2015年版開発協力白書 日本の国際協力

(3)農林水産業の振興とフードバリューチェーンの構築

世界の栄養不足人口は依然として高い水準にとどまっており、人口の増加等によるさらなる食料需要の増大も見込まれています。このような中、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」では、目標1で「あらゆる場所のあらゆる形態の貧困の解消」、目標2で「飢餓の終焉(しゅうえん)、食料安全保障と栄養の改善、持続可能な農林水産業の促進」が設定されました。これらを達成し、開発途上国における質の高い成長を実現していくためにも、農業開発への取組は差し迫った課題です。また、開発途上国の貧困層は、4人に3人が農村地域に住んでいます。その大部分は生計を農業に依存していることからも、農業・農村開発の取組は重要です。

 

< 日本の取組 >

日本は、2015年2月に閣議決定した「開発協力大綱」を踏まえ、開発途上国の「質の高い成長」とそれを通じた貧困撲滅のため、フードバリューチェーンの構築を含む農林水産業の育成等の協力を重視し、地球規模課題としての食料問題に積極的に取り組んでいます。短期的には、食料不足に直面している開発途上国に対しての食糧援助を行います。それとともに、中長期的には、飢餓などの食料問題の原因の除去および予防の観点から、開発途上国における農業の生産増大および生産性向上に向けた取組を中心に支援を進めています。

具体的には、日本の知識と経験を活かし、栽培環境に応じた研究・技術開発や技術等の普及能力の強化、水産資源の持続可能な利用の促進、農民の組織化、政策立案等の支援に加え、灌漑(かんがい)施設や農道、漁港といったインフラの整備等を実施しています。これらの取組を通じ、生産段階、加工・流通、販売までの様々な支援を展開しています。

また、日本はアフリカにおいて、ネリカの研究支援と生産技術の普及支援、包括的アフリカ農業開発プログラム(CAADP)(注13)に基づいたコメ生産増大のための支援や市場志向型農業振興(SHEP:Smallholder Horticulture Empowerment Project)アプローチの導入支援等を行っています。そのほかにも、収穫後の損失(ポストハーベスト・ロス)の削減や食産業の振興と農村所得向上といった観点から、「フードバリューチェーン」の構築支援も重視しています。これは、農林水産物の付加価値を生産から製造・加工、流通、消費に至る段階ごとに高めながらつなぎあわせることにより、食を基軸とする付加価値の連鎖をつくる取組です。

農林水産省は、2014年6月、学識経験者、民間企業、関係省庁等と共に検討を進め、開発途上国等におけるフードバリューチェーンの構築のための基本戦略や地域別戦略等を示した「グローバル・フードバリューチェーン戦略」を策定しました。この戦略に基づき、開発協力と日本企業の民間投資の連携を通じてフードバリューチェーンの構築を推進するため、ベトナム、ミャンマー、ブラジル、インドなどにおいて、官民が連携し、二国間対話を開催しました。2015年8月には、日越農業協力対話第2回ハイレベル会合において、日本とベトナムの官民連携の下、ベトナムにおけるフードバリューチェーンを構築していくための具体的な行動計画を示した中長期ビジョンを承認しています。

食料安全保障の観点では、2009年7月のG8ラクイラ・サミット(イタリア)の際の食料安全保障に関する拡大会合で、日本は2010年から2012年の3年間にインフラを含む農業関連分野において、少なくとも約30億ドルの支援を行う用意があると表明し、2012年末までにおよそ42億ドル(約束額ベース)の支援を行いました。加えて、開発途上国への農業投資が急増し、一部が「農地争奪」等と報じられ、国際的な問題となったことから、同サミットで日本は「責任ある農業投資」を提唱し、以後、G7/8、G20、APECなどの国際フォーラムで支持を得てきました。さらに、「責任ある農業投資」のコンセプトの下、国連食糧農業機関(FAO)(注14)、国際農業開発基金(IFAD)(注15)、国連世界食糧計画(WFP)(注16)が事務局を務める世界食料安全保障委員会(CFS)(注17)において議論が進められてきた「農業及びフードシステムにおける責任ある投資のための原則」が2014年10月の第41回CFS総会で採択されました。

2012年5月のG8キャンプ・デービッド・サミット(米国)において立ち上げられた、「食料安全保障及び栄養のためのニュー・アライアンス」については、2013年6月のロック・アーン・サミット(英国)に合わせて開催された関連イベントにおいて、ニュー・アライアンスの進捗(しんちょく)報告書が公表されるとともに、新たなアフリカのパートナー国の拡大が公表されました。また日本の財政支援の下、ニュー・アライアンスの枠組みで関連国際機関による「責任ある農業投資に関する未来志向の調査研究」が実施されています。

2015年6月のG7エルマウ・サミット(ドイツ)においては、2030年までに開発途上国における5億人を飢餓と栄養不良から救い出すことを目標とした「食料安全保障及び栄養に関するより広範な開発アプローチ」が発表されました。

また、G20において、日本は農産品市場の透明性を向上させるための「農業市場情報システム(AMIS)」支援などの取組を行ってきました。そのほか、FAO、IFAD、国際農業研究協議グループ(CGIAR)(注18)、WFPなどの国際機関を通じた農業支援も行っています。

日本はアフリカの食料安全保障・貧困削減の達成のため、そしてアフリカの経済成長に重要な役割を果たす産業として農業を重視しており、アフリカにおける農業の発展に貢献しています。

2013年6月に開催された第5回アフリカ開発会議(TICAD(ティカッド) V)(注19)においては、2008年のTICAD IVにおいて立ち上げられた、アフリカ稲作振興のための共同体(CARD)への支援を継続することや、市場志向型農業の振興のための支援策として、技術指導者1,000人の人材育成、5万人の小農組織の育成、専門家派遣等を行うとともに、市場志向型農業振興(SHEP)アプローチの推進(10か国への展開)等を表明しました。

2013年9月にニューヨークにて開催された、日・アフリカ地域経済共同体(RECs:Regional Economic Communities)議長国との首脳会合で、日本は農業開発をテーマに議論しました。2014年5月にカメルーンで開催された第1回TICAD V閣僚会合では、アフリカ連合(AU)(注20)が2014年を「アフリカ農業と食料安全保障年」と掲げていることもあり、議題として農業が取り上げられました。この会合で日本は、我が国のCARDの取組支援により、2012年時点で1,400万トンだったサブサハラ・アフリカのコメ生産量が2,070万トンにまで増加したこと、SHEPアプローチを先行しているケニアにおいて、2006年から3年間同アプローチを取り入れたことにより小規模農家の所得が倍増している事例の紹介を交えつつ、TICAD V支援策を着実に実施していることを報告し、アフリカ諸国から非常に高い評価を得ることができました。

2015年6月には、ローマで開催された第39回FAO総会の機会に、TICADプロセスを通じた農業開発に関する会合が実施され、アフリカから43か国、その他の国および国際機関を含め合計約200名が参加し、小農に配慮したフードバリューチェーン構築の重要性や各国の具体的取組の事例などについて議論され、その結果はTICADプロセスへの参考とすることが確認されました。

青年海外協力隊の永瀬光さん(村落開発普及員)が現地・ケニアの農家とブロッコリーの収穫を行っているところ(写真:仙北谷美樹/JICA)

青年海外協力隊の永瀬光さん(村落開発普及員)が現地・ケニアの農家とブロッコリーの収穫を行っているところ(写真:仙北谷美樹/JICA)

パキスタン中部に位置するラッヤー県にて、農業に従事する女性たち(写真:新井さつき/JICA)

パキスタン中部に位置するラッヤー県にて、農業に従事する女性たち(写真:新井さつき/JICA)

用語解説
ネリカ
ネリカ(NERICA:New Rice for Africa)とは、1994年にアフリカ稲センター(Africa Rice Center 旧WARDA)が、多収量であるアジア稲と雑草や病虫害に強いアフリカ稲を交配することによって開発した稲の総称。アフリカ各地の自然条件に適合するよう、日本も参加して様々な新品種が開発されている。特長は、従来の稲よりも、①収量が多い、②生育期間が短い、③乾燥(干ばつ)に強い、④病虫害に対する抵抗力がある、など。日本は1997年から新品種のネリカ稲の研究開発、試験栽培、種子増産および普及に関する支援を国際機関やNGOと連携しながら実施してきた。また、農業専門家や青年海外協力隊を派遣し、栽培指導も行い、日本国内にアフリカ各国から研修員を受け入れている。
市場志向型農業振興(SHEP※)アプローチ
小規模農家に対し、研修や現地市場調査等による農民組織強化、栽培技術、農村道整備等に係る指導をジェンダーに配慮しつつ実施することで、小規模農家が市場に対応した農業経営を実践できるよう、能力向上を支援する。
※SHEP:Smallholder Horticulture Empowerment Project
収穫後の損失(ポストハーベスト・ロス)
不適切な時期の収穫のほか、適切な貯蔵施設の不備等を主因とする、過剰な雨ざらしや乾燥、極端な高温および低温、微生物による汚染や、生産物の価値を減少する物理的な損傷などによって、収穫された食料を当初の目的(食用等)を果たせないまま廃棄等すること。
責任ある農業投資
国際食料価格の高騰を受け、開発途上国への大規模な農業投資(外国資本による農地取得)が問題となる中、日本がG8ラクイラ・サミットにて提案したイニシアティブ。農業投資によって生じる負の影響を緩和しつつ、投資受入国の農業開発を進め、受入国政府、現地の人々、投資家の3者の利益を調和し、最大化することを目指す。
食料安全保障及び栄養のためのニュー・アライアンス(New Alliance for Food Security and Nutrition)
ドナー(援助国)、アフリカ諸国、民間部門が連携して、持続可能で包摂(ほうせつ)的な農業成長を達成し、サブサハラ・アフリカにおいて今後10年間に5,000万人を貧困から救い出すことを目的として2012年キャンプ・デービッド・サミット(米国)にて立ち上げられたイニシアティブ。同イニシアティブの下、アフリカのパートナー国において、ドナーの資金コミットメント、パートナー国政府の具体的な政策行動、民間部門の投資意図表明を含む「国別協力枠組み」を策定している。2014年5月までに、エチオピア、ガーナ、コートジボワール、セネガル、タンザニア、ナイジェリア、ブルキナファソ、ベナン、マラウイ、モザンビークの10か国において協力枠組みが策定され、取組が進められている。
農業市場情報システム(AMIS:Agricultural Market Information System)
2011年にG20が食料価格乱高下への対応策として立ち上げたもの。G20各国、主要輸出入国、企業や国際機関が、タイムリーで正確、かつ透明性のある農業・食料市場の情報(生産量や価格等)を共有する。日本はAMISでデータとして活用されるASEAN諸国の農業統計情報の精度向上を図るためのASEAN諸国での取組を支援してきた。
アフリカ稲作振興のための共同体 (CARD:Coalition for African Rice Development)
稲作振興に関心のあるアフリカのコメ生産国と連携し、援助国やアフリカ地域機関および国際機関などが参加する協議グループ。2008年に開催されたTICAD IVにて、CARDイニシアティブを発表。コメ生産量の倍増に関連して、日本は農業指導員5万人の育成を行う計画。

  1. 注13 : 包括的アフリカ農業開発プログラム CAADP:Comprehensive Africa Agriculture Development Programme
  2. 注14 : 国連食糧農業機関 FAO:Food and Agriculture Organization
  3. 注15 : 国際農業開発基金 IFAD:International Fund for Agricultural Development
  4. 注16 : 国連世界食糧計画 WFP:World Food Programme
  5. 注17 : 世界食料安全保障委員会 CFS:Committee on World Food Security
  6. 注18 : 国際農業研究協議グループ CGIAR:Consultative Group on International Agricultural Research
  7. 注19 : アフリカ開発会議 TICAD:Tokyo International Conference on African Development
  8. 注20 : アフリカ連合 AU:African Union

●パナマ

資源の持続的利用に向けたマグロ類2種の産卵生態と初期生活史に関する基礎研究
SATREPS事業(2011年4月~実施中)

キハダから採血している短期専門家(向かって左から本領短期専門家、澤田チーフアドバイザー、小林短期専門家)。採血した後、DNAを抽出して様々な遺伝情報を得る(写真:JICA)

キハダから採血している短期専門家(向かって左から本領短期専門家、澤田チーフアドバイザー、小林短期専門家)。採血した後、DNAを抽出して様々な遺伝情報を得る(写真:JICA)

太平洋海域で広く行われているマグロ漁業は、パナマを含む中米諸国にとって重要な産業であり、パナマにおいても年間3万トンを超える冷凍・生鮮マグロの輸出が貴重な外貨収入源になっています。しかしながら、近年の漁獲圧力の増大などにより天然のマグロ類資源の減少が危惧(きぐ)されています。とりわけ、キハダおよび太平洋クロマグロのマグロ類2種は高度回遊性魚種として太平洋地域の共有資源となっていますが、無秩序な漁獲による資源量の大幅な減少が懸念されており、効果的な資源管理の枠組みを導入することが強く求められています。

日本は、マグロ漁業資源の涸渇(こかつ)を懸念するパナマの要請に応え、パナマのロスサントス県アチョティネス研究所とその周辺海域にて、キハダおよび太平洋クロマグロの持続的な資源管理方策策定に必要な両種の産卵形態および初期生活史を解明するため、2011年から共同研究を支援しています。この研究は、クロマグロの完全養殖に成功した近畿大学水産研究所がパナマの水産資源庁、全米熱帯まぐろ類委員会※1と共同で行っています。現在までに、母系解析、家系・個体識別のための遺伝子発見解析などによるデータ収集が進められているほか、飼育されるマグロの産卵状況、繁殖・発育初期の栄養要求、胚発生・発育の条件やメカニズムが明らかになってきています。さらに、キハダの養殖技術についても親魚の遺伝的管理技術、卵からの人工ふ化技術、仔稚魚飼育技術、幼魚飼育技術などについて新たな知識が得られ、実用化のためのデータ解析が進んでいます。

日本のパナマとの共同研究を通じた協力により、パナマをはじめとする米州海域におけるマグロ資源の持続的利用に必要な科学的知見が蓄積・統合され、また、養殖技術を高め、資源管理技術が確立されることに期待が高まっています。(2015年12月時点)


※1 全米熱帯まぐろ類委員会は、東部太平洋海域におけるカツオ・マグロ類の保存および管理を目的として1950年に設立された地域漁業管理機関。対象魚種(カツオ、キハダ等)の調査研究、勧告等の保存管理措置を行う機関を有し、キハダに関しては、東部太平洋海域の総漁獲量規制の勧告を行う。2015年度10月時点の同委員会強化のための条約締結国等は、日本、パナマを含めた21カ国・地域、協力的非締結国は4カ国。

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