ODAとは? 実施体制・援助形態

円借款制度に関する懇談会報告書
(外務省への提言)

平成12年8月1日

序 「円借款制度に関する懇談会」設置の問題意識

(円借款がこれまで果たしてきた役割と評価)

 国際場裏において軍事的手段を選択することを主体的に放棄している我が国にとり、政府開発援助(ODA)は極めて重要な外交上の手段である。ODAは戦後間もない1950年代にコロンボ計画(注1)への参加をきっかけとしてその産声を上げたが、技術協力以外にも無償資金協力、円借款などその援助手法を広げながら、同時に規模の面でもめざましい拡大を遂げてきた。とりわけ円借款は、1958年に初めてインドに対して供与されて以来、1978年から97年まで五次にわたるODA中期目標のもとで大幅な拡大が図られた結果、97年度末の円借款の貸付残高は約9兆2,000億円にのぼっている。

 円借款は他の援助手法と比べて、(イ)全体の供与総額のみならず、各プロジェクト当たりの供与額も比較的大きいこと、(ロ)開発途上国側に返済義務を課す手法であること、という特徴がある。開発途上国側に返済義務を課すということは、途上国側に対し、資金を効率的に利用する誘因を与え、自助努力を促すという効果があるが、他方、援助の規模が大きいために、計画策定能力、案件実施能力、管理能力、返済能力等さまざまな点で被援助国側に対して比較的に高い自主的能力を要請するという特性を併せ持っている。我が国自身、戦後世界銀行より借款を借り入れて、適切なマクロ経済運営の下、東海道新幹線や黒部ダム、首都高速道路などの基幹インフラを整備しつつ経済発展を遂げてきたが、円借款はこのような我が国の歴史的経験に根ざした援助形態でもある。

 円借款は、これまでアジア諸国を中心とした開発途上国の経済開発に大きく寄与してきた。円借款の中心は、開発の物的基盤であるインフラ(社会的間接資本)建設の支援にあった。その際にまた、国全体の産業貿易政策への配慮を怠らなかった(注2)。円借款の量的拡大と軌を一にしてアジア経済も順調に拡大を続け、例えば、韓国は円借款の対象国から卒業し、マレーシアは中進国入りした。アジア通貨・経済危機の際にも、危機からの経済回復を目指した「新宮澤構想」等の我が国の施策に円借款は大きな役割を果たした。このように、円借款は二国間関係の増進にとどまらず、経済的繁栄を通じた地域全体の安定にも寄与している(注3)

 他方、97年に海外経済協力基金(現国際協力銀行)が行った調査によれば、日本の円借款に関し、開発途上国の実施機関の約9割強より「役に立っている」との回答があった。また、他の先進国や国際機関からも、資金が譲許的であること、原則として一般アンタイドによる調達であることなどから高い評価を得ている。

(円借款にかかる「見直し論」)

 このように円借款は多くの利点と高い評価を得ている援助形態であるが、現在少なからぬ批判に直面しているのも事実である。例えば、多額の資金が毎年のように供与されているが、受け取り国側は当然視しているのではないか、円借款の多くが経済インフラに使用されているが、無駄に使われているのではないか、というような意見である。特に、返済を前提とする援助形態でありながら、様々な理由で返済が困難となるケースが明らかになったことなどが契機となって、以下のような見直しの声が出てきている。

 1999年6月のケルン・サミットでは、重債務貧困国(HIPCs:Heavily Indebted Poor Countries)の問題が採り上げられ、サミット後の記者会見で、小渕総理(当時)は、それぞれの国に対し、借款という形で協力を行っても、なかなか十二分に活用しきれないということであれば、改めて検討すべき時期にきているのでないかと発言し、円借款の見直しが必要との見解を示した(注4)

 政界においては、自由民主党が99年7月に発表した「21世紀に向けた戦略的な経済協力の実現を-わが国経済協力の新たな方向性について-」との提言においても、「ケルンサミットにおいて重債務国に対するODA債務削減措置につき合意されたが、この機会に円借款事業のあり方について見直す必要がある」旨述べられている。

 経済界からは、円借款を活用し、我が国民間企業の技術・経験の途上国への移転を促進してほしいとの意見が表明されている。一方、NGOからは、円借款を貧困削減のために更に活用すべきであり、特にハード面のみならずソフト面についての活用も推進すべきである、また、貧富の差にも配慮するべきであるとの意見も出てきている。

 このような中、99年8月に政府より発表された「政府開発援助に関する中期政策」においては、「I.基本的考え方」において、「更に、円借款等、援助に関する種々の制度については、状況の変化に応じ適時適切に見直しを行っていく」こととされた。

(懇談会の設置)

 本「円借款制度に関する懇談会」は、円借款が果たしてきた役割及び最近の国内外のODAを巡る変化を踏まえた上で、今後21世紀に開発途上国が直面する開発問題に我が国が効果的に対処するために、円借款制度を如何なる方向に改革していくべきかとの問題意識に立って、本年1月19日、外務省経済協力局長の私的懇談会として設置された。

 懇談会は、石川滋一橋大学名誉教授を座長とし、第1回会合以降、同2000年7月24日の会合まで計11回の会合を持ち、開発、外交、経済など様々な観点から、今後の円借款制度のあり方について討議を行った。

 本報告書は、同討議を踏まえて外務省に対する提言をまとめたものである。

I.ODAを巡る内外の環境変化

 円借款制度の見直しを考えていく際には、まず、開発援助というものをより包括的に捉え、現在ODA全体が直面している課題を正確に把握することが必要である。本提言では、まず、ODAについての事実関係を明らかにし、さらにODAを巡る内外の環境変化と我が国の対応について考察することとしたい。

1.日本のODAの目的・理念

 我が国のODAの基本理念が初めてまとまった形で明らかになったのは、92年6月に閣議決定された「政府開発援助大綱(ODA大綱)」によってである。ODA大綱は、我が国ODAの基本理念を
  • 人道的見地
  • 相互依存関係の認識(開発途上国の安定・発展は我が国を含む国際社会に不可欠)
  • 地球的規模での持続的開発(環境保全の達成)の推進
の3点としている。

 さらに、4つの原則を定め、(イ)環境と開発の両立、(ロ)軍事的用途及び国際紛争助長への使用回避、(ハ)軍事支出、大量破壊兵器の開発製造の動向、(ニ)民主化の促進、市場指向型経済導入、人権・自由の保障状況に注意することを求めている。このような観点に立って、ODA大綱は、相手国の要請、経済社会状況、二国間関係を総合的に判断の上、ODAを実施していく旨定めている。

2.ODAの外交政策上の位置付け

 ODAは国際社会全体の福利の増進に貢献するという側面とともに、我が国の外交政策上の意義を有している。特に、軍事的手段を持たない我が国にとって、国際貢献の遂行や安定的な国際環境の醸成を達成する上で、ODAは重要な政策手段である。豊富な天然資源を持たず、通商・貿易に国家の生存と繁栄の多くを依っている日本にとっては、安定的な国際環境の存在が不可欠であるが、開発途上国が膨大な貧困層を抱え、低開発の状態でおかれていることは、大きな不安定要素となりえる。特にグローバル化が進み、各国経済間の相互依存関係が深まる一方で、グローバル化から取り残された国との格差が広がっている今日では、市場を補完し、開発途上国への資源移転であるODAが果たすべき役割は重要である。

 二国間関係においても、ODAの貢献は大きい。我が国からのODAの供与は、友好的な二国間関係を創出する重要な手段である。例えば、99年8月のトルコ地震の際、緊急援助から借款供与まで我が国がトルコ政府に対し段階的に打ち出した支援策が高く評価されたように、開発途上国のニーズに応じた時宜を得た援助が二国間関係の増進に与える影響は大きい(注5)。また、アジア地域に対する円借款の持続的な供与は、経済・社会インフラの整備を通じ、開発途上国の貿易・投資環境の向上に貢献してきた。

 外交政策の手段としてのODAを考える際には、あるODA案件の供与が我が国の短期的な利益に資するといった観点のみならず、二国間関係全体の安定や地域の安全保障の達成といった中長期的かつ多角的な国益を確保するとの観点からも捉えることが重要である(注6)

 以上のように、ODAは我が国にとって極めて重要な役割を担っており、決して後退させてはならないと考える。

3.新しい展開

 我が国は、ODA大綱に掲げられた基本理念の下、政府開発援助に積極的に取り組んできたが、最近の国内外のODAを巡る状況に目を転じれば、以下のような幾つかの顕著な変化が見てとれる。

(1)日本国民の厳しい目、効率性・透明性の重視

 我が国経済情勢の低迷に伴い、ODAに対する日本国民の目は厳しさを増している(注7)。ODA大綱の策定後、90年代後半に入り、日本の経済・財政状況もあって、中期目標も97年度を最終年度とする第5次中期目標をもって打ち切られた。ODAは量的拡大に代わり質的向上が問われるようになり、国民の関心は、ODAの効果・効率性に焦点が当てられるようになった。

 このような状況の中で、ODAの質的向上を図る諸施策をとるとともに、従来以上に重点的分野・地域に絞ることが必要となっている。また、ODAに対し、引き続き国民の理解と支持を確保し、参加を促していくためには、政府として国民に対する説明責任をしっかり果たしていくことが不可欠であり、ODAの政策及び案件決定、評価のプロセスを積極的に公開し、透明性を高めていくことが重要である。

(2)ODA改革等の進展

(イ)98年以降、透明性・効率性の向上を目指すODAの改革努力は具体的な成果を生み出している。98年1月、外務大臣の諮問機関である「21世紀に向けてのODA改革懇談会」の最終報告が出され、政府全体として一体性・一貫性を持って効果的・効率的にODAを実施するために国別アプローチを強化すること等が提言された。同年11月、対外経済協力関係閣僚会議幹事会において、「ODAの透明性・効率性の向上について」との申合せがなされ、案件選定に係る透明性の向上や効果的・効率的な援助のための対応が必要とされた。これを受け、99年8月、「政府開発援助に関する中期政策」が定められ、今後5年程度を念頭に置いて、重点課題、地域別援助のあり方が具体的に明らかにされた。また、中期政策の下で各国別の具体的な案件選定の指針となる「国別援助計画」が順次策定されている。

(ロ)行政改革の過程においては、ODAを外交政策の一環として政府全体として総合的に推進できるように、外務省は、政府開発援助全体に共通する方針に関する関係行政機関の行う企画の調整に関する事務を行うこととなった。99年11月の閣議口頭了解に基づき、関係省庁の連携・調整を強化することを目的として、外務省を中心とした「政府開発援助関係省庁連絡協議会」が設置され、2000年3月に第1回会合が開催された。

(ハ)また、特殊法人改革の一環として、99年10月、海外経済協力基金と日本輸出入銀行の統合により、国際協力銀行が設立された。その融資規模は世界銀行にも匹敵するものであるが、両機関がこれまで培ってきたODA(旧基金業務)とOOF(旧輸銀業務)の専門性・ノウハウが共有され相乗効果を生み出すことによって、相手国の経済社会状況やプロジェクトの特性に応じたより効果的・効率的な資金協力が実施されることが期待される。

(ニ)さらに、2001年度からは、財政投融資改革が実施に移され、国際協力銀行を含む特殊法人等の資金調達方法についても、まず原則として財投機関債の発行により自己調達することが検討されている等抜本的な転換が図られることとなっているが、途上国への低利・長期の貸付という円借款業務の特性を踏まえるべきであるとの意見もあり、国際協力銀行としての対応の検討が急務となっている。

(3)グローバル化の進展(地球規模問題のクローズアップ、民間セクターの役割増大)

(イ)情報・通信分野における技術の飛躍的な進歩(IT革命等)に支えられたグローバル化の進展は、様々な変化を世界にもたらしている。グローバル化は、貿易・投資の自由化を通じ、世界全体での最適な資源配分を進め、経済を活性化させ、所得水準の向上を図ることに寄与する。しかし、一方では、グローバル化から取り残された開発途上国の存在や、新興市場国における経済混乱が問題となっている。97年夏に起きたアジア通貨・経済危機は、グローバル化の負の側面が現れたものと言ってよいだろう。民間資金の流入は、アジア経済の発展に大きく寄与したが、逆に民間資本がこの地域から急激に引き上げられたことが危機を招くことになった。

(ロ)また、世界経済のグローバル化に伴い、国境を越えた人やモノの移動が活発になった結果として、環境、薬物、国際組織犯罪、テロなど地球規模の問題がクローズアップされてきた。これらの問題については、様々な国際的な取組みがなされており、ODAも相応の役割を果たすことが期待されている。

(ハ)さらに、グローバル化が進む中で、途上国の開発にとって、民間セクターが果たす役割が飛躍的に増大している。97年のアジア通貨・経済危機で一時後退はしたが、民間資金の開発途上地域への流入は着実に増えており、貿易と投資の拡大こそが開発の鍵になりつつある。開発援助は、開発途上国の経済のダイナミズムを育て、支えるものとなってはじめて真価を発揮するものである。一方、民間資金の流入は地域・国に偏りがあり、開発途上国の発展段階に応じ、ODAと民間セクターとの連携・役割分担を明確にすることがますます重要になってきている。また、民間セクターの役割の増大に伴い、ODA供与国と被供与国双方で、ODAの方針と貿易・投資等に関する他の施策との整合性(「政策の一貫性」(policy coherence))を確保することも不可欠となっている。

(4)貧困削減

(イ)このようなグローバル化の進展の中で、国際的な開発努力の最大の焦点となっているのは、貧困の問題である。現在、一日1ドル以下で生活をしている貧困層は世界の総人口約60億人のうち、約12億人と見積もられており、さらには約30億人が毎日2ドル以下の生活を送っていると言われている。また、初等教育年齢に達している1億2,500万人の子供達が未就学であると言われる。もちろん、貧困層の割合は、地域によって異なり、アジア諸国等においては、近年の通貨・経済危機にもかかわらず、趨勢として減少の方向にあるが、他方、サブ・サハラ諸国等においては、貧困層の減少の見通しは立っていない。貧困の存在は、世界各地で発生する紛争の一因ともなっており、重債務貧困国の債務救済が、国際的な焦眉の問題にもなっている。

 このような貧困の問題は、最近では95年にコペンハーゲンで開催された「社会開発サミット」で議論され、また、96年に我が国がリーダーシップをとって策定されたDAC(注8)「新開発戦略」において、2015年までに貧困人口割合を半減させることが主要な目標として掲げられた。世銀やアジア開発銀行(ADB)等国際開発金融機関においても、近年、貧困削減を重視する姿勢が見られてきている。我が国においても、92年に策定されたODA大綱、さらには、99年8月に発表された中期政策においても、貧困問題への取り組みが最重要課題の一つとされている。

 このような問題意識の背景には、90年代に入って東西冷戦が終結し、国際社会の目がイデオロギーを超えて一人一人の人間の安全や福祉に向けられてきたことがあろう。貧困のみならず、環境、麻薬、紛争、テロの問題に対する国際的関心の高まりもこのような流れの一環と思われる。

 貧困の分析は、参加型アプローチの視点からも行う必要がある。すなわち、貧困の定義を単に低所得や教育・保健医療サービスを受けられない状態と捉えるのみならず、貧困層が往々にして政治的に無力であることや外部からのショックに対し脆弱であるという視点から捉えることである。貧困層は、その無力性・脆弱性のために、経済危機や大規模災害、自然環境の悪化等により最初に、かつ最も深刻に被害を被ることが多い。貧困削減に取り組むにあたっては、こうした視点に配慮する必要がある。

(ロ)貧困問題への対応は、国・地域社会のレベルと国際社会のレベルの両方において対応策が練られることが必要である。

 国・地域社会のレベルにおいては、何よりも国の経済的自立を目指す開発途上国自身による自助努力の意思と、そのための人造り・制度造りが不可欠であり、これを基礎とする健全なマクロ経済政策運営により、経済成長が図られる必要がある。その際、経済成長が、貧困層に裨益する形で進められるとともに、教育や保健の向上など貧困層に直接対応する分野での努力が必要であろう。国際的なレベルにおいては、貿易・投資を含むグローバルな経済に開発途上国が統合され、世界経済の発展の果実を享受できるようになること、及び、それを支える安定的な国際金融システムの構築が必要となる。

(5)国際的な援助協調の進展

(イ)新しい開発の諸課題に如何に効果的・効率的に取り組んでいくか、また、その中で各先進国・国際機関がどのように協力し役割分担を進めていくかも、国際的な重要な課題の一つとなっている。

 特に冷戦後の国際社会において、ODAの「量」そのものが縮小傾向にあるだけになおさらである。東西冷戦の終結以降、いわゆる援助合戦が終了し、世界のODAの総量は94年の596億ドルをピークに97年には477億ドルと減少している。99年には559億ドルと持ち直しているものの、再び上昇の軌道に乗るかどうかは必ずしも楽観はできない。ODAの量的な伸び悩みの中で如何に援助資源を効果的・効率的に使うかが各ドナー(援助を実施する国及び国際機関)共通の課題となっている。

 さらに、冷戦の終結により、国際的課題にイデオロギーや主権国家の枠を超えて協力していこうとの機運があることもこのような援助協調の進展を支えている。

(ロ)DAC新開発戦略は、貧困削減の目的を達成するために、途上国の自助努力(オーナーシップ)に加え、開発に関わる当事者間のパートナーシップを強調している。我が国が主導して進められているTICAD(Tokyo International Conference on African Development)プロセスもこのようなパートナーシップ構築の大きな一歩であると言える(注9)。また、世銀においては「包括的開発フレームワーク(CDF: Comprehensive Development Framework)」が進められており、貧困削減に焦点を当てた経済・社会開発計画として各途上国が策定することとなっている「貧困削減戦略ペーパー(PRSP: Poverty Reduction Strategy Paper)」においても、パートナーシップが重視されている(注10)。さらには、途上国の開発に当たっては、従来のマクロ経済レベルと個別プロジェクトレベルの対応のみでは不十分であるとして、多くの途上国において、「セクター・ワイド・アプローチ(SWAP: Sector Wide Approach)」が進められているが、その際も、各途上国の政府や民間の関係者のみならず、多くのドナーやNGO等、多くの関係者が協力してこうした計画を練り上げることが重視されている(注11)。特に、NGOは、援助の世界における重要なプレーヤーの一人として、その存在感を高めてきており、途上国の開発戦略推進の一員として国際的に認知されるに至っている。

4.日本の課題

 このような国内外の状況の下で、我が国として、国民の税金等を原資とするODAをとり進めるに当たって配慮すべきことは多いが、ここでは、特に、五点に絞って述べることとしたい。

(1)効果的・効率的かつ重点的なODAの実施

 かつてのように右肩上がりのODAの量の増大が困難となる一方、上述のように開発の課題がより深刻かつ多様化する中で、我が国が国際的に意味のある援助を行い、また、その結果として日本の幅広い意味での地位を高めていくためには、引き続きODAの推進に努めるとともに、真に効率的な援助を実施していくことが必要と考える。ODAにおける有償資金協力、無償資金協力、技術協力等の各スキームの特性を最大限活かしつつ、効率的な援助を推進していくべきである。

 その際、対象国についても、我が国の外交上の配慮に加え、相手国においてしっかりとした自助努力と開発政策、あるいは、それを育んでいく意思・基盤がある国々、言い換えれば、我が国のODAを十分に活用しうる、あるいは、活用したいという強い意思を持った国々に重点的に配分していくことを基本とするのが望ましい。

 また、対象分野についても、国際的に最も求められている分野や我が国が得意な分野を勘案しつつ、途上国の開発課題に照らして重要な分野に多くの力を注ぐことが望ましい。

(2)多様なニーズへの対応(持続的成長の達成と貧困削減)

 我が国のODAは、アジアを中心とした途上国の人造りや国造りに貢献してきた。特に、経済・社会インフラへの支援は、これらの国々の成長達成に大きく寄与した。このような開発の経験から見て、持続的な経済成長は貧困削減に大きな役割を果たしてきたことは、疑いのない事実である。開発途上国への支援のあり方として、マクロ経済運営と市場のための制度造りに力を注ぎ、経済成長自体は市場原理に委ねれば十分であるとの考えもあるが、我が国としては、自身やアジア諸国の開発の経験に基づき、今後も開発途上国の持続的な成長達成のために、ODAを活用し、輸出産業育成等に意識的な努力を続けなければならないと考える。

 21世紀の開発の課題が多様化する中で、我が国として、このような実績と伝統を踏まえつつ、インフラ分野では情報技術(IT: Information Technology)等、技術革新が目覚ましい分野に支援の幅を広げ、開発途上国の経済の自立に向けて後押しするとともに、貧困や環境など国際社会が一致して取り組まなくてはならない分野においても新たな援助を展開していく考えである。なお、貧困緩和に関しては、これまで我が国ODAは、どちらかと言うと、成長の結果としての間接的な貧困削減の実現、もしくは、人道主義的見地から貧困層を支援するといった取り組みを行ってきた(注12)が、今後は、貧困層を直接成長の過程に組みこむような形での支援に工夫をこらし、貧困削減を目指していくことが重要である。

 また、PRSPの策定への積極的な関与を含め、貧困削減の分野で国際的なリーダーシップを発揮してこそ、我が国の国際社会における存在感を増すことになると思われる。そのためには、(4)で後述するように日本国内の体制の整備が必要になってくる。

(3)援助協調

 国際社会全体としての援助を効果的・効率的なものとするためには、真の意味でのパートナーシップを確立していくことが重要である。我が国としても、開発に関する国際的な議論に引き続き積極的に参画するとともに、国際機関や他の二国間ドナーとの役割分担のあり方にも留意しつつ、援助効率の向上の観点より、CDF、TICAD IIプロセスの推進や、PRSPの策定作業、さらにはセクターアプローチに積極的に貢献して行くべきである。

 しかしながら、一部において主張されてきている「コモンバスケット方式(共通基金を設立し、各国が資金を拠出する方式)」や「援助手続きの共通化(harmonization)」の急進的な推進については、二国間ODAとしてのODAの資金使途に関する自国民への透明性・説明責任をどのように確保していくのか、また「顔のみえる援助」をいかに実現するかという課題が残されており、慎重な対応が望まれる。援助協調を進める場合には、途上国が開発方式を決める際、各ドナーの多様な開発手段・経験から選択できる余地を残すことが必要であり、代替可能性を持たない各ドナー固有の技術・経験・ノウハウを活用することが重要である。(注13)

(4)国内体制の整備

 国際的な開発努力の中で、途上国、ドナー、国際機関と対話と協力の輪を広げながら、新しい開発の課題に対応していくためには、政府・援助実施機関の能力を強化し、連携を促進するとともに、NGO、大学、民間企業(含むコンサルタント)など開発援助を支える幅広い層の参加を確保し、拡大していくことが重要である。特に、従来型のインフラ整備に加え、政策・制度造りあるいは各国・国際機関との対話を通じた援助協調などソフト面での協力の重要性が飛躍的に増大する中で、日本国内の人材育成や開発・地域研究の推進など知的基盤造りが重要になっている。

(5)国民の参加と理解

 ODAが円滑に進められていく上で、幅広い国民がこれに関与し理解を示して行くことが重要である。そのためには、国民に対する説明責任を十全に果たすとともに、青年海外協力隊やシニア・ボランティア、地方自治体あるいはNGOを通じ、多くの人々が開発に関わっていくことが望ましい。我が国の一般国民がODAの意義と実態につき学ぶ機会が増えるよう広報・開発教育を進めていくことが重要である。また、日本企業のノウハウが一層活用されるような工夫を行うことも必要であろう。さらには、留学生、研修生の受入れ等、人と人との接触を通じ、異文化との接触を拡大し、日本の国際化を図っていく上でODAが果たす役割も少なくない。

II.円借款の今後のあり方

1.総論-円借款の特質

(1)円借款は、開発途上国の資金需要に応じ低利かつ長期の貸付を我が国の政策として行っていくスキームである。LLDCから中進国に至るまでを供与対象としているが、途上国が開発成果をあげ所得水準が上昇するに伴って、無償資金協力中心のODAは次第に有償資金協力中心に移っていくこととなる。また、有償資金協力についても、それぞれの国の発展段階に応じて、援助対象のプロジェクト選択に望ましい変化が加えられる。

 対象地域・国としては、これまで、95カ国を対象として供与されてきている。

(2)円借款は、その規模、インパクトの大きさから、日本と当該国との二国間関係を増進し、当該国及び地域の安定と繁栄を図る上で重要な外交上の役割をも果たし、我が国の国益の増進に寄与してきた。

(3)円借款は開発途上国に返済義務を課すことから、自助努力支援に最適なスキームであり、開発途上国の経済的自立を後押しし、持続的な経済成長に資する支援(運輸や電力といった経済インフラのみならず、制度構築や人材育成などの支援を含む)として効果的である。

(4)このような特質を持った円借款は、ハードである経済・社会インフラ支援を中心に、地球規模問題(とりわけ環境問題)、人材育成(教育案件、留学生借款)、貧困対策(地方インフラ整備、社会投資基金)、アジア通貨・経済危機克服(新宮澤構想、特別円借款)、構造調整などの諸課題の解決のために貢献してきた。

 貧困削減や環境など地球的規模の問題への対応が国際的な開発の重要課題となり、また、途上国のオーナーシップを強化するための人材育成、政策・制度造りなどソフトの分野での援助の比重が一層増大する等の環境変化に伴い、円借款のあり方についても不断の見直し・改革の努力が迫られている。

2.各論-今後の円借款の具体的方向性

(1)効果的・効率的かつ重点的な円借款の実施

(イ)円借款の選択的な供与

 開発途上国の開発ニーズは膨大であるが、円借款資金には限りがあり、投入資金が開発途上国の課題に的確に対処し、最も効率的に使用されるよう努める必要がある。そのためには、重点国・地域や重点分野に対して、より戦略的な視点に立ったメリハリのきいた円借款供与を行う必要がある。

 また、円借款は開発への明確な意思を持ち、適切なマクロ経済運営を行う意思のある開発途上国に対して供与することが重要である。逆に、適切な開発政策をとらず、過去に供与した円借款を十分活用していない国については、その国の貧困層に与える影響を考慮に入れながら、円借款供与について慎重な姿勢で臨むべきである。これにより、開発途上国側が、円借款の有効活用を図り、良い統治(Good Governance)を志向する誘因を与える効果も期待できる。

 円借款の供与に当たっては、開発途上国の発展状況やインフラの整備状況を十分考慮する必要がある。比較的経済発展が進んでいる開発途上国が援助から卒業することができるよう円借款供与により後押しすることが重要である。また、経済インフラ整備を外国からの援助に依存しなくてもよい国においては、経済インフラ整備への円借款の規模を縮小しつつ、当該国の資金が向かわないような地域・分野に供与対象を移行させ、結果としてその国への供与額を抑制することもあろう。

 さらに、案件の採択に際し、プロジェクトの効率を重視すべきである。具体的には、開発途上国の開発計画に則した多年度にわたる円借款候補案件のリストである「ロング・リスト」の策定を進めるとともに、個々の案件を取り上げる際には、結果重視の評価を踏まえる必要がある。また、個々のプロジェクトの結果のみならず、被援助国全体の開発効果を把握するために、個別プロジェクトの評価においても、被援助国における開発計画全体の中での位置づけを含め評価することが必要である。そのためには、例えば、国別援助計画の策定過程で評価の基準となる指標を十分に把握しておくべきである。その上で、個別プロジェクトへの対応を含め、評価から得られる教訓・提言を活用する体制を強化し、実施中或いは将来の全体計画の方向性に適切に反映することとする。

具体的施策
  • 途上国の援助吸収能力、今後の政策改善努力に応じた選択的な円借款の供与。
  • 発展状況に応じた円借款の供与のあり方の検討(「サンセット・クローズ」の適用可能性の検討)。

     現在、インドネシア、中国、タイなど14カ国について年次供与国の制度を設けているが、年次供与国に対する円借款の供与が、既得権益化しないように配慮する必要がある。具体的には、自国の開発課題に対する政策改善を着実に実施し、良好な実績を達成した国・実施機関に対し、より重点的な資金配分を行うよう不断の点検を行っていく必要がある。

     また、「サンセット・クローズ」の適用可能性を検討する。例えば、民間資金による経済インフラ整備が主流となっている国については、円借款の対象を経済インフラ整備から、より収益性の低い貧困や環境分野等に移行させるような要件、また、民間資金やOOFとの役割分担に考慮しつつ、円借款の供与から卒業する水準について検討する。


(ロ)供与案件の効果的・効率的な執行

 円借款供与に係る手続きの迅速化を図るとともに、供与を決定した後でも効果的・効率的に案件を進捗させる必要がある。

 円借款事業が円滑に進捗し、十分な効果をあげるためには、開発援助に関するあらゆる人的資源を組み合わせ、きめの細かい対応を行うことが重要である。そのためには、円借款案件と他のODAスキーム(開発調査、専門家派遣、プロジェクト方式技術協力、無償資金協力)との連携の一層の強化、NGO(先進国、ローカルは問わない)や研究調査機関等との連携の促進が必要である。また、開発途上国の多様な資金ニーズに応じた供与条件の設定の可能性の検討などを行っていくことも重要である。

具体的施策
  • 連携D/Dの拡充
     円借款と開発調査を組み合わせた連携D/D(円借プロジェクトの詳細設計(D/D: Detailed Design)部分を国際協力事業団(JICA)の開発調査により無償で行うもの)を今後より充実していく。
  • 円借款の手続きの迅速化のための標準処理期間の設定の検討
     円借款の供与手続きは、要請から借款契約の締結まで相当の時間を要する例がある。手続きの遅延は、相手国の要望に効果的に応えられないばかりか、関係スキームやNGO、民間セクターとの連携を図る上で悪い影響を及ぼす。今後は、供与の意図表明から交換公文(E/N)署名、借款契約(L/A)締結の過程について標準処理期間を設け、開発途上国政府及び日本政府内での手続きを迅速化することを検討する。
  • 開発途上国のニーズを踏まえた供与条件の新たな設定の検討
     国際協力銀行の財務の健全性およびOOFとの役割分担も十分踏まえ、開発途上国が、プロジェクトの耐用年数に見合った償還期間の選択や為替リスクの軽減などが出来るような供与条件(金利、償還期間)の設定の可能性の検討を行う。


(2)多様な開発ニーズへのきめ細かな対応

(イ)持続的成長の達成

 経済成長は、貧困削減の必要条件である。開発途上国においては、道路、港湾、通信などの経済インフラや、教育施設、上下水道や防災施設などの社会インフラの不備は引き続き経済成長の大きな阻害要因となっている。持続的成長の達成のために、引き続き円借款を活用していく。

 また、我が国や東・東南アジア諸国が経てきた歴史的経験に鑑み、マクロ経済の安定や、輸出産業関連等外貨獲得能力向上のための支援も重要である。プロジェクト借款によるインフラ整備の効果を最大限に引き出すためにも、必要に応じプログラム型の援助(注14)と組み合わせることが望ましい。

 さらに、IT分野における技術革新は今後の世界のあり方を変え、その結果開発途上国の経済発展のパターンをも変えかねない。例えば、IT関連インフラなど、21世紀における開発途上国の産業化に必要な新たなインフラ整備に対する円借款の活用についても率先して検討していく必要がある。

 なお、開発途上国の経済発展のためには、ODAで途上国の輸出産業を振興するために必要な基盤を整備するとともに、我が国の市場等へのアクセスを高めていく等、「政策の一貫性」の確保に努める必要がある。

具体的施策
  • IT分野(ハイテクパーク、創業サービスセンター(incubator)等)や外貨獲得能力向上のための輸出産業関連など新たなインフラへの支援

     IT革命の下、開発途上国の情報通信基盤整備のために、民間資金、OOFとの効率的連携の下で、ハイテクパーク、創業サービスセンター(incubator)等の新しい分野への支援を行っていく。また開発途上国の外貨獲得能力の向上のために、輸出産業等のための基盤整備を図っていく(円借款供与のみだけでなく、産業政策の立案、執行のための技術協力やマスタープラン(M/P)作成を組み合わせることが望ましい)。


(ロ)貧困削減と債務問題

 貧困削減を達成するための方策として、無償資金協力・技術協力とも連携しつつ、円借款を活用して、開発途上国の貧困削減が持続可能なものになるよう努めていく必要がある。具体的には、経済成長を促進するインフラ整備を通じて支援する一方、マイクロクレジット(小規模金融)、小規模農民支援や都市・農村部の貧困地域電化事業等を実施し、貧困層の市場への参加を促し、成長の過程に組み込むことにより貧困削減を図ることが重要である。また、貧困層が自ら社会参加を行い、生活向上に取り組んでいける力をつけるため、教育の場の形成や研修の実施を通じた人材育成に努めることが重要である。こうした視点を踏まえ、案件の適切な形成・実施に取り組む必要がある。また、相手国の住民が出来るだけ事前に案件情報を知る機会が必要であり、そのためにも現地での情報公開や重要書類の現地語化などの努力を進めることが重要である。

 なお、債務問題を今後再び引き起こさないとの観点からは、円借款は、援助吸収能力が比較的高く、借款を有効に活用してきた実績のある国(アジア諸国)を中心に供与していくべきであり、債務負担能力の低い国については贈与を中心とするべきである。多くのサブ・サハラ諸国については、これまでの構造調整政策(規制撤廃、民営化などの政策)がマクロ経済の安定化に一定の貢献をする一方、農業を含む民間部門を十分に発展させるに至らず、特に輸出産業が創出されなかったことから、結果的に債務問題が深刻化したとの指摘がある。将来に向けて、債務管理能力の向上といったキャパシティ・ビルディングとともに、農業の発展や外貨獲得能力向上に資する輸出産業関連の支援が必要となる。これらのテーマについては、円借款のこれまでの経験から有益な示唆を導くことができよう。

具体的施策
  • 貧困アセスメントの実施。貧困層・社会的弱者に直接裨益する案件への対応。小規模案件への取り組み。

     主要国についての貧困アセスメントを実施するとともに、世銀の「目標介入プログラム(PTI: Program of Targeted Interventions)」(注15)のように融資額全体における貧困削減に資するものの割合を集計する等、貧困対策についての効果測定に努める。

     また、開発途上国の貧困層・社会的弱者に直接裨益する案件を社会的収益率等(注16)を勘案しつつ、今後とも円借款で対応していくこととする。さらに、一件一件が小規模である案件を、複数箇所における集合的・地域的な案件とし、現地住民の参加にも配慮しつつ、円借款による対応を更に進めていくこととする。

  • 円借款プロジェクトと贈与部分とのパッケージ化の検討

     円借款プロジェクトがより効果を発揮するよう、当該プロジェクトに無償資金協力や技術協力部分を組み合わせ供与するパッケージ化を検討する。(例えば、道路や発電所の建設を円借款で行う際に、貧困地域へのアクセスを確保するための接続(フィーダー)道路や配電網の整備を無償で行うことやこれに係る技術支援を行うことなど)。

  • 開発途上国の債務負担能力の審査能力向上及び開発途上国の債務負担能力に応じた円借款の供与

     開発途上国の債務負担能力につき、債務返済比率(デット・サービス・レシオ)、債務輸出比率等のデータに基づいた、今後の長期的な予測分析を国際協力銀行が更に充実させ、我が国全体として審査能力を高める。

     同審査結果等を踏まえ、債務負担能力が高い国については引き続き円借款を供与していくが、低い国については、無償資金協力を含む多様な方策による支援を検討していく。

  • 借入国の債務管理能力向上等への取り組み

     開発途上国の債務管理能力を向上させるため、被供与国政府の円借款担当者の研修・セミナーを引き続き行い、借り入れ国の債務管理能力の向上を図る。また、我が国よりの専門家の派遣等を通じ、PRSP作成や中期支出枠組み(MTEFs: Medium Term Expenditure Frameworks(注17)などに対し支援を行っていく。


(ハ)環境問題への対応

 開発に際しては、成長のみではなく、環境に対して十分な配慮がなされ、「持続可能な開発」を達成することが重要である。環境問題については、気候変動枠組み条約締約国会議(COP)など既に国際的な取り組みも進んできているが、我が国のODAについても、開発途上国の環境保全を支援するとともに、全てのODA案件の実施に際して環境配慮がなされる必要がある。円借款については、環境配慮のため、国際協力銀行のガイドラインに基づいて案件の審査が行われており、また、上下水道整備、廃棄物処理、森林保全や大気・海洋汚染防止等の環境案件については、通常の貸付よりも優遇された低い金利(特別環境金利など)を設定し、開発途上国の環境保全対策を支援しているが、今後も、より積極的に環境問題に取り組んでいく必要がある。

具体的施策
  • 環境案件の積極的取り上げ

     99年度の円借款による環境保全事業は、全承諾額(1兆335億円)の44.9%を占めたが、今後とも案件の発掘・形成に努め、環境案件を積極的に取り上げていく。

  • 地球温暖化対策への取り組み

     国際協力銀行の出資機能も活用し、地球温暖化対策に取り組んでいく。(例:世銀・炭素基金への出資)


(ニ)民間セクターとの連携

 近年、開発途上国の経済開発において民間資金(途上国の国内民間部門及び海外資本の両方)の役割は重要性を増している。民間資金導入の動きについては、ODA大綱(92年6月)において「・・・市場指向型経済導入の努力・・・に十分注意を払う」とされていること、また、ODA中期政策(99年8月)においても「・・・市場経済化に向けた改革を進める国に対し、・・・積極的に支援を行う」とあることから、我が国として基本的にこれを支援していく方針である。

 民営化の流れは、世界銀行や国際通貨基金(IMF)などの指導もあり、多くの途上国において実施機関や施設の株式会社化や一部の株式の民間への売却などの形で進んでいる。円借款はこれまで国・地方公共団体などの公的セクターを借入人としてきているが、一部民間資金が導入された実施機関を借入人とする事業への協力のあり方については、償還確実性及び民間資金やOOFとの役割分担に十分配慮しつつ、民営化の流れを推進する方向で検討していくことが重要である。

 近年の我が国経済情勢の低迷に鑑み、国民の理解と支持をこれまで以上に得てODAを進めていくとの観点から、円借款事業において我が国企業の受注を増やし、我が国の援助であることを相手国国民によく理解してもらうべきであるとの意見が表明されている。円借款を含めた我が国ODAのアンタイド率は諸外国に比しても高く、我が国としては、一般アンタイドを原則とするとの基本方針は維持しながら、国際ルール上可能な範囲で、例えば、特別円借款(注18)の実施に際しタイド条件を導入する等、我が国企業の有する技術や経営上のノウハウの活用に努めてきた。今後とも、このようなバランス感覚を持った対応が必要である。さらに、円借款事業完成後の案件の維持・運営管理に対し日本企業の参画を支援することも検討していく。(注19)

 また、民間資金と円借款の連携により、開発途上国における膨大なインフラニーズに応える、いわゆる「民活インフラ」案件を促進するため、これまでの評価も行いつつ優良案件の発掘・形成に努め、円借款の供与を検討する。

具体的施策
  • 円借款事業完成後のインフラの運営・維持管理における日本企業の参画推進(官民の意見交換の場の設置等)。円借款を通じた民間企業による開発途上国への技術移転の推進。

     開発途上国においては、市場経済化、経済の効率化の進展に伴い、円借款で建設したインフラ設備の運営・維持管理を民間企業に委ねる例が多くみられるが、かかる業務に日本企業が参画しうるよう、必要な支援を行う。具体的には、民営化に係るコンサルティング・サービスへの支援、政府・民間の情報交換・意見交換の場の設置などの支援策が考えられる。

     開発途上国においては、日本を含む先進国からの技術移転を望む声が強い。開発途上国企業では実施が困難な高度な技術を要する施設建設等に対し、国際競争の下、先進国の技術・ノウハウを活かしていく必要がある。これを特別円借款等の活用により推進する。また、円借款事業を先進国企業が受注した場合、施工の過程を通じて開発途上国側に必要な技術移転が図られている。これを一層促進するため、入札において、現地実施機関や下請け企業に対する技術移転のためのトレーニングや企業の持つ技術力を入札評価項目として採用し、優れたトレーニング計画等のソフト面やハード面において高い技術力を提示した企業が評価されるような仕組の導入を検討する。

  • 国際協力銀行の出資機能を利用した経済協力の検討

     開発途上国の経済開発にとって、現地の裾野産業の育成は重要な課題である。円借款の供与は、経済社会基盤を整備し、民間企業が活動を行う下地を整備するものであるが、これに加えて、国際協力銀行のもう一つの機能である海外投融資、なかんずく出資機能の役割・あり方について、民間補完やOOFとの役割分担を踏まえつつ、十分検討する。


(ホ)開発途上国の多様なニーズへの対応(人材育成、ジェンダー他)

 開発途上国において対応が必要とされているのは、貧困削減に止まらない。留学生支援等の人材育成の重視、案件形成や実施過程でのジェンダー配慮、中進国における個別の開発ニーズ(例:国内における所得格差是正等)への対応など、開発途上国の多様なニーズに対し、迅速かつ効果的に対応していく必要がある。

具体的施策
  • 有償資金協力による我が国への留学生支援の更なる活用

    人材育成支援として、留学生借款の更なる活用を図っていく。

  • 中進国の開発ニーズ(特に開発途上国国内の所得格差是正等)への可能性の検討(各国別の事情への配慮が必要)

     中進国に対する円借款については、現在、原則環境案件のみとなっているが、国内の所得格差是正等、多様な開発ニーズは依然として存在することから、円借款の役割や各国個別の事情に配慮しつつ、これへの対応の可能性について検討することとし、このためのガイドラインにつき検討を開始する。


(3)開発途上国の国造りへの知的貢献と援助協調への積極的参加

 上述の多様な開発ニーズ、特に貧困削減や環境や地球規模問題など新たな開発の課題に対応していくためには、国際的な援助協調の議論に積極的に参加するとともに、開発途上国の政策・制度造りに貢献していくことが重要である。

 そのためには、我が国の援助実施のための基盤をより強化することが不可欠である。現在、円借款に関わる人員は他ドナーと比較して不足している(注20)。また、昨今では、各ドナーとも現地事務所への権限委譲が進んでおり、重要なドナーミーティングが現地で行われることもしばしばである。かかる事態に対応し、少ない人員で援助を効率的に進めていくためには、円借款を含むODAの実施能力(大使館、国際協力銀行、JICA)を全体として強化するとともに、政府と援助実施機関の間の役割分担を踏まえ、専門性をそれぞれ活かしていく必要がある。また、現地への権限委譲・人員配置の強化も行う必要がある。

 さらに、援助機関のみならず、開発問題について専門的な知見を有する人的資源を幅広く確保することが必要となる。国内の関係省庁、JICA専門家、学界(開発経済学のみならず、社会人類学者等他の社会科学の専門家も含む)、NGO、研究調査機関、民間企業(含むコンサルタント)など、開発に関わっている人的資源を活用し、オールジャパン(all Japan)としての連携を図っていくべきである。これらの知見が総体として我が国援助の「知的貢献基盤」を形成することとなる。特に、行財政改革の中にあっては、民間における知的貢献業界の育成を支援し、ODAを支える国内体制を作ることが重要である。また、そうすることにより、開発問題を一生の仕事としようと志す若い人々に十分なキャリア・パスを提供することにもなる。

具体的施策
  • 地域・開発戦略研究のための拠点造り

     国内の各大学において開発問題に関わる人材育成・研究が開始されている。これを研究・実務との連携面でさらに強化するため、文部省等関係省庁と連携しつつ、地域・開発戦略研究の拠点を大学院レベルの適当な教育機関に設けることを検討する。同拠点は、関係省庁、JICA、国際協力銀行との緊密な人的交流を図ることとし、また開発途上国のマクロ経済計画、セクタープログラム等の知的インプットを行うなど援助実施の際の知的基盤を提供するものとする。

     また、外務省において、開発関係の国際機関等へ職員の派遣等を通じて、専門的知見・経験を持つ職員を更に養成すべきである。国際協力銀行において、開発途上国のマクロ経済、セクターについての調査研究体制の強化につき、調査研究部門へのマクロ経済等の専門家の養成・配置を含め検討する。

  • 主要被援助国についてのワーキング・グループの設置

     国別援助の実施に当たっては、国別援助計画に加え、関係省庁、国際協力銀行、JICA、学界関係者、NGO等からなるワーキング・グループを主要被援助国につき設置し、世銀や地域開発金融機関等の動向をも含め、調査研究等を行う体制を整備する。なお、同研究会には、文化人類学者等多様な社会科学の視点が反映されるよう努める。

  • 開発分野におけるキャリア・パスの提供

     今後のODAの実施にあたっては、無償資金協力や技術協力と連携し、社会開発や制度改革に対する知的貢献等のいわゆるソフト分野の事業を拡大していく方針を明確にすべきである。これにより、我が国国内の大学、コンサルタント業界、NGOにおける人的投資を奨励し、開発を志す若者にキャリアパスを提供できるようにする。

     例えば、我が国国内の大学には、開発分野に参画し得る人材が潜在的に多数おり、このような人材がより機動的に援助事業に参画し得るよう、定員面・制度面の整備を含め、文部省との協力を強化しつつ検討を行っていく。

     また、コンサルタントについては、プログラム開発調査を新設するなどにより、ソフト分野への積極的参画を図っていく。

     国際協力銀行やJICAにおいては、事業の実施サイクルに着目した契約ベースで外部専門家の活用を検討する。

     外務省においては、在外公館を含め、分野別の知見を強化するために、マクロ経済や開発について専門的な知識・経験を有する我が国国内の大学等の人材や民間人材の登用を行うことを検討する。

  • NGOとの連携の強化

     NGOも開発を志す若者にとって重要なキャリア・パスの一つであると言える。NGOは、援助における重要なプレーヤーであり、社会セクター等における円借款をよりきめの細かいものとするために、案件形成から案件監理に至るまでNGOとの経験・知識を生かすよう、連携を深めることが望ましい。そのためには、専門性の高いNGOを育成することが重要であり、NGOのキャパシティ・ビルディングのためにODA資金を活用していく。また、現地のNGOの知見を活用するとともに、それらNGOとの具体的な連携の可能性についても検討する。

     また、円借款におけるNGOとの連携を実効性あるものとするために、国際協力銀行・NGOとの定期協議会を設ける。

  • 知的貢献人材のネットワーク化

     国内の関係省庁、JICA専門家、学界、NGO、研究調査機関などの開発に関わる人材についても、インターネット等を活用し、セクター別、専門別にネットワーク化を図る。また、世銀の「グローバル・ディベロップメント・ネットワーク(GDN(Global Development Network))」との連携も図る(注21)

  • 現地におけるODA実施を支援する広域型の知的支援の拠点造り

     現地の大使館、国際協力銀行、JICAが一体となって、ODAを効果的・効率的に進めるために、主要被援助地域毎に拠点を設け、域内各国における政策・セクターレベルにおける分野別の専門的知見による支援が可能となるようにする。


(4)説明責任の向上と広報の強化

(イ)説明責任の向上

 円借款事業の実施につき、国民の理解と支持を引き続き得るためには、資金が適正に使用されることを確保するのは当然である。そのため、案件の資金使途の適切な管理や、円借款の調達における不正防止の徹底に努める必要がある。特に、開発途上国における汚職の防止は、開発途上国の統治(ガヴァナンス)向上の観点からも不可欠である。国際協力銀行は、我が国ODAの調達に関して、不正行為を行った企業を一定期間円借款プロジェクトの契約者として不適格とするよう調達ガイドラインの改定を行ったが、今後ともその厳正な運用に努める必要がある。

 また、今後、財政投融資改革の流れの中、財投機関である国際協力銀行の政策コスト分析を進めていく上で、プロジェクト・レベルのみならず、より総合的なレベルでの円借款の評価を充実させていくべきである。

具体的施策
  • 国際的会計基準による監査の活用促進

     小規模集合型案件やセクター・プログラム・ローン(SPL)の見返り資金プログラム(注22)の資金使途確認を外部委託(アウトソーシング)する際には、国際的会計基準による監査を活用することとする。

  • 様々なレベルにおける円借款事業に対する評価の充実

     個々のプロジェクト・レベルにおいては、事前評価について、数量的な指標を導入した評価を更に拡充するとともに、事前・中間・事後評価に至る一貫した評価プロセスを確立する。また、従来の評価は個別プロジェクトを中心に行われてきたところ、国単位のプロジェクト全体(ポートフォリオ)やプログラム、セクター・政策レベルでの評価を充実させる。さらに評価に当たっては、第三者専門家を活用するとともに、他の援助機関、被援助国との合同評価をも積極的に行い、パートナーシップの推進に寄与することとする。


(ロ)広報の強化

 ODAの広報については、これまでにも積極的に推進すべきとの意見が出されている。外務省や国際協力銀行においてもホームページを創設するなど、一般市民がODA(円借款)に関する情報にアクセスしやすい環境を整えつつあるが、引き続き国民の関心の高い分野の情報公開やアクセスの改善などを通じ、さらに国民に対する説明責任の一層の向上に努める必要がある。

 また、我が国国民のみならず、先進国や被供与国の国民に対してODA(円借款)の役割について理解を深めることが、ひいては国内のODAの支持にもつながるものと考えられる。

具体的施策
  • インターネット等を活用したODA(円借款)関係の資料・データが全て揃うような場の設置

     インターネット等の更なる活用により、外務省、国際協力銀行等より出されているODA(円借款)に関する全ての資料・データが揃うような「ワンストップ・ショップ」を設けることを検討する。

  • 現地広報のための円借款の一部活用

     円借款のコンサルタント・サービスに事業の広報パンフレットの作成を盛り込むなど、借款資金の一部を現地広報のために活用することを検討する。


III.結語

(提言の早急な実現)

 以上のように、今後の円借款の具体的方向性として、(1)効果的・効率的かつ重点的な円借款の供与、(2)多様な開発ニーズへのきめ細かな対応、(3)開発途上国の国造りへの知的貢献と援助協調への積極的参加、(4)説明責任の向上と広報の強化、について具体的な考え方を述べ、これを柱に、計26ケの具体的施策について提言を行った。これらの具体的施策については、その早急な実現を目指して、外務省が関係省庁・実施機関等と至急具体的な検討に入ることを期待する。

(各国別の円借款のあり方)

 各国別の円借款のあり方については、本提言で触れることはしなかったが、政府にて順次策定中の国別援助計画を踏まえ、開発途上国の多様性とオーナーシップを尊重した自助努力支援を行っていくことが、極めて重要であることを付言したい。

(ODA全般の議論の必要性)

 本懇談会では、円借款に関する問題のみならず、貧困削減を中心とする国際的な援助課題や国内における環境変化への対応など、ODA全般に共通する課題に議論が及んだ。今後は、円借款のみに留まらず、他のスキームも視野に入れたODA全般について、我が国の考え方を整理するため、引き続き議論を行っていく必要があると考える。
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