達試験でも成果を上げられるような「良い試験問題」の作問や教材づくりに挑戦してもらっています。ワークショップに参加した教員たちは、熱心に作問に取り組みつつ、学習指導に関する討論にも加わっています。

このような日本の取組により、エチオピアの理数系教員の質の強化が図られれば、子どもたちの初等教育修了率と中等教育就学率の向上に、それら教員たちが貢献することになるとの期待が寄せられています。(2015年8月時点)

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