フィリピン共和国

令和4年8月22日
(肩書きはいずれも当時のもの)

1 最近の内政動向

  • (1)2022年5月、フェルディナンド・マルコス元上院議員(当時)は、大統領選において史上最多得票率で圧勝し、第17代大統領に就任した(任期は2028年6月まで)。マルコス政権は、中期財政枠組に基づく健全な財政運営に根ざし、フィリピン開発計画2023-2028の策定により、農業開発、観光業振興、感染症対策、教育改革、デジタル変革、積極的なインフラ整備、クリーン・エネルギー利用を含むエネルギー安全保障等を通じて経済発展と貧困削減を目指している。マルコス大統領は政府改革、Eガバナンス推進、災害防止管理省・疾病予防管理センター・ウイルス研究所・水資源省の設置、国防法改正、天然ガス産業推進、電力産業改革、官民連携(PPP)のための法改正等を公約に掲げている。
  • (2)南部ミンダナオ島では、2019年2月にバンサモロ暫定自治政府が発足し、現在はマルコス政権下で、2025年6月のバンサモロ自治政府樹立に向けた移行プロセスが進展している。

2 ミンダナオ情勢、共産勢力の動向

  • (1)2003年(アロヨ政権下)、フィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線(MILF)との間で停戦合意が成立し、国際監視団(IMT)がミンダナオ中部コタバト市に本部を設置して停戦監視活動を開始した。2011年2月(アキノ政権下)、和平に向けた予備交渉が開始され、同年8月には、日本において、アキノ大統領とムラドMILF議長との非公式会談が開催された。その後、2012年10月、両者は、最終和平への道筋を示した「枠組み合意」に署名、2014年3月に包括和平合意に署名した。2018年7月(ドゥテルテ政権下)、アキノ政権下で廃案となっていたバンサモロ基本法が成立し、2019年2月には暫定自治政府が発足した。同年8月には、約4万人とされるモロ・イスラム解放戦線(MILF)の兵士の退役・武装解除が開始され、新型コロナの影響で遅れが見られるものの、2022年3月までに約1万9千人のMILF兵士が退役した。2021年10月のバンサモロ基本法改正により、フィリピン政府は、2025年6月にバンサモロ自治政府を樹立することとしている。
  • (2)フィリピン政府と共産勢力との和平プロセスの見通しは立っていない。フィリピン共産党傘下の新人民軍(NPA)は、大都市部を除く全国の広い地域で政府部隊への襲撃のほか、「革命税」を徴収するという名目で企業や富裕層に対する恐喝等を行っており、依然として、治安上の脅威となっている。

3 最近の経済動向(経済指標は、フィリピン政府発表に基づく)

  • (1)フィリピン経済は、世界金融危機からの回復以降、2012年から2019年まで連続で6%以上の高い成長率を実現した。2020年は、新型コロナウイルスの感染拡大とそれに伴う国内経済活動の制限措置による影響で前年比マイナス9.6%と落ち込んだが、2021年度には5.6%の回復を見せた。マルコス政権は、年率6.5~8%の成長を通じて、2024年までの上位中所得国入りを目指している。
  • (2)インフレ率は、2008年に世界的な原油・食料価格の影響を受け、8%超という高水準を記録したが、その後は物品税の増税等の影響をうけた2018年を除くと、おおむね2~4%の範囲で推移している。マルコス政権は前政権に引き続き、インフレ率の目標値を2~4%範囲に設定している。金融政策については、新型コロナウイルス感染拡大を受けて、2020年から2021年にかけて政策金利が過去最低レベルの2%0に引き下げられたが、2022年に入ってからは石油価格の高騰や米国の利上げに対応して引き締めに転じている。
  • (3)貿易構造は、主に電子・電気機器の資本財や中間財を輸入し、その加工品を輸出する中間貿易の形を取っており、恒常的な経常赤字を抱えている。2021年には、輸出総額(約746.5億ドル。前年比14.5%増。)及び輸入総額(約1178.8億ドル。前年比31.3%増。)それぞれ56.9%、26.9%を電子・電子製品(特に半導体関連)が占めた。貿易相手国は、2021年には、輸出先が米国(118.5億ドル、15.9%)、中国(115.5億ドル、15.5%),日本(107.3億ドル、14.4%)の順となり、輸入元が中国(268.0億ドル、22.7%)、日本(111.1億ドル、9.4%)、韓国(93.5億ドル、7.9%)の順となった。
  • (4)フィリピン経済を支える重要な要素は、その約1割を担っている海外フィリピン人労働者(OFW)による送金であり、恒常的な貿易赤字もこの送金で支えられた所得収支の黒字によって幾分か相殺されている。海外に居住するフィリピン人は1,000万人を超え、OFWは2019年時点は約220万人に上るが、2020年時点はコロナ禍の影響を受け約180万人に減少した。主な就労先は、サウジアラビア(26.6%)、アラブ首長国連邦(14.6%)、クウェート(6.4%)、香港(6.3%)、カタール(5.4%)、シンガポール(5.3%)の順となっている。2021年の海外からの送金総額は速報値で314.1億ドル(うち日本からの送金額は約16.1億ドル)で過去最高となっている。
  • (5)フィリピンでは、伝統的に農業が主要産業であったが、近年はコールセンター業務等のビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)産業の発展により、サービス産業の比重が高まった。2022年6月時点の産業別就業者構成は、農林水産業が24.5%、工業が19.0%、サービス業が56.5%であった。
  • (6)2021年の外国からの直接投資は、約1,923.4億ペソであり、シンガポール(801.7億ペソ、41.7%)、オランダ(269.0億ペソ、14.0%)、日本(244.7億ペソ、12.7%)、英国(133.8億ペソ、7.0%)、米国(38.2億ペソ、2.0%)の順であった。

4 外交・安全保障関係の動向

  • (1)マルコス政権は、(ア)国家安全保障の持続と強化、(イ)経済外交の推進と実現、(ウ)海外のフィリピン人の権利保護と福利向上を三本柱とする独立した外交政策を継承している。
  • (2)米国とは、1952年発効(1951年署名)の米比相互防衛条約(MDT)で結ばれた同盟関係にある(フィリピンの同盟国は米国のみ。)とともに、1千万を越える海外フィリピン人の4割が米国に居住する特別な関係を有する。1992年の駐留米軍撤退以降も、訪問米軍地位協定(VFA:1999年発効)、米比相互役務協定(MLSA:2002年発効)や米比防衛協力強化協定(EDCA:2014年署名発効)により、両国は毎年共同軍事訓練を実施するなど、協力関係を継続している。2020年2月(ドゥテルテ政権下)、フィリピン政府は一方的にVFAの破棄を通知したが、2021年7月、フィリピン側から米側に対して破棄を撤回する旨の外交文書が手交された。
  • (3)中国とは、華人コミュニティを通じた歴史的な関係を有し、1975年の外交関係開設(マルコス政権)以来、農業、科学技術、文化交流にかかる協定を結んでいるが、南シナ海において立場を異にする。2013年1月(アキノ政権下)、南シナ海問題に関する仲裁裁判を提起し、2016年7月(ドゥテルテ政権下)、仲裁裁判所によりフィリピン側の申立てをほぼ認める判断が下された。2018年11月、習近平国家主席がフィリピンを初訪問した際、二国間関係は(ASEAN各国と同様)包括的な戦略的協力関係に引き上げられたが、2019年8月の首脳会談にて、双方の立場の相違が確認され、フィリピン側は、中国側による軍艦の無通告通過、南シナ海における行政区設定、南シナ海における中国籍漁船停留や中国海警による威嚇事案等に対して、累次に亘り外交抗議を行っている上、ドゥテルテ前大統領は国連総会一般討論演説等において、仲裁判断は「今や国際法の一部であり、(中略)それを毀損しようとする試みを断固として拒否する。」と述べた。マルコス大統領は、就任後初となる一般教書演説において、「フィリピンの領土を外国勢力に明け渡す動きは、たとえその対象が1平方インチであっても、自分が執り仕切ることはない。」と述べた。
  • (4)フィリピンは、ASEANの原加盟国としてASEAN諸国との連携・協力を重視している。2017年には、ASEANの議長国として、創設50周年の一連の会議を成功に導いた。また、フィリピンは、2018年8月から2021年8月まで、ASEANにおける対中調整国を務め、南シナ海における行動規範(COC)が国連海洋法条約(UNCLOS)と整合性の取れたものとなるよう交渉を続けたほか、2020年中ASEAN戦略的パートナーシップ行動計画の採択に貢献した。フィリピンは、2021年8月から2024年8月まで、ASEANにおける対EU調整国を務めている。

5 日・フィリピン関係

  • (1)日本とフィリピンは、歴史的に緊密かつ友好的な関係を構築してきている。2016年、国交正常化60周年の機会に、天皇皇后両陛下がフィリピンを御訪問になった。
  • (2)2011年9月にアキノ大統領(当時)が公式実務訪問賓客として訪日した際、「特別な友情の絆で結ばれた隣国間の『戦略的パートナーシップ』の包括的推進に関する日・フィリピン共同声明」が発出され、両国は二国間関係を「戦略的パートナーシップ」と位置付けることで一致した。2017年10月のドゥテルテ大統領(当時)が訪日した際、「今後5年間の二国間協力に関する日・フィリピン共同声明(PDF)別ウィンドウで開く 」にて、戦略的パートナーシップを更に強化していくことが確認された。2017年1月の日比首脳会談で、安倍総理(当時)からODA及び民間投資を含め、以後5年間で1兆円規模の支援を行うことを表明し、日本からの対フィリピン協力(質の高いインフラ整備、安全保障分野における協力の拡大、海上安全分野の能力強化等を通じた法執行能力強化、包摂的な成長のための「人間の安全保障」、ミンダナオにおける経済開発のための支援)を強化していくことに加え、「自由で開かれたインド太平洋」の実現、北朝鮮や南シナ海問題等でも連携して取り組むことが確認された。2017年1月、両国は、5年で1兆円規模の対フィリピン経済協力を着実に実施していくために、閣僚級の日・フィリピン経済協力インフラ合同委員会を設置した(2021年7月、第11回会合にて、官民を挙げた支援総額が目標の1兆円に到達したことが発表された。)。ドゥテルテ前大統領は、こうした着実な協力の進展を受け、日本を「兄弟より近い友人」と呼び、日比関係が「黄金時代」を迎えていると述べてきた。また、2021年11月、両国は、安全保障協力の強化に向けて、日・フィリピン外務・防衛閣僚会合(「2+2」)の立上げを検討することで一致した(2022年4月、第1回会合が開催された。)。
     岸田総理は、2022年5月、大統領選において当選確実となったマルコス次期大統領との間で電話会談を実施し、戦略的パートナーシップを更なる高みに引き上げるため連携していきたいとして、これまで経済協力インフラ合同委員会や「2+2」等を通じて、鉄道やスービック湾開発を含むインフラ整備等の経済分野、安全保障及び海上法執行分野等において実施してきた支援事業について、引き続き協力していく考えを表明した。林大臣は、2022年6月の大統領就任式に続くマルコス大統領表敬や、翌7月のマナロ外務大臣との外相電話会談において、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向け、ODAも活用しながらフィリピンと具体的な協力を進めていくこととともに、ミンダナオ和平プロセスを引き続き後押ししていくことを伝達し、双方は、新政権の重点課題を踏まえたポストコロナの経済回復に向けた協力、フィリピン沿岸警備隊の装備・能力向上のための支援、自衛隊とフィリピン国軍の間の訓練等の強化・円滑化等を一層推進することで一致した。
  • (3)日本は、フィリピンにとって主要な貿易相手国かつ投資国(2020年は輸出先第3位、輸入元第2位、投資国第3位)でもある。2008年12月11日には、日・フィリピン経済連携協定が発効した(フィリピンが二国間の包括的経済連携協定を結んでいる相手は日本のみ)。これまで、同協定の下、2009年以降のべ約3千人のフィリピン人看護師・介護福祉士候補者が我が国の病院又は介護施設で活躍している。2019年3月には、在留資格「特定技能」制度構築に向けた第1号として、日・フィリピン間で、特定技能を有するフィリピン人の送出し・受入れ・就労問題に基本的枠組みを定める協力覚書が署名された。現在、6千人以上のフィリピン特定技能人材(特定技能1号)が様々な産業で活躍している。2019年2月、「アジア健康構想」の下、医療・保健分野における政策形成や人材育成に関する経験等を共有するフィリピン・ヘルスケア分野における協力覚書が署名された。
  • (4)日本は、フィリピンにとって開発協力資金の4割を拠出する最大の援助供与国である。また、日本は、フィリピンを重要な開発協力対象国の一つと考えている。日本は、2018年4月に新たに対フィリピン国別援助方針を策定し、「包摂的な成長、強靭性を備えた高信頼社会及び競争力のある知識経済」を援助の基本方針に掲げ、(ア)持続的経済成長のための基盤の強化、(イ)包摂的な成長のための人間の安全保障の確保、(ウ)ミンダナオにおける平和と開発、を重点分野に位置付けている。近年は、マニラ首都圏地下鉄や南北通勤鉄道等の運輸交通インフラ整備、沿岸警備隊や警察の能力向上支援、防災対策、新型コロナ対策を含む感染症対策で協力してきている。
     ミンダナオ和平に関しては、2006年に「J-BIRD(Japan-Bangsamoro Initiatives for Reconstruction and Development)」として打ち出された紛争影響地域に対する社会経済開発支援の中で、農業を通じた生計向上、道路等のインフラ整備、学校・水道・職業訓練施設等の建設・整備を通じたコミュニティ開発等の分野で総額500億円以上の支援を実施してきている。また、2006年から2021年まで、在フィリピン日本国大使館員を、フィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線(MILF)との停戦監視等を任務とする国際監視団(IMT)の社会経済開発アドバイザーとして派遣してきた。2018年7月成立のバンサモロ基本法に基づく住民投票の結果、2019年2月には暫定自治政府が発足し、和平プロセスの焦点が停戦監視から武装解除に移行したことから、2022年からは、同日本国大使館員を、MILF兵士の武装解除等を任務とする独立退役・武装解除機関(IDB)の要員として派遣している。これら在フィリピン大使館員は、和平交渉のオブザーバー役である国際コンタクト・グループ(ICG)にも参加してきている。2025年のバンサモロ自治政府樹立に向け、我が国は累次に亘り和平プロセスの進捗に応じて支援を強化する方針を表明している。
  • (注)経済、経済協力に関する統計については「基礎データ」参照。
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