国際協力の現場から 05
医療僻地に広がる医療ネットワーク
~東ティモールで巡回診療と住民ボランティア指導支援~

村の巡回診療で、ヘルスワーカーと共にレイミアクライク村住民へ産後の危険な徴候について保健指導する菊地さん(写真:地球のステージ現地スタッフ セルシオ)
2002年に独立した東ティモールは、その独立に至る紛争で、保健医療システムとそれにかかわる人的資源に壊滅的な打撃を受けていました。その影響で現在でも、住民が医療を受けられない地域が数多く存在します。そのため、同国では2008年から包括的地域保健サービス(SISCa)を開始しました。これは、郡の保健センターの医師・看護師が無医村地域などを巡回診療し、住民ボランティアである地域コミュニティ・ヘルスワーカーが住民の疾病発見や健康管理を行う制度です。しかし、実際には、このSISCaが機能していない地域が数多く存在しています。
こうした背景から、途上国で医療支援活動をしてきた日本のNGOである“地球のステージ”は、2008年から東ティモールで母子保健の支援活動を実施してきました。2014年1月からは、JICAの草の根技術協力事業※1の仕組みを用いて「ハトリア郡における包括的地域保健サービス(SISCa)向上事業」というプロジェクトを展開しています。
現地で活動するのは、菊地陽(きくちよう)さんです。自治医科大学看護学部で僻地(へきち)医療に関心を持った菊地さんは、2011年からの2年間、母子保健分野の青年海外協力隊員としてインドネシアの僻地で活動しました。協力隊の活動を終了後、菊地さんは、これからも開発途上国で「救える命を救いたい」と強く思い、“地球のステージ”の活動に参加し、東ティモールへと赴任しました。
菊地さんは現地スタッフと一緒に、SISCaの実施状況を調査しました。村人たちからは「1年半、巡回診療は来ていないし、コミュニティ・ヘルスワーカーは何もしていない」といった実態が聞かれました。
“地球のステージ”が活動対象とするハトリア郡の7つの村はどこも街からのアクセスが悪い僻地にあります。雨季になれば、道路が冠水して自動車が通れなくなることも日常茶飯事です。しかし、菊地さんはこの7つの村にある34の地区のすべてに赴き、新たなコミュニティ・ヘルスワーカーを募りました。そして、SISCaの毎月の巡回診療で医師や看護師が各々の村を訪問する際に、妊婦や栄養不良児、結核などの患者の看護・処置法をヘルスワーカーに具体的に伝授し、ヘルスワーカーは学んだことを地区の住民たちに教えるという体制を整えました。菊地さんはすべての巡回診療に同行し、それぞれの村でヘルスワーカーたちの仕事ぶりを観察し、個別に看護・処置法の指導をしています。
こうした研修と巡回指導によって、地域のヘルスワーカーを中心とした地域保健体制は大きく改善しました。地域住民の健康に異変が起きればすぐさま発見し、郡の保健センターに報告するヘルスワーカーの人材が育成され、人的資源が整いました。ヘルスワーカーが研修で教わった知識を活かし、死亡リスクの高い患者を発見し救急搬送するなど、たくさんの命が救われています。
しかし、もう一つ課題がありました。ハトリア郡の保健センターの医療スタッフの意識改革です。プロジェクトの当初、菊地さんが現地スタッフと郡の保健センターを訪れても、多くの医療スタッフは巡回診療に行くことを嫌がりました。当地の妊産婦死亡率は10万人当たり270人(日本は10万人当たり6人)、新生児死亡率は1,000人当たり24人(日本は1,000人当たり1人)です。このような状況を変えるためにも、巡回診療が必要なのだと、菊地さんは根気よく、医療スタッフたちと個別に話し合いを続けました。「わかってもらうまで、何度でも話し合いをすることが必要なのです。」
こうした地道な努力によって、医療スタッフの意識が変わり始め、現在(2015年7月)では1回の巡回診療に最低3名が参加するまでに変わりました。

6人の医療チームとアスラウサレ村の循環診療に行く最中の風景。道中で、車がぬかるみにはまったり、道が壊れて補修するなどのハプニングがしばしば起きる(写真:地球のステージ事務局長 後藤明子)
巡回診療の対象となる7つの村はどこもアクセスの悪い僻地にあります。“地球のステージ”と医療スタッフチームは道なき道を進み、巡回診療を待っている住人たちの元に向かいます。以前はまったく医療看護を受けられなかった僻地の住民たちが、定期的な巡回診療を受けられるようになりました。
プロジェクトの目標はコミュニティ・ヘルスワーカーが各地区で継続的に活動を続けながら、郡保健センターの医療スタッフと連携できるようになることです。しかし、菊地さんによれば、現状は理想とする活動の2割程度。「まだまだ道のりは遠く、とにかく村に一緒に行って指導をしていくしかありません」と語る菊地さんは今日も現場でのトレーニングに奮闘しています。
※1 草の根技術協力事業は、こちらを参照