世界貿易機関(WTO)

令和3年12月10日

 WTO紛争解決制度は、加盟国の貿易紛争をWTOルールに基づいて解決するための準司法的制度です。個別の紛争解決におけるWTOルールの明確化を通じ、WTOの下での多角的自由貿易体制に安定性と予見可能性をもたらしている点で、紛争解決制度はWTO体制の中心的な柱の1つをなしています。ガット時代に比べて大幅に充実した手続が設けられ、1995年のWTO発足以来、WTO紛争解決制度は有効に機能し、貿易紛争の多くが迅速かつ公平に解決され、WTOルールの明確化を実現してきました。ガットの下での紛争案件数が1948年から1994年の間に314件(年平均6.8件)であったのに比べ、WTOの下で1995年から2021年(12月現在)までの26年間で607件(年平均23.3件)に増加しており、この紛争解決制度が、WTO加盟国から信頼を得て、効果的に機能していることを示しています。

紛争解決手続

(1)協議

 貿易に関する国際紛争が発生した場合、ガットの時代から、二国間協議が重視されています。WTO協定の下でも、紛争解決手続の第一段階は協議にあります。
 WTOの加盟国がWTO協定の実施に影響する他の加盟国の措置について申立てを行えば、両当事国は、問題解決のため誠実に協議に入り相互に満足する解決を得るべく努力することとなっています。しかし、一定期間内(通常、協議要請を受けた日から60日以内)にこの協議によって紛争が解決できなかった場合には、申立国はパネル(小委員会)に紛争を付託することができます。

(2)パネル(小委員会)及び上級委員会

 申立国が、パネル(小委員会)の設置をWTO全加盟国で構成される紛争解決機関(Dispute Settlement Body: DSB)に対して要請する場合、DSBは、遅くともパネル設置要請が行われた会合の次の会合において、パネルを設置しないことについてコンセンサス(合意)が存在しない限り、パネルの設置の決定を行わなければなりません(ネガティブ・コンセンサス方式(注1)参照)。紛争の当事国は、パネルの判断に不満がある場合には、さらに上級委員会に申立てをすることができます。

(3)勧告の履行

 パネル又は上級委員会の報告書は、DSBによって、勧告又は裁定というかたちで採択されることとされています。つまり、パネル又は上級委員会は、ある措置がWTO協定に非整合的であると判断した場合には、DSBはその措置の関係加盟国に対し、その措置をWTO協定に整合的となるよう勧告することになります。パネル又は上級委員会は、その関係加盟国がその勧告を実施し得る方法を提案することができます。しかしながら、このような実施の方法について提案することは稀で、勧告の履行の方法は、基本的には、関係加盟国の裁量に委ねられています(注2)。
 関係加盟国は、DSBによる報告書採択の日以降直ちに履行することができない場合には、履行のための妥当な期間(Reasonable Period of Time: RPT)を与えられ、これは、原則として15か月以内を超えないこととなっています。この期間内に勧告を履行することができなかった場合、申立国は代償を求めることができます。一定の期間の間に代償について合意がない場合には、申立国は、いわゆる対抗措置をとることについてDSBの承認を求めることができます。DSBは、承認しないことをコンセンサスで決定しない限り、又は申請された対抗措置の規模について被申立国が異議を申し立て、問題が仲裁に付託されない限り、妥当な期間満了から30日以内に対抗措置を承認しなければなりません。また、被申立国が勧告を実施するための措置をとった場合であっても、申立国が被申立国の実施の内容について、勧告を十分に実施していない等の理由により異論がある場合には、申立国は、勧告実施のためにとられた措置の協定整合性についてパネルに付託することができます。また、この勧告実施のパネルの判断も上級委員会に申立てることが可能です。

(注1)ネガティブ・コンセンサス方式
議長がある決定案を採択して良いか加盟国に問い、これに対し、全加盟国が異議を唱えない限り採択される方式
(注2)勧告の履行の方法
勧告の履行方法は、基本的には、関係加盟国の裁量に委ねらるが、例外としては、例えば、禁止補助金に該当すると判断された措置については、これを遅滞なく廃止することを勧告される等がある。

ガット体制の紛争解決手続と比べて何が変わったのか。

(1)一方的措置の禁止

 WTO協定の対象となる紛争については、WTO協定の紛争解決手続に従わずに、一方的な措置をとってはならないことが明記されました。この結果、例えば、WTO加盟国が他の加盟国に対し、その市場が閉鎖的であるとして一方的に関税を引き上げたり、その他の貿易制限措置を実施することは、WTO協定違反となり得ます。

(2)紛争解決手続の自動性

 従来のガット体制における紛争解決手続においては、パネル設置やパネル報告書の採択等の意思決定をコンセンサス方式で行っていたため、一加盟国の異議が決定案の採択を阻むことから、ガット違反を問われている国が反対し、採択されないという問題が生じていました。
 WTO協定の下では、ネガティブ・コンセンサス方式(上記(注1))がとられるようになり、ほぼ自動的に意思決定が行われ紛争解決手続が進行するようになりました。

(3)期限の設定

 紛争解決の遅延を防止するため、紛争当事国の協議、パネルの設置からパネル報告書及び上級委員会報告書の採択、勧告の実施等のそれぞれについて期限が設けられ、手続が迅速に進行するようになりました。

(4)上級委員会制度の導入

 上級委員会制度が導入され、常設の上級委員会が新設されました。紛争当事国は、申立国・被申立国のいずれであっても、パネルで示された判断に不服があれば、上級委員会に申し立てることができ、上級委員会は、パネルが対象とした法的問題・解釈を審理します。これにより、WTO紛争解決制度の公平性と信頼性が増したと言えます。上級委員会は、パネルの法的な認定及び結論を支持、修正又は取り消すことができます。上級委員会は個人の資格で任命される7人の委員により構成され、我が国からは、これまで上級委員会に3名の委員を輩出しています。WTO設立当初から2000年まで松下満雄東京大学名誉教授が、2000年から2007年まで谷口安平京都大学名誉教授が、2008年6月から2012年まで大島正太郎元駐韓国特命全権大使が上級委員を務めました。

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