世界貿易機関(WTO)
第4回:大阪トラックって何?どこに続く道のり?
デジタル経済の国際的なルール作り

今日,2月7日はちょうど22年前,長野五輪の開会式が行われた日である。今夏の東京五輪が待遠しい。特に陸上競技100メートルは花形種目であり,その記録向上は世界の注目の的だ。ところで皆さんは1964年東京五輪当時,選手は土の上を走っていたのをご存知であろうか?加速に秀でたゴム製のトラック(オールウェザートラック)は1968年メキシコシティー五輪から導入され,100メートル男子優勝記録は10.06秒(東京五輪)から,9.95秒に跳躍し,人類初9秒台の達成(電動計測)を成し遂げた。
貿易の世界においても,ある「トラック」の導入により,WTO改革3本の柱の1つである現在の世界経済に即したルール作りに「加速」が見られている。その正体はデジタル経済に関するルール作りのための「大阪トラック」である。まずは,時を戻し,その誕生を振り返りたい。
一つの机に安倍晋三総理大臣,ドナルド・トランプ米国大統領,習近平中国国家主席が並んで座るこの写真は,皆様も見覚えがあるのではないだろうか。これは,G20大阪サミットの機会に,安倍総理大臣が「大阪トラック」の立上げを宣言した瞬間である。
「デジタル時代の『成長のエンジン』である,データの流通や電子商取引についてのルール作りを急がなければならない」。この考えの下,安倍総理は,2019年1月のダボス会議で,世界的なデータ・ガバナンスについての議論を進めるための「大阪トラック」を提唱した。その約半年後,6月のG20大阪サミットの機会に,安倍総理は「デジタル経済に関する首脳特別イベント」を主催し,デジタル経済,特にデータ流通や電子商取引に関する国際的なルール作りを進める進路(Track)として,公約どおり「大阪トラック」を創設した。デジタル化や新興の技術がもたらす利益を最大化すること,イノベーションを促進し,データとデジタル経済の十分な潜在力を活用していくこと,そのためにデジタル経済についての国際的な政策討議を促進していくことを確認した。
そして今,この「大阪トラック」の下で,WTOでは,デジタル経済のルール作りに向け,有志国による交渉が進んでいる。先月ダボス会議の機会に開催された電子商取引に関する閣僚会合では,6つの交渉テーマ(「自由化」,「信頼性」,「円滑化」,「市場アクセス」,「電気通信」,「横断的事項」)における交渉の進捗状況を確認した。また,新たにフィリピンの交渉参加により,交渉参加加盟国は83にまで増加した。「大阪トラック」は近年新たなルール作りが停滞してきたWTOに新風を吹き込んでいる。大阪トラックは交渉を加速化させる,「ファストトラック(優先高速レーン)」といえるだろう。
電子商取引に関するルール作りを目指す交渉は今年6月にカザフスタンで行われる第12回WTO閣僚会議において実質的な進捗を得ることを目標に,現在,ジュネーブのWTO本部での交渉が進んでいる。我が国はオーストラリアとシンガポールとともに共同議長国としてこれを主導している。
デジタル経済に関する幅広い議論を進めていく上で,各分野で専門的な知見を有する国際機関やデジタル経済の現場を担う民間企業等,多様なステークホルダーの声を交渉に取りこむと重要だ。先月のダボス会議の「大阪トラック」セッションで,グーグル社のポラット最高財務責任者(CFO)らの出席者から,「ルール作りはスピードが重要だ」などの活発な提言を受けたことは,「大阪トラック」とビジネス界の関与の象徴だ。
デジタル経済は多様なステークホルダーが存在するうえ,データ流通に関する各国の法制度は様々だ。しかし,そのような各国の立場の相違を乗り越え,「信頼性のある自由なデータ流通(データ・フリーフロー・ウィズ・トラスト:DFFT)」を実現するためのルール作りこそが,「大阪トラック」の重要な目的である。
現在進められているWTOにおけるルール作りは電子商取引分野にとどまらない。次回は漁業補助金,投資円滑化,産業補助金などの分野における新たなルール作りに向けた取組を取り上げる(2月17日掲載予定)。