エキスパートたちの世界
外務省の専門官インタビュー
条約・法律専門官 辰巳知恵子さん
「法律×外交」の視点で紐解く国際法実務のキャリア形成
外務省には、語学や特定の国・地域の専門家だけでなく、経済や国連といった分野・事項ごとに「専門官」に認定されたエキスパート人材が在籍しています。
今回は、令和5年度に条約・法律専門官に認定され、現在はベルギー・ブリュッセルに所在する欧州連合(EU)日本政府代表部に勤務する辰巳知恵子一等書記官にインタビューしました。
辰巳書記官は、これまでに本省や在外公館等で条約や法律分野に関する実務に携わる他、自己啓発休業制度を利用して、3年間国内のロースクールに修学して法務博士号(Juris Doctor)を取得。その後、司法試験に合格する等、不断の自己研鑽を重ねてきた条約・法律分野のエキスパートの一人です。そんな向上心あふれる辰巳書記官に、同分野に関わる業務やこれまでの経験等について語っていただきました。
欧州議会(於:ブリュッセル)
1 どのようなことがきっかけで、条約・法律分野に関心を持たれたのですか。
まず、本省の地球環境課に勤務していた際、国連環境計画(UNEP)北西太平洋地域海行動計画(NOWPAP)の地域調整部である富山事務所の新設に携わりました。具体的には、国連特権免除を含めた行政取極の草案をUNEP事務局と協議し、締結に至るまでの業務を担当したことで、特権免除等を含む条約に関心を持つようになりました。
その後、国際組織犯罪室(当時、現総合外交政策局国際安全・治安対策協力室)で人身取引問題の担当官として従事しました。諸外国との協議・連携、人身売買罪創設に向けた刑法改正、更には人身取引議定書の締結に関わる国会承認の一連のプロセスを経験する中で、国内外の諸課題に対応するためには法律・条約が不可欠であることを改めて実感しました。また、裁判官、検事、弁護士出身の同僚やカウンターパート等の法曹関係者と日々議論・連携しながら業務を進める中で、条約・法律分野への関心が一層深まりました。
2 ロースクール時代について教えてください。
私は大学の専攻が法律ではなかったため、自己啓発休業制度を利用してロースクールの未修者コースで法律を学びました。そこでは国際法はもちろんのこと、司法試験の主要科目である公法系、民事系、刑事系をはじめ、多様な科目を選択し、幅広く学習しました。特に、社会的関心の高い刑事事件の被害者の方々から直接お話を伺う機会や、被疑者として逮捕・勾留された方と面会する機会にも恵まれ、多くの貴重な経験をすることができました。
もっとも、勉強と育児の両立が非常に困難でした。育児によって勉強時間が限られる中、いかに効率よく課題をこなすかを常に考え、分刻みの計画を立てて日々を過ごしました。本当に大変でしたが、その分やり終えた時の充実感も大きかったと感じています。
3 条約・法律専門官として、これまで実際にどのような業務に携わってこられましたか。
本省での勤務経験については、前述の地球環境課や国際組織犯罪室(当時)での業務に加え、経済連携課に在籍していた際には、日・スイス経済連携協定(EPA)の原産地規則の担当を務めました。
その後に在籍した国際経済紛争処理室(当時、現経済紛争処理課)では、我が国が韓国を相手に提起した「韓国による日本製ステンレス棒鋼に対するダンピング防止措置」(DS553)の当事国案件を担当し、協議要請からパネル報告書の発出に至る約3年間、経済産業省と連携して対応しました。その結果、我が国の主張が認められて勝訴を収めるという大きな成果を挙げることができました。さらに、同課室内の世界貿易機関(WTO)班長として、我が国が第三国として参加する他の様々な第三国案件についても関与し、我が国の立場を示す意見書の作成・提出業務に携わりました。
現在勤務している欧州連合(EU)日本政府代表部では、広報・総務業務に加え、WTO・紛争処理(DS)関連、日EU情報保護協定及び国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(ハーグ条約)関連等多岐にわたる業務を担当しています。
欧州連合(EU)本部ビル(於:ブリュッセル)
4 それらの中で、ご苦労された経験、面白さや遣り甲斐を感じた瞬間等、印象に残る経験を教えてください。
本省の国際組織犯罪室(当時)に勤務していた頃は特に多忙でしたが、法務省、警察庁、厚生労働省等の関係省庁と協働しつつ、日本政府の人身取引対策行動計画の草案作成、政府協議調査団の編成、諸外国における人身取引被害調査の出張、人身取引議定書を締結するための国会承認を得るための業務等、外務省においてでしか経験できない仕事に従事し、政府一丸となって取り組む仕事の面白さやスケールの大きさを実感しました。
また、国際経済紛争処理室(当時)及び経済紛争処理課での勤務時には、WTOの紛争処理業務に従事し、時に関係省庁間の調整が難航することもありましたが、私自身その過程で多くを学び、他省庁の担当官等とも信頼関係を築くことができました。時にプレッシャーを感じることもありましたが、その中で楽しく前向きに仕事に取り組めたことは貴重な経験です。特に、当事国案件のパネルの判断で日本の主張が認められた際は、喜びとともに大きな安堵感を覚えました。
WTO本部(於:ジュネーブ)
WTO本部から臨むレマン湖(於:ジュネーブ)
5 条約・法律専門官としての今後の更なる目標や日本の次世代を担う若い方々へのメッセージをお願いします。
条約・法律専門官として、経済分野のみならず人権分野にも携わっていきたいと考えています。例えば、ハーグ条約等に携わり国際的な日本の評価・地位を高めたり、ルールメイキングに積極的に関与し、日本の国益を守ることができればと考えています。
EU機関には欧州各国出身の弁護士が多数在籍しています。彼らはまず自分たちの母国で法律家になった後、EU機関に就職し、その多くは長年同じ分野の専門家として豊富な経験を蓄積していきます。こうした欧州の法律の専門家に負けない日本の法律の専門家を育てる観点から、日本においては政府省庁、弁護士事務所、民間企業等の組織の垣根がもっと低くなり、法律家が働く場所をより柔軟に選択できるようにすることで、様々な角度から問題を検討することを通じ、法的な知識・経験を蓄積していくことが可能となるのではないかと思います。
そして、日本の次世代を担う若い方々が活動の場を国内に限定せず、海外にも広げて活躍の場を増やすことで、日本人の法律家の国際的なプレゼンスが高まること、そして日本が既存のルールに従うだけでなく、積極的にルールメイキングに関与し、国際社会における日本の影響力を一層強化できるようになることを期待しています。
駐在するブリュッセル(1)(ブリュッセル市庁舎)
駐在するブリュッセル(2)(ギャルリ・サンテュベール)

