2009年1月
スキー(ski)の語源はノルウェー語。ホルメンコーレンジャンプ台の頂上からはオスロが一望できる
God dag(グダーグ)=こんにちは!
大学で国際関係学を学んでいた佐藤さんは、特にイギリスの内政・外交・地政学に関心があり、ケンブリッジ大学のサマースクールを受講して論文資料を集めたりしました。しかし、時は就職氷河期。佐藤さんは就職せず大学院に進むことをぼんやりと考え始めていました。そんなある日、大学の廊下で何気なく目に入った「外務省説明会」の張り紙に興味を持ち、説明会場へ向かうと・・・・。
説明会では、外務省に入省した同じ大学の卒業生が、外務省への志望動機や採用試験の準備、入省してからの体験について話してくれたそうです。「私はその先輩の話に感動し、その先輩の信念、行動力、考え方から経験に至るまで、“なりたいと思っていた自分がそこにある”と感じました。そして、このような人を採用した外務省は、きっと素晴らしい所ではないかと思いました。当時、社交的ではなく海外経験もほとんどない私にとって、試験の存在さえ知らなかった外務省は自分に一番向いていない職業ではないかと思うと同時に、私でもその環境の中で人間として成長できるかもしれないと思ったのです。」
佐藤さんが外務省受験を決断した時は、家族や友人はびっくりしたそうです。採用試験まで3か月を切った時期に受験を決意したにもかかわらず、見事合格しました。「私は、外務省に入省することによって、多くのチャンスを与えていただいたと思っています。」専門語学が、希望の英語ではなくノルウェー語に決定したときは、組織の厳しさを感じたそうですが、「一度決まったからには、仕事はプロに徹する」というのが佐藤さんの持論。インターネットが普及していない当時、書店でノルウェー関連本を検索して出てきたのが、「ノルウェイの森」と、中東和平に関する「ノルウェー秘密工作」の2冊だけだった時は、ちょっと不安を感じたようですが。
フィヨルド観光が楽しめる自然豊かな国ノルウェー
「劇作家イプセン(人形の家)や作曲家グリーグ(ペール・ギュント)、画家ムンク(叫び)等の著名人を生み、オーロラや、北欧観光の醍醐味であるフィヨルドなどの豊かな自然に恵まれたノルウェーは、同時に世界有数の産油国でもあり、漁業や海運業を通じて日本とも関係が深いという色々な顔を持つ国なのです。」 バイキングやフィヨルドは有名ですが、文化に優れ、自然豊かで、かつ産油国とは意外ですね。
全てが動き始めた瞬間 「Lykke til !」
佐藤さんは、ノルウェーに到着後、オスロ大学のサマースクールで学び、同大学に編入しました。サマースクール入校式は、以前ノーベル平和賞の授賞式会場であったオスロ大学アウラ講堂で行われ、講堂のムンクの壁画の前でブルントラント首相(当時)が祝辞を述べたそうです。「閉会後は適宜解散したのですが、私は何を思ったのか首相の元へ駆けつけ、勇気をふるって話しかけました。私がノルウェーに到着して自分からノルウェー語で話しかけたのは、この時が初めてだったのです。私のノルウェー語が伝わったかどうかは自信がないですが、首相は笑顔で「Lykke til !(リッケティル=がんばってね!)」と言って、私の背中をたたいてくれました。首相の言葉を合図に、自分の中でノルウェー語習得に向け、全てが動き始めたのだと感じました。」
王宮から続く首都オスロ(=「神々の牧場」の意)の目抜き通り
ノルウェー語は、成立年代的にも語類的にも北欧では中間的存在で、デンマーク語とは書き言葉が近く、スウェーデン語とは話し言葉が近いので、どちらの言葉もかろうじて理解できるそうです。「ノルウェーには公用語が複数あり、首都オスロを中心とする東部地域のブ-クモール(Bokmål)、西部地域のニーノシュク(Nynorsk)やサーミ語等が使用され、国営放送や官公庁もこれらをとり混ぜて使っているのですが、更に方言にも分かれています。テレビのアナウンサーも自分の出身地の方言で話しているので混乱しました。」 佐藤さんは、ブークモールの家庭教師を探し、ブークモールのテレビやラジオを選んで聞いたそうです。でも、一番の悩みは、ノルウェー人は英語が流ちょうなこと。「外見で外国人だとわかると、英語で話しかけられてしまうのです。英語の誘惑に負けず、ノルウェー語を話し続ける強い意志が必要でしたね。」
北欧というと高福祉で知られますが、その裏にはそれを支える国民による税などの高額負担が存在します。佐藤さんは、オスロでの生活では、物価高と20数%という消費税(一部商品除く)の高さに悩まされたそうです。「ノルウェー人は非常に堅実で、『衣食住』の『住』にしかお金をかけない印象を持ちました。大学の食堂では、皮を剥いただけの人参やキュウリを売っていて、学生がそれを丸ごとかじっているのを見て『食』に対する認識の違いに唖然としました。その分、家の外壁やインテリアにはとてもこだわりを感じます。」アルコールについては、スーパーで買えるのはビールだけで、ワインは専売公社が販売しています。「旅行者がレストランで気軽にアルコール類を頼むと、もともと食事自体が高額なので、会計の時に悲鳴をあげる事になりますよ。」 よく考えて注文しないと危険ですね。「慣れない海外生活でストレスを感じることもありましたが、周囲の方に支えられたおかげで無事に過ごすことができました。」
在ノルウェー日本国大使館で勤務を始めてからは、佐藤さんはノルウェー外政担当となり、通訳の仕事はあまりなかったそうです。「外政担当になれたことは得難い経験でした。ノルウェー外交の特徴は、適材適時適所。パレスチナとイスラエルの中東和平を始めとして、いくつかの和平交渉でノルウェーが仲介国となっていたり、地球規模の問題に関して日本とノルウェーが協力する分野も多いのです。私は、最前線で活躍するノルウェー当事者と向き合う機会にも恵まれ、『外交の現場』を体験することが出来ました。」 まさに外交の最前線ですね。「当然のことですが学生時代とは違って、大使館において要求されるノルウェー語レベルは非常に高く、専門用語の飛び交う難しい交渉をすることも多かったので、とても勉強になりました。言葉は伝える手段であって、重要なのは話す中身ですよね。案件や問題の内容・背景をどれだけ把握しているかによって、交渉相手と話す内容も深さが変わってきます。若手で経験の少ない私を支えてくれた大使館のスタッフ、案件について忙しい中説明してくれた外務本省の担当者、忙しい中つたないノルウェー語にも丁寧に熱意をもって対応くださったノルウェー政府の方々には感謝にたえません。」
ノーベル賞6分野(文学賞、物理学賞、化学賞、生理学・医学賞、平和賞、経済学賞)のうち、5分野の授賞式はノーベルの生まれたスウェーデンで行われていますが、ノーベル平和賞の発表・授賞式はノルウェーで行われています。「ノーベル平和賞が他の分野の各賞と違うところは、目的を達成し、成果を得たことに対し授与される賞ではなく、平和に向かって新しい一歩を踏み出した功績に対して授与されるものであるということです。平和賞が授与されても残念ながら問題が未解決の地域も多くあります。平和賞が授与されたことにより、世界の目がその紛争や和平交渉に向けられ、紛争自体の早期解決を促す特効薬の役目も果たしているのです。」なるほど。国際紛争の仲介に積極的なノルウェーは、平和賞の授賞式を行う国としてぴったりですね。
毎年ノーベル平和賞授賞式が行われるオスロ市庁舎
2008年のクラスター弾に関する条約署名式会場もここ
ノーベル平和賞が発表されるノーベル
研究所(ノーベルの銅像とともに)
ノルウェーは人口規模では決して大国ではないかもしれませんが、1993年中東和平交渉の際にはオスロ合意が結ばれ、和平仲介、軍縮等にも積極的で、また、2008年にはクラスター弾に関する条約(オスロ条約)の署名が行われる等、国際平和の中心的役割を果たしてきています。佐藤さん、国際社会において『平和』を追求するノルウェーとの二人三脚、これからも楽しみですね。
Takk(タック) ありがとう
Skål (スコール) 乾杯
Jeg er fra Japan. (ヤイ アル フラ ヤーパン) 日本から来ました。
Kan du engelsk? (カン ドゥ エンゲルスク) 英語は話せますか?
◇Verden er vid, og veiene mange. (ヴェルデン アル ヴィード, オ ヴァイエネ マンゲ) 世界は広く、道あまた。(ノルウェーのことわざ)
◇Tiden går ikke, den kommer. (ティーデン ゴール イッケ, デン コンメル) 時は過ぎゆくのでなく、やってくるものである。(ノルウェーのことわざ)
◇Den viktigste livsvisdom må vi oppdage med våre egne øyne. (デン ヴィクティクステ リーブスヴィースドム モー ヴィ オップダーゲ メ ヴォーレ アイネ オイネ) 生きていく上で真に重要なすべは、自分自身で見つけだすしかない。 (ノルウェーの外交官・冒険家フリチョフ・ナンセンのことば)
◇Selv de høyeste drømmer over skyene er av lite verd, hvis de ikke fører til handling. (セルブ ディ ホイエステ ドロンメル オーヴェル シィーエネ アル アヴ リーテ ヴェルド, ヴィス ディ イッケ フォーレル ティル ハンドリング) 雲より高い理想も(どんな崇高な理想も)、行動に結びつかねば何の意味も無い。(ノルウェーの外交官・冒険家フリチョフ・ナンセンのことば)
★ノルウェー語を主要言語とする国: ノルウェー王国