世界貿易機関(WTO)
第6回:そんなに多くの国が「途上国」!? WTOと途上国の地位

多くの人が楽しむゴルフでは,同じルールの下で,ハンディキャップを採用し,技量に違いがあっても,老若男女が競えるようにしている。
世界経済でも様々な国々が貿易を営む中で,WTOには途上国に対する優遇制度がある。これは「特別かつ異なる待遇」(Special and Differential Treatment: S&DT)と呼ばれる。スポーツ競技と同様,発展段階の異なる国々に対して一律にルールを適用することは実際には困難な現実をふまえた制度だ。
この制度の下で,途上国には特別に規制の実施期限の延期や,農業分野の国内補助金など,多くの例外措置が認められている。例えば,農業補助金においては,その種類次第では,無制限に与えることが認められている。また,途上国は,輸出促進のために先進国市場に安く農水産品,鉱工業品を輸出することができ,輸入品に対しても,自国産業保護のため,高い関税を課すことが認められている。これは,貿易を通じて途上国の経済発展を後押しするとともに,あくまでもWTO協定の枠の中で,自由貿易を推進する目的もある。
ゴルフでは,ゴルフ協会が定めた「オフィシャル・ハンデ」というものがあるらしい。誰がどのようなハンデを受けるかの条件が明確化されており,一緒にプレーする人はそのハンデを理解してグリーンに立つ。ところが,WTOでは「途上国」の定義や資格条件が定められていないことを幸いとして,本当は実力者なのに,ハンデを申し出て,好スコアを出している実情が近年大きな問題となっている。
途上国優遇制度が導入されてから,50年。昔の「途上国」には大きく発展した国もある。しかし,WTOでは「途上国」であるかどうかは,加盟時の自己申告で決まることになっている。つまり,その国自身が一度「途上国」だと宣言したら,この地位を返上しない限り,ずっと「途上国」にとどまることができるのだ。その結果,164あるWTO加盟国のうち,約3分の2が今でも「途上国」を自称している。これによって,GDP世界第2位の中国や7位のインド,また1人当たりのGDP世界7位のカタールや25位のアラブ首長国連邦といった国々が,いまだに「途上国」として大手を振っている。ちなみに,日本は1人当たりのGDPは世界27位である。経済大国が今も「途上国」として優遇され続けていることには先進国のみならず,経済規模や生活水準に照らし,本当の意味での後発途上国の多くにも不満がある。
同じゴルフ場でプレーするのであれば,優遇措置を各国の実情に合わせるなど,その競争条件を常に整備することが重要だ。米国は「途上国」の資格条件を新たに設ける提案を出している。これに対し,「途上国」の多くは,今まで通り自己申告の仕組みが最も実用的だと現状維持を主張し,議論は平行線をたどっている。それでも,日米などの働きかけの結果,2018年以降,高所得国である台湾及びシンガポールや,G20メンバーのブラジル及び韓国(OECD加盟国でもある)が,途上国からの「卒業」を宣言した。状況に変化は生まれつつある。他の国も後に続くことが望ましい。
ゴルフの全米オープンが開催される6月には,2年に1度のWTO閣僚会議がカザフスタンで開催される。ハンデを巡るルールも焦点のひとつ。世界経済の現状を踏まえて競争条件を整え,加盟国がよりフェアプレーをしながら皆が豊かになる貿易投資活動に参加する― それがWTOの目指すグリーンである。
さて,今回までにWTO改革の3本の柱のうちの2つ,すなわち,(1)新しい経済に対応したルール作り,(2)紛争解決制度・上級委員会の改革について述べた。最後の柱であるWTO協定の履行監視機能に話を移す前に,ここで閑話休題。次回はWTOのトップを務めるロベルト・アゼベド事務局長の横顔や改革に向けた意気込みを紹介する (3月6日掲載予定)。