外交講座
令和8年度(2026年度)外交講座
明治学院大学
令和8年6月9日
2026年5月21日(木曜日)、明治学院大学において外交講座が開催されました。
テーマ及び講演内容
中南米局南米課の吉田主査が、「中南米におけるデコロニアル論:外交の現場から」をテーマに、具体的な事例の紹介を交えながら解説しました。
参加学生の感想
- 社会開発論の講義として、外務省南米担当職員からデコロニアル論の話を聴くことができたのは、開発の理念と外交実務の結びつきを学ぶ非常に貴重な機会となった。特に印象的だったのは、ボリビアの憲法前文にある、「Vivir Bien(よく生きること)」という理念である。西洋的な経済成長を追う開発とは異なる思想に対し、日本の中南米外交が、「中南米と共に拓く『人間の尊厳』」を掲げ、環境問題などの共通課題に共に立ち向かう姿勢に感銘を受けた。また、現地の多様な思想を深く理解し、リスペクトをしたうえで信頼関係を築いているからこそ、こうした外交方針が実践され、国際舞台での連携や、有事における日本人の安全確保という成果につながっているのだと理解できた。
- これまでの社会開発は、欧米のモデルを正解としがちであったが、真の開発と外交とは、相手のアイデンティティを尊重することから始まると学んだ。現地の「Vivir Bien」の精神に寄り添い、誰をも犠牲にしない繁栄を一緒に目指す外務省の取り組みから、これからの国際協力に大切な視点を学ぶことができた。
- 本講義は、私自身が初めて耳にした「デコロニアル論」の本質を、中南米の具体例から学ぶことができた極めて興味深い内容であった。西洋的な経済成長至上主義とは一線を画し、人間と自然が調和する「真の豊かさ」を国家の理念に据えるもの。外交の現場を担う外務省が、こうした先住民の権利回復や脱植民地化の変動を多角的に分析し、日本の対中南米外交イニシアティブ(人間の尊厳など)に繋げようとする試みに関しても深く関心を持った。中南米を単なる開発援助の対象ではなく、環境や多文化共生といった地球規模課題を共創するパートナーとして捉え直す重要性を学び、今後の国際社会を見据える新たな視座が得られたと感じた。
- 今回の講義を聞いて、自分たちの常識は決して常識ではないということを再認識し、当たり前を疑う姿勢の大切さに気付かされた。これまで、自分の行った募金が何に使用されているのか、自分が行ったボランティア活動がどのように相手に影響しているのか、「支援の先」まで注意が及んでいなかった。そのため、自分がしてもらって嬉しいことよりも、相手の立場に立って何を一番必要としているか考える、つまり先入観に囚われないことが重要だと感じた。今後は、自分の行動で誰が救われているのか、支援の行く先までこれから見ていきたいと今回改めて思った。
- 日本では当たり前に使われている言葉でも、世界では通用しないことが多く、場合によっては差別的に受け取られてしまうという点が興味深かった。普段の生活ではあまり意識することはないが、外務省のように日本を代表して国際社会と関わる場合は、たった一言の表現が大きな誤解や問題につながる可能性があると知り、言葉の重みと責任の大きさを改めて実感した。また、外交の現場では人間関係も非常に重要であり、立場や役職に関係なく、一人の人間として信頼関係を築くことが求められると感じた。そのような関係を築くことで、相手国の文化や価値観、歴史的背景への理解が深まり、より良い国際関係の構築につながるのではないかと考えた。
- チリの憲法改正をめぐる社会騒擾について、先住民の権利や「多民族国家」という考え方を憲法に盛り込もうとしたが、最終的には国民投票で否決されたことを学んだ。中南米では植民地主義や格差へ歴史的に抵抗しながら国を作ってきたため、社会問題に対して声を上げる習慣がある。海外では社会への不満があると、デモや抗議運動が起こりやすいが、日本では周囲の目や調和を重要視する人が多いので、不満を表に出しにくく、大規模な行動が起こりにくいのではないかと思った。自分は先住民について学んでいるため、「先住民族の権利に関する国際連合宣言」にも関心を持った。この宣言では、先住民族が自らの文化や価値観を維持しながら生きる権利が保障されているが、実際はその権利が十分に守られていない場合もあり、先住民文化が商業的に利用されていると感じることもある。今回の授業を通して、デコロニアル論は単に植民地主義を批判するだけではなく、多様な価値観や文化をどのように尊重していくかを考える視点なのだと感じた。
