ODAとは? ODAちょっといい話

「東ティモール便り~国造りの現場から」

(在東ティモール政府代表事務所 福島秀夫)

第三話 国を担う礎(いしずえ)

新聞
 4月29日お昼のコモロ空港沿道付近は、普段の空港ではあまり見ることはない白と青の制服姿の子供たちで溢れました。数百人もの小学生がみんな笑顔で日の丸の小旗を振っています。日本の首相の東ティモール来訪を歓迎して集まってくれたディリの子供たちです。ついに東ティモールに小泉総理が来られました。わが事務所も、数日前からジャカルタの日本大使館や近隣公館などから20人ほどの応援を得て準備に奔走、やっとこの日を迎えました。事務所の改装も何とか間に合い、総理が通る海岸通りに面した前庭では、外から見えやすい場所に日の丸が移設され、ひと際鮮やかに翻りました。また国連UNTAETや東ティモール暫定政府も初の主要国首脳の来訪とあって、大変な気の遣いようです。総理到着時にはシャナナ・グスマン次期大統領と、デメロ国連特別代表が揃い踏みでお出迎え。総理は当地織物のタイスを首にかけてもらい、民族衣装を着た少女達の歓迎の踊りに拍手されました。

 地元紙も、最大の支援国首脳の来訪について大きな扱いで報道しました。主要紙「東ティモールの声」は、訪問当日朝に、社説を掲載。「今次総理の訪問は、東ティモールへの日本の高い関心と継続的な支援姿勢を示すもの。これが東ティモールにとって新しい意味を持つことを期待したい」として、日本からの継続的な支援について期待をにじませます。実際、今回の総理の訪問は、東ティモールと日本にとって象徴的な意味を持っていたと思います。アジアの友人である日本が、独立後も引き続き東ティモールを親身になって支えてくれる。これはチモール人に大きな勇気を与えるメッセージでした。総理は、独立を心から祝福しつつ、国民和解と団結の重要性を強調。その上で、国造りにまい進する東ティモールへの今後の支援を惜しまない、とはっきりとチモール側指導者に伝えました。

 もちろん、こうした日本の支援を今もっともよく体現しているのが、3月から当地PKFに派遣されている、自衛隊施設部隊です。今回の訪問の目的には、自衛隊部隊の円滑な任務遂行のため国連や暫定政府の協力を求めることと、部隊の激励とが含まれていました。部隊宿営地となっているタシトル湖畔を視察に訪れた総理は、整列した隊員を前に、「国際貢献を口にする政治家は多いが、実際に汗を流しているのは皆さんだ」とねぎらいの挨拶をし、7名の女性隊員とも歓談されました。タイ人のPKF司令官からは「北海道から来たときは白い顔をしていた自衛隊員は今や真っ黒けだが、これはゴルフのせいではありません」とありがたい(?)お言葉もあり、総理も隊員の並々ならぬ現場の苦労にを目の当たりにして「まさに言葉より実行だ」と納得のご様子でした。

学校
 一方、視察に先立っての東ティモール側要人との会談では、やっと歩み始めたばかりの東ティモールの今後の国づくりについて、総理の哲学がはっきりと示されたように思います。それは「教育こそ国の礎」という考えです。会談で言及された長岡藩の「米百俵」の話は、文化も言葉も違う先方指導者の心にずしんと響いたようでした。今は厳しい状況でもなんとか我慢して、将来を見据えて人材育成を推進することが、国を興すうえで何より重要である。まさにこれは東ティモールにもっとも当てはまる教訓でしょう。それは、東ティモールがこれまで経験してきた歴史や、今後の国としてのあり方などにも密接に関連しているからです。つまり、これまでの闘争と混乱の歴史が子供たちへの教育機会への障害となり、抜本的な改善の需要があること。また、向こう数年の期間限定の石油ガス収入のみに依存せず、末永く国として立ち行けるようになるには、日本やシンガポールのように人材こそが真に意味のある資源となるためです。

 とにかく当面は、初等教育の改善と充実が喫緊の課題です。東ティモールの年齢構成は非常にいびつです。年代別人口分布図にすると、極端に裾野が広いピラミッドとなります。人口の約半分が17歳未満(国政選挙の非有権者)であり、街も山村もいたるところに子供が溢れています。これは貧困と家族計画の不足という問題も大きいですが、ここ数年の社会混乱の影響もあります。ディリの街では、国連のある中心部とディリ港の辺りに、昼間から良からぬ物品を売り歩く少年たちがたむろしています。その多くは、99年の住民投票後の騒乱時に親兄弟を失ったり、または親が失業中のストリート・チルドレンです。NGOなどがシェルターを提供し教育機会を与えようとしていますが、なかなか追いつかないのが実情です。また半数近くの世帯で何らかの家庭内暴力が行われているというショッキングなデータもあります。これも貧困ゆえでしょうが、その犠牲となっているのはとくに女子を中心とした子供たちです。人口の55%が文盲とされる当地の教育面での根源的課題はこの辺にあります。

教室
 日本は、対東ティモール開発支援の3本柱として、インフラ構築と農業にならんで、人材育成をあげています。とくに初等教育については、ODAを通じて、過去の騒乱で焼かれ打ち壊された校舎の復旧を軸に、環境作りを支援してきました。昨年は約120万ドルの緊急無償資金援助がユニセフに拠出され、全国200校余りの小学校で壊れた屋根などがきれいに補修されました。また当地ユニセフでは、こうした資金の一部を活用して、ノートなど文房具も購入し、貧困地区での文房具不足を少しでも補おうとしています。あらゆる物資が不足気味である地方では、ありがたいきめの細かさです。またきめ細かいと言えば、やはりNGOによる支援は教育分野では欠かすことはできません。全国津々浦々の学校まで入り込んでの支援の展開は、献身的で経験豊富なNGOの努力があってこそ可能だからです。こうしたNGOの幾つかに対しても、草の根無償援助というODAが流れています。国づくり支援という同じ大義の下での日本政府との強力な連携です。

 こうした援助の対象となったNGOのひとつであるADRA・JAPANは、東ティモールの騒乱後の復旧・復興事業に以前から精力的にとりくんできています。昨年はディリ市内の小学校を改装・補修しました。市内南部の山すその貧困地区にあるベコラ小学校(現在は中学校として使用)がそれです。先日、同校を訪れ授業風景を拝見しましたが、質素ながらも機能的に改修された校舎で、生徒たちは明るい表情で勉強をしていました。ただ治安が悪い地域だけに、盗難対策など維持管理も大変な苦労があるようです。校長先生の声がけで、生徒を動員して校内設備の掃除が行われているようですが、自分たちの学校を大切に使っていってほしいものです。援助を生かすも殺すも人次第。人造りなくして国造りはあり得ません。前よりきれいになった中庭で遊ぶ子供たちの元気な声は、どこか将来の希望を感じさせる明るいものでした。

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