1 情勢認識
(1)中長期的な国際情勢の変化
ア パワーバランスの変化と主体の多様化
21世紀に入り、中国やインドを始めとするいわゆる新興国の台頭や世界経済の重心の大西洋から太平洋へのシフトが指摘されてきた。また、長期的な人口動態予測を見れば、今後アフリカ諸国の相対的な人口増加が予想されている(1)。新興国の台頭は世界経済の推進力となってきた一方で、パワーバランスの変化をもたらしている。
また、国際場裏においては、国家のみならず、国際的な非政府組織(NGO)や多国籍企業もより重要な役割を果たすようになり、その国際社会への影響力も大きくなっている。それと同時に、非国家主体によるテロ行為の深刻化が懸念されている。
パワーバランスの変化や国際場裏における主体の複雑化は、国際秩序における指導力やグローバル・ガバナンスの在り方に変化をもたらしているほか、力による現状変更の試みや既存の国際秩序の不安定化につながり得ることが懸念される。
イ 脅威の多様化と複雑化
パワーバランスの変化や安全保障に関する協力の枠組みの制度化が不十分であることを背景として、領域主権や権益をめぐって、純然たる有事でも平時でもないグレーゾーン事態の増加が懸念されており、安全保障環境が複雑化している。
大量破壊兵器や弾道ミサイル等の移転・拡散・性能向上に関する問題は、国際テロ組織等による大量破壊兵器の取得・使用の可能性を含め、日本を含む国際社会全体にとって大きな脅威となっている。
国際テロについては、近年いわゆるソフト・ターゲットを狙った大規模なテロ事件が深刻化している。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を含むコミュニケーション・ツールの進歩は、国際テロ組織のイデオロギー拡散と活動範囲の拡大にも利用されている。
近年の科学技術の進歩により、サイバー空間や宇宙空間といった人類の新たな活動領域が生まれているが、これは大きな機会とともに新たなリスクや脅威も生み出しており、適用されるべき規範の確立も発展途上にある。
さらに、兵器の無人化・自律化技術やサイバー技術の革新については、従来の安全保障の在り方を変えていく可能性が指摘されている。
ウ 保護主義・内向き傾向の顕在化
世界経済は、グローバル化や技術の進展とともに世界的なサプライチェーンと金融システムの発達により、相互依存がこれまで以上に強まっている。これらは更なる成長の機会を生み出す一方、一地域の経済ショックや商品相場の変動等の要素が同時に他の地域又は世界経済全体に対して影響を及ぼしやすくしている。また、国境を越えた経済活動を更に円滑なものとするため、ルールに基づいた経済秩序の維持・構築の必要性が一層高まっている。
その一方で、グローバル化に逆行する動きとして、保護主義や内向きの傾向が強まっている。その背景は、国内所得格差の拡大、雇用喪失、輸入品の増加、移民の増加、地球環境問題など一様ではないと考えられるが、反グローバリズムの動きが戦後の国際経済秩序を支えてきた自由主義経済の流れにいかなる影響を及ぼしていくのかが注目される。
エ 地球規模の課題の深刻化
近年世界全体におけるいわゆる貧困層の割合は減少傾向にあるものの、依然として1日1.9米ドル未満で生活する貧困層は世界人口の1割程度いるとのデータもある(2)。貧困は、個々の人間の自由と豊かな可能性を制限し、社会的不公正・政情不安や暴力的過激主義の根源となっている。
また、紛争や迫害等を原因とした難民・国内避難民・庇護(ひご)申請者の数は、新たな危機の頻発や紛争・迫害の長期化等により近年増加し、戦後最大の約6,500万人となっている(3)。難民等の問題は、深刻な人道問題であるとともに、国際社会に軋轢(あつれき)をもたらしており、問題の更なる長期化・深刻化が懸念されている。
さらに、地球温暖化が自然災害の増加や被害の拡大など地球環境に深刻な影響をもたらすことが懸念されている。グローバル化により国境を越える人の移動が飛躍的に増加し、感染症の流行・伝染の脅威も深刻さを増している。今後、世界人口の増加や工業化・都市化が水・食料問題や保健問題を深刻化させる可能性も指摘されている。
(2)厳しさを増す東アジアの安全保障環境
ア 中国の透明性を欠いた軍事力の強化と一方的な現状変更の試み
中国の平和的な発展は、日本としても、国際社会全体としても歓迎すべきことである。しかし、中国は透明性を欠く形で国防費を継続的に増大させるなど軍事力を強化しており、中国の国防費は、1989年から連続して前年比ほぼ二桁の伸び率を示している。また、軍の指揮命令系統下にある組織ではないものの、海警局に代表される海洋法執行機関の組織体制と装備も強化されている。
中国は、東シナ海、南シナ海などの海空域で、既存の海洋法秩序と相いれない独自の主張に基づく行動や一方的な現状変更の試みを続けている。
東シナ海では、尖閣諸島周辺海域における中国公船による領海侵入事案が続いている。特に2016年8月には多数の中国公船が尖閣諸島周辺に押し寄せ、領海侵入を繰り返す事案が発生した。また、中国は、東シナ海で排他的経済水域や大陸棚の境界画定がいまだ行われていない海域において、一方的な資源開発を継続している。
南シナ海では、中国は大規模かつ急速な埋立て、拠点構築及びその軍事目的での利用を行ってきた。2016年には、中国民間航空機の南沙諸島への試験飛行(1月、7月)、西沙諸島ウッディー島への地対空ミサイルの配備(2月)、スカボロー礁上空での爆撃機等のパトロール実施(8月)、中国海軍空母による南シナ海航行(12月)等の動きが見られた。
2016年7月、南シナ海をめぐるフィリピンと中国との間の紛争に関して、仲裁裁判所による最終判断が下され、中国が主張する「九段線」に囲まれた海域において中国が主張する権利が否定され、中国の埋立て等の活動の違法性が認定された。しかし、中国は同最終判断の法的拘束力を否定するなど独自の主張を続けている。
南シナ海をめぐる問題は、資源やエネルギーの多くを海上輸送に依存し、航行・上空飛行の自由並びにシーレーンの安全確保を重視する日本を始め、国際社会共通の関心事項である。海における法の支配を強化し、「開かれ安定した海洋」の維持・発展に向け、国際社会が連携していくことが求められている(2-1-2(1)、2-1-6及び3-1-3(4)参照)。
イ 新たな段階の脅威である北朝鮮
北朝鮮は、経済建設と核武力建設を並進させていく「並進路線」を掲げ、日本を含む国際社会が繰り返し強く自制を求めてきたにもかかわらず、2016年には、2回の核実験を強行するとともに、20発を超える弾道ミサイルを発射した。北朝鮮が国連安保理決議に明白に違反して核実験や弾道ミサイルの発射を強行し、その能力を増強していることは、新たな段階の脅威であり、北東アジア及び国際社会の平和と安全を著しく損なうものである。
(3)不透明さを増す国際情勢
ア 不安定化の課題を抱える中東情勢
中東地域は、地政学上の要衝に位置し、エネルギー資源を日本を含め世界に供給する重要な地域であり、その安定は日本を含む国際社会の平和と安定にとって不可欠である。一方で、中東地域は、シリア危機の長期化、同国及びイラクにおける「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」等の暴力的過激主義勢力の存在、難民及び国内避難民の発生、さらに、イランとサウジアラビアの緊張関係、中東和平問題、アフガニスタン、イエメンやリビアの国内情勢など、地域を不安定化させる課題を抱えている。
イ 深刻化する暴力的過激主義と国際テロ
中東や北アフリカなど政情が不安定で統治が脆弱(ぜいじゃく)な地域を拠点にして国際テロ組織の活発な活動が続いている。特にISILは、宗教的なイデオロギーを利用して国境や国民国家の存在を否定し、インターネット等を通じたプロパガンダにより域外からも戦闘員を勧誘するなど、引き続き国際秩序に対する深刻な脅威となっている。また、ISILの活動等により多数の難民・国内避難民が発生しており、深刻な人道危機を引き起こしている。
さらに、国際テロの脅威は、拠点地域のみならず、欧州や米国、そして、日本と地理的・政治的・経済的に関係が深い東南アジア及び南アジアにも拡大している。7月にはダッカ(バングラデシュ)で襲撃テロ事件が発生し、日本人を含む犠牲者が出た。
ウ 欧州や米国での国内政治の変化
欧州では、南欧諸国の債務問題や失業率の高止まりを始め域内の経済格差が引き続き課題となっており、域内における比較的貧しい国から豊かな国への移民の流入も続いている。また、主に中東・アフリカ地域からの移民・難民の流入、テロ事件の多発を含む脅威の増大といった諸課題に直面している。これらの動きも背景として、2016年6月の英国での国民投票ではEU離脱派が多数を占め、また、欧州各地で既存の政権を否定する政治勢力への支持が増える傾向が見られる。
米国では、大統領選挙で予備選・本選とも激しい選挙戦が展開され、最終的には「Make America Great Again」や米国第一主義といったスローガンを掲げ、無党派層を含む幅広い支持を得た共和党のトランプ候補が勝利した。
エ 不透明さが高まる世界経済と保護主義の傾向の高まり
2016年の世界経済は、全体としては緩やかな回復を続けたが、米国の金融政策の正常化に向けた動き、中国を始め新興国経済の先行き、英国のEU離脱問題に伴う不透明感の影響等に注目が集まった。
その一方で、欧米の主要国でもグローバル化や自由貿易に異を唱える保護主義や内向き傾向の高まりが見られ、2016年には、いくつかの国々で政治情勢を左右する局面が見られた。
1 国連ホームページ
2 世界銀行ホームページ
3 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)ホームページ