国連外交
国際海事機関(IMO)概要
国際的な海のルールづくり
船は世界中を航海し、また、港には様々な国から多様な貨物を積んだ船が集まってきます。船に関する各国の規則がまちまちで、船の大きさの基準や安全・環境に関して保持すべき設備の基準などに大きな差があると、受け入れる港で混乱を招くだけでなく、ともすればタイタニック号事故(注)のように、船員や旅客の命に関わる問題ともなります。船の通航量の多い海域については、衝突を防止するため、共通の交通規則を作成しておく必要があります。
また、船舶の入出港に関する手続が各国ごとにまちまちで複雑であった場合、船側にとって不便であり、国際的な物流を円滑に行うことができません。
このように、国際的な航海を行う船については、安全確保や海洋汚染防止など様々な観点から、全世界で統一的なルールを作成する必要があり、このようなルール作りが、ロンドンにある国際海事機関(International Maritime Organization; IMO)で行われています。
加えて、テロ行為や海賊への対処、海上輸送を通じた密輸や密航の防止なども、国際的な航海が安全に行われるために重要であり、IMOはこれらの問題にも積極的に取り組んでいます。
注:タイタニック号事故
当時世界最大の豪華客船タイタニック号(46,328総トン)がその処女航海において氷山と衝突・沈没した事件(1912年4月14日の深夜、北大西洋上にて発生)は、乗船者約2,200人中、約1,500人の犠牲者を出すという大惨事となり、世界に大きな衝撃を与えました。
この事件を契機として、それまで各国がそれぞれの国内法で規制していた船舶の安全に関する措置を国際条約の形で国際的に取り決めるべきとの気運が高まり、1914年1月にロンドンにおいて国際会議が開催され、最初の「海上における人命の安全のための国際条約」(1914SOLAS条約)が採択されました。
国際海事機関(IMO)の活動
1 組織
IMOは船舶の安全及び船舶からの海洋汚染の防止等、海事問題に関する国際協力を促進するための国連の専門機関として、1958年に設立されました(設立当時は「政府間海事協議機関」(IMCO)。1982年に国際海事機関(IMO)に改称。)。我が国は設立当初に加盟国となり、理事国の地位を保持しています。2024年7月現在、176の国・地域が正式に加盟し、3地域が準加盟国となっています。
IMOには、総会(2年に1回開催)、理事会(年2回開催)に加え、条約の審議等を行う海上安全委員会(Maritime Safety Committee)、法律委員会(Legal Committee)、海洋環境保護委員会(Marine Environment Protection Committee)、技術協力委員会(Technical Cooperation Committee)及び簡易化委員会(Facilitation Committee)の5つの専門的な委員会があります。
2 主な活動
IMOは、船舶の安全、海洋汚染防止、海難事故発生時の適切な対応、被害者への補償、円滑な物流の確保などの様々な観点から、船舶の構造や設備などの安全基準、積載限度に係る技術要件、船舶からの油、有害物質、排ガス等の排出規制(地球温暖化対策を含む)等に関する条約、基準等の作成や改訂を随時行っています。
これまでに作成された主な条約には、1912年に発生したタイタニック号の沈没事故を契機に作成された前述の1914SOLAS条約の流れを汲んだ、船の構造、救命設備、無線設備などの基準を定めた「1974年海上人命安全条約(SOLAS条約)」、貨物の積載限度に関する「1966年の満載喫水線条約(LL条約)」、船舶の運航に起因する汚染防止のための「船舶汚染防止国際条約(MARPOL73/78条約)」、国際航海に従事する船舶の入出港に関する手続を簡易化する「国際海上交通簡易化条約(FAL条約)」等があります。
また、IMOでは、旗国(船舶の船籍国)による国際基準の遵守能力に差があり、サブスタンダード船(条約非適合船)の増加などの問題が生じている状態に鑑み、寄港国による監督(PSC:ポートステートコントロール)の枠組を構築し、加えて、旗国による国際基準の実施状況を検証する方策が検討されていましたが、2003年の総会において、我が国等の発案により、「任意によるIMO加盟国監査スキーム」が創設され、2006年9月より監査が開始されています。この枠組みは、IMOの加盟国が、自国籍船舶に対してIMOで定められた安全確保・環境保全に関する基本的な条約を履行させる義務を十分に果たしているかについて、任意により専門家による監査を受けることができるものです。我が国は、2007年2月に任意監査を受け入れました。その後、2016年からこの監査スキームは義務化されました。
3 海洋環境保護、テロ・海賊対策及び地球温暖化対策への国際的関心の高まり
1997年1月に日本海沖で発生したタンカー「ナホトカ号」事故、1999年12月にフランス・ブルターニュ沖で起きたタンカー「エリカ号」事故、2003年にスペイン沖で発生したタンカー「プレスティージ号」事故、2012年1月にイタリア中部沖で発生したクルーズ船「コスタ・コンコルディア号」事故等、大きな海難事故が発生していること等を背景に、海上安全や海洋環境の保護に関して国際的な関心が高まっていることから、IMOの活動はますます重要となっています。
また、2001年9月の米国同時多発テロを受けて、海事分野におけるテロ対策の必要性が認識され、2002年12月に開催されたSOLAS条約締約国会議において、新たに海上保安のための措置を規定する附属書(第XI-2章)が追加され、2004年7月1日に発効しました。さらに、2005年10月には、「海洋航行不法行為防止条約(SUA条約)」に関し、船舶を使用したテロ行為や大量破壊兵器等の輸送行為等の防止に資する改正のための2005年の議定書が採択されました。
ソマリア沖・アデン湾海賊対策については、IMOは、国際機関の中では早くからその問題に取り組み、国連安全保障理事会が国連加盟国に海賊対策を促す決議第1816号が2008年に採択されるまでに、国連安保理に強い働きかけを行いました。2009年にはジブチでソマリア周辺海域海賊対策会合を開催し、参加国は「西インド洋及びアデン湾地域における海賊及び武装強盗の抑止に関する行動指針」(通称「ジブチ行動指針」)を採択しました。現在ではソマリア周辺国を中心に、東アフリカ及び中東の20か国がこのジブチ行動指針に署名しています。
さらに、地球温暖化対策についても、国際海運からの温室効果ガス(GHG)排出削減に取り組んでいます。2011年、我が国が主導して、MARPOL条約の附属書VIが改正され、IMOで初めてGHG排出削減対策のための具体的な規制が導入されました。2023年には、「2050年頃までにGHG排出ゼロ」をはじめとするGHG削減目標等を盛り込んだ、「2023 IMO GHG削減戦略」が採択されたことを受けて、IMOにおいてさらなる具体的対策の立案作業が行われています。
我が国の貢献
我が国は、IMOの設立以来、継続して理事国としてその活動に積極的に参加し、各種規則の策定等に大いに貢献しています。2021年12月に行われたIMO第32回総会において、我が国は理事国に再選されました。
我が国は、主要海運・造船国としての知見を活かして、各種条約を始めとしたルール策定の審議にも積極的に参加しています。例えば、我が国主導により、船底への有害な塗料の使用を規制する条約(2001年の船舶の有害な防汚方法の規制条約(AFS条約))が作成されて、また、2011年7月に国際海運として初めてとなる温室効果ガス削減対策としてMARPOL条約附属書VIの改正が採択されたことは前述のとおりです。このように我が国は、その考え方を反映させつつ、グローバルな視点から貢献しています。
海賊対策については、我が国は2009年に開催されたソマリア周辺地域海賊対策会合にオブザーバーの立場で参加し、ジブチ行動指針の中で言及されているソマリア周辺国に設置される情報共有センターの整備や、訓練センターの建設等のために、総額1,460万ドルをIMOに拠出しています。
また、2012年から2015年までIMO事務局長に日本人(関水康司氏)が就任するなど、我が国は人的な面でも貢献しています。我が国の2000年春の叙勲では、国際機関に勤務した邦人が初めて対象となったケースとして、元IMO事務局次長に対して勲章が授与され、2011年にも元IMO海洋環境部先任次長に対し、勲章が授与されました。
なお、2024年の我が国のIMOへの分担金は、932,533英ポンドで、パナマ、リベリア、マーシャル諸島、中国、シンガポール、マルタ、香港、バハマ及び英国に次いで第10位(全体の約2.62%)です。
IMOで作成された主な条約(以下の各条約の名称は通称)
(1)船舶の航行の安全及びトン数の測度に関するもの
1974年海上人命安全条約(SOLAS条約)
船舶の堪航性(航海に堪えること)及び旅客や船員の安全を確保するために必要な船舶の構造、救命設備や航海道具などの技術基準について、国際的に統一された基準を定めるとともに、主管庁又は認定された団体による定期的な検査の実施、証書の発給、寄港国による監督(ポートステートコントロール)などの規定を定めたもの。
1966年の満載喫水線条約(LL条約)
船舶が安全に航行できるための貨物の積載制限及びその前提となる船体の水密性に係る技術基準を定めたもの。SOLAS条約と同様、主管庁又は認定された団体による定期的な検査の実施、証書の発給、寄港国による監督(ポートステートコントロール)などの規定が定められている。
安全コンテナー条約(CSC条約)
船舶に搭載するコンテナの構造強度、保守等について国際的に統一された基準を定めたもの。
1972年の海上衝突予防条約(COLREG条約)
航行中の船舶の衝突事故を防止するため、国際的に統一された航法、燈火及び信号の規則を定めたもの。
1969年の船舶のトン数の測度に関する国際条約(TONNAGE条約)
船舶の大きさの指標であり、諸税の算定などの基本となる「トン数」について、国際的に統一された測度の方法を定めるもの。
海洋航行不法行為防止条約(SUA条約)
船舶の奪取、管理、破壊等の海洋航行の安全に対する不法行為を犯罪とし、その犯人又は容疑者の訴追、引渡し等につき定めたもの。
漁船の安全のためのケープタウン協定
漁船の安全のための国際的な規則を定めるため、未発効である「千九百七十七年の漁船の安全のためのトレモリノス国際条約に関する千九百九十三年のトレモリノス議定書」の規定の修正、実施等について定めるもの。
(2)船舶に起因する汚染の防止に関するもの
船舶汚染防止国際条約(MARPOL73/78条約)
船舶の航行に起因する環境汚染(油、有害液体物質、危険物、汚水、廃棄物及び排ガス(エネルギー効率の改善含む。))を防止するため、構造設備等に関する基準を定めたもの。SOLAS条約と同様、主管庁又は認定された団体による定期的な検査の実施、証書の発給、寄港国による監督(ポートステートコントロール)などの規定が定められている。
船舶防汚方法規制条約(AFS条約)
船底外板に使用する塗料について、トリブチルスズ化合物(TBT)などの海洋環境に影響のある物質の使用を制限するもの。SOLAS条約と同様、主管庁又は認定された団体による定期的な検査の実施、証書の発給、寄港国による監督(ポートステートコントロール)などの規定が定められている。
船舶バラスト水規制管理条約(BWM条約)
船舶の復原性を保つための「おもし」として船舶に取り入れられる海水であるバラスト水に含まれる生物及び沈殿物の排出による環境等への被害を防止するもの。
船舶再資源化香港条約(シップ・リサイクル条約)
船舶の安全かつ環境上適正な再資源化のため、船舶における有害物質を含む装置等の設置及び使用の禁止又は制限、締約国によって許可を与えられる船舶の再資源化施設の要件等について定めるもの。
(3)船員の資格等に関するもの
1978年の船員訓練、資格証明及び当直基準条約(STCW条約)
船舶に乗り組む船員の資質、訓練、資格証明及び当直の基準を定めたもの。SOLAS条約と同様、寄港国による監督(ポートステートコントロール)の規定が定められている。
(4)船舶の出入港に係る手続に関するもの
国際海上交通簡易化条約(FAL条約)
国際海上交通を簡易化するため、国際航海に従事する船舶の到着、滞在及び出発に関する手続及び書類に係る要件の国際的な簡易化及び画一化について定めたもの。
(5)海難発生時の措置、捜索救助に関するもの
1979年の海上捜索救助条約(SAR条約)
各国が自国の沿岸域において適切な海難捜索救助業務を行う体制を確立するとともに、関係国との協力により、全世界的に統一された捜索救助体制の構築を目指すもの。
油汚染事故の場合の公海上の措置条約(INTERVENTION条約)
公海上でタンカーの破損などによる油汚染事故が発生した場合に、沿岸国が自国民の利益を守るために一定の範囲内で必要な措置をとることができることを定めたもの。
1990年の油汚染準備、対応及び協力国際条約(OPRC条約)
油汚染事件に関し、船舶及び港湾施設に対する対応マニュアルの備え付け、沿岸国による準備及び対応に関する国内体制の確立、締約国間での技術協力などについて定めたもの。
2000年危険・有害物質汚染事件に関する議定書(OPRC-HNS議定書)
油以外の危険物質及び有害物質(HNS)による汚染事件に関し、船舶及び港湾施設に対する対応マニュアルの備え付け、沿岸国による準備及び対応に関する国内体制の確立、締約国間での技術協力などについて定めたもの。
(6)海難に係る船舶所有者の責任制限、補償等に関するもの
1976年海事債権責任制限条約(LLMC条約)
海難事故に係る船舶所有者の責任を、船舶のトン数に応じた一定限度に制限することを定めたもの。1996年に責任限度額を引き上げる改正議定書が作成された。
油汚染損害の民事責任条約(CLC条約)
タンカーによる油汚染事件に関し、船舶所有者に厳格責任を課すとともに、その責任額を一定限度に制限すること及び保険加入の義務化などを定めたもの。
油汚染損害補償国際基金設立条約(FC条約)
タンカーによる油汚染事件に関し、船舶所有者による補償が十分でない場合に、補完的に被害者への補償を行う基金(油受取者の拠出金を原資とする。)の設立を定めたもの。
油汚染損害補償国際基金設立条約2003年議定書(SF議定書)
タンカーによる油汚染事件に関し、船舶所有者による補償及び上述の基金による補償が十分でない場合に、追加的に被害者への補償を行う基金(油受取者の拠出金を原資とする。)の設立を定めたもの。
燃料油汚染損害の民事責任条約(バンカー条約)
船舶からの燃料油の流出又は排出により汚染損害に関し、適正で迅速かつ効果的賠償の支払を確保するため、船舶所有者に無過失責任や、保険者等に対する賠償額の支払の直接請求等を定めたもの。
難破物除去ナイロビ条約(ナイロビ条約)
放置座礁船等の難破物の迅速かつ効果的な除去及びこれに関する費用の支払を確保するため、船舶の登録所有者の無過失責任や、保険者等に対する費用の支払の直接請求等を定めたもの。