チャレンジ41か国語 ~外務省の外国語専門家インタビュー~

チャレンジ41か国語~外務省の外国語専門家インタビュー~

2008年12月

ラオス語の専門家 二元(ふたもと)さん

(サバーイディー)=こんにちは!

 以前から語学に興味を持っていた二元さんは、海外旅行に行くと、その国の言葉を色々覚えるのが好きだったそうです。特にアジア地域に興味があり、各国の言語や大学で専攻した政治学を生かした仕事をしてみたいと考え、外務省に入省しました。勿論、希望はアジア言語。見事、ラオス語の専門家となります。

ラオス語と出会って

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緑の中に横たわる仏陀の涅槃像。柔和な表情がラオス風?

 語学好きの二元さんでも、ラオス語を学習する機会はなく、当時、ラオスに関する情報を探してもなかなか見つからなかったそうです。「ラオス語の専門家になるわけですから、留学している2年間で通訳レベルのラオス語や政治・経済・社会全般の知識を習得しなければならないのは当然ですが、それ以前に、自分がラオスという国やその国民に馴染めるのかという不安はありました。自分の専門分野として長くお付き合いする国なので、その国を好きになれるかどうかはとても大切な点だと思います。」 プレッシャーも大きく、二元さんの専門家としての心構えが伝わってきます。

ラオスの魅力と気候・風土

 日本ではラオスの魅力はあまり知られていないかもしれませんが、ラオスに行った人の多くがラオスを大好きになって帰ってくるそうです。
 「ラオスの人々は優しく、のんびりしていて、生きることを楽しんでいるように感じます。一人当たりGDPが600ドル台という貧しい国ですが、肥沃な土地と温和な気候に恵まれていて、例えば、パパイヤの種を庭に捨てておくと、自然に発芽して、立派な実がなるのです。」森に行けば果物はある、川に行けば魚がいる、まさに自然の宝庫ですね。

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生きのいいトカゲです・・・・ね

「郷に入っては郷に従え」

 首都ビエンチャンでホームステイを始めた二元さんは、24時間ラオス語漬けになりながらラオスの生活や風習を学んだそうです。「ラオス語は中国語やタイ語と同じような声調言語で、イントネーションが違うと意味が正反対になることもあります。ホストファミリーの子どもが容赦なく発音を直してくれたのはありがたかったです。」
 ホームステイ先では、様々な料理が食卓を彩り、時には蟻の卵やトカゲも食材として活躍(?)していたそうです。「現地の人にとっては御馳走ですから、料理してくれたものを食べるのは礼儀ですし、同じものを食べることで親しくなれます。慣れると結構おいしいですよ。」二元さん、本当に頼もしいです。

ラオスでの大学生活と党・政府の幹部養成学校への転学

 ラオス国立大学の言語学部の3年生に編入した二元さんですが、学部長に相談して、特別に他学部の授業も聴講させてもらうことに。「専門用語が多く、授業内容の半分を聞き取るのがやっとだったのに、ある日突然、教授に『今日は二元さんに日本の森林保護政策について話してもらいましょう』と指名され、冷や汗をかきました」 外交官(の卵)たる者、日本については何でも知っていないとやっていけないのですね。留学2年目には、党・政府の幹部候補生が研修を行う国家政治行政学院に転学、ラオス全国から優秀な人材が集まっていたそうです。「ラオスは社会主義国なので、周囲と意見が食い違うこともありましたが、とても良い経験になりました。私の誕生日に同級生の男の子が小さな宝石箱をくれたので、ちょっと期待しつつ開けてみたら、中にはラオスの国父カイソーン元国家主席の肖像バッチが・・・。喜んでいいのやら、悲しんでいいのやら。」 同志の証としては貴重ですけど・・・・ね。

ラオスの文化と信仰

 「任国の様子を見て回るのも仕事のうちです。」二元さんは、研修時代と大使館勤務をあわせた5年間をかけて、ラオス全県を見て歩いたそうです。例えば、ラオス北西部サイニャブリ県では、ゾウは材木運搬や畑の耕作のために働いているそうです。また、毎年4月には『ピーマイ・ラオ』と呼ばれるラオス正月があり、世界遺産の古都ルアンパバーンでは、ラオス神話における国造りの神プーニュとニャーニュが町をねり歩くそうです。

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    ゾウ使いの巧みな技

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    ラオスの国造りの神プーニュ(左)とニャーニュ(右)

ラオス語で「犬」はタブー

 語学研修を終了した後は、在ラオス日本国大使館に着任し、儀典、政務、広報文化、経済協力、領事など、色々な部署を経験したそうです。「ラオスの人々との対話を重視し、精力的に活動する大使に同行して、ほぼ毎日通訳をする機会に恵まれました。慣れるまでは緊張の連続で厳しかったですが、とても勉強になりました。」
 ラオス語での失敗談はありますか?「大使主催の夕食会で通訳していて、話題が麻薬犬関連になった時のことですが、ラオス要人の発言が突然とぎれ、躊躇しながら、(ラオス語で)「麻薬・・・犬」と言うのです。不思議に思い、後で友人に聞いてみたところ、ラオスでは「犬」という言葉は下品な言葉で、公式な会食の場であまり口に出さない方が良いと言われました。日本では気軽に犬の話題を出すこともありますが、気をつけなければ、と思いました。」

ラオスの人は、偉くなっても気さくで陽気

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桂大使(当時)によるカムタイ国家主席(当時)への信任状
捧呈式の後、全員で記念写真撮影。

 二元さんによれば、ラオスでは地位の高い人も大変気さくなんだそうです。「ラオスでは青年海外協力隊員が伝えた空手が盛んで、私も習っていました。ある日、新顔のラオス人を見かけたので、『おじさん、上手いねぇ』などと馴れ馴れしく話をしていたのですが、実はラオスの外務副大臣だったんです。上手いはずで、空手四段の腕前でした!私が日本に帰ってきた後、同副大臣が訪日した際には、「二元は、空手着持参で同行するように」とのリクエストがあり、一緒に型の稽古もしました(笑)。また、初めてラオス国家主席の通訳をした時のことですが、帰り際に国家主席が『君はそんなにラオス語が話せるのなら、ラオスに嫁に来たまえ』というので、『いい人がいたら紹介してくださいますか?』と返すと、国家主席は『そのうちにね』と笑いながらおっしゃいましたた。とても朗らかで気さくな方でした。」

日本とラオスの二国間関係

 日本とラオスの関係は良好で、1991年以降日本はラオスに対する二国間援助のトップドナーです。長きにわたり日本は幅広い分野でラオスの国づくりへの努力を支援しているんですね。「一方で、貿易・投資・観光の面では、まだまだ改善の余地はあります。ラオスで日本のことを知らない人はほとんどいませんが、日本でラオスのことを知っている人はまだわずかです。日本からラオスへの人の流れが一層拡大するよう、色々な条件を整えて、お手伝いしたいと思っています。」二元さん達は、二国間関係が国レベルでも民間レベルでも「相思相愛」の関係が深まるよう、がんばっています。

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日本語教室の生徒達と一緒に。

人とのつながりは財産

 二元さんは外務省に入省した2000年から現在までで合計8年間、ラオスに関わる仕事に従事しているそうです。「ラオスの人々は、仕事をする時に人と人との信頼関係をとても大切にするので、研修や大使館勤務を通じて築いたラオスの人々との関係が、何よりの財産です。現在の駐日大使や大使館員とも、ラオス在勤時代から一緒に仕事をしてきたので、互いに阿吽(あうん)の呼吸で協力し合うことができ、助かっています。また、私がボランティアで日本語を教えた生徒が、いつの間にかラオス国際空港の職員になったり、ファッションショーのモデルになったりしていて、立派に成長していく彼らの姿を見るのも楽しみです。」今後も、ますます新鮮なラオスと出会えますね。

便利なフレーズ、好きな言葉

  「ボーペンニャン」
(大丈夫、何でもない、どういたしまして、と様々な場面で使える便利な言葉。)

  「ノ」
(語尾につける「~ね」のような言葉。Aさん:「ノ?」、Bさん:「ノ。」のように、「ノ」だけで会話が成立したりしてちょっと可愛い。)

  「セマクテ」
(酔っぱらいが来たら蹴ってやるぞ、という意味で、「狭くて」と同じ発音。日本語の挨拶と勘違いしている人が結構たくさんいる。ラオスの若者に言うと、受けること間違いなし。)

ラオス語(ラオ語)を主要言語とする国: ラオス人民民主共和国

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