(2)職業訓練・産業人材育成・雇用創出
様々な国の質の高い成長と、これに伴う貧困問題などの解決のためには、これらの国々の人々が必要な職業技能を習得することが不可欠です。しかし、開発途上国では、適切な質の教育・訓練を受ける機会が限られている上に、人的資源が有効に活用されておらず、十分な所得を得る機会が生まれにくい状況にあります。そのため、適切な人材の不足が、産業振興・工業開発にとっても大きな障害となっています。
特に紛争の影響を受けてきた国や地域では、復興期において障害者、女性、除隊した兵士等をはじめとする社会的に脆弱(ぜいじゃく)な人々の生計向上は重要な課題であり、ソーシャル・セーフティー・ネット(社会全体で一人ひとりの生活を守る仕組み)の一環としての職業訓練が重要な役割を担っています。
「働く」ということは、社会を形成している人間の根本的な営みであり、職業に就くこと(雇用)による所得の向上は、貧困層の人々の生活水準を高めるための重要な手段となります。ところが、2013年、世界の失業者は約2億人に達しており、厳しい雇用情勢が続いています。こうした状況の中で安定した雇用を生み出し、貧困削減につなげていくためには、社会的なセーフティー・ネットを構築してリスクに備えるとともに、一つの国を超えて国際取組として、「ディーセント・ワーク(Decent Work、働きがいのある人間らしい仕事)」を実現することが急務です。
このような中、2015年9月の第70回国連総会において、ミレニアム開発目標(MDGs)(注7)の後継である「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されました。この中の「持続可能な開発目標(SDGs)(注8)」では、目標(ゴール)8で「包摂(ほうせつ)的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する」が設定されました。
< 日本の取組 >
●職業訓練・産業人材育成

2015年3月、日本の協力で設置されたセネガル日本職業訓練センター(CFPT)を視察する宇都隆史外務大臣政務官(前)
日本は、開発途上国において多様な技術や技能のニーズに対応できる人材の育成に対する要請に基づいて、各国で拠点となる技術専門学校および公的職業訓練校に対する支援を実施しています。支援を実施するに当たり、民間部門とも連携し、教員・指導員の能力強化、訓練校の運営能力強化、カリキュラム改善支援等を行い、教育と雇用との結びつきをより強化する取組を行っています。また、8か国12案件で女性・障害者・除隊兵士、難民・紛争の影響下にある人々等の技能開発(スキル・デベロップメント)に貢献しました。
産業人材育成分野においては、2000年から2015年の間に27か国50案件で日本の知見・ノウハウを活かし、カリキュラム・教材の開発/改訂、指導員能力強化・産業界との連携を通じた複合的な協力を実施し、6か国11校の施設、機材を整備し、拠点技術職業訓練教育(TVET:Technical and Vocational Education and Training)機関を支援しました。
日本は、女性の経済へのエンパワーメント促進に向けたプロジェクトも実施しています。たとえば、ナイジェリアでは、主に村落部の女性対象の識字・職業訓練の場として女性開発センターが全国に設置されましたが、多くのセンターで十分なサービスを提供できていませんでした。ナイジェリア政府の要請を受け、日本の支援により北部のカノ州で運営モデルを策定し、効果を上げたことから、その成果を全国レベルに普及・定着する支援を実施しています。
厚生労働省では、日本との経済的相互依存関係が拡大・深化しつつある東南アジア(注9)を中心に、質の高い労働力の育成・確保を図るため、これまでに政府および民間において培ってきた日本の技能評価システム(日本の国家試験である技能検定試験)のノウハウを移転する研修等(注10)を日本国内および対象国内で行っています。2014年度にこれらの研修に参加したのは、7か国合計156名で、2013年度以前も含めた累計では約1,900名になります。これによって、対象国の技能評価システムの構築・改善が進み、現地の技能労働者の育成が促進されるとともに、雇用の機会が増大して技能労働者の社会的地位も向上することが期待されています。
ほかにも、国際労働機関(ILO)(注11)に対し拠出金(96,000ドル)を拠出することにより、ILOのアジア太平洋地域プログラムであるアジア太平洋地域技能就業能力計画において、域内各国の政労使の担当者が参加する、職業訓練政策、職業訓練技法、職業訓練情報ネットワーク等の分野における調査・研究、セミナー・研修等の開催等の活動を実施しました。
2015年11月の日ASEAN首脳会議では、アジアの持続的成長に役立つ産業人材育成を後押しするため、「産業人材育成協力イニシアティブ」を発表しました。このイニシアティブの下、日本は各国との対話を通じて人材育成のニーズを把握し、産学官の連携を強化し、オールジャパン体制でアジア地域の産業人材育成を支援していきます。
●雇用
日本は、開発協力において重要課題としている貧困削減に対するアプローチの一つとして、雇用創出を挙げています。日本は、この考えに基づき、職業訓練を通じて求職者の生計能力の向上を図るための支援を行うとともに、「ディーセント・ワーク」の実現に向け、社会保険制度の構築支援や労働安全衛生の取組支援など社会的保護の拡充等についての支援を行っています。
また、フィリピンにおける台風被害を受けた人々を対象とした雇用創出事業(注12)や、アフリカにおける紛争地域への人道支援の実施のため、日本は、ILOに対して任意の資金拠出を行うなど、国際機関を通じた活動にも積極的に関与しており、世界の労働問題の解決のために大きな役割を果たしています。
たとえば、国内避難民および隣国からの帰還難民のソマリア定住を目標に、バイドアおよびキスマヨにおける国内避難民および帰還難民を対象とした職業訓練や雇用の創出を行っています。具体的には、国内避難民および隣国からの帰還難民を対象にして道路や市場などインフラを修復する事業を通じて雇用を創出しています。
- 注7 : ミレニアム開発目標 MDGs:Millennium Development Goals
- 注8 : 持続可能な開発目標 SDGs:Sustainable Development Goals
- 注9 : インドネシア、タイ、ベトナム、ミャンマー、インド、カンボジア、ラオスを対象としている。
- 注10 : この事業の研修は、「試験基準・試験問題の作成を担当する人々を対象とした研修」と「試験実施・採点を担当する人々を対象とした研修」の2種類がある。上記の参加者数は、これらの研修の合計値。
- 注11 : 国際労働機関 ILO:International Labour Organization
- 注12 : 日本政府からILOへの拠出金によって、台風で被災した人々を含む約2万人の労働者を支援する「ハイエン台風被災コミュニティの総合的な生計回復」プロジェクトが実施される。これにより、公共インフラの修復、代替生計手段を提供するための職業技能開発、そして零細・中小企業の再建を支援する。
●インド
包括的成長のための製造業経営幹部育成支援プロジェクト
技術協力プロジェクト(2013年4月~実施中)

セミナーで自社でのプログラム実践の成功事例を発表するプロジェクト参加者(写真:JICA)
近年、急速な経済成長を遂げているインドは、情報通信産業を中心とするサービス産業がその成長の牽引(けんいん)役となっている一方、製造業の発展は相対的に遅れています。製造業がGDPに占める割合は16%前後にとどまっており、製造業の潜在的な成長力は活かされていません。とりわけ、製造業発展のための具体的な課題として指摘されるのが、製造業における経営幹部人材の不足です。インドでは、工学系および経営学系の大学卒業生が製造業企業に就職する割合は高くありません。また、製造業の効率性向上のみではなく、環境汚染への対応、貧困層を対象とするビジネス展開というような社会的な要請にも貢献しうる経営幹部の育成は、製造業の持続的な発展にとり極めて重要であると考えられます。
このようなインドの国家的課題に対応するため、日本はインド政府に協力し、産業人材、とりわけ製造業経営幹部育成のための支援に取り組んでいます。2007年から2013年まで日本の支援により「製造業経営幹部育成支援プロジェクト」を実施し、日本流のものづくりの精神と経営手法を教え、900人近くの経営幹部を育成しました。インド政府は、このプロジェクトを高く評価し、JICA専門家として指導的な役割を果たしてきた司馬正次筑波大学名誉教授に対し、2012年にPadma Shri(パドマ・シュリ)勲章を授与しました。これは各分野において顕著な貢献をした市民に授与されるインドの高位の勲章です。そして、そのプロジェクトで確立された経営幹部育成プログラムの枠組みを基礎とし、2013年から後継プロジェクトである「包括的成長のための製造業経営幹部育成支援プロジェクト」を実施しており、900人近いプログラム卒業生の協力を得て、人材育成を進めています。この案件では、日本から専門家を派遣し、バリューチェーン間の生産工程の改善などに関する専門的知識や技術の指導のほか、インドの製造業の課題である環境配慮と包括的な成長といった広いテーマを盛り込んだ研修を行っています。さらに日本における研修も実施しており、その中では日本のものづくりの現場視察や、日本の社会文化についての研究・発表も行っています。
本プロジェクトを通じて、インドにおいて日本流の経営手法により同国の製造業の基盤が強化されることが期待されています。(2015年8月時点)
●コンゴ民主共和国
キンシャサ特別州国立職業訓練校整備計画
無償資金協力プロジェクト(2012年6月~2014年10月)
中部アフリカに位置するコンゴ民主共和国では、若年層を中心として失業率が高く、人口増加率が高い都市部での失業率の高さは、治安悪化の要因の一つとなっています。また、同国の東部地域においては紛争により発生した大量の国内避難民への生活支援や、除隊兵士に対する職業訓練等を通じた社会復帰支援も重要課題です。コンゴの社会安定のために、これらの人々が安心して働ける環境を作るとともに、その能力を高め、社会・経済活動に参加できるようにすることが重要です。そのような観点から、職業訓練施設の機能強化が喫緊の課題となっていたのですが、国立職業訓練校をはじめ職業訓練施設の多くが、施設の老朽化やその収容規模の限界、機材の老朽化と不足に直面し、十分な職業訓練ができなくなっていました。

この協力で建設された施設の一つ、パソコン実習室(写真:JICA)
そこで日本は、首都キンシャサに位置し、国立職業訓練校の拠点校であるキンシャサ特別州国立職業訓練校の訓練施設の増設と整備、訓練機材の整備支援に取り組みました。施設整備としては、講義室はもちろん、冷凍・空調科実習室、電気科実習室、電子科実習室、共通コンピュータ室、情報ゾーン、多目的室、資料・自習室を備える地上3階の訓練棟などのほか、管理棟および付属棟の建設を行い、機械、自動車、電気、電子、溶接・板金、建築・土木・木工の各分野、および学科共通の機材などを供与しました。
日本の支援により、キンシャサ特別州国立職業訓練校では、それまでの老朽化した手狭な訓練環境が一新され、新たな機材を通じて、訓練生たちも最新技術に触れることができるようになりました。
職業人材の育成を通じた社会の安定が、切実に必要とされているコンゴ民主共和国において、日本は職業訓練の質の向上に大きく貢献しています。