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領事専門官 新通さん

平成26年12月16日
 国際交流の活発化に伴い,海外への日本人渡航者や在留邦人の数は増え,その目的も多様化しています。国外で日本人の生活や安全を守り,サポートするのが在外公館に駐在する領事の仕事。今回は,領事専門官として長く経験を積んできた新通さんに,これまでの経験や海外で気をつけるべきこと,また,領事にとって大切なことを聞きました。

領事専門官 新通さん

在ベトナム大使館の領事窓口に立つ新通さん

 領事というと,皆さんはどんな仕事を思い浮かべるでしょうか。

 海外で困ったときの相談窓口である領事担当官。トラブルに巻き込まれた日本人を支援する邦人援護業務に加え,パスポートに関する事務,戸籍届出の受付や各種証明書発給等の窓口行政サービス,外国人に対する日本入国ビザの発給,現地の日本人学校や補習授業校に対する支援,海外で行われる在外選挙の対応,さらに現地の治安や犯罪被害の傾向分析と対策の立案,安全に関わる情報の提供等々,その業務は多岐にわたります。

 「邦人援護という仕事一つをとっても範囲は広く,犯罪の被害等に遭った方を支援するケースの他にも,事故,病気,けがに遭われたご本人や周囲の方からの支援要請,また,たとえば企業の駐在の方からの仕事上のトラブルや,家賃が払えなくなったがどうしようといった身近な生活に関する相談など,内容は本当に様々です。

 支援の要請は日本人からだけではなく,警察等の現地当局からの通報も多くあります。邦人が何らかのトラブルに遭って保護された場合に,一番先に連絡を受けるのが私たち領事。一報があれば,状況確認と邦人援護のため,とにかくすぐに現場に急行します。」

 現在,在ベトナム大使館で領事として勤務する新通さんは,昭和57年に外務省に入省。東京では主に領事局に勤務し,海外ではワシントンD.C.や釜山,広州,ホノルルに駐在。長年,領事としての経験を積み,平成16年に領事専門官に認定されました。

ホノルル時代

旅行先としても人気のハワイ。ホノルルには年間100万人以上の日本人が訪れる

 海外で日本人が最も多く滞在する国は米国で,在留邦人(3ヶ月以上現地に滞在する日本人)数は41万人以上にのぼります(平成25年10月1日現在)。

 新通さんが領事として駐在していたハワイのホノルルだけでも,在留邦人数は約2万人,さらに年間を通して100万人以上の日本人訪問客があり,観光だけでなく語学留学等,訪問の形も様々。また,環境の良さから退職後に余生を過ごすロングステイ先として人気の高い都市です。

 「ホノルル総領事館では軽微なトラブルのご相談から支援が必要な案件まで,複数名の領事で対応していましたが,旅券の紛失は週に何度か必ずあり,多いときは邦人援護だけでも一日に3-4件の相談がありました。支援の対象としては旅行者の方が一番多く,私が経験した中でも事故,けが,病気にかかられたり,亡くなられたケースもあります。また,あまり治安が悪い印象も無いかもしれませんが,様々な犯罪の被害に遭うケースも多く,ホノルルの邦人援護件数は先進国としては非常に高いといえます。

 気をつけるべき点としては,心疾患や脳疾患等,急な体調変化で突然倒れられるケースも多くありますので,特にご高齢の方や持病をお持ちの方は,無理な日程を組まず,ゆっくり休息がとれるようにすることが大事です。そして保険には必ず入ること。特にホノルルなどは米国内でも医療費が高く,一泊入院するだけでも100万円単位の費用がかかることも普通です。保険は必ず必要な額,できれば無制限のものに入っておくことをおすすめしたいです。」

 ホノルルの特徴の一つとして,精神疾患を抱えた日本人に対する支援が非常に多いこともあげられます。

 「邦人援護業務の中でも精神疾患の方に対する支援はご本人や周囲からの連絡を受けてから解決にいたるまで,時に非常に長い期間がかかる仕事です。中でも印象に残るケースとして,ご本人から総領事館にSOSの第一報があった案件があります。即対応しなければならないケースと判断されましたが,ご本人の病状にも波があって連絡がとれなくなることもしばしばでした。大声で罵声を浴びせられたり,夜中に電話で何度も起こされたことなど,非常に苦労したことを思い出します。最終的には病状も落ち着かれて日本に帰国されたのですが,解決まで半年以上も要しました。帰国の際にはお礼の言葉をいただいて,ほっとしたのを覚えています。」

ベトナムの場合

タンロン城跡。観光資源も多く,海外旅行先として人気の高まるベトナム

 米国などの先進国では,トラブルが起こっても現地当局の支援で解決に至る場合や,民間サービスが対応することも多く,大使館や総領事館まで連絡が来ないケースもあるそうです。一方,国としての体制が整備されている度合いにもよりますが,領事による対応が必要となるケースは傾向としてはアジア地域が多く,たとえばフィリピンやタイ,中国等が顕著です。

ハノイのホアンキエム湖にある寺院

 現在,新通さんが駐在するベトナムでも,旅行者に加え,日本企業の東南アジア進出に伴い,企業駐在員の方が増えています。

 「ベトナムの領事案件としては,寸借詐欺,横領など金銭面のトラブルに関する支援が多い傾向にあります。国がまだ発展途上にあって環境が整備されていないこと,また,日本人は裕福なイメージがあるので,ターゲットにされやすいことなどが理由です。海外滞在の経験が浅い場合,現地事情がわかりにくく,トラブルにも慣れていないため被害に遭うことは珍しくありません。

 一般的にいえば,ベトナムの治安はアジアでは比較的良い方です。とはいえ,繁華街等の人混みでスリやひったくりの被害に遭うケースは非常に多いですし,薬物の売買,銃器やナイフ等を用いた凶悪犯罪の発生率は日本と比べれば確実に高いです。幸い,凶悪犯罪の被害に邦人が巻き込まれるケースはそれほど多くありません。これは日本人も含めた外国人が,ベトナムにおける犯罪社会の深部にまだ入り込んでいないという状況があると思います。交流が深まればプラスの面が増える一方,負の摩擦も避けられなくなるでしょう。」

ハノイ市内の市場の様子

 ベトナムで特に注意すべきことの一つは交通事故。交通ルールやマナー無視が横行し,逆走や信号無視等,日本人の感覚では考えられないようなことも頻発しているそうです。これまで邦人が巻き込まれたケースでも,夜間に横断歩道を渡ろうとしてバイクやタクシーにはねられる等,死亡事故も複数発生している一方,自身でバイクを運転していて激突してしまったケースもあります。

 「けがをしたり病気にかかった場合は,日本との環境の違いが問題になります。

 まず,病院の数自体がそれほど多くありません。社会主義の国なので,外国人の受入れ先もある程度限定されています。医療水準もやはり先進国とは違いますし,英語も通じないことの方が多く,コミュニケーションの問題もあります。」

 新通さんが支援したケースで,以前,持病のある在留邦人の方が,けがをしたことから重い合併症にかかり,重体に陥ったことがありました。ベトナムの地方の病院から大使館に対し,自分たちの手に負えないという支援要請の連絡があり,技術の高いハノイの病院に移送の手配をしましたが,そこは外資系病院のため費用が高額にのぼりました。

 「ご自身は動けば命にかかわる状態なのですが,金銭面でのご不安もあり,今日にも日本に帰りたい,と訴えておられました。いま動くと命が危ないということを必死で説得し,大使館職員と連携して移送先を探したところ,たまたま専門医がいる国立病院が見つかりました。日本の主治医に意見を聞き,転院した場合の費用を計算し,ご本人にも粘り強く説得を続け,結果的には転院がかなって無事帰国できるまでに回復されました。

 重篤な病気やけがなどの際,領事がすべきことは医療につなぐ等,必要な支援を迅速に行うこと,そして大切なのはご家族への連絡です。投薬や手術など医療行為を受ける際にはご本人の承諾が必要ですし,ご本人が無理ならご家族の了承が必要です。でも現実には,一刻を争う時にご家族にも連絡がとれず,医療が失敗した場合には責任が生じかねないが,今何もしないと命の保証がないという状況で,領事が重い判断を迫られるケースもあるのです。」

 外国に滞在することは母国の日本にいることに比べれば,それ自体がリスクであることを考えてほしい,という新通さん。楽しい思い出とするためにも,万が一に備えて家族や友人に連絡先を残しておくこと,保険に入ること等,必要最低限の準備は忘れずにしたいものです。

大規模災害時の支援

 領事として勤務する中で,印象に残った経験を聞きました。

 海外で大規模災害が起こり,時に邦人が巻き込まれる事案も発生します。東京の本省では該当の地域局や,領事局,プレス対策を行う組織,緊急支援を担当する組織等から職員が集まり,対策本部が組織されます。また,現地対策本部には,近隣の公館から経験のある領事が招集され,邦人援護にあたるケースもあります。

 2011年,ニュージーランド南島で発生した大地震では,多くの日本人の方が亡くなる被害がありました。地震発生の数日後,新通さんは当時駐在していたホノルルで応援要請を受け,すぐに被災地のクライストチャーチへ移動しました。

 「現地の対策本部には職員が詰めて,現地当局との連絡調整にあたり,邦人の支援策を講じます。私を含めた領事は現地で被害に遭われた方や,そのご家族を対象に支援活動を行いました。

 この地震では,多くの日本人,特に若い方が命を落とされました。助かった方,けがをされて入院される方もいらっしゃいましたが,現場ではまだ安否のわからない方もいらっしゃいました。ニュージーランド当局からは,毎日複数回にわたり状況説明があり,大使館職員はご家族に代わってその説明を聞き,進捗をお伝えするとともに,ご家族の要望を代弁します。現地当局も懸命に対応しているのですが,安否不明のまま時間は刻々と過ぎる。救出作業がなかなか進まないことへのご家族の焦燥感や怒り,悲痛なお気持ちは,その立場に立たないとわからないものがあると思います。我々領事はご家族に寄り添い,ひたすら受けとめ役となって支援にあたりました。特に若い方が亡くなられた心情を考えると,自分たちも精神的につらいこともありました。毎日数回の余震が起きる状況下,連日深夜まで被害者の安否確認やご家族のために従事したこと,また,多くの領事担当官の仲間と支え合ったことが強く心に残っています。」

領事にとって大事なこと

写真6

 新通さんの好きな字は「優」。領事として経験を積む中で,この一文字に感じるところが大きいそうです。

 「外国でトラブルに巻き込まれれば,動揺しますし,不安になって当然です。そんなとき,領事の私たちが日本語で対応するだけでも安心していただけたり,精神的につらい思いをされているときは,お話をお聞きするだけでも楽になることはあると思います。その意味でも,領事として相手のお話をよく聞くというのはとても大切なことです。

 領事の仕事は,大変な被害に遭われたり,悲しくつらい出来事に遭われた方,時には極限状態にある方と真正面から接し,受け止める仕事です。ですから領事業務にあたる人には,優しさをもっている人であってほしい。優しさというのは親身に寄り添う気持ちです。

 それと同時に冷静かつ正確に事態を把握して,テクニカルな判断を下し,対応を迅速にしなければなりません。手続きひとつでも,自分が間違えることで相手の方に重大な影響が及ぶ可能性もあります。それだけに領事の仕事は責任が重く,訓練や経験が必要とされます。私の領事仲間にはアフガニスタンやアフリカなど,過酷な状況で邦人援護にあたっている職員もいます。勤務中に内戦状態になれば,大使館の人間は最後まで残って,邦人の方々に国外に退避してもらうことになります。任務ですから当然ですが,覚悟が必要な仕事です。

 肉体的にも精神的にもつらいことはありますが,困っている人を助ける,人のためになれる仕事ですから,そこに喜びを感じられるようでありたいですね。支援した方からのお礼の言葉は一番の励みになりますし,苦労はあっても最後は報われることが多いと思います。」

 国際交流が活発になるにつれ,領事業務の範囲や量もかつてと比較して大きく,責任も増している現在,新通さんは領事専門官として,後進の育成やサポートに貢献したいと願っています。

 「経験のある領事ならまだしも,若い担当官がいきなり大変な責任を背負うということもあるでしょう。寄り添おうとするあまり,気持ちの整理に苦しむこともあるかもしれません。後進となる職員には自分の経験を伝え,在外公館にいる領事のためのサポートシステムを整えることに尽力できればと考えています。領事の経験値を高め,業務環境を整備することが,海外にいらっしゃる日本人の方に対するサービスの向上にもつながると思っています。」


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