チャレンジ41か国語 ~外務省の外国語専門家インタビュー~

チャレンジ41か国語~外務省の外国語専門家インタビュー~

2010年4月

イタリア語の専門家 吉村さん

Buongiorno !(ボンジョルノ)=こんにちは!

Ciao !(チャオ)=やあ!

写真 ボローニャ大学の外国人向け語学講座で学ぶ吉村さん(左から4番目)
ボローニャ大学の外国人向け語学講座で学ぶ吉村さん(左から4番目)


 大学時代にイタリア語を専攻していた吉村さん。もともとイタリア語になじみがあったわけではなかったそうですが、「英語は受験でたくさん勉強したので、ほかの言語を学んでみたかったんです。できればヨーロッパの言語で、メジャー過ぎず、かといってマイナー過ぎない言語がいいなと思ってイタリアを選びました」。というのも、「将来は語学をいかせる仕事に就きたい」と漠然と考えていたからなのですが、「今思えば、日本にいてイタリア語で身を立てるのって結構難しいですよね!?」

女性が活躍できる場所

 吉村さんが外交官を志したのは、国際法ゼミで指導を仰いだ女性教授との出会いがきっかけでした。そこで「女性が活躍できる場所」として勧められたのが外務省だったのです。採用試験の第1希望はもちろんイタリア語。そして、念願かなってイタリア語が研修語に決まったのですが、「とてもラッキーでした。面接では、なぜこんなにイタリア語を希望する人が多いのかと聞かれたくらいですからね」。日本人に人気のイタリアだけに、イタリア語を希望する人も多いのですね。

ボローニャで「のり巻き」

 吉村さんは2000年夏から、イタリア北部のボローニャ大学で2年間の語学研修をスタートさせることになったのですが、「5年間イタリア語を勉強してきた一方で、イタリア暮らしはこれが初めてで、最初は部屋探しから苦労しました」。イタリアは古い建物が多く、ワンルームマンションのような物件はまずありません。吉村さんは掲示板に「部屋を探しています」との広告を出して、アパートをシェアしてくれる人を探しました。10件近く見て回った末、日本料理に興味を持っていたイタリア人女子学生2人が、シェアメイトとして迎えてくれることになりました。共用の居間兼キッチンに部屋が3つ。料理上手な2人に誘われて、一緒にのり巻きを作ったり、すしパーティを開いたりしながら、徐々にボローニャの生活に溶け込んでいきました。

  • 写真 ボローニャの家からの眺め

    ボローニャの家からの眺め

  • 写真 研修時代を過ごしたボローニャ大学構内

    研修時代を過ごしたボローニャ大学構内

イタリア語は「こっちのほうが美しい」

 日本人にとって比較的発音しやすいと言われるイタリア語ですが、特徴は何と言っても、独特の抑揚と、舌を巻いた「R」(エッレ)の発音。ところが、イタリア人でもRの発音ができない人が案外いるとか!?フランス語のRのような鼻から抜ける音に近い発音をすると、「あいつはやわらかいR(=フランス語式R)だ」と言われるそうです。もう一つ、日本人がなかなか慣れないのが書き言葉。「日本語だと、同じ意味の言葉は同じ単語を繰り返し使って表現しますが、イタリア語では直前に出てきた言葉と同じ意味でも、あえて違う言葉で言い換えます。こうすると、正確さを要する条約文などでは混乱してしまうように思いますが、イタリア人にとっては、こっちのほうが美しいんだそうです!」。こんなところにも芸術を愛する国民性が表れているのでしょうか…。

黙っていていいことはない!

写真4 ボローニャの中心地区の一角で

ボローニャの中心地区の一角で

 そんなイタリア語を話すイタリア人ってどんな人たちなのでしょうか? 「イタリア人は本当におしゃべり好き。料理は2時間以上かけるのが当たり前で、前菜からメインデッシュ、最後のコーヒーにたどり着いたと思ったらもう真夜中なんてことも!やっと帰れると思ったら、そこからがまた長い。政治やバカンスの話題などで盛り上がりますが、それでも言いたいことの10分の1も話していないのかもしれないですね!」。

 おしゃべり同様、議論も好きなイタリア人。吉村さんは何げない会話でクラスメイトと“ケンカ”になったこともありました。しかし、この時、「議論好きなイタリア人だから、ただ私の意見に反論しただけかもしれない。黙っていていいことはない」と感じた吉村さんは、翌日にはクラスメイトと仲直り。「冷静に自己主張すれば、きっとわかり合えるし、語学も上達するはずですからね」と話しています。

口述試験と筆記試験

 しかし、なぜイタリア人はそこまで議論が上手なのでしょうか?その答えは、学校の試験スタイルにあるようです。イタリアの学校では、日本のような筆記テストの代わりに、口述による試験を行うので、子どものころから「議論する力」が鍛えられるそうです。吉村さんも研修1年目には、大学の授業で口述試験を経験。「教授から課題が与えられて、自分の考えを話すわけですが、そういう試験は初めてだったのですごく緊張しました!試験は、単に知識の披露ではなく、対話力、コミュニケーション力を見られているという感じでしたね。一時間以上も淡々と話すイタリア人もいるようですが、私はやっと20分くらい。合格点をもらえた時は本当にうれしかったです」。

 そして、研修2年目、吉村さんは大学院で、イタリアの外交官を目指す学生たちとともに国際関係学を専攻しますが、今度は“1科目8時間”という驚異的な長さの筆記試験を経験します。つまり、丸1日かけて小論文を書き上げるというものですが、「議論が得意なイタリア人にとっては、口述よりも筆記試験のほうが恐怖だったようです」

“消えた10ユーロ”に涙

写真 思い出が詰まったボローニャの街。ボローニャは「ポルティコ」と呼ばれるアーケードが街中に張り巡らされていることでも有名です。

思い出が詰まったボローニャの街。ボローニャは「ポルティコ」と呼ばれるアーケードが街中に張り巡らされていることでも有名です。

 こんなこともありました。イタリア語にも磨きがかかってきた頃、吉村さんが電気代15ユーロを払うため郵便局に行った時のこと。窓口で100ユーロ札を出したので、お釣りは85ユーロのはずなのに、なぜか手元には75ユーロ。“消えた10ユーロ”をめぐって、女性職員に食い下がりましたが、とりつく島もありません。大学時代、イタリア旅行中にも、鉄道の切符でお釣りが合わなかったことがありましたが、当時はまだ言葉に不安があり、黙って受け取るしかありませんでした。その時、「もうこんな思いはしない」と誓って頑張ってきただけに、「もう悔しくて悔しくて、部屋に帰って泣きました」。でも、その悔しさがバネになって、今の吉村さんがあるのでしょうか…?

新聞で「速読→理解」のトレーニング

 語学研修を終えた吉村さんはその後3年間、在イタリア日本大使館での勤務をスタートすることになりますが、まだまだイタリア語の勉強は終わりません!イタリアの政府要人や国会議員などの通訳を担当するようになると、今度は「イタリア語を日本語に訳す苦労」を味わうことになりました。というのは、イタリア語を理解することと、それを日本語にして正確に伝えるのとでは、別次元の難しさがあるからなのだそうです。

 さらに、吉村さんはイタリア主要紙朝刊の一面ニュースを、大使に説明する任務も担当していたので、毎朝30分早く出勤し、すばやく新聞を読み込むという作業を繰り返し行わなければなりませんでした。新聞の見出しは、記事全体のポイントを直感的に分かりやすくとらえたものですが、それが実際にどのような意味を含んでいるのかを正確に知るには、記事全文、さらには関連記事にも目を通さなければなりません。「当時は嫌でたまらなかったんですが、結果的にこれが『速読して理解する』といういいトレーニングになったんです!」。こうして、実践的なイタリア語を身につけていったのですね。

  • 写真 ローマ近郊の街ジェンツァーノの花祭り。
  • ローマ近郊の街ジェンツァーノの花祭り。在イタリア日本大使館(広報文化班)では、日本を紹介する事業を担当しました。

    写真 在イタリア日本大使館(広報文化班)では、日本を紹介する事業を担当しました。

電子辞書が「精神安定剤」

 吉村さんは2009年のG8ラクイラサミットで、麻生前総理の通訳としてとてもハードなスケジュールをこなしました。「サミットでは直前まで総理の勉強会があったり、ぎりぎりまでスピーチを直したり、本当に大変。でも、その分やりがいも大きいですね」と前向きな吉村さん。バチカンでローマ法王への謁見と法王庁総理との会談、そして、ベルルスコーニ伊首相との首脳会談と夕食会。バチカンはカトリックの総本山のため、聖人の名前も含めてキリスト教関係の話は一通り頭に入れて臨みました。

 ところが、ローマ法王庁総理との会談で麻生前首相の口から出た言葉はなんと「大乗仏教」!さすがの吉村さんもどう通訳したらいいかわからずにいたところ、バチカン側の通訳が偶然にも日本人の神父さんだったため、助け舟を出してくれたそうです。語学はどこまで極めても、やはり時々わからない単語に出会うこともあります。そのため、吉村さんはいつもカバンに“相棒”の電子辞書を忍ばせているとか。「本番ではほぼ出番はありませんが、これが私の精神安定剤なんです」。こう話しながら、吉村さんは笑顔を見せてくれました。

写真 鳩山総理の通訳を担当する吉村さん(写真提供:内閣広報室)
鳩山総理の通訳を担当する吉村さん(写真提供:内閣広報室)


便利なフレーズ

Non si sa mai !(ノン・スィ・サ・マイ): 「何が起こるか分からない」(直前まで物事が決まらないイタリアでは便利)

In bocca al lupo(イン・ボッカ・アッルーポ): 直訳すると「オオカミの口に」という意味。難しいことに立ち向かう人に「がんばれ!」「健闘を祈るよ!」という時に使う。返事は必ずCrepi !(クレーピ!)「やっつけてやる!」

印象に残っているフレーズ

イタリア語はカトリックの影響を受けたことわざが多い。

Natale con i tuoi e Pasqua con chi vuoi.(ナターレ・コン・イ・トゥオーイ・パスクワ・コン・キ・ヴォーイ): 「クリスマスは家族と、復活祭は恋人と」

Morto un Papa se ne fa un altro.(モルト・ウン・パーパ・セ・ネ・ファ・ウナルトロ): 「法王が死んでもまた選べばよい」(人の代わりはいくらでもいる)


★イタリア語を主要言語とする国: イタリア共和国スイス連邦サンマリノ共和国バチカン


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