2015年版開発協力白書 日本の国際協力

国際協力の現場から 06

モロッコで希望と意欲を引き出す
~スーダンの水供給分野における人材育成~

スーダンのメディアから取材を受ける上村さん(写真:上村三郎)

スーダンのメディアから取材を受ける上村さん(写真:上村三郎)

スーダンでは1956年の独立以来、内戦状態が続いてきました。国内に著しい人権侵害状況が見られたため、我が国は1992年以降、緊急・人道支援を除き、同国に対するODAを原則停止。しかし、2005年の南北包括和平合意※1の締結を受け、我が国は援助方針を見直しました。

紛争による多数の国内避難民に加え、生活困窮者も多く、生活基礎インフラの整備がなされていない地域が多いスーダンに対し、人間の安全保障の推進を開発協力の基本方針に掲げる我が国は、当時のODA大綱に照らし、同国の民主化、法の支配および基本的人権の保障をめぐる状況に十分注意を払いながら、平和の定着と復旧・復興のための支援を再開しました。この方針は新たな開発協力大綱の下でも同様であり、我が国は同国の状況に十分注意を払いながら、国民の生活基盤整備を支援しています。

平和の定着と復旧・復興のためには、国民の基礎的生活を支えることが不可欠であり、とりわけ安全な水を安定的に供給するインフラ整備は国民の死活的な課題です。国民の安全な水へのアクセス率は1990年代には65%を記録したものの、国内の混乱により57%にまで下がってしまっていました。不純物の混じった不衛生な水すら足りない地域もあるほどでした。

上水設備の新規建設はもちろんのこと、その維持管理をするための人材育成が必要です。過去に他国の援助で作られた井戸や上水設備の中には、適切な維持管理がされてこなかったため、安全な水を届けるという機能を果たせなくなったものが少なくありませんでした。同国から要請を受け、日本は「水供給人材育成計画」を、2008年6月にスタートさせました。専門家の上村三郎(うえむらみつろう)さんがプロジェクトリーダーです。

「スーダンには世界最長のナイル川が流れ、地下水の豊富なヌビア砂岩層と呼ばれる帯水層もあります。一方、雨水の溜め池や効率の悪いハンドポンプに頼らざるを得ない地域もあります。安全な水へのアクセスを実現するには、こうした様々な水施設を維持管理する技術が必要であり、水道料金を徴収するシステムなど水行政の向上も必要です。スーダンではそうした水行政を担う人材の育成が不可欠なのです」と上村さんはいいます。

上村さんは、1980年代からアフリカ、中近東、アジアの開発途上国における開発協力の現場で技術指導を行ってきた給水分野でのプロフェッショナルです。

プロジェクトは2008年に開始され、最初の3年間は各州の水公社の中核を担う管理職とエンジニアクラスに対し、質の高い水行政の実現に必要な知識と技術を、徹底的に指導しました。また、上村さんは、研修などを通じて州を越えたエンジニア同士の交流や情報交換も積極的に行うよう後押しをしました。

水源用ダムの建設現場にて(写真:上村三郎)

水源用ダムの建設現場にて(写真:上村三郎)

力を入れたのは、現場で働く技術者たちの研修です。上村さんは、長年培ってきた給水分野での国際協力の経験を活かし、かつて専門家として2度にわたり赴任したモロッコでの三角協力※2による研修を実施するようにしました。

上村さんが初めてモロッコを訪れたのは1985年。その後、モロッコは国家計画として水行政の改革を図り、当時は14%だった地方の給水率が現在では95%にまで上昇しました。スーダンとモロッコにはいくつかの共通点があります。同じアフリカの国で、国内には砂漠があり、水資源が限られています。上村さんは、同じような状況を抱えながらも、水行政の改革に成功したモロッコを手本とすることで、スーダン人に希望を示そうとしたのです。

「『何をやっても変わらない』と思い込んでいたスーダンの技術者たちは、モロッコでの研修に参加すると明らかに態度が変わりました。自国の水行政がいかに遅れているかを実感するとともに、同じアフリカのモロッコがここまで改善できたのなら、自分たちにもできると希望を感じたようです。困難な状況を改善していくには、イメージできる達成目標を示すことが必要です。」上村さんは、何よりもスーダンが他国からの援助を卒業して、自立した水行政を確立することが重要だと強調します。

「私たちの役割は鍼灸(しんきゅう)師のようなものでしょう。鍼灸師は、凝り固まった身体に鍼(はり)を刺し、血行をよくします。でも、患者本人が自発的に体を動かさなければ健康にはなれません。スーダンの人々が自発的に改善に取り組む行動を起こすことが自立をかなえる唯一の道なのです。」

今回のプロジェクトで研修を受けた各州のエンジニアたちは、自ら積極的に州政府に働きかけ、水行政に必要な予算の獲得に奮闘しています。また、現場の技術者たちに技術を教え、老朽化した井戸用のポンプを改修するなど、研修で得た技術を広めています。安全な水をスーダンの人々に供給する取り組みは、確実に実を結び始めています。


※1 南北包括和平合意は、二十数年に及び、400万人を超える国内避難民が発生したスーダンおよび南スーダンの内戦を終結させた和平合意。

※2 三角協力は、ある分野で開発の進んでいる国が別の途上国の開発を支援する南南協力を、援助国(ドナー)や国際機関が支援すること。

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