エキスパートたちの世界

情報通信(IT)専門官 小野田義英さん

令和6年8月21日

 現在、日本を取り巻く安全保障環境は、サイバー空間においても、複雑で厳しいものとなっており、外交活動を支える強固なセキュリティ基盤が必要です。情報は外交の命であり、安全・確実な通信は外交の生命線です。
 今回は、平成25年度に情報通信(IT)専門官の認定を受け、現在は外務省の情報通信課で外交情報ネットワークの基盤整備の総括を担う小野田課長補佐に、これまで携わってきた業務ややりがい等について、チリ、ペルー、フィリピン、イラク、フランス、そしてエジプトと6か国での駐在経験等も踏まえ、語ってもらいました。

1 外務省における情報通信業務の役割を教えてください。

 外務省は、世界各地に230を越える大使館や総領事館等の在外公館を有しており、外務本省と在外公館との間は高度な外交情報ネットワーク・システムで繫がっています。このネットワーク網を使用し、政策の立案や方針の決定を行う本省から世界各地の在外公館に指示が出され、在外公館からは、情報収集や分析、相手国との交渉・協議等の状況・結果について、本省に報告するといった外交活動が行われています。例えば、本省と在外公館の間では、秘匿のかかった外交公電やメール、IP電話等が使用されます。また、在外公館には、会計や領事業務で使用される個別のシステムもありますし、本省では、本省内の連絡調整、霞が関の各府省庁や民間企業を含む外部機関とのメールのやりとり等が行われています。つまり、情報を安全・確実に届ける役割を担っているのが情報通信業務であり、まさに外交活動の基盤を支えているものです。

2 外務省における基本的な情報通信分野の仕事を教えてください。

議長を担った濱地外務大臣政務官(当時)と外務省職員ら
会場作業室に舞い降りたクジャク

 情報通信分野の日常的な仕事は、上述の役割で説明した、本省と在外公館の間を繋ぐ、いわば血管のように張り巡らされた外交情報ネットワーク・システムの開発・構築を行い、安定的な稼働をユーザである職員に提供することです。各個別システム(在外公館の領事や会計担当が業務で使用するシステム等)が停止することがないよう、常に細心の注意を払いながら運用します。本省や在外公館の職員が机上で利用しているパソコンも同様で、システムが安定稼働していても、パソコンが起動しない、ログインできない等のトラブルが発生すれば各種業務が止まるため、パソコンのトラブルにも対応します。さらには、新型コロナウイルス蔓延後に進んだテレワーク環境での業務継続等、どんな環境でも各種業務を行える通信環境の提供等、他の同僚職員からも見えづらい形ですが、まさに縁の下の力持ちとして、システムだけではなく、通信インフラ全体の管理・運用・トラブル対応等に多くの時間を割いています。加えて、近年益々その重要性が増している情報セキュリティ対策については、特に昨今のサイバー空間の脅威情勢を踏まえ、ハードウエアやソフトウエアによる対策・対応も行いながら、併せて職員への教育・啓発も担っています。
 また、通信担当の仕事は省内や大使館内だけではありません。国内外で開催される国際会議等では、開催地での通信インフラの整備も通信担当官が担っています。例えば、2016年に、日本の大使館が所在しない西アフリカのガンビア共和国(人口約270万人(2022年)、国土面積はほぼ秋田県と同じ面積)で、第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)に向けた閣僚級準備会合を実施した際には、情報セキュリティ対策を含め、通信インフラ面で閣僚級の会合に見合う作業室等を構築し、滞りなく運用できるかが大きな懸念事項でした。同国を兼轄する在セネガル日本国大使館の職員、本省からの出張者、私は当時の駐在国フランスから出張しましたが、全員が一丸となって作業を行い、事前の期待を大きく越える水準の通信インフラを構築・運用できました。まさに、外交の生命線である情報を守り届ける通信の専門として、大変誇らしい経験です。当時外務省内では、ガンビアの首都名から「バンジュールの奇跡」として話題になりました。(以下写真はバンジュール、ガンビア共和国にて)

フランス駐在時(2016年~2020年)
要人受入のための作業室立ち上げの一コマ
パリでの日本文化紹介事業「ジャポニスム2018」
エッフェル塔の限定カラー特別ライトアップ

3 どのようなことがきっかけで、情報通信分野に関心を持ったのですか?

 外務省での配属がきっかけです。入省後、大臣官房文書課に配属になりましたが、当時の機構改革により、それまでの文書課と電信課が合併して、現在の情報通信課の前身となる通信課が誕生しました。そこで、24時間・365日、交替で、在外公館と本省との間での情報のやりとりを行う外交公電を発受信する輪番班に配属となったことがきっかけで、以降、私の通信を専門とする外務省人生が始まります。
 数年後に最初の在外赴任地となった在チリ日本国大使館では、通信・会計・営繕(在外公館の建物の管理等)・警備といった業務を幅広く担当しましたが、特に通信業務では、1998年に現在の外務省情報ネットワーク・LANシステムの前身にあたる在外LANシステムを導入し、本省とすべての在外公館との間でのメールのやり取りや情報を共有するための各種サーバの構築等、通信インフラの整備に深く携わりました。大使館には各種サーバが設置され、日々、サーバに保存されたデータのバックアップ作業、各種機器の設定等、大使館員が担当業務を行う上で必要となる通信インフラの運用を一手に担当し、同僚から「非常に使いやすい」、「業務がやりやすくなった」等の声が聞こえ、「外交活動の最前線である大使館での通信インフラを支え、自分の仕事ぶりが役に立っている」と強く実感したことが、特に情報通信分野について深く掘り下げたいと思った動機です。

4 外務省の中でも、情報通信は歴史のある専門分野だと思いますが、時代による変遷の一端を教えてください。

 私が入省した平成の初期である1993年より前の電信課時代は、本省と在外公館との間で送受信される外交公電の本数増加に対応するため、電子計算機導入や電信機器の処理速度向上等、公電処理業務の迅速化・合理化を進めていましたが、さらに増大し続ける公電処理の効率化を実現するため、本省・在外公館間の構内ネットワーク(在外LAN)のネットワーク網を使って、机上の在外LANパソコンで電報を作成・閲覧できる現在の「公電システム」が開発・導入されました。当時としては画期的で、同システムの導入は当省の業務合理化に大きく貢献しています。ちなみに、さらに時代を遡り、昭和の時代では、手書きの原稿をテレックス(タイプライターのようなもの)でパチパチと手で打って、紙テープに出力して通信していました。「迅速かつ正確に打てる通信職人になれ!」、「紙テープの読める通信職人になれ!」と先輩方から教わってきたようです。
 近年の主な発展としては、平成も後半に入った2009年から2012年にかけて行った「外務省情報ネットワークの最適化」ですね。当時専用線で構築されていた旧システムに替わり、本省・在外公館で機密性の高い情報を扱うLANネットワークと、インターネットアクセスが可能な機動性のあるネットワークの2系統をそれぞれ整備しました。
 令和の時代に入り、情報セキュリティを強化しつつ利便性の向上を目指すべく、2022年にかけてクラウドの活用を実現させた新しいネットワークに改め、現在の「外務省情報ネットワーク・LANシステム」が整備されました。さらに、テレワーク環境でのパソコン利用の利便性を大きく向上させました。今後も、情報通信のトレンドを取り入れつつ、最新のセキュリティ対策が施された次期システムの更新を目指しています。

5 情報通信専門官として、特に専門とする分野があれば教えてください。

 これまで、拠点間を結ぶネットワーク(WAN)と拠点内ネットワーク(LAN)及びシステムの構築を担当してきたので、あえて言えば、パソコン上やネットワークを介して動くシステムを作るというよりは、色んなシステムを動かす基盤や拠点間で通信する環境を整備するのが専門分野です。
 本省で携わった、上述の2009年から2012年までの「外務省情報ネットワーク最適化」ですが、これだけの大規模なネットワーク・LANシステムの変革はなかなか経験できないものですので、細かい仕様までしっかり検討を行いつつ導入まで携われたことは知識の習得のみならず、今後も通信業務を専門とする上でも貴重な経験で、私の宝物となっています。また、同時期には、本省と在外公館の間での安定した通話を可能とした「国際IP電話システム」の仕様検討・設計・構築を担当しました。この音声通話サービスについては、本省・在外公館から非常に良いサービスであるとの声が多く寄せられており、当時構築を担当していた私としては、嬉しい限りですね。

6 苦労話、面白さややりがいを感じた瞬間等、印象に残る経験を教えてください。

エジプト・ギザのピラミッド
(コロナ禍で人が少なく休息中のラクダたち。)

 今考えても、2020年~2023年まで駐在した在エジプト日本国大使館での外務省情報ネットワーク・LANシステムの整備は本当に苦労しましたね。本来サーバやネットワーク機器の入替えやデータ移行を行う技術者を5~6名程度派遣して行う作業ですが、当時のコロナ禍により技術者が派遣できず、時間と手間がかかる作業を苦労しながらも自分1人で完了まで行いました。2013年に情報通信(IT)専門官に認定されていましたので、ある意味自身の専門性をさらに高める好機と考え、気概を持って前向きに取り組みました。すべての作業が終わった後、「いろいろな機能が追加され使いやすくなった」、「テレワーク時の効率が格段にあがった」等同僚からお礼や前向きな感想をもらい、すべての苦労を忘れ、改めてやりがいを感じた瞬間でしたね。
 また、エジプトでは、在外公館の拠点公館に配置される広域担当官に指名され、近隣諸国の大使館の通信担当官の同僚らをサポートする役割も担い、さらに広い視点からの情報通信の仕事に携わりました。

イラクでのつかの間の一枚。民族衣装にて。
(大使館の同僚らと。)

 イラク駐在時(2013年~2016年)の話を少しすると、上述したエジプト駐在時の経験に繫がるのですが、ここでも大使館の外務省情報ネットワーク・LANシステムの整備を担っていました。当時のイラクでは、イラク・レバントのイスラム国(ISIL)によるテロ活動等が頻発し、モスルを始めとする北部の主要都市が占拠される等、大使館の所在する首都バグダッドに向けた南侵があり、すぐそこまで迫ってくるのではないかという恐怖の中、緊急退避という最終的な可能性が当時想定されながらも、外交の最前線で情報を守り運用する役割を担ったことは、外務省員としての誇りですね。

7 情報通信専門官としての今後の更なる目標を教えてください。

 現在の外務省情報ネットワーク・LANシステムは、本省と在外公館との間でメールやオンライン会議、ファイル共有等を用いて日常的な業務を行い、効率的に情報共有するためのコミュニケーション・ツールとして、いわば外交政策の立案・推進を支える、外交活動の基盤です。これからも安全で使いやすいシステムが整備できるよう、次期システムについての作業を進めていますが、システム設計はもちろん、ネットワーク、情報セキュリティ、運用・保守等、いろいろな分野で検討していく必要があります。
 ネットワークやシステムを構築していく上では、本省で仕様等細かいところまで業者と調整・確定し、作業を進めるわけですが、本省での構築作業に伴う変更に在外公館で対応する通信担当も、しっかりとサポートすべきであると思っています。特に現在は、専門官として、通信担当を担う若手等の後進の育成、また、組織全体の通信分野の向上に積極的に取り組んでいます。
 また、「ネットワークやシステムを構築した立場」だけではなく、「システムを使って業務を行う立場」であるユーザ目線での意見も反映したく、わかりやすい資料・マニュアル等を作成、説明することが特に重要だと考えています。その結果「先ほどまでわからなかったが説明を聞いてよく理解できた」とか「非常にわかりやすい資料だ」等、みなさん感じてもらえれば、非常にやりがいを感じますし、各職員の仕事効率を高めることができ、組織全体にとっても大きなプラスです。どんなに素晴らしいシステムを構築しても、運用するのは最終的に「人」です。システムを運用していく中で、通信担当官やユーザが気軽に意見を伝達できることが非常に大切だと思っていますので、「人と人とのネットワーク」もしっかり整備し、「本当に使いやすいシステム」を提供し、外交活動の基盤を支えていきたいと考えています。


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